とある町で
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幼少の一時期を 私は母の実家で過ごした。
瀬戸内の小さな町 路面電車の通る騒々しい道に面して 祖父は内科を開いていた。
ぼちぼち建ち始めた新しいビルにはさまれた 古い木造洋風の二階建て 家の右半分は内科で 左半分は家。
祖父の家の前でだけ 時がゆっくり流れ 電車の音も低くなるよう。
ドアが洋風であったこと以外 玄関に関しての私の記憶はない。
だがその奥の応接室の記憶は 強烈だ。
ソファの糊のきいた白いカバー カビのにおい 昼間電気をつけてもなお緑色に暗く 夏でもひんやりしていた。
海の底のようだ、と 私はいつも思っていた。
応接室のピアノで 私はよく遊んだ。
でたらめに鍵盤を触るだけだが そんな私の横には いつも祖母か母か 母の3人いる妹のうちの誰かが 一緒だった。
ピアノの上には 祖父の大事にしている木彫りの仏の顔があり その欠けた左端は 赤ん坊の私がいたずらして壊したものだ、と いつも聞かされた。
そのとき 気難しい祖父がかんかんになって怒った、ということも。
でも私は平気だった。 祖父は幼い私にはとても優しかったから。
赤ん坊のころの私に腹を立てたとしても 今の私には 祖父は決して怒らないということを 私は知っていた。
これから少しずつ 祖父の家の思い出を書いていきたい。
久美
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