肌寒い朝であったが日中は春らしい陽気となる。
満開の桜が一斉に微笑んでいるように見えた。
明日は強い雨になるとのこと。「花散らし」になるかもしれない。
それも桜の定めだろう。咲けば必ず散らなければならない。
朝の国道でとても微笑ましいお遍路さんを見かけた。
全部で10人程だったろうか小学生のお遍路さんである。
最初は遠足だろうかと思った。可愛らしいリュックが並ぶ。
しかし学校は春休みなのに不思議でならない。
すると先頭を歩いていた女の子が「同行二人」の白装束を着ている。
引率だと思われる男性も一緒に歩いていた。
春休みのお遍路体験だろうか。何と素晴らしいことだろう。
子供の足で足摺岬まで歩くのはとても無理に思えたが
もしかしたら途中でバスが待っているのかもしれない。
交通量の多い国道の事で気になりながら追い越して行った。
桜の花を仰ぎながら一生忘れられない旅となることだろう。

仕事はゆるりとラジオを聴きながらであった。
メッセージを送っていたので読まれるかもしれない。
楽しみに待っていたが残念ながらボツだったようだ。
義父は今日も田んぼでお昼にも帰って来なかった。
同僚は大型車の車検整備でこれもゆるりである。
たまにはこんな日もなくてはならない。
長閑な春の一日を堪能する。
整形外科のリハビリと診察があり3時前に退社した。
平田町の桜並木も満開になっておりお花見客も多い。
そんな姿を見ているだけでほっこりと心が和む。
リハビリ中にU君と色んな話をする。
お父さんが浜田省吾のファンでライブに行っていたのだそうだ。
しかし知っている曲が一曲もなかったとぼやいていたとのこと。
いつの間にか時代が流れてしまったのだと二人で笑い合う。
U君のご両親は二人とも私よりも少し若い世代であった。
ふとU君はどの患者さんともこんな話をするのだろうかと思う。
欲張りな事だが私だけなら嬉しいなと思ってしまった。
帰宅すればもう5時で休む暇もない。
娘に買い物を頼んであったが今夜は「焼きそば」である。
6人分ともなれば作るのも大変であった。
焼きそばは娘に任せて私は頂き物の筍を煮る。
今朝夜明け前から茹でてあったのだが少し硬く残念に思う。
入浴後、義父から電話がありあれこれと話す。
明日も雨が降ろうと田んぼに行くようだった。
「お疲れさんやね、ちゃんとご飯を食べんといかんよ」と告げると
「おう、わかった」「おやすみよ」と上機嫌である。
野を越え山を越えればなだらかな谷なのだろう。
谷には春の山野草が咲き心を和ませてくれる。
ほっと空を仰げば優しい木漏れ日が降り注いでいるのだった。
長い人生のほんの一部分かもしれないが
どんな日もあってよしと思う。
荒れる日も穏やかな日も生きていればこそである。
誰しも死ぬ時は死ぬが「今日」でなくてどれ程救われたことだろう。
目覚めればまた新鮮な朝が待っている。
※以下今朝の詩
勇気
打たれるほど強くなる 痛みがこころを叩き ぐっと歯を食いしばる
こころの窓ガラスが割れた その欠片を拾い集める 手のひらに載せれば まるで宝石のように輝く
指先からこぼれる血は 憎しみだろうか 恨みかもしれない
それなのにあたたかい いのちには温度がある
惨めであればあるほど 立ち向かう勇気が湧く
野を越え山を越えて来た あたらしい春ならば尚更 すくっと前を向かねばならない
雨上がりの爽やかな朝であったが風が強く
気温の割に肌寒さを感じる一日だった。
今朝は対岸の山桜に朝陽が射しきらきらと輝いていた。
遠過ぎて写真は撮れなかったが心のシャッターを押す。
散ってしまえば寂しくなるが朝の楽しみがまた増える。
玄関のシクラメンはたわわに花を咲かせたまま
とうとう葉が枯れ始めてしまった。
水不足とは思われずおそらくもう寿命なのだろう。
新しい蕾が見えなくなった途端に弱ってしまったようだ。
けれどもその老いを打ち消すような見事な花であった。

今朝は出勤前に母の遺影に手を合わせ「助けてね」と声を掛ける。
そうして「一緒に頑張ろうね」と重ねて山里の職場に向かう。
今日も義父が留守ならもう手の施しようがなかった。
まるで不安なまま戦地に向かうような気持である。
思った通り義父はまた早朝から田んぼに行っていた。
とにかく自分に出来る事をと思う。
五日前から車検で入庫していた車が不法改造車の疑いがあり
義父から徹底的に調べるようにと申し渡されていた。
知識の乏しい私でも出来ると思ったのだろう。
本来なら検査員である義父のするべき仕事である。
まずは情報収集から始めたが思うようにはいかない。
しかしここで諦めてはいけないと次の手段を考えていたら
9時過ぎに突然義父が帰って来てくれたのである。
そうして朝食も食べずに私の手助けをしてくれたのだった。
最終的には検査協会に問い合わせやはり改造車だと判明する。
そうなれば復元をして車検に適合するようにしなければならない。
同僚ではとても手に負えず義父の技術が必要であった。
午後3時を過ぎやっと車検に漕ぎ着けるようになる。
無事にテスターを通過した時には安堵で涙が出そうだった。
それから書類作成となり退社は4時過ぎである。
帰り道の何と清々しいことだろう。
大きな安堵と達成感で心が満たされる。
そうして「母に違いない」と確信した。
苦難に立たされた私を母が助けてくれたのだろう。
「お母ちゃんありがとう」帰宅するなり母の遺影に手を合わす。
朝刊の今日の運勢を見たのは夕暮れ時のことであったが
12月生まれは「苦難に光が射す」と記されてあった。
日頃から占いを気にすることは滅多にないが
今日は大当たりだと思った。素晴らしい一日である。
難関突破となり明日からは仕事も落ち着きそうに思う。
山越え谷越えであるが満開の桜を愛でようではないか。
※以下今朝の詩
雨あがり
そらがわらっている おなかをかかえてわらっている
涙が出るほど可笑しいことだ いまにひっくり返るだろう
足をばたばたさせていたら 地面が踊り始めてしまった
これほど愉快なことが あるだろうかとおもう
一部始終を見ていた 雨雲が遠くへ逃げて行く おひさまは朝の支度を始め 空の笑い声を聴いている
ひゅるひゅると風が歌えば もういちめんの春の朝である
朝から小雨が降り続いている。霧のような細かい雨であった。
日中の気温も朝から変わらず肌寒い一日となった。
これが「花冷え」なのだろう。
白木蓮はすっかり裸木となりミモザの鮮やかな黄色も褐色になる。
終わる花はただただ定めを受け止めるばかりであった。
そうかと思えば満開が近くなった桜やチューリップ畑もある。
山里で過ごしていると春が尽きることはなかった。

今朝も義父の姿が見えず体調が気になってならない。
居室へ様子を見に行こうと思っていたら同僚が出勤して来て
田んぼでトラクターを操作しているのを見かけたと云う。
詳しく訊けば昨日も夕方になり田んぼから帰って来たらしい。
友人は確かに寝ていると云ったが私の早合点だったのだろう。
何だか狐につままれたような気持になった。
何はともあれ元気ならばそれに越したことはない。
お昼にも帰って来ず無我夢中で働いているようだった。
困ったのは工場の仕事で義父の不在が大きく響く。
これ以上お客さんに迷惑を掛けられず今日が限界であった。
そんな最中にまたお客さんを怒らせてしまう。
高齢のお得意さんでエンジン不調を訴えて来たのだが
同僚の対応が不十分だったようで大きな声で怒鳴り散らしていた。
「もういい、他に行く」と云って帰って行ってしまったのだ。
同僚はただ「直るかどうかわからんよ」と云っただけだそうで
取り合えず車を預かり義父に相談するべきだったと悔やまれる。
もし義父が待機してくれていたらこんな不手際は起こらなかっただろう。
義父のせいにしても仕方ないが同僚も私も酷く落ち込んでしまった。
帰り道。「もう嫌だな」とつくづく思う。
「会社何て潰れてしまえばいいんだ」とさえ思った。
何としても守ろうとこれまでどれ程頑張って来たことだろう。
一人でも欠ければそれが思うように行かないのが情けなくてならない。
これから田植えを控え増々窮地に立たされることだろう。
先が思い遣られ気分が滅入るばかりであった。
しかしいったい誰が助けてくれるだろうか。
崖っぷちに立てば誰かが手を差し伸べてくれるのだろうか。
神様は私を試したくてならないようだ。
※以下今朝の詩
あの子
あの子ははらはらと 散り落ちようとした
手のひらを差し出せば いやいやと首を振る 何も求めてなどいない あるがままをつらぬく
春の潮が満ちて来る 海辺の町には桜が咲き 薄桃色の葛藤があった 決心が風に吹かれて 揺らぎ続けるばかり
あの子は泣いたりしない 小さな拳を握りしめて 遠い空を仰ごうとする
もう未来など在りはしないが まるで希望だったかのように あたらしい春が巡って来た
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