眠る金
角を曲がるといつも消え失せてしまう言葉だけど
●2012年01月23日(月)
外は雪が積もっている。夜は雪になるだろう、という予報だったから、仕事をものすごい勢いでなぎ倒して、冷たい雨の中帰った。
家についた後、すぐに雨は雪になったようで、窓の外を覗いてみたら、1時間かそこらで隣の空き地は真っ白になっている。
ああ、明日の朝は早起きしなけりゃあ。電車、そうとう遅れるだろうなあ。
先日の誕生日の次の日は、父の命日。もう3年も経つのか。早いもんだ。
朝、職場に向かう電車にのるところで、母からの「今日が山。帰ってきて」メールを読んだ。
その頃は毎週末のように実家に帰って父を見舞っていたし、前日同僚に「父の件で仕事にご迷惑をかけるかも」とメールをしたところで、覚悟はしていたように思えたけども、やはり確率が100分の1だろうが10分の1だろうが2分の1だろうが、その時になれば世界は一変するものである。
職場に向かい、最低限の引継ぎをして、同僚に急かされて実家に戻る新幹線に乗った。
職場で引き継ぎをしている間は「大丈夫ですよぅ〜」といつもの通りのノリで笑っていたのに、職場を出て乗り換え駅の四ツ谷で親戚に電話をかけた時には、嗚咽でまともに話もできないくらいだったのが我ながら不思議である。
すっかり忘れていたのに、ふと、そんなことを思い出した。
忘れているのも道理で、つい最近書き始めたここ以外で、日常、父の死に触れることなどなかったからね。
父が亡くなってしばらくは怒涛の忙しさに飲まれていた母は、それまでの看病疲れと相俟ってがっくり力を落としていた様子だったが、それでも、徐々に実家の墓参りや、自分の好きなライブに行くために、東京に出てくるようになった。
そういう時には、私もお供しつつ楽しませてもらっている。
21日の土曜日は、母と一緒にASKAの武道館ライブに行ってきた。
最近主に行くのはCHAGEのライブばかりで、ASKAの歌を聞くのは数年ぶりである。
冷たい雨の中、機材トラブルとかで開場が大幅に遅れ、会場誘導もよろしくなく、心底凍えた後のライブだった。武道館の中も広く、寒い。持っている使い捨てカイロを総動員した。
年末苦しんだばかりなのに、またここで風邪をひくわけにいかないのである。
ライブが良かったのは、せめてもの救いだ……ASKAによる「また会う日まで」「あの鐘を鳴らすのはあなた」なんてのも、滅多に生では聞けないだろう。
往年の名曲、月が近づけば少しはましだろう
≈
今回のライブでもやってくれた。よかった。
ライブを満喫した帰りの道も、武道館から九段下駅までのあの短い距離が、数万人が傘をさしながらののろのろ行進なのでなかなか進まない。ああ、さぶかった。
帰り道で軽い食事を求めていて、渋谷でしみじみと家庭料理を食べられる店を見つけた。これは収穫。