++今日の塩梅++
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くるりのアルバムと東京事変のマキシシングルを買った。 どちらも素敵。
くるりはこのアルバムを、ウイーンで創った。 だから私は新婚旅行、その所縁の地ウイーンへ行きたいと旦那サンに言った。 彼はフランスに行きたいみたい。
でもウイーンでオペラ見たいんだ。 私がなお主張すると、じゃあ両方行くか、と旦那サン。
午後、SさんにTEL。 たくさん話しをする。 なんだか癒された自分を感じています。
○さんからメール。 恥ずかしながら、涙がポロリ。
茹だるような暑さ。 私の部屋は今、クーラーが壊れている。 扇風機で我慢。
Q州地方は梅雨明け。 大好きな夏が来る。
| 2007年07月23日(月) |
相変わらず、腰、痛いです・・・・・ |
ちょっと久しぶりの日記。 でも私には良くある事だな。++塩梅++放置プレイはお手のもの。
そうです、また過食→寝込みをやってしまったのです。
○日間、洗顔歯磨きはもちろんのこと、お風呂にも入っていませんでした。
食べて、寝て、食べて、寝て・・・・・それを繰り返す毎日でした。
私は何を求めているのか。
求めているものを、間違えてはいないか。
少々訂正。
求めてもいないものを、求めているフリをしてはいないか。
ああ、頭に暗雲が立ち込めてきたよ。 不毛な自問自答はこれくらいにするよ。
ただ今、私を支配している虚無感。 いかんともしがたい「自分大嫌い」癖。
それを吹き飛ばすことが出来るなら、いくらでも自問自答に明け暮れてやる。 でも、今の私にはそれをする、パワーも無ければ知恵も無い。
頭ん中でグルグル回る乾燥機。
日記作家(って呼ばせてもらいます、私の中ではそうなので・・・もし「NO!」ならすぐ仰って下さいね)の○さんが、映画「嫌われ松子の一生」を見た感想を、日記に書いていらした。
私もそれは、DVDをレンタルして見ていた。 見ながら、ぐしゃぐしゃに泣いた。
なんて素敵な世界を創り上げてくれたんだ!映画って素晴らしい! って類の素直な感涙と、○さんと同じく、「まだ、やり直せる」って松子が 果敢に人生と立ち向かっている姿に共感したからだ。 (あなたの日記を、なんか間違った解釈してたらスマンです、○さん)
ゴミ溜めになったボロアパートの一室で、年老い、醜く太った「嫌われ松子」が 両手を目の前に掲げる。 刑務所で身に付けた美容師としての資格。
「私・・・・・ まだやれるかも知れない・・・・」
松子は呟く。(正確な台詞ではないかも、でもそういう意味の言葉)
私はあのシーンが好きだ。
凄惨な終わりを迎える松子だが、彼女は、いつも自分に正直だった。
私には無い、生命力を持っていた。
私は松子ではないから、あーゆー生き方はしないだろう。 それでも、彼女の気持ちは分かるような気もする。 7〜8年前の私は、今の私より、松子に近かった。
エンピツに日記を書くようになってから、まだ一度も晒したことの無い、私の過去。 なんて言うと大げさだな。
私は、とある犯罪を犯し、警察に通報され、1ヶ月間留置所の中で暮らした。 自分の名前なんてない。 番号で呼ばれる。 私は「42番」だった。きっと一生忘れないだろう。
私は起訴されて、裁判所に出向いた。 初犯だったし、まあ、刑はそこまで重たくは無かった。 私が精神科で治療を受けているコトも、刑を軽くしてくれた。 裁判官から言われたことは、「あなたは自分の犯した犯罪を、全て病気のせいにしていませんか」だった。 私は、「そうかも知れません、でも私には、自信があります、もう決して同じ罪は犯しません」と言った。
私は仮釈放された。 その条件。 � /童気傍△辰討�らすこと(私はこの頃実家のQ州ではなく関西に居た) �◆[梢討慮気如△�ちんとした精神科で治療を受けること
保釈金は、両親が出してくれた。
私が松子と異なる点。
松子は不器用ながらも自分の人生にキチンと責任を持って独り戦っていた。
しかし私は結局タダの甘えん坊なのだ。 親が居なければ今の私は、居ない、だろう。
私は徹底的に依存的なのだ。 いや、依存したいのに出来ないからその対象に対する手ひどい「裏切り」をする。 裏の裏は表であるのと同様に、私も結果、対象に依存しているのだ。
「人生なにが起きるか分からない」
30年生きてきて、ようやく分かってきたような気がする。
「人生、諦めなければなんとなく、良いコトもやってくる」
そう、実感できるようになったのも最近だ。
ビョーキとかなんだとか、やっぱしんどいし、頭がごっちゃごちゃになることもあるけれど、とにかく、生きて、みる。
脳内乾燥機が、いつか止まる事を願ってな。
今、冷静になって思えば、私はイライラしていたのかも知れない。 情緒が不安定だったのかも知れない。
減らない体重、眠れぬ夜、旦那サンの長期海外出張etc・・・。
だけど、それでも私のココロが傷付いた、とゆー事実は変わらない訳で。
私のココロは弱い。弱過ぎる。 そんなことは分かっている。
弟(上)が同じような状況に置かれたら、きっとなんら躊躇することなくなんら自己嫌悪に陥ったりせず、淡々と乗り切ってゆくのだろうなと思う。
彼じゃなくてもそうかも知れない。
誰でもそうするのかも知れない。
でも私には出来なかった。 それだけの話しだ。
夜、自分の部屋からリビングへ行ったら、なぜだか急に両親から私(and旦那サン)の挙式と披露宴のコトを細かく訊かれた。
「○○はどうなってんの?」 「○○はこうやった方が良いんじゃない?」 「○○は非常識よ」
今までどちらかとゆーと傍観していた感のある彼らが、急に私に質問をぶつけてきた。
私は、いきなりのことだったのでうまく答えられなかった。
そしたら、「自分のことなんよ?なんでそんなコトも分からないの?」って、私にとってはキツイ言葉を浴びせ掛けられた。
そしたら。 ぽろぽろぽろ・・・・・・・。 涙が出てきた。
「なんでそんなに責められないといけんの?」 私は言った、泣きながら。
そしたら父親が、言った。
「言ったことをそんなに悪くとられたら、こっちはもうなんも言えんよ」
ああ・・・・・。 まただ・・・・・。
私は、傷付くことを、許されていないのだ。
悲しい、悔しい、虚しい、怖い。
私は彼らからの言葉に、それらを感じてはいけないのだ。
彼らの期待通りの反応をしなければ、怒られるのだ。 彼らの機嫌は悪くなるのだ。
笑ってなければいけないのだ。
“素直”な良い子でなければならないのだ。
そう思ったら、私はリビングを、例えばバットなどで滅茶苦茶に破壊してやりたいとゆー衝動が湧いた。
1年前の私ならやっていたかも知れない。
だけど私は走って自室に戻り、デパス+レキソタン+ワイパックスを計5錠飲んで、ただ泣いた。
悔しかった。 悔しくて、悲しかった。
Mたんにメールした。
ココロがちょっと落ち付いた。
私は弱い。 本当に弱い。
だけどね、譲れないものもあるんだよ。
誰かの繰り人形になるのなんて、まっぴらだ。
昨夜はやはり、この日記を書いてから、過食嘔吐3ラウンド目に突入。 もう家の中には食べるものが、ほとんど残っていなかった。
<ちなみに食べたもの(1R)>
カレーライス : 2皿 鳥のから揚げ : 3個 菓子パン : 1個 アイスクリーム : 1個
< 2R >
卵かけご飯 : どんぶり2杯 菓子パン : 1個 チョコクッキー : 1袋 アイスクリーム : 2個
< 3R >
卵かけご飯 : お茶碗1杯 菓子パン : 1個 きんぴらごぼう : 小鉢1皿 ヨーグルト : 2パック バナナ : 2本
そんで3R目の途中で小1時間うとうとしてしまい、食べたものがカラダに吸収されちまったらしく・・・・・・体重1kg増加。 現在46.8kg。 身長が155cmで46.8kgって、決して太ってはいないんだよね。 もちろん痩せてるとも思わないけれど。 フツー。 いわゆるフツーの体型だ。 だけど私は45kgをオーバーするのが怖い。
なんで私は過食しちゃうんだろう? なんで欝なんだろう? なんで、ビョーキなんだろう?
考えても分からない。 だけど考えずに、ただ症状に翻弄されてるだけってゆー酷い時期はもう過ぎたから。
辛いのや苦しいの、寂しいのや侘しいのはイヤだ。
話しは全然変わるのですが、私、腰がめっちゃ痛いです。 背中にシップを2枚貼ってます。 かがめると痛いんだよ、こう、中腰になるとね。
ウチは腰痛一家で、両親共に腰痛持ちだし、おばあちゃんヘルニアで手術したし。
腰痛があると、過食嘔吐する時、ちょっと大変です。
パソコンが直った。 とゆーより、むしろ、初めから壊れてなどいなかったんだと思う。(今となっては)
私のパソコンは、ウインドウズ98だ。 買ったのは(両親に買って頂いたのは)、確か西暦2000年頃だと思う。
で、なんでパソコンが復活したのかと言えば、私が地道な作業をほぼ一日中繰り返していたからです。 思うに、エラーそのものはそんなに複雑で訳分かんないモノではなかったのだ。
とりあえずウインドウズのヘルプで調べてみたところ、「スキャンデスク」をしなさいとのことで。 やりましたよ早速。
・・・・・・したら、超時間かかるんすよ!!
パソコン画面を見ていたら、時々「不良クラスタ」って言葉が出てきて、「この不良野郎!触るものみな傷付けやがって!」と、イライラ感が「クラスタ」に向かう。
ホントは、パソコン内の整理をきちんとしていない私が悪いんだろうな。
まあ、とにかく良かった良かった。
過食嘔吐。 今日は立て続けに2回もやってしまった(没)。
今からも、この日記を書き終えたら、すぐさまキッチンに向かうと思う。
情けない・・・・・・・・。
時々もうお腹がパンパン過ぎて、コレ以上食べられない!って時があるのね。 でも、食べてしまうの。 お腹ははちきれそうだし、まず、お腹が膨らみ過ぎてて、重たくて痛くて立ち上がることが出来ない。 だから嘔吐する時は、匍匐前進みたいに床を這って進む、トイレまで。 そんな行程の中、私はなんども泣いた。 自分が情けなくて。 キタナくて惨めな存在に思えて。
・・・自分を認めることってなかなか難しいな。 何時の日か、私にも出来るんだろうか?
だけど、その時(今から何年も経って)、私は「自分を認める?なんでそんなことが必要なの?」とか言いそう。
それが、自分が自分を認めて、受け入れられた時の、健全な反応だと思うのです。
パソコンが壊れた。 「不良クラスタ」ってなに? 分かんねぇ。 とにかく作動してくれないパソコン。 「システムエラー」って……。そら「エラー」だろうさ動かねんだもん。 でも。 どこにエラーがあるの?その秘密の鍵を握るのが「不良クラスタ」?? 分かんねぇ。 なんか分かりたいとゆー気も起きなくなってきた。 ので、携帯から日記書いてます。
先週の水曜日、ちょうど今日より一週間前に、広島の新居から実家に帰ってきた。 旦那サンからは、無事に中華人民共和国に到着したとのメールがあった。 また一ヶ月間、遠距離夫婦の始まりだ。 淋しいけれど……、旦那サンもお仕事なのだから仕方が無い…。 でも私には実家とゆー逃げ道があるのだから、恵まれているのだろう。 だがしかし。
私は実家に戻ったその日の晩、過食をしてしまったのだ。 <ちなみに食べたもの>
お寿司の握り : 一人前 茶わん蒸し : 二人前 菓子パン : 三個 お煎餅 : 一袋 アイスクリーム : 二個 羊羹 : 二個
以上を平らげたあと、嘔吐せずに寝てしまい……。 それからずっと、ベットの上からほとんど動かない生活をしている。 お風呂にはもう○日間、入っていない。 洗顔歯磨きは今日、○日ぶりにやりました。
全くの昼夜逆転生活。朝の8時くらいにミンザイ飲んで寝て、夜の7時くらいに起きる。 起きてまずすることは………、食糧を捜すこと。 そんで甘いものばかり、ガツガツと喰う。例えば、アップルパイとプリンとバナナとか。 夜中、皆が寝静まったら、今度は甘くないものを食べる。晩御飯の残りとか。
そんな生活を一週間続けていたら、案の定、体重3キロ増えました。
同じようなことを繰り返し、一体私はなんの為に生きているのだろうと思い、苦しい。 自分の一番の敵は自分自身だと誰かが言ってた。 でもさ。 自分の一番の味方も自分自身だよね?
そうであると、信じたいよ。 てか、信じなきゃ、抜け出せない。 このベットの上から。
こないだの土曜日、旦那サンに連れられて、ダーツバーってところに行って来た。
私にとっても、旦那サンにとっても、初めての体験。
ダーツバーに対する私のイメージは、ショットバーみたいなところにダーツ台(?)がひとつかふたつあって。 あくまでもメインは飲みで、ダーツはお客さんがちょっと盛り上がったりする為の、二次的なモノだと想像していた。
その予測は大きくはずれてた。
メインはあくまでも、あくまでもダーツ。 ダーツ台は狭い店内に6台もあった。
女の子は店員さん含めて3人居たんだけど、ヒールのあるサンダル履いてるのなんて私ひとりだけ。
もうなんか、スポーツだね、アレは。
私と旦那サンも、カクテル少々飲んだあと、ダーツに挑戦してみた。
旦那サン、さすがラガーマン!てかスポーツマン! 初めから良い成績を出してくる。
悔しい・・・・・・。
持ち前の気の強さからか、だんだん脳みそからアドレナリンが分泌してくるのが分かる。
最初はダーツの的にすら当たらなかった私だが、コツをつかんできた。
5回対戦して、私はとうとう2勝することが出来た。 旦那サンは、「納得いかねえ!」と叫んでいた。
そんで時計を見たら、もう3時間以上その店に居座っていることが分かった。 土曜日だからというのもあると思うが、そのお店は大変繁盛していた。 お客さんの年齢層もバラバラで、やはり一番多いのは20代、30代のヒト達。 でも、40歳くらいのスーツ姿のダンディなおじさまもいらっしゃった。
旦那サンはラムコーク(キューバリバー?)が大好きだ。 それを2杯続けて頼んでいた。 私は最初にキール。次はチャイナブルーを飲んだ。
美味しかった。
何より、楽しかった。
あんなに笑ったのは久しぶりじゃねーか?と思うほど。
旦那サンが、「今日の小梅は良い顔してる、目がハッキリしてる」と言った。
そしてその晩、私は過食をしなかった。
「したい」という気持ちが湧いて来なかった。
眠剤を入れて10分ほど本を読んでいたのだがいつの間にか眠ってしまったらしく、目が覚めたら次の日の朝8:00だった。
私はなんだか今回の件で、自分と過食との関係性に、大きなヒントを得たような気がする。
「自分を責めないこと」=「他人を責めないこと」=「自分も他人も許せること」
だって、過食しなかったの、ホントに○○日振りなんだもの!
けれど、次の日の夜中、また寝ている旦那サン起こして、コンビニに過食食材買いに行きました。 バリバリ喰って吐きました。
実は今も過食衝動との戦いです。 だけど、もう朝の4:00だし、大丈夫でしょう。 (昼間ずっと寝ていたので、眠たくならないのです)
旦那サン、水曜日から約一ヶ月間、中華人民共和国に再び出張です。 私もF岡県の実家に帰ります。
寂しくない、と言えば嘘になる。 だけど私ももう少しくらいは、自分の足で歩いていきたいから。
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