The あぽ家
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2003年09月07日(日) 長編ですゴメンです

昨夜、相方とご飯にお出かけ。

仲良し母娘である。

そうなのかなぁ?

悪寒は初めて親になった訳で、

相方はたった一人の娘(かも)な訳で

世間の親子関係を垣間見たこともなく、

これが極当たり前の我らなのだ。

相方はどうか知らんが、

悪寒にとって相方は大好きな奴だ。

尊敬などはしないが(笑)彼女の全てが好きである。

一緒にいられる人生が大事だ、例えそれが限られていようとも。

自分の子供だからか・・と言われれば返答に困る。

何せ悪寒は、親の自覚が薄い(無いとはいわない)。

相方が笑顔でいられる事が、悪寒の幸せなのだ。

でも!でもである。

これってかなりの勢いで危険な因子を含んでいる。

悪寒、自分のことは案外気持ちの切り替えで

どうにでも柔軟に考えられる性質である。

が、こと愛するものの事となると気持ちが狭くなる。

相方を悪く言うものは、彼女が赦しても悪寒は赦せない。

相方を守る為なら盾となり矛となり大魔人とも化すだろう。


↑前置きはココまで(笑)

おなじ事が、あのこの事にも言える。

最近勇気を出してイロイロなわんこちゃんのサイトを

涙流して鼻水すすって回っている。

愛すべきあのこと共に生きた、生きている証として

何か出来ないものかと思いだしたのだ。

世の中には知りたくないことがこんなにも沢山あったのだ。

知らないということは案外幸せなのだとも思った。

サイトにそのサイトの一部を貼った。

知ってしまったからには僅かでも前に進みたい。

でも敢えて一言添えよう。

前置きで述べたように、

愛すべきもののために見方が一方的になってしまう盲目さを
悪寒は持ち合わせている。


あたしにも苦手な生き物はいる、それと同じに

「わんにゃん」が苦手な人もいるのだ。

動物実験も絶対に反対である。

でもそれによって開発されたものに恩恵をうけた人もいるのだろう。

お肉もお魚も食べる。植物にも命がある。それはどうなのだ!

と、問われれば答える術は無いだろう。

矛盾だらけではあります。

だからと言ってだんまりを決め込むことが

正しいとも思えなくなりました。

人間は自由という恩恵を受けながら生きている。

考え方、感じ方は強制されるべきものでもなく自由なのだ。

だからこそ敢えて「人間によってもたらされている哀しい現実」

に直面している命たちを選らんで載せている。

どんなに微力でも人間には力がある。

不幸にする力も、そこから連れ出す力も。

あなたの自由な感性で自由に何かを感じて欲しいと思うのです。

悪寒は何度「神」になりたいと思ったことか

今でもなれるものならなりたい。

でもそれが叶わぬならせめて人間として、

人間のしでかした事の責任の一端を担いたいと思うのであります。


以上! 長編(笑)読んで下さってありがとう。感謝いたしまふ!

PS: いつもの呑気な悪寒は、今週で「Dr.コトー」が終わる事をマジで嘆いております。



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