けろよんの日記
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本日を最終日として後輩が部署移動となった。 入社以来7年、反りが合わず、何かといえば角突き合わす関係だったが、 この1年くらいはつかず離れずで小康状態を保っていた。
が、人員削減の絡みもあり、急遽彼女が移動することになった。 先方部署から「この人ならば」と熱望されたそうである。 傍目に見てもそちらの部署の方が向いているし、 先行きを考えても未来は(少なくとも)この部署にいるより 明るそうに見える。誰が見ても(他4名が同意見)「いいお話」である。
しかし、その話があってから彼女の態度がしごく硬化したように 感じられた。というか多分間違いなく硬化した。 譬えていうならば華やかで明るくちょっと気が強い 「畏れを知らぬ春のヴィーナス」@俵万智が「氷の女王」に転じた。
先日の日記に書いたように全ての引継ぎ業務を完全に中抜きされるわ、 話しかけても木で鼻をくくったような返事しか帰ってこないわ。 (しかし、他の課員とはにこやかにし談笑している。)
温厚なワタシも終いにはおこるでホンマに。 自分から喧嘩を売ることはないが、売られた喧嘩はおばちゃん なんぼでもこうたるでええぇ。 (とはいいつつ、向こうの方が頭の回転もいいし弁も立つし、 普通に相手するとコテンパンにやられてしまうのでそれがまた悔しい) 勿論、相手方から望まれたとはいえ部から出る心情は分からんでもないし、 今更喧嘩しても何もメリットがないので騒ぎ立てはしない。 しないが、もうホントに「気ぃわるい」。
今までのやりあいが祟っているのは重々承知。 でもなぁ今回はワタシが直接原因という訳ではなし、 こういう業務上の事で意趣返しするのはもう本当に勘弁して欲しい。 #子供じゃないんだからさー。 どうぞ、プリンセスは新しい部署で揉まれて 人間的に円くなってください。と心の底から祈りをささげるのであった。
同時にソフィスティケートされた「姫」の物腰へのコンプレックス、 うまく関係を築けなかった自分の未熟さ、 もう一緒の職場ではないという安堵、 そうやって安堵していることへの後ろめたさが 全てない交ぜになって素直に快哉を叫ぶことは出来ない春の日である。
職場の雰囲気がごっつい悪い。 4月に移動する人がすごくつんつんしている。 引継ぎも思いっきり中抜きされている。 気持ちも解るし今更どうこういうつもりもないけれど。 いつも上機嫌でいるのは難しい。 大人になると尚更。 だけど、職場に不機嫌を引きずるというのはこんなにも周りの 雰囲気に影響するのだなと今更ながら思う。
いつも上機嫌! というのが理想だけれど、少なくともどんな状況でも 周囲を巻き込まないだけの態度は保ちたいものだと思う。 例え明日首になってもやることはやろうね。>ぢぶん
年度末関係ない部署なのにぼこぼこ外仕事が入って なんだかよく解らない。 集中力の糸がぷっつり切れて、、どうしよーって感じ。 こんなんで明日名古屋へ行くのかー。
年度末費用消化も兼ねて1泊2日で九州に出張。 当初、2ヶ所を独りで廻る予定で長らくご無沙汰の 友人にも会おうと張り切っていたら、支店長の ご配慮で、ずうっとアテンドしていただくことになった。(泣) 仕事自体は効率がよくなるのだが、自由裁量の部分が 制限されるのが(涙) ということでHGも博多に設定され、急遽博多泊りとなる。
こなみが生まれてから日帰りでは数度出張したが、 泊り出張はこれが始めて。 夜眠る時に母が側にいなかったのは過去後にも先にも1度きり。 逆におろおろしてしまう母である。 1日は朝自分が保育所に預け、夕方祖母に引き取ってもらえば かなりの部分が通常の生活でいけると踏む。 が、なんということでしょう。火曜日の夜からグズグズしていて やたら機嫌が悪いなあと思っていたら、夜中に熱を出したのです。 慌ててワキを冷やしたりしてみたけれど。 朝は少々熱が下がったのと直ぐお迎えを手配するということで、 保育所で引き受けてもらえたので本当に助かった。 いつもよりぼんやりとした顔で、それでも泣かずにいってらっしゃいと 手を振る姿に不覚にも涙が出て仕方なく。 結局べそべそ泣きながら自転車を漕ぎ駅に向かった母であった。 その後仕事の合間に連絡をとり熱ももうなくて元気よ〜と義母に言われ どうなにほっとしたかは解らない。
ということで気分も楽になり無事1日目のお仕事終了。 夜は支店長ともう1名で焼酎をすすりつつ烏賊をかみつつ情報収集。 それから働く母の会でオススメの福岡のビジネスホテル 「プラザホテルプルミエ」に泊まった。 ビジネスビジネスしていなくてなかなか雰囲気があったです。
ホテルのサイトでバーゲンをしていたのに乗っかって、 シングル1泊5800円也。(+朝食840円)ととってもお得。 13.5�屬楼貊屬擦泙叩�と思ったけど、1人だしビジネス。 こんなものです。 英国調直輸入の家具はどこらへんが英国風かよく解らなかったけれど、 ベッドのヘッド?とか机・椅子・鏡の枠が木なので 思い返すとやはりやわらかい印象。
やや曇り。朝から1人で露天風呂へ。なるほど展望露天風呂である。 朝食をホテルで取る。気持ちのいい場所でビュッフェの品数もそれなりに 多いのだがいかんせん味に特徴がなく割高感が否めない。 父は朝からビールで母と私に嫌な顔をされていた。 10時にはチェックアウト(ちょっと早いような気がする。) お土産物は60歳以上10%割引だし売らんかな主義という風でもなく、 ロビーには近隣のご飯どころの地図が張出してあったり、 ゲーム類の貸出し、キッズルームの設置(子供用おもちゃのほかに折り紙、 お絵かき、漫画、ビデオなど)など、構いすぎず、放任しすぎず いいサービスのホテルだった。 家族連れも多いことだし夏にでもまた遊びに来たい。
白良浜ではこなみとパパがどんどん奥まで遊びに行ってしまい、 ビデオを撮りたい祖母や、写真を撮りたい母をちとがっかりさせた。 浜には足湯などもあり人で一杯。
その後三段壁、千畳敷、円月島周辺のグラスボート巡り (値段の割りにはしょぼい。父母によると串本の方が魚は よく見えたそうだ。海女のショーなるものがあり、 こなみのみはおねーちゃんのお魚!とうけていた。) 歓喜神社とベタなところを廻って帰途に向かう、 お昼は田辺のロイヤルホテルで途中下車したが、 ランチタイム終了で軽食のみのサービスが残念。 (いつか満開の梅を見に来たい)。
やや駆足だったが、楽しかったのでご招待の甲斐ありと思う。 夜は兄夫婦も合流し、宴会・深夜までカラオケ大会。 音響のない自宅カラオケのせいか今更ながら自分の歌の下手さに 唖然とした。
三連休。和歌山→白浜へ移動。懸案の親子三世代旅行でラフォーレ白浜に。 想像していたよりずっと優雅なファサードのホテル。 ロビーの天井も高く新しく明るい南欧風(?)の雰囲気に大満足。3連休ということもあってか、家族連れなどが多い。部屋に入るとオーシャンビューでこそないが、広々とした気持ちのいい部屋。調度はアイボリーが基調で若干色目が入っている。新築のコンドミニアムというか、ウィークリーマンションというか(どちらも利用したことはないが)そんな雰囲気。母と豪華すぎもせず、シャビィすぎもせず我々の一番落着くランクの風情だね。と言い合う。到着が遅かったので、少しお茶を飲んで休憩すると直ぐに夕食のために外に出る。白浜銀座も白良浜も徒歩5分程度の好立地。 予め会社の人にオススメされたお寿司屋さんを予約してあったのだ。(予約で大正解。 店を出る際には3〜4組待っていた。)特上にぎりと後数品頼む。おすすめされた「もちよこわ」とにぎりの中の卵焼きが絶品。よこわに卵焼き。どちらも今まで美味しいと思ったことはなく執着もなかったがこれは旨い。卵焼き好きの父にも堪えられなかったようだ。3歳児がおじーちゃんの肩を数を数えながらたんとんたんとん叩くがおじーちゃんの数数えは足踏みばかりしてなかなか10にいかない。と肩を叩くのをやめておじーちゃんのバーコード部分をポンと叩いたので、皆で大うけ。面白がって後2〜3回繰り返した。 ホテルに戻りお風呂。高台の上最上階に浴場を作っているが暗くて夜の海は見えない。 こどもは熱いのを嫌がって湯船には足をつけたのみ。
保育所前で同じクラスのかいくんたちと合う。 ほっかむりしたほっぺが膨らんでいる。おたふくがまだ治りきらないらしい。おかーさんはおねーちゃんを送ってきたのだ。かいくんは「お教室に入ったらだめよ」と注意されていた。
帰りに担任の先生とちょっと話すとインフルエンザとおたふくが保育所で 猛威をふるっていた(いる)らしく、2歳児クラスはしばらく1/3程度の出席率だったようだ。 インフルエンザが治ってやっと登所したら病み上がりの身体におたふくが ひっかかり、、というお家、おねーちゃんがかかったのにまだそばにいる弟は発症していない、おねーちゃんがインフルで弟がおたふくでしかも期間がずれていたりとか。自分ばっかりしんどいはとても思えない状態。 みんなみんな無事に春が迎えられますように
土曜日にひき続き寒い1日。
寒い中あっちいってこっちいってとウロウロしていた。 午後からは雪も降ったりやんだり。 こなみと図書館から出てくると大粒の雪が。
「3月の雪」だ! と卒業間際の頃を思い出した。 新生活の展望はありながら楽しかった学生生活を 振り返り振り返りしていた頃。
「忘れたくないよこんなに素敵なら」 「あてのない約束でもしがみついていたい」 「3月の雪が降る。僕らのラストシーン」 雪こそは降っていなかったが、Mackyの歌詞通りの気持ちで一杯だった。
(当時、つきあって1年にもならない彼氏が車の中でかけていたアルバムは とても良くにたシチュエーションの曲(僕の彼女はウェイトレス)などがあり、すっかりはまりこんでいた。)
今なら「冬のエアポート@小山田いく/すくらっぷ・ぶっく」で 多少不安になってもそのあとにいくつも出会いが待っていると 信じられる。だからといって不安にならないというわけではないが。
11月末より読み始めた真田太平記。 やっと読了。
女という生きものは何事につけても 「よいことのみ、、、」を思っている。 先の見通しなどはほとんどもたぬ。 全ての女がそうだというのではない。 しかしそれが女の本性なのだ。 たとえ、それが真実であっても 「悪しきこと、、、」には強いて目をつぶろうとする。 すべての物事を「よいように、よくなるように、、、」 とおもいつめる。幻想を抱く。 それがまた女のよさでもあり 物事をわきまえぬ強さなのであろう
「真田太平記〜大阪夏の陣」池波正太郎
夜半から朝にかけて寝ている間に額や手足お腹を触り熱を測ってみるが 何とも微妙な感じ。あと3営業日もある!と戦々恐々で迎えた朝だが、 自分でとことこと寝室から出てきた。 ご機嫌はさほど悪くないようでほどほどに抵抗しながら朝の支度を済ませた。 休んでいる間も何度か「なーちゃん保育所でお仕事するねん」とか 「先生にあいたい」とか行っていたが、ホントに保育所に行きたかったのか 素直に家も出るし、バイバイの時も最近見たことがないくらいいい笑顔で にこおおっとしていた。 玄関先で看護士さんに会う。今日からなんですとご挨拶すると 「長かったね〜」と労ってもらった。 更に同じクラスの親子と会うが「毎朝ほっぺたふくらんでないかなって 触ってるの。」といっていた。うちは今日からなんですよ。というと一瞬 表情が曇った気がしたので黙っておけばよかったかとちょっと後悔するが、 保育所で伝染系の病気って誰が悪いんでもないお互い様やもんと。自分に 言い聞かせる小心者であった。
| 2005年03月08日(火) |
おたふくがやってきた(6日目) |
朝ごはんを食べていたら上でどすんと音がしてどうやらこなさんが 起きた模様。 2階にあがると襖のほん手前のところで立っていた。 2階は部屋を出るとすぐ急な階段なので小さい子供を一人で寝かせて おくのは怖い。 抱っこするとむおぉんと匂いとお尻の厚み。これって寝○○? すでに出る時間だったので申し訳ないがぐずる子を置いて出る。
夕刻会社より電話する。義母が近所の病院に連れていってくれたので 結果を聞くと、耳下腺の腫れは治まったが、微熱37.7℃あるとのこと。 日曜日から咳をしだしているので、おたふくから通常の風邪に移行する のかもといって薬を出してくれたとのこと。 もう1泊追加するか悩んだが、食欲も普通で元気にしているとのこと だったので予定通り自宅に帰る。(シッター手配が出来なかったのは予定外)駅の改札で抱っこするとこころなしか目つきと顔色がよろしくない。 電車の中では始終機嫌が悪くいうことを聞かずに靴のまま座席にのったり 床にべったりすわったり、咎めると母を殴ったり抓ったり文庫本を取り 上げたり狼藉の数々。このままお泊りすべきだったか?とまだ迷う。
帰るとそれなりに気分が落ち着いたのか、義母がどっさりもたせてくれた 夕食を食べだした。その間に祖母や実母と明日の算段。実母も義母も明日 行ってあげると言ってくれた。お風呂は念のため割愛、ベッドには素直に 入りすぐ寝入った。
帰ってきた夫に「お義母さんが本当に嫌な顔ひとつせずに面倒みてくれた」と感謝の意を述べるとやや不機嫌そうに「そんなんあたりまえやん」 と言った。謝意はあんまし伝わっていない模様。 あんたのゆうあたりまえは今時貴重なんやで。と心の中でそっと突っ込む。 好意的解釈をすれば夫は善意の人なんでそういうことを誉められると 「わしがそんなこともせえへん人間やと思っているのか」と逆に腹が立つ のかもしれん。
| 2005年03月07日(月) |
おたふくがやってきた(5日目) |
眠りが浅かったようで夜半も何度もうごうごとしていた。その度に腕枕を強要し人のお腹を触る。(土日も同様)。更にこの夜は乳まで吸っていた。ということで朝も着替えていたら起きた。出掛けにちょっと泣かれたがNHK教育とじいちゃんの言い聞かせで泣かなかったようだ。母は7:30出立。夜19:50に帰宅。昨日とは打って変わって元気な3歳児の様子に驚く。食欲も戻ってきたらしくあれを食べたこれを食べたという。義母の美味しい夕食を頂いていたらなんと夫も現れた。社内の試験のおかげでいつもより早く帰宅の途につけたようだ。自宅に帰るかどうか迷ったらしいが手土産を提げて実家へ。 「寂しくなったの?それとも罪悪感?」と聞くと「両方」と答えたが即座に「なんで罪悪感やねん」と聞き返された。あんた自分で両方って答えたやん。 娘さんはパパが来たらもうパパべったりで母に見向きもしない。もうご機嫌ピークという感じでビールを運んだり、落花生の皮をむいてあげると大サービス。 夫実家@酒屋なものでビシバシ飲んでパパがあっけなく寝ちゃった後もドライヤーの本体部分をマイクにして嬉しそうな顔で「かえるの歌」を歌っていた。どうやらこれが彼女の十八番。
| 2005年03月06日(日) |
おたふくがやってきた(4日目) |
左側の頬もはれてきたらしい。顔のペコちゃん化がますます進んで洋服の襟がむっちりとした頬の肉に埋もれてしまっている。食欲不振が続くせいかもう一つ元気がないかも。 午後留守にしている間に泣いていたらしくちょい熱っぽい。月曜からの段取・調整で夫ともめたが結論として夫実家にお世話になることにする。3月とは思えない気候の上に夫実家の構造が寒くて寒くてそれだけで気が滅入る。ただ、熱いお風呂がとても気持ち良かった。 夫の熱い風呂好きのルーツはここにあるかも。
| 2005年03月05日(土) |
おたふくがやってきた(3日目) |
熱は下がったようだがごはんがとにかく食べられない。どうやら反対側も少々腫れてきた。 再通院。看護婦さんにペコちゃんみたいね〜と微笑まれる。保育所より何人かおたふくかぜの患者が来たらしい。熱が下がって耳下腺の腫れが治まったら登所可ということで火曜日の夕方にでも連れて来なさいと言われる。細菌性の耳下腺炎でもなさそうなのでお薬ももう飲まなくていい。後は何もすることがないとはドクターの談。お昼何が食べたい?と聞くとパパが昨夜食べていた「カレーのおうどん」とのこと。飲み物で「おみみがいたい〜」と泣いたり、平気でおうどんを食べていたりそこらへんの感覚がよく解らない。一度泣き出すと足を投げ出して泣きじゃくり、抱っこもさせずあやそうとする父母にパンチやキックをくらわせようとする。合間はさほど機嫌が悪くないので先輩ママの助言に従っておたふく顔の写真を何枚か激写。本人はノリノリでポーズ。
| 2005年03月04日(金) |
おたふくがやってきた(2日目) |
予め別件で取得した有給を当てる(号泣)。保育所よりお休み確認の電話があり、どうやら同じクラスでも数人?おたふくでお休みのお友達が出たらしい。そうなるとほぼ確実。39度近い熱がぱあっと出るが食べ物を食べるとき意外は機嫌は悪くなく座薬は使用しない。友人2人が様子はどう?と電話をくれ長電話しているうちにお昼寝。2時間くらいか?その合間はうろうろと遊びまわる。キャッシュ&クレジットカードの再発行に行きたいと思っていたのだが雨と熱で諦める。と、3時少し前に晴れ間が見え、お嬢さんも元気が出てきた様子。夕方にはあいがらす(=阪神タイガース=野球)しようと野球ごっこ。
| 2005年03月03日(木) |
おたふくがやってきた(1日目) |
朝のパンを食べると娘がいきなり泣き出した。「おみみがいたい〜」らしい。ずっとぐずぐずいってお着替えもしない、トイレも行かない。気のせいか泣いている顔の左側が右側に比べほんの少しふくらんでいるようで、またこのごね方も可笑しいので諦めて半休申請し、細見医院へ。ウィルス性かどうかは不明だが耳下腺炎は間違いのないところのよう。 京都に連絡、午後4時に保育所お迎えを、早めてもらって自宅に来てもらった。 そのまま京都で夜までみてもらうことにする。午後から出社、以前より予定の渋井真帆の講演会を終えたあと京都駅までお迎え。夕方より熱が出てものすごく機嫌が悪く熱さましの座薬を使用したとのこと。熱は座薬のせいで下がっていたようでちょっとやつれた感じだが機嫌は悪くなく帰り道の間何かと喋っていた。喉が渇いた、おなかがすいたというのでコンビニでチーズを買って帰宅。
昨日、お迎えに行くとアゴに結構おおきな引っ掻き傷のこなみさん。 連絡ノートによればトイレの場所の取り合いでお友達と喧嘩して引っかかれた模様。例によって「Hチャンガ」という。「トイレデ」という言葉もついているので信憑性高し。Hちゃんは3人兄妹の末っ子なので早生まれだけど全く負けていないのだ。こなみとはしょっちゅうガチンコしているらしいので「こなみの永遠のライバル・・・Hちゃん」と呼んでいる。(←この台詞ピンクの電話のよしこさんの声でお願いします。)
今朝、教室にこなみをつれて行った。朝のお遊びに先生が電話を出したところ群がる幼児たち。こなみも直前まで母にひっつき虫であったのに電話をみた瞬間電話にダッシュ。皆を押しのけて受話器をつかむ。横にHちゃんがぴったりくっついて「じゅんばんこね、じゅんばんこね」と話しかけていた。耳に入らない様子のこなみ。ちゃんと交代で遊ぶんだよ〜と心の中で呟きつつ出社。
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