けろよんの日記
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2005年08月30日(火) 「雅子さま」はあなたと一緒に泣いている。

新聞広告のキャプション。
優しく理解のある夫、やりがいのある仕事、
愛らしいこどもがいながらなぜ不幸か?

「結婚の条件」小倉千加子や
「オニババ化する女たち」三砂ちづる
「負け犬の遠吠え」酒井順子
など話題になった本を取上げ、また

雅子さまや皇族方を中心としつつ、
緒方貞子、藤山直美、田中真紀子、小渕優子、
野田聖子など各界著名人を取上げ。
解りやすい説明になっていた。

とどの詰まりは
全てを手に入れて全てを完全にこなすのは無理なのに、
頑張りすぎて廻らない。
そしてそのことに気づいていない。あるいは気づいて
いるのに(気持ち的に)「理想の自分」から脱却できない。
ということか。

仕事の出来についてはあまり記述がないけど、
考えたらこれはビジネスの啓蒙書ではないのであった。
と、書いているあたりが自分の泣き所。


2005年08月29日(月) 昨日の愛ルケ


最近はほんともう食傷し、読んでませんでした、日経もにっけいしんぶん新聞も。ええ話題の「愛ルケ」。が、昨日ふと手にとって見ると。なんとふゆかが死んでる!どうやらいたしている最中に菊爺が絞め殺してしまったらしい。うわぁお。だらだらやってるなぁと思ってたらいきなりの急展開。予想外でしたー。道半ばにしてヒロインが絞殺されるとわ。ワタクシの当初の読みとしては、男に都合のよいおにんぎょさんのような3児の母にして人妻ふゆかが菊爺との性愛に溺れストーカー化、それに臆した菊爺が逃げ回るも、旦那に離婚され全てを失ったふゆかの猛然たる独占欲に屈服し、(屈服させられ)終いには全てを受容し、北海道の山荘かどっかで世間と隔離され愛欲三昧の日々を送る。というミザリー風の展開、そう愛(ゆえ)の流刑地。を予想してましたが。そっかー。どうも実刑判決になりそうなのねー。
しっかし、つまらんなあ。最初から最後まで男に都合のよい女、文字通りのおにんぎょさんのままおわっちまったかぁ。(男の密やかな願望をかなえるドラえもんのようなという表現もありましたが)
ま、死んじゃった時点で男には都合いいどころじゃないけどさー。どうせなら「化身」の霧子以上に妖艶になって菊爺が手玉に取られまくるとか最後まで吸い尽くされるようにして欲しかったなあぁ。ずん一先生のヒロインも「化粧」「化身」の頃は気骨があってよかったんだけどなぁ。ぶつぶつ。


2005年08月25日(木) ネタとつぶやき

なんだか最近mixiばかりに書き込みしている。
たまにはまとまった文をこちらにと思いつつ。
あちらの方にも娘ネタ多い。
こどもってホントにネタになるよな〜。
世の中に育児本、育児マンガが沢山でるわけです。

でもちょっとそればかりではいかがなものかと思う
自分もいる。



と、そういえば今日は中学の同級生の誕生日だ。
学年で指折りの美少女で、運動でも音楽でも
なんでもそつなくこなし、もちろん学業も優等生。
見事某教育大学付属名門高校に入学した。
その後推薦でD大に進学し、バブルまっさかりの頃
一流大手に就職、早々に結婚したと聞くが、、
今頃どうしてんのかなー。
そつのないいい奥さんとかおかーさんとかしてるんだろうなー。


2005年08月23日(火) 死に至る玩具

 こなみ3歳児が地蔵盆の福引で戴いたおもちゃはブロックと
魚釣りゲームだった。裏を返すとやはり、中国製だった。
 以前トイザらスのだだっ広い店内を歩いていた際、見るおもちゃ、
見るおもちゃが中国製で、頭がくらくらしたことである。
日本にアメリカにどれだけのトイザらスがあるのだ?
おもちゃのみならず日用品も衣料品も中国製品が全世界を席巻している
かに見受けられる。しかも安価である。
 どれほどの製造能力があるのか?

 もう20年近くも前になるのだが私は何も考えていない交換留学生だった。
デパート、スーパーでふとこれはどこの製品かと確かめてみたところ、
U.S.Aと書かれたものは殆ど見当たらず、中国、台湾、ドミニカ共和国
という文字ばかりだった。電化製品や車は日本製をよく見つけた(これは
贔屓目も入れて)ホストマザーが中国製品の不買運動が行われているのだ
と言っているのを聞いていたが語学力が足らず、何故なのかは聞取れず、
また聞取ろうともしなかった。

 石田衣良の「池袋ウェストゲートパーク」の最新作を読んだのが先日。
中にある「死に至る玩具」は多分、「ビッグ・イシュー」からインスパイアされて書いた作品であると思う。

 娘が楽しんでいる玩具が人を死に至らしめているものではないことを
切に願う。

 


2005年08月22日(月) 塗装 <追記>

 ビデオ撮ってた情熱大陸をちょこっとだけ見る。
つかず離れず見ている「福山雅治」。
インタビュアーが福山雅治を「商品」「プロジェクト」と評し、それを作り上げることについて質問する。
 それに対する答え。芸能人であろうがなかろうが、誰にでも演出はあるだろう、が、自分はエンターティナーとしてがっちり塗装している。「ちょっとやそっとじゃはがれませんよ、うちの塗装は。いい塗装ですよ」
 へえーほーふーんと感心してみる。
何故かというと以前この人のトークをテレビなどで聞いて
「かっこよくて、音楽性とかセンスなんてのも持ち合わせつつ、気さくでさばけたところもある俺」を演出してるんだろうなーと思ったことがあり、その演出になんか痛々しいものというか、頑張ってるなーなんてことを感じたことがあったので。
 
 いい塗装ですか。さすが工業高校出身です。

後は余談になるんですけど、この方そんなに美形なんでしょうか?素朴な疑問。いやかっこいいとは思いますけど、「顔で判断される」「顔で」とやたら強調されてるけど、美形というならもっと美形な方もいらっしゃるかと。どっちかっていうと雰囲気の作り方が上手い感じで、そう顔顔って顔で持ち上げられるほどのレベルの造形美というわけではないと思うのですが。と、なんかこの手の記事読むと違和感を感じるのでした。 


2005.9.9追記
Pさまよりご指摘あり。

唐沢寿明「ふたり」P130

彼(福山雅治)は上京したとき、それまでの自分とはまったく違う
自分になろうと決心したと。
考え方や行動など、それまでの自分を知っている人の前では
いろいろ言われて、やりたくてもできなかったことを、
知人のだれもいないところでやろうとしたという。

唐沢寿明のこの「Struggle」としか言い様のない若い時代について書いた
この本を読むと自分を作る、自分を演出するということについて
知らず知らずのうちにけろよん自身が持っていたややネガティブな
イメージが払拭された気がします。


2005年08月15日(月) KOSOVO〜浄化の大地

「KOSOVO〜浄化の大地」もんでんあきこ

恥ずかしながら、KOSOVOのスペルすら知らず読んだ。
少し前の単行本収録作品が雑誌に掲載されていたものである。
ハッピーエンド、前向きなラストの作品が多い作者には珍しく、このような救いのない結末の作品を読むのは初めてだ。(といっても全てを網羅したという訳ではないのだが)

 コソボ紛争の中、主人公(ゲリラ部隊の小隊長だか。敵対するアルバニア人とセルビア人のハーフ。母がレイプされ出来た子。)のみを残し全ての登場人物が息絶える。漸く手に入れた、愛する者と生への実感を目の前で奪われた主人公は復讐の鬼と化し、ストーリー中姿を見え隠れさせる破壊と殺戮の女神(?)に身を委ねる。という衝撃のラスト。
 
 ショックを受けつつも実に淡々と読めてしまったのは「事実世界各地で起こっていることはこういうことである。」とストンと腑に落ちたせいだろうか。必要以上に扇情を煽らない作風のせいだろうか。

 女神(とここでは記載する)の出現だけが幻想的ではあるがそれは否定しない。この女神はそれ自身が破壊と殺戮にを行うという訳ではなく人間の中にある憎悪などのあるゆる負の感情を増幅させ「人間」自身にそれを行わせるという風に見受けられる。

 戦争やテロの本質が負の連鎖、スパイラルであり、また正である筈の「愛」がその媒体となるということをガツンと感じさせられた。
このような民族紛争は「敵」の顔が見えるだけに憎しみを「人」に向けやすいように思われる。
その戦争を始めた指導者や政治・宗教には只人が刃を向ける体がなく、より解りやすい「敵」に向かう。
 
 なけなしでも、似非でも平和な地では「愛」を歌うが、紛争地では「愛」すら(というより愛こそが)「憎しみ」を呼ぶのである。
家族を、友人を殺され、自身も犯され、全てを失った人間に敵への愛を説くことが出来る人間がこの世界中に何人いるだろうか?

(余談になるが、なぜこの場合レイプ=浄化になるのだろう。この話のみならず、昔昔高校の演劇部が上演した「DARK IN THE MOON」という劇でも妖精と交わった女性を浄化するため聖職者が女性をレイプする、信者がそれを奨励するというシーンがあり。日本的感覚で言えば不浄の物に交わるのはそれ自体が汚染ということになるような気がしないでもない。)

けれど「負のスパイラル」は絶対に、絶対に間違っている。
その答えにつながるものが、同じ作者の後日の作品「落日が訪れるまで」
「地に立ち天を仰ぐ」の2作に見つかる。(「竜の結晶」という格闘技を舞台にした少女マンガの番外編である。)主人公は祖父とその孫。別な意味での負の連鎖を彼らそれぞれの時代と得た場所で開放していく。またこの命題「負の連鎖をいかに留めるか」の真の回答者となりうるアフリカの部族出身の少年の真摯な瞳が印象に残る。


2005年08月08日(月) ベランダから花火

在所にて花火大会。
帰宅時の最寄駅はちらほらと浴衣姿の女の子が見られる。

うちはマンションの2階だが第2ベランダより花火が
かろうじて鑑賞できる。
新しい9階建のマンションが数百メートル先に建設され
昨年からは一部見づらい部分もあるが、それは14階建で
ある我々のマンションのこともあるのでお互いさまか。

前面道路に立って鑑賞する人なども何グループかあり、
この道路はどうやら鑑賞スポットであるらしい。

さまざまな色形の花火を飽かず鑑賞する。
ただし、15.5�圓鯤�っこしながらなので途中で休憩しながら。
(隣が更地現在倉庫建設中)のため虫に食われつつ。
と、夫が早めに上がってきた〜と帰宅。

人生7方塞がりくらいに思っていた5年前のワタクシに
教えてあげたいような光景。

現在「この道通れません」は3箇所くらいな気分。


2005年08月06日(土) やるじゃないか

 朝、マンションの自転車置き場決定抽選会を済ませて後、
実家に帰る。お祭りがあるということなので、
先月母に買ってもらったこなみの浴衣セット一式を持ち帰る。
身上げは祖母@92歳にお願いしました。

 で、夕方着付けてもらいましたミ○ハウスの白地に花火模様の浴衣。
赤地に絞りの入った兵児帯をしめて下駄に手提げ。
本人は満更でもないようにしゃなりしゃなりと歩きます。

 下駄を履くのは今回は初めてなのですが、
なんかこいつやたら慣れてる。身のこなしが軽いのです。
なんで???と思ったらこの夏は保育所での外遊び
ビーチサンダルですごしていたからなんですね。
すごいなー


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