7畳半

2009年06月18日(木) �ゝ廖垢坊擇ぜ�己分析�∋�間の始まりとは

ちょっとまずいなと思うツッコミについて

�,Δ襪気ぃ�
�∋爐唯�・殺すぞw


�,Δ襪気ぃ�
これはほんといつから使い始めたのかはわからんが
「お前って××だよね」(大体の場合いい意味で)
といわれた時にほぼオートでつっこむ。
照れ隠しの一種。
褒められるのは嫌いじゃないけど、
褒められて素直に喜んでしまうのが恥ずかしい。
から。
だと思う。


どっちかっつーと悪い意味で
「お前って××だよね」といわれた場合は、
動揺するか、
言い訳する。
はは。これもいかんw

これ以外のツッコミの時にも使うけどそれは瑣末な問題
つーか日常的に大体いろんな人が予想しうるシチュエーションなので無視


�∋爐唯� 殺すぞw
これはもう直さんとなぁ。
ガキじゃねぇんだから。

別に気にしてないことでも、とりあえず激しくつっこんどこうか
というときに使うけど、大抵失敗
こらあかんな。
なんか関連してるとオートでつっこんでしまう。

ほんとに気にしてたら動揺するかマジ切れするからな。

気にしてると思われてると思うことに対しても
オートでツッコミ入れるから厄介


まぁなんでいきなりこんな分析始めたかということとも関係すんだけど、
ちょっとどうでもいいことにこの「殺すぞw」ツッコミをしてしまい、
あぁみんなごめんってな具合に気を遣わせてしまったので。

思えば結構口悪いほうだったなぁ。
直そう。うん。
余計な心配かけるのもアレやし。


あと、そう!
なんかいつもは普通にしゃべれるのに、
自分の核心に迫るような話
(人に伝えたい自分の気持ちとか、
受け入れられそうにない自分の好みとか)
をするとき、いつも通りしゃべろうとしてもどもってしまうことに気づいた。
これはびっくり。
可愛いネ俺



さて話は変わるが、
先月号のニュートン
特集は時間について
過去に「はじまり」はあるのか
というようなタイトルに引かれ、読んでみた。
ゼノンの矢から始まり、アインシュタインの相対性理論にいたるまで、
ざっと読んでみてわかったことは、
時間の概念って、思ったより複雑だってこと。
時計があるから、時間が見えるけど、
物体が動いてなかったら、時間はない。
あったとしても意味がない。
そう思う。
けど宇宙には「絶対時間」というものがあって(と唱える人もいて)。
結局時間を軸にすると、
時間のはじまり=宇宙のはじまりは、
諸説あって
たとえば今の宇宙以前のものがあったり
クラインの壷みたいに過去と未来は永遠にループしていたり
今の宇宙をうんだ親宇宙のような存在があって、それがほぼ連続に存在していたり


つまり、誰もなんもわかってないんだな、ということがわかった。
だって、どれも「はじまり」には到達できてないし。
それで、一つわかったことは、
科学的根拠を根底にしようとする物理学でさえ
(いやまぁ時間なんてものは物理学でも形而上学的な分野かもしれん)
こんな恣意的な仮説を立ててあれこれしてるんだから、
文学研究だっていいじゃないか。
それがなんの役に立とうとたたまいと。
いつか誰かの、それこそたった一人の心のしこりを取り除くことができればいいじゃん。
そう思えた。

知るって、素晴らしい。
他の動物に比べて人間の何の欲が多いかといえば知識欲だと思う。
「勉強する」とかだけじゃなくてね、
やっぱり他者には興味あるし、
自分のことも知りたいし、好きな人ができたらその人を知りたくもなるし。
所有欲とか収拾欲との区別がつきにくくなるから俺は一緒にしがちだけど。
なんつーの、自分の持っている世界を、
認識できる世界を広げようとする欲とも言うのかな。

けど知識を知識として提示すること、
無知そのものに、または知そのものに立ち向かうことって、
死ぬほど恐ろしいことだと思う。
知りたいって、すごい。

こんなものなんの為にもならないのはわかってるけど、
こういうとても大きなものの存在に気づいたとき、
やはり足を止めて考えてしまうんだ。
きっと、俺以外の人だって。

そして、そんな大きなものでなくとも、
もっと小さな「私」や「あなた」、「セカイ」
についてもうまく認識できずにいる。
文学作品は、そういう戦いの記録。
批評は、そういう戦いを元にまた戦いを挑んだ記録。の分析。

いきてるってこわいねぇ。
おもしろいねぇ


やっべ眠い




後日談:
あーやっぱ恥ずかしいこと書いてた・・・徹夜はいかんなw


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万田 倫 [MAIL]

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