希望の日記

2005年07月12日(火) 今日

 今日は会社でいろんなことを考えた。ACのこと、共依存のこと、女が嫌いなこと。私の家庭は機能不全家族だったかもしれない。少なくとも私にとっては。父親不在だった。キチガイ教師が私を虐待した。私の心にトラウマが残った。私は母親に暴力をふるった。女性への嫌悪はそこから来ている。女性蔑視、暴力で簡単に勝てると考える浅はかな考え。母親と葛藤なんかなくて良かったのに、悪い友達とかキチガイ教師の影響で、そんなことになった。中学時代にキチガイ女がいて私をいじめた。それも女性嫌悪につながっている。
 社会に出たとき女ばかりの職場でいじめられた。大嫌いで蔑視しているから、うまくいくわけがない。それが原因で病気になった。病院では看護婦どもにいじめられた。本当ならば尊重と敬意と優しさ、いたわりの気持ちで女に接するべきであった。しかしそんなことはできないし、できなかった。医者が完全に頭のおかしいババアで殺されそうになった。ババアは本当にキチガイで人殺しだ。しかも色キチガイ。ババアは永遠の敵だ。人殺し。色キチガイ。
 それから前の職場でも女とうまくいかずそれが配置転換になった理由だ。女を許さない。絶対に許さない。喧嘩上等だ。一生戦い続けてやる。見ただけで腹が立つ。どうして仲良くできるのだ。冷却期間を置こう。距離を取ろう。それが一生続いても一向に構わない。女が嫌いな男はいくらでもいる。ネガティブポライトネスといって距離を取りたいがための礼儀正しさというものがある。それで十分じゃないか。それで文句があるなら喧嘩上等だ。俺は女を受け入れられない。受け入れようとすると大変なストレスになる。ストレスはできるだけ減らした方が良い。
 はっきり言って女は見ただけで吐き気がする。距離を取るべきだ。ネガティブポライトネスだ。これを最大限に活用しよう。それでも無礼なことや危害を加える奴は喧嘩上等だ。俺が恐いということを思い知らせてやる。汚い手を使う女ども、俺は絶対許さない。女が嫌いなのは仕方がないと思う。俺が女を嫌うことを許そう。嫌な経験が積み重なって嫌いになったのだ。何もなくて嫌いになったわけではない。私は女なのだ。女を好きになるのは無理がある。無理して好きになっているのだ。好きなふりをしているだけだ。女が女を好きなわけないだろう。だから関わり合いにならないことが一番だ。憎むことも愛することも心を汚す。
 未来に向かって生きよう。過去のことばかりにこだわるのは止めよう。貴重な時間だ。過去のことを考えることは良いが、わかったことは今に生かそう。そうでなかったら貴重な時間で考えた甲斐がない。今と未来に生きよう。どんどん変わっていこう。変わっていくことはいくらでもできる。すごいスピードで遥か遠くまで変わることができる。
 大嫌いであることを許すこと、認めること、自分は女なのだから。当たり前のことだ。で社会的には男だから女と付き合う必要もない。無理して好きになる必要はないし、ふりをする必要はない。しかしそのために不利益を受けることは絶対にない。あってはならない。ネガティブポライトネス。一応礼儀正しくしておけばよい。感情など必要ない。それでもからんでくるならば反撃あるのみだ。正当防衛。喧嘩上等だ。絶対に私が正しい。
 どんなことがあっても自分の身を守らなければならない。俺が女が嫌いであっても全く構わない。絶対に不利益を受けることがあってはならない。絶対にだ。ババアめ、喧嘩上等だ。
 過去のことは考えてもよいが今に生かさなかったら意味がない。過去にキチガイ女どものためにこんなところに押し込められた。憎んでもしようがないし、復讐してもしようがない。でも今とこれからにどう生かすかだ。どんなに女が嫌いでも構わないが、そのために不利益を受けてはいけない。あんなごみみたいな奴らのために私の人生を台無しにしてはならない。人殺しの色キチガイどものために貴重な人生を無駄にしてはならない。


 < 過去  INDEX  未来 >


リスパ

My追加