心のガーデンは修羅ですよね。
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2005年06月27日(月) ●玄雲往き往きて(沖田・山崎小話 ※過去)

玄雲往き往きて (前)


ふいの雨は勢い衰える様子もなく、打ち付けるように肩に染み込んでいく。
沖田は屯所までの道を走っていた。
時間厳守の報告事項がなければ最近覚えた店にでも駆け込んでもよかったのだが、出掛けに土方にうるさく言われたせいもあって、きっちり報告に戻ろうとした途端の雨だった。

あつらえたばかりの革靴に水が入り込んで嫌な音を立てている。雨足は弱まる気配もなく、ちらりと見上げた空はむしろ次第に暗くなっていくようですらあった。
泥水を跳ね上げた裾は、きっと目もあてられないだろう。懐の書類だけは濡らさぬように気を払っていたが、どうせ目を通すのはあの瞳孔男だけだと思うともらったばかりの隊服同様に台無しにしてやろうかと、半ば八つ当たりに近い怒りが込み上げてきた。

あと一つ通りを抜ければ屯所の門が見えるところだった。

「わっ!」

一瞬、黒い影が視界いっぱいに広がった。
鈍い衝撃とともに、跳ね返されるようにして倒れこんだ。ひじを打つように転んだせいか、左の腕から肩にかけて電流が走った。

「どこ見てやがんでィ、この野郎!」

痛みに思わず声を荒げて顔を上げると、自分と同じように、いやそれ以上に突っ伏すといったふうに転げたまま、顔だけをこちらに向ける男がいた。沖田同様に雨具を持たず、長い前髪と、今の拍子にかぶった泥水が顔にべったりと張り付いていた。
そのひどい顔の奥から脅えたような目がこちらを見ている。

「す、すいません・・・あの、後ろ見てなくて・・・」

腕の痺れをこらえつつ立ち上がった沖田を見上げるように、その男は言った。

それは意外にも年若い者の声だった。
ふと、その視線が自分の顔ではなく、隊服に注がれていることに気が付いた。
汚れているとは言え、警察庁長官直属の特別警察の制服に変わりはなく、おまけに帯刀している。
設置されてから日も浅い組織とはいえ、人斬り集団のように揶揄される「真選組」の人間と鉢合わせしてしまった。沖田はそんな戸惑いを男の表情から読み取った。
途端に、沖田は自分の中で怒りが冷めていくのを感じた。怒りに変わって湧き上がってきたのはあざけりに似た笑いのような何か。

「いやァ、こっちこそすまなかったでさァ。どうやら俺があんたを突き飛ばしちまったようでさァねェ?」
「・・・いえ、俺が突っ立ってたので・・・すいません」

にっこり笑って手を差し伸べると、男はおずおずと言った風にその手をとった。
指先に触れた男の掌はつるりとしていて、肉刺(まめ)ひとつなかった。おそらくは剣など、竹刀ですら振るったことがないような手だった。
引き上げるといとも簡単に男の身体が浮いた。軽い。相当な「痩せぎす」だと思った。
立ち上がった男の袴から、茶色の水が滴り落ちる。沖田の抱えていた書類は幸いまだ懐に留まっていたが、男の風呂敷包みは弾かれたように道の真ん中に転がっていた。

「大丈夫ですかねェ? 荷物ぐしゃぐしゃじゃあねえですかィ?」

拾い上げてみると、だいぶ水を吸ったようでじとりと重い。
男は、またすいませんと言いながらそれを胸に抱えた。
 そうしている間にも二人に降りかかる雨が、男の顔から泥を洗い流していた。張り付いた髪を、男がかきあげると赤い筋がつッと頬を伝って落ちた。

「あ」

左眼をわずかにしばたかせながらその「味」に気が付いた男が声をあげた。生え際に近い額が切れていた。さっきまで髪に吸われていた血が、あらわになって流れ出ていく。
ただでさえ大げさに流れる額の傷が、雨と相まっていっそう早く顎から滴り落ちていた。

「いけねえや、はやく消毒しねえと膿んじまいまさァ」

この男を屯所につれていってやろう。ふと、そう思い立った。人斬り集団のねぐらに連れ込まれたとなったら、一体どんな顔をするだろう。人が悪い、いや性格が悪い、その上腹黒い、お前の腹は真っ黒だと、普段から土方に言われ続けている沖田は、自分が単にこの男で遊ぼうとしているだけなのだという自覚があった。あっただけにやはり性質が悪い。

「あぁひでえ傷だ。手当てしねぇとならねぇですよ。さあ、いきやしょう」

傷に手を伸ばしかけた男の手を掴んで沖田は走り出した。

「え・・あ・・・大丈夫ですよ・・・あの・・・すいません・・・でも・・・俺・・・」
「大丈夫ですって、すぐそこでさァ。その門が見えてるところでさァ」

もうだいぶ近くなってきた真選組屯所を示すと、男の手がこわばるのがわかった。
沖田はその感触に口の端を持ち上げながら、握る手に更に力を込めると屯所の門をくぐり抜けた。

玄関まで来て、息を吐いた途端思わず手が緩んだ。男の手が、すべるように抜けていった。
見ると、雨の中を走ったせいで流れる血が飛び散って、顔を真っ赤に染めた男がいた。一瞬、ぎょっとしたが青白い肌に似合わず息の一つも乱れていないその顔に、沖田は自分の喉がひくりとわななくのを覚えた。

男はびしょ濡れの袖で顔をぬぐうと、目が合った沖田にかすかに微笑んだ。
そこにまた、一筋、赤い糸の落ちる様から、沖田は目を離すことができなかった。

足を洗う水桶を頼んだ隊士はまだ来ない。
瓦に打ち付ける雨音ばかりがやたら大きく響いて、ついさっきなりをひそめた苛立ちがまた湧き上がってくる予感がした。


 
続く








***
 
名前でてこなかったけど、沖田が連れて帰った男は山崎です。
山崎が初めて真選組にやって来た日の話。
過去話なので捏造ほぼ100%。

書く前は、山崎が宇宙帰りの公務員とか、そういう設定がありました・・・。
乗ってた船が原因不明の爆発で墜落。奇跡的に助かった乗員五人のひとり。

銀魂二次創作というか、SFもどき。
そんなのとちゅうでわけわからなくなっちゃうにきまってるじゃない!

で、暗い沖田の話になりました。
この子の思春期とか一体どんなカオスを抱えていたのか・・・。

「続く」って言っても後半分くらい。


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