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2005年01月31日(月) 車イス。

最初の病院で2週間ほど松葉杖の練習をしたんだけど
こちらの病院に移ってからはまだ松葉杖の許可が出ていないのだ。

それでも毎朝
病院の狭い通路で松葉杖の練習をしているのですが
さすがに外出は車イスで出かける。
(ここの院長は気まぐれなのでバレると強制退院させれられる可能性あり)

が、
車イスでの外出はある意味で松葉杖より大変なのですよ。
院内のように平らな場所ならよいけれどアスファルトの歩道は
なめらかに見えて結構凹凸や起伏があるので
かなりの技術?と力がいるのだよ。

今日も2�舛曚廟茲砲△襯轡泪爛蕕辰読�屋さんに行ったんだけど
交差点の歩道から横断歩道への起伏で車イスがひっくり返るかと思ったよ。
まだまだ日本は障害者に優しくないなぁ〜。

ってかこんな介護用の車イスで
介護者も連れずに出かけるなってか?笑
でも、ずっと病院でヒッキーしてると運動不足で夜寝られないのよ。

明後日には病院から200mくらい先のとこに
スギ薬局がオープンするのよ。
結構楽しみにしてたりする。
旦那さまに「スギ薬局行ってなに買うんだぁ?」っと言われたが
まあ主婦に性ってやつかねぇ?


そうそう
車イスで出かけると
幼稚園児くらいの良い子たちが興味深々で注目してくれるのも楽しい。
今日も3歳くらいの男の子がお母さんに手を引かれて
すれ違いざま振り向いてたよ。
なんか楽しそうな乗り物に見えるのかしらん??



帰ってから3時のおやつに
久々にカラムーチョ食べ過ぎて胃がもたれてる__;)
病院でばあちゃんたちと3食あっさりやわらかな食事してると
胃がもたれやすくなるのぉ。
それでもやせないのは10時と3時のお茶会をかかさないからね(死


2005年01月30日(日) 外泊。

先週はおチビが風邪をひいてしまい
電話の声もかなり元気がなかったので
思い切って外泊許可をもらい家に帰ってきました。

まだまだ術足の筋肉がアップしてないので
家での生活はどうなるのやらと心配してたんだけど
予想通り足手まといになりっぱだったけどね^^。

金曜日に会社帰りの旦那さまに拾ってもらい
一緒に帰ることは内緒にして帰ったんだけど
あのクールなおねえでさえ振り向いた顔が笑顔になっていたので
ちょい嬉しい。

病院では松葉杖ではなくいまだ車イスで生活してる状態なんで
家ではトイレに行くのがやっとこさくらいだったんだけど
それでもお風呂でゆっくりと湯船にも入れたし
(病院ではシャワーなんで一ヵ月半ぶりだっ!!)
辛いカレーやらウナギやらにもありつけたし幸せだったわ♪



次は2月の連休に外泊で帰る予定だから
それまでにはもう少し楽に動けるように自主トレに励もう。

それにしても
旦那さまがテキパキと家事をこなす姿には感動しましたわ。
家の中もわたしが居るときよりも散らかってないらしい(死
洗濯物を干す姿も様になってたし。

わたし帰らなくてもいいかも??


いや。。。帰るぞっ!!
どんだけ嫌がられようともっ!!

明日からますます自主トレに励もう。




2005年01月27日(木) おひさし。

看護士さんにPCはデイルームでやってくれと言われ
ますますネットから遠ざかっております。



名前書きかぁ。
うちの学校は入学式でないと算数セットもらえないから
入学式の後で徹夜して書いたよ。
個人票とかなにやらたくさん書類もあって大変だったさ。

うちも下の娘はなるべくあるもので済ませたあげく
足りないものは3月の下旬に買い揃えた気がする。
3月下旬になるとわりと安くなってたりするのよ(笑)


それから中学入学は
書類書きくらいで別に忙しくなかった。
年末くらいに制服のオーダーしちゃうし
名前書きはすべて自分でやってくれちゃうし
いるものは友達と一緒に買いにいくし、、、、

そうそう入学したらすぐに
今度は夏服をオーダーしにいきます(死)

なので焦る必要はないです。
誰に書いてるのかたぶんおわかりかと思いますが(笑)



おチビが風邪ひいたらしいです。
今日は木曜日で早帰りの日で
いつもはスイミングへ行ってるのですが
風邪のためスイミングはお休みしました。

夕方に電話をしてみましたが
かなり不機嫌そうな声。
留守番ばかりでストレスが溜まってきたみたいです。

それでも親が弱気になってはと
「3年生なんだから留守番できるよね!」
っと言うしかないんですな。。。

頑張れと言うべきか耐えろというべきなのか。
これも成長のチャンスと見守るしかないですな。


2005年01月20日(木) シャバッ!

うぴぴぴ。
転院1日目。
今日は早速シャバにお出かけをと思ったが
残念ながら突き刺さるような寒さに負けて外出をあきらめた。

ずっと大病院にいたんで
寒さ知らずの5週間を過ごした後の
冷え込む冬の日はかなりギャップが厳しい。

まあ、まだ松葉杖での外出が許可されてないから
どうせ行くのはお隣の売店代わりのココストアか
交差点を渡ったとこにあるマックなんだけどね。

そこのマックはすぐ近くに整形外科があるせいか
慣れたもので店に入ろうとすると
ちゃんとドアを開けにきてくれるし
松葉杖で行ってもイスを引いてくれて
メニューを席まで持ってきてくれるのだ。
そうだ、今度マックのHPで投書して褒めといてあげよう。


ここの病院は食堂で食べるんだけど
ちょいボケはじめてるようなおばあちゃんがほどんどで
食堂のテーブルで時々繰り広げられるおばあちゃん同士の
会話になってない会話が面白い。

おばあちゃんたちはほとんど車イスなんで
(そうゆうわたしも車イスなんだが。。。)
小さな食堂のテーブルはいっぱいいっぱいです。

しばらくはこのおばあちゃんたちと
のんびりと暮らします。


2005年01月19日(水) 転院。

今日から転院です。
病院変わるだけだから
そんな嬉しい訳でもないんだけれど
やっぱ嬉しいです。

転院先は自由に外にも出られるし
外泊で家にも帰れるし、
もう病院に閉じ込められる生活は勘弁です。


お昼はどっかで食べて移動するんだけど
どこで何を食べるか一週間くらい前からすっごい迷ってたのだ。

ラーメンとかうどんとかの麺類も食べたいし
おさしみとかも病院じゃ出してくれないからお寿司もいいし
揚げたて熱々のとんかつとか天ぷらも食べたいし。。。
ってな風で2、3軒はしごしてもらいたいくらいです。


2晩考えた末に
たまに行ってるイタリアンのお店に行きました。
スパゲッティにピザ、サラダ、コーヒー、デザートと
盛りだくさんを食べ散らかして行くことにしました。

ピザは食べ放題なんですけど
病院食に慣れてしまい胃が小さくなっちゃったみたいで
ピザは3切れしか食べられませんでした。
残念!!(いつもなら6枚くらい食べている)


ただいま新しい病院です。
荷物の整理に移動でかなり疲れました。
お昼をたいらげるまではかなり元気だったんですが。。。

早く寝ることにします。
おやすみなさい。


2005年01月17日(月) 入れ替え。

4人部屋のうち2人が退院してしまい
すっかり静かになってしまうかと思いきや
以前に一緒に入院していたHさんが抜釘の手術で
同じ部屋に入れ替わりに入院してきた。

Hさんはまたまた元気な人で
19日からまた転院する予定の清水ヶ○整形外科に入院中
リハリビの時間と食事の時間以外は
すぐ近くのパチンコ屋で過ごすという伝説?のおばさんだ。
”わたしからパチンコとお酒を取ったら何も残らん”と豪語するが
パチンコ依存症って訳でもなくアルコール中毒でもなく
4人の子供を育てあげた肝っ玉かあさん?って感じかな。



19日から清水ヶ○丘にいよいよ転院になるので
ななこにメールをしてみた。
ななこの家は今度行く病院に近いのよん。
年始年末の忙しい時期にわざわざこちらまで来てもらうと
申し訳ないので入院のことはまだ連絡してなかったのだ。

さっそく返事があってさとも誘ってくるらしい。
さとはどっちでもいいんだけど(笑)
わたしのお気に入りの旭軒のお菓子を持ってくというので
手土産はいらないから茶飲みに行こうぜぃと送っといた。
また顔あわせるのが楽しみ。



ママ、チェリーのお菓子はありがたく
コーヒーとともにいただいております。
酸味が口当たりよくかなり好きなお味です。
お先に熟女街道つっぱしっております。
熟女らしくおなかまわりにたっぷり脂肪と貫禄がついてきました(爆

まだ3月までには時間があるぜっ、頑張ってちょ。
わたしは今年は入学も卒業もないから(笑)

毎回思うんだけど
ママの日記の悩みは人気のある日記ならではの悩みですな。
確かにママの日記面白いもんね。
でも、ママの日記を楽しみにしてる人も(わたしのように)
いるのだから日記やめるのはやめてねーーー。


2005年01月14日(金) 遺伝?

ただ今の一番の心配の種といえば
家にいる3年生のおチビなんだが
まあ、たくましい彼女はわたしがいなくてもなんとかやってるらしい。

メールで「おはよう」「ただいま」「おやすみ」は
必ず送ってよこすようにと携帯を渡したんだけど
教えてもいないのに写メまでよこすようになったのはさすが(笑)


今日は旦那さまから夕方の6時前に「おチビがまだ帰ってない!!」
っとメールがあった。
金曜日は4時半から5時半までそろばんで
友達とだべりながら帰ってくるだろうから帰りは6時過ぎのはず。

そうメールで送ったが
夜に旦那さまから怒りのメールが送り返されてきた。

あのバカ、そろばん行ったとウソついてやがったぞ!

ほっほぉ。
そりゃ、おチビがやりそうなこっちゃ。
それよりもどうやってウソがバレたんだろ?

さっそく旦那さまの携帯に電話してみた。
そろばんのかばんだけ持って出て6時まで遊んで帰ってきたのに
ちゃんとそろばんに行ったとウソついてたとムッとする旦那さまの声のむこうでおチビの言い訳がましい声がする。

「ウソついたんだじゃないよー」
「だってそろばん行こうと思ってかばん持ってたんだよーーー。」

まあ、そろばんへ行こうとかばん持って出たけど
公園で友達にでも会ってそのまま遊んじゃったってとこだろう。
わたしも子供の頃によくやったよ(笑)
んでもって、なぜだかバレるんだよね?
きっと帰ってからの言動が怪しげなんだろうな。

サボるとこもすぐにバレるとこもこれは遺伝?


わたしがいるとおチビに甘くてほとんど怒ることもない旦那さまだが
今じゃ毎日怒ってるらしい(笑)
おチビに手を焼いてるわたしの苦労が少しは身に染みてくれただろうか?



話は変わるが
おくればせながら「お誕生日おめでとうございます。」
ママ、あなたのことよ。見てくれてる?

偉そうなおじさんに一言いってやったあなたはエライ!!
きっと会社中のウワサになっていることでしょう。
そして来週からはみんなに「かーちゃん」と呼ばれることでしょう(笑)

わたしがその場にいたら
拍手喝采したのにな〜〜〜〜、なんちゃって。




2005年01月13日(木) 彼女。

お昼からリハビリしてリハリビ室から病室へ帰ろうと
整形外科の外来の前を通って帰ろうとしたら
思いがけない彼女に再会した。

「彼女」と呼ぶのは名前を思い出せないから^^。
相手の方は覚えてたみたいで
「○○さんじゃんー。」
っと彼女から声をかけてくれた。


その彼女は
3月に一本目の足の抜釘のために入院した時に同室だった。
確か27歳と聞いたけれどわたしと同じ股関節のOPEで入院していた。

とにかく元気な彼女はよくしゃべってた(笑)
毎日お母さんかお父さんが病院へ来ては
着替えやら差し入れやらかいがいしく身の周りの世話をしてた。




そして久しぶりに会う彼女は
術後10ヶ月たってると言うのに杖をついていた。
普通、彼女くらいの若さでOPEをすると半年で綺麗に歩けるはず。


「あれ?杖?調子悪いの??」

「あー、足?調子よくないよ。」

「2本目も続けてやるって言ってなかったっけ?左だけ?」

「いや、それがさー!
 わたし入院してる時に腰痛いって言ったじゃん。」

「あ〜?そうだったっけ?」

「あれさー、ヘルニアだったらしいよ。」

「へ?」

「退院してから検診にきてレントゲン撮ったらさ〜、
 ヘルニアじゃんって言われて」

「マジ?!」

「あれからまたここで8月に手術して入院してたんよー!大変だったわさ。」

「ふ、不幸じゃん。。。。」

「その上、腰の抜糸したら傷口パクッて割れちゃって
 入院延長されてさーーー」

「メッチャ不幸じゃん。。。。」



「あ〜、連れから電話だわ。下で待ってるから行かなきゃ。
 ○○さん、いつまで入院してるの?」

「19日まで。それから清水ヶ丘に行く。」

「清水ヶ丘?家から近いじゃん!遊びに行くよ!」

「そういえば家は東海市だったねぇ。退屈してるからおいで。
 携帯教えとくわ。」

「携帯今度でいいよ、19日までにまたここ来るから。」

「え?わざわざいいよ。」

「暇だからさー!じゃねー。」


っと彼女は去っていきました。

かなりの不幸さだけどかなり元気でした。。。。笑
まあ、こんだけ重なると笑いとばさないとやってらねーってとこか。。。

入院生活長いと色々な人とお知り合いになれますよ。
あなたもおひとついかがですか?


2005年01月12日(水) 食事

すでに入院して一ヶ月あまり。
病院食はまずくはないんだけど飽きた。。。

2年前に入院したときよりも
味付けも少しは濃くなっておいしくなってるし
一週間のうち4日は朝食と夕飯が2つのメニューから
選択できる様になってるし

ご飯とお味噌汁はホカホカとは言えないけれど
ほのかに温かいし

贅沢ってのはわかってるんだけどね。


飽きた。。。




外出禁止なんで
2Fのレストランでうどんとか熱々のとんかつとか
売店でお寿司とか食べたいんだけど

食事をどれだけ食べたかとか毎食チェックされるし
主婦としては手もつけずに食事を返すのもはばかられ
結局は院内食を食べ続けてるんだよね(涙)




まあ
もう少しの我慢です。
19日にはリハリビのために整形外科病院に転院するので
その時になんかおいしいもの食べてから行きます。

転院先の病院は個人病院でこじんまりとしてるので
外出や外泊もできるのでもちっと変化のある食生活ができる予定。


それまで後一週間!
が、がんばりまっす!!







2005年01月10日(月) 精神理療。

今日は股関節友ってのがお見舞いに来てくれました。
一本目に入院してた時に一緒だった人たちです。

その中の一人Mさんは
2年前に2本目の股関節のOPEをしたのですが
一本目にOPEをした左足の術後が思わしくなく
OPEを受けてから5年間ずっと痛みを抱え続けていたらしいです。

普通は遅くても1年くらいでとれる松葉杖を
彼女は術後もずっと使い続けていると言い
年季のはいった松葉杖はそれを物語ってました。

寝ても立っても座っても痛いと言う彼女は
5年間ずっと毎日続く痛みと付き合うという
わたしからすればかなり壮絶と思うくらいの日常の割には
穏やかな人柄に見えたのは5年という年月だったのか見えてただけなのか。

けれど
退院後に家に帰り一人でいるとかなり鬱状態で
一時は電話にでるのもおっくうで
ある意味人間不信っぽい状態になっているという話を人づてに聞き
術後にかなり回復のよかったわたしとしては
かける言葉もみつからず電話もできじまいになってしまってたんですよね。

そんなMさんも一緒に来てくれると聞き
最近は元気になったのかと久々の再会を楽しみにしていたのですが
病室に入ってきた彼女を見てビックリしました。
彼女は松葉杖を持っていなかったし
右手に持った杖はほとんど飾り程度にしかついてなかったんです!


驚いて
話を聞いていくと
どうやら人づてに評判の精神診療科に通い始めたらしいんですね。

そこで人気の院長先生は
初診で40分かけてMさんの辛かった7年の話を丁寧に聞いて下さったそうです。

鬱病と診断するほどではないと思うが辛い時期が長かったこともあるから
一番軽い薬を飲んでみましょうかと処方された薬を飲み
週に一度通院をして話を聞いてもらううちに
なんと痛みがほとんどなくなってきたと言うんですね。

その薬がなんらかの影響で痛みに効いたのか
院長が親身に話を聞いてくれるようになったのがよかったのか
それとも痛みのなくなる時期がきていたのかはわかりませんが

Mさんは
短めの髪に明るめの茶色のメッシュを入れ
今まではしていなかったイヤリングを耳元に揺らし
最後には「仕事始めたいわ〜。」と!



昔ほど精神診療科の敷居は高くなくなったとはいえ
いざ、その門をくぐるにはかなりの勇気と人目がきになると思います。
でも彼女の変身振りはそんな偏見がバカバカしくなるほどでした。

色んな意味ですごく勉強になったと言うか、参考にしたいと言うか。。。

つまりいつか自分や家族の誰かが
とっても辛くってそれを家族の誰も救ってやれない場合に
精神診療の治療に行くことを躊躇することって
ある意味もったいなくてバカバカしいことじゃないのかと
そんなことを考えてみたりしたのでした。










2005年01月09日(日) 震度4の地震。

さっき地震があった。
地鳴りのような低くくぐもった音がして大きく揺れた。

ベットの上で座っていたので余計に揺れて驚いた。
病院なのでスッキリと片付いているので揺れるようなものはなかったのだが
かなり揺れたのは確かだと思う。

怖がりのおチビが気になり家に電話を入れてみた。
ちょうど夕飯の準備で火を使っていたところで
やはりかなり揺れたらしい。
おチビはと言えばテーブルの下にもぐってたらしい。

余震はと心配したが
30分ほどたった7時半の時点では余震はないようだ。
足も自由にならない今
新潟や阪神クラスの大地震が起きたらと思うとゾッとする。

まあ、あれほどのクラスの地震をまともにくらったら
足の心配の前に命の心配だな。。。やっぱ。


東海地方ももう30年くらい前から大地震の心配をされてる訳で
子供の頃から今に大きい規模の地震がくるぞといわれてる割には
ありがたいことに未だにやってこず
阪神、北海道、新潟地震のニュースを前に次はわが身と恐れおののくばかり。

と言いつつも
たいした地震対策もしていないところが
実際に大規模な地震を体験したことのない暢気さか。



病院で被災すれば、たぶん一番安全なんだろうな。
ここの病院は全国的もわりと有名な大きな公的な病院なんで
きっと建築的にもしっかりとしてるんだろうし。。。。

でも、しかしだな。
いざとなっても子供の安否も自分の足で確かめにいけないこの状態で
大きな地震なんて来て欲しくないなぁ。
こんな状態で運良く一人生き残ったって嬉しくもなんともないよ。
あたしゃ(まるこちゃん風)


2005年01月08日(土) くどいようですが暇です。

長い正月休みを乗り越えたと思ったら
また3連休じゃん!

これじゃリハリビ始めたのにまた調子狂っちゃうよ。
ってか暇。。。


あまりに暇を持て余しているというのに
使えないネットはまた朝からまったく接続できず!
30分ほど前にやっとこさ接続できるようになった。
こんなに使えないとは思わなかったぜぃ!


しかし
こんなに暇を持て余すのも元気になった証拠かなぁ。
動き気持ちに余裕ができてきたってとこかな、うん。


リハリビは金曜日から平行棒が始まりました。
平行棒に両手をつかまり、そろりそろりと歩くわけです。
歩くといっても最初は術足には5�舛靴�荷重かけられないので
ほとんどつま先を床につけるくらいで後は手に力をグッと入れて
前に進む訳です。

これが単純すぎる作業なんですが
3週間ずっと足を使ってないので自分の足なのに
自分の思うように動いてくれないんですな、これが。
まっすぐに足を出そうとしてもつま先が横っちょ向いちゃうし
少し前に出すだけでもぎこちなくゆっくりとしか動かせません。
まどろっこしいですな。

その前からはハバードという水治療が始まってます。
単にお湯を張った水槽に入り足を動かすだけです。
それだけなんだけれど
足が動かないので簡単にお湯に入れるはずもなく
また大げさなクレーンみたいなのに乗ってお湯に沈む訳です。

でもこれは温泉に入ってるみたいで結構気持ちいいです。
ただ水着に着替えるのがメンドイです。
術足は動かないので着替えに時間かかるんですよねー。


でわ
そろそろご飯の時間です。
上げ膳据え膳はいいけどたまには揚げたて熱々のとんかつとか
ラーメンとかうどんとか食べたい。



2005年01月05日(水) 日記。

昨日から病院も仕事始めとなり
本格的なリハリビも始まりましたよ。

そんな訳で
結構昼間は忙しいです。

昼間忙しいので夜に日記をつけようと思うのですが
これまた夕食から9時過ぎまでエッジが繋がりません。
(プロバイダーに文句言ってやりたいが書類が手元にないっ!)

そんでもって9時を過ぎると消灯になってしまうので
PCパコパコ打ってられないんですな^^。

ってことで日記書けねーよ!
フォトだけは携帯から更新してるので
できるだけ更新してるんだけどね〜。

ってことで
できる時にまとめて?できるだけ更新する予定。



午後からは旦那さまとおチビがお見舞いに来てくれた。
午前中に前から行きたがってたボーリングに行ってきたらしい。
ボーリングデビューに少々興奮しながらやってきた。

来週も連れて行けというのを来月だと言われ
「中学生になったら友達と行けるのに!」とブーたれてたので
笑ってしまった。
おねえがたまに友達とボーリングに出かけるのがうらやましいらしい。

またまた
いつものように車イスを乗り回し
気が済むと帰って行った。

7日からは学校がまた学校が始まるからなんだか心配。





2005年01月04日(火) 今日から。

やっと病院が動き出し
朝からナースステーションに活気が戻った。

回診も今朝から始まった訳だけれど
やっぱり水が溜まってるらしく
K先生に抜いてもらうことに。
60ccも取れたらしく(多いらしい)驚かれたけど
それほど痛みもなかったんだけどなぁ。


病院にいるのにも違和感がなくなってきたこの頃。

窓際は大きくガラス窓になっていて
空には飛行機が朝から晩まで飛び交うわ、
新幹線が走るのが見えるわ、
新幹線の高架線の下には名鉄電車が通るわ、
で眺めはとってもグー?ですよ。

ところで黄色い新幹線って知ってます?
ここの病院では黄色い新幹線を見ると幸せになれるとか。





2005年01月03日(月) お正月ボケ

まさしくお正月ボケです。

回診もなくリハリビもなく
しかも病棟はOPEもないので出入りがほとんどなく
(たまに救急車でひょっこりやってきますが。。。)
とても静かです。

こんな環境にずっと居たら
どんな人でもボケてくるんじゃないかって感じ。




それでもお昼には
病院の玄関前でもちつき大会があるっていうので
病室の3人のメンバーで1Fまで降りていくことに。

いつもタクシーや送迎の車でごった帰す玄関も今日は車の姿はなく
石臼と杵で掛け声をかけながら職員らしき人がおもちをついてました。

外は凍えるほどの寒さではなく
おもちをついている横に並べたテーブルで
順番を待つ人の列に車イスで並ぶことに。

元気なNさんとわたしは意気揚々と列の最後まで人を縫って
車イスを進ませたんですが
Dさんは人込みに気後れしていたようなので
「わたし持って行くから、玄関ホールで待ってて!」
っと声をかけ食い意地の張った2人で並ぶことに。

テーブルには大鍋にたっぷりのあんこときなこ、大根おろしが用意され
紙皿に順番にピンポン玉ほどのおもちを入れてくれました。


ホールに戻るとDさんが待っていたので
せっかくのつきたてのおもちが冷めないようにと
ガラス張りの玄関ホールからおもちつきの賑わいを眺めながら
3人揃っておもちを味わいましたよ♪

甘さに負けてしまうといけないので
最初に大根おろしのやつをパクッと♪

「うんうん、おいしい!」

それにあんこにきなこと
お昼を食べたすぐ後だと言うのにぺロッと平らげましたがな。
やっぱつきたてのおもちは違うわさ!


これでも暇を持て余す病院生活では
かなりのイベントなので満足して部屋へ。


戻ってしばらくすると旦那さまたちが3人揃ってお見舞いに来てくれました。
朝ごはんが遅かったのでこばらがすいたと旦那さまが言うので
2Fのレストラン(と書いてはあるがあれは食堂だと。。。)へ。

食事の後はお決まり?のおチビの車イスの試乗会。

2年前と違って背の伸びたおチビは足載せにもなんとか足が届き
ステップアップした感(笑)

そんなおチビがおきなり車イスを降り
口を押さえて小走りによってきた。

私「どうしたのー?」
チビ「歯が抜けたーっ!!」

っと抜けた小さな歯を差し出した。

よかった。
歯が痛いって言っても誰も歯医者に連れていけないよ。。。。



ってことで
夜はなにわ金融道を見て寝ましたとさ。
しかし離婚した高岡早紀、あんな役じゃ
なんとなく幸せになってないような。。。。
っと思うのはわたしだけでしょうかね。



2005年01月01日(土) 日の出

何年ぶりかに日の出みてしまいましたよ。
なんだか神々しくて思わず手を合わせてしまいました。
昨日はかなりの雪で初日の出はおがめないかと思ったんですが
すごく澄んだ空でとっても美しい日の出を拝ませていただきましたよ。


お正月は回診もリハビリもなく
今までの人生で一番ゆったりとしたお正月を過ごしました。
ハリポタの最新刊ももう少しで読み終えそうです。

病院の院内食も
おせちがいただけてとても病院にいるとは思えないくらいです(大ウソ)
看護士さんたちも手持ち無沙汰みたいで
部屋に来るとおしゃべりが多く、ゆったりとした雰囲気です。


午後からは母と姉二人に甥っ子、姪っ子も来て
賑やかに過ごしました。
これで外出ができればどっかでお茶でも飲みに行くのですがね。
お正月は売店も喫茶もすべてお休みなので
2階の待合室で自動販売機のコーヒーをみんなでいただきました。



今年はわたしは病院
子供たちはうちの実家、
旦那さまは自分の実家っと
それぞれの年の瀬だったなぁ〜。

来年は入院してた分までガンガン色々とやりますぞ。


じゅんこ <めぃる> <ぐるめ > <ふぉと>

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