不機嫌なブーケ QLOOKアクセス解析

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2006年08月27日(日) 事故事件。


福岡で悲しい事故があった。
海中に落ちたRV車に乗っていた5人家族のうち1歳3歳4歳の
3人の子供が死亡した。
3人のうち2人は、お母さんが潜って助けて、浮いているお父さんの
手に預けていたが助からなかった。
どこかを怪我していたか、水を飲んでしまったのだろう。

容疑者は直前まで飲酒しており、制限速度50�舛龍兇�80�舛�らいで
走行していたと言う。事故後はそのまま逃走を試みたが、300mほど
走ったところで車が動かなくなってしまった。

危険運転致死傷容疑の適用も視野に捜査するとの事であるが
こう言う事故の時のために作った法律ではないのか。
飲酒の常習性がポイントになるのかも知れないが、逃走しようともしている。
確かに咄嗟の心理であろうが、悪質なものだ。

自分も運転には気を付けたい。


宮崎県では毒キノコによる死者が出た。
食用キノコのクロハツに似ている、名前もニセクロハツ。
去年はこのキノコで愛知で2人が亡くなっているそうである。怖い。

毒キノコにも致命的な中毒を起こす物と、量にもよるのだろうが
死ぬまでは行かない物などがあるが、致命的と言われるものは
ドクツルタケ、シロタマゴテングタケ、タマゴテングタケ、タマゴタケモドキ
コテングタケモドキ、フクロツルタケ、ドクアジロガサ
そしてニセクロハツ。
宮崎のケースでは3本食されてしまったが、普通致死量は1〜2本だ
そうである。

また、生で食べると死に至る事もあるが、調理する事で食べられるように
なるシャグマアミガサタケと言うなんとも言えない見た目のキノコもある。
シャグマと言うのは脳みその意味で、脳みそそっくりのキノコだ。

ドクツルタケ、シロタマゴテングタケ、タマゴテングタケ
これらは世界の三大猛毒菌と呼ばれているんだそうである。
「死の天使」「殺しの天使」などと言う異名を持つ。

昔、海外のミステリーの短編で「〜の天使」と言うタイトルのキノコを
テーマにした作品を読んだ。「〜」の部分を失念したので調べてみたが
判らなかった。「死」でも「殺し」でもなかった気がする。
キノコは確か、シロタマゴテングタケであったと思う。

「天使 シロタマゴテングタケ ミステリー」 で検索してみたら
自殺者用のスレッドっぽいのに行き着いてしまってビックリ。

これら毒キノコは自殺には全くむかないと思う。
内臓を滅茶苦茶に破壊するからだ。
先に書いたドクアジロガサの別名はコレラタケ。
症状の苦しさが判ろうというものだ。

亡くなられた方はお気の毒だ。
キノコは買って食べるのがやっぱり無難な気がする。




2006年08月24日(木) ここで。


私がここに居る事を、知らせたい人がいます。

日記と言うよりはエッセイだよねと 人に言われて書いてる文章も
もう結構な数になりました。
みた事、感じた事、悲しい時は悲しいなりに、苦しい時は苦しいなりに
気持ちのまんまに書いて来ました。
だから気ばかり難しくて、拙い文章です。

どう、思われますか。
誰にも求められていない物を 延々と書いているなと感じますか。

日々の小さな出来事、感じた事をこうしてまとめて残す事が小さな
夢でもありました。下手であっても まとまりがなくても、思い切って
書いて置く事で、私がここに居た跡が残りました。


ここに当分、まだ私はいます。
私の跡がここに残る間に、ここで会えるでしょうか。



2006年08月23日(水) 息子と闘う。


極度の汗かきで汗も体質の息子。
(私は代謝が悪く、ほとんど汗をかかない。汗もと言うものも知らない)
寝る前に、ひどい時には薬を塗ってやるが、先日 真っ裸で広い背中を
こっちへ向けていた。
ぬりぬりと薬を塗っていると、もっと下の方も塗って欲しいのか
ひょいと腰を浮かした。
眼前に息子の肛門が。そしてそれに繋がる他の物も。
暑いからか息子は全裸であり、暑いからか私もそれに気が付かなかった。

ばっしいいいぃ〜〜〜んっ

と私は反射的に勢い良く尻を叩いた。

「痛いっ!何すんの!」

「あんたねえ、いい加減にしなさいよっ!人様にお尻の穴を・・・
少しは恥ずかしいとか、
ええい腹が立つ」

と言ってる間に、息子はベッタリと革のソファに開き気味の尻をおろした。

「きったないって言ってんでしょ〜がっそこ人が寝るんだよっ」

乱暴に転がり落としてやった。


別の日。

「お祖母ちゃん、お祖母ちゃんはお母さんや叔父ちゃんをお尻から
産んだの? それともお腹を切って産んだの?お腹切ったの?
それともお尻なの? ねえ、お尻なの?お腹なの?お尻なの?」

「お腹だ」と祖母。

「あれえ? 私って帝王切開で生まれて来たんだっけ?弟(仮名)もだっけ?」
と 何とはなしに呟く私を、台所から凄まじい形相をした祖母が呼んでいる。

「あんたはっ!せっかくお腹って事にしておけば、お母さんと同じだねで
それで済むのに。 いいかい?性教育はあんたがやるんだからねっ」

どうも、時々発作的にではあるが『お尻ではない筈だ、そんな気がする』
と言う疑問に取り付かれる様子。
昔の筒井康隆の短編小説で「真ん中の穴だ!」と言う個人的に大変好きな
ネタがあったのだが、今はまだそう言う時期ではない。

「お尻なのかなあ〜、ウンチと一緒に産まれるの?本当に?」

「まあ、大体 大雑把に言うとそうだね」 と答えた。

多分 大雑把の意味が判らなかった息子は、そこで取り敢えず一旦黙った。



更に別の日。

息子の他愛のない嘘がばれた。
自分が言いたかった事を、「○○クンが言っていた」と他人にすげ替える
嘘の初歩みたいなやつである。 人間の発達成長としては正常だと思う。
だが、私は息子が嘘を吐く事には 何より厳しくしている。

少し前に祖母ちゃんが私を帝王切開で生んだと言う大嘘を吐いている話を
書いたばかりだが、息子の嘘にばかり厳しい。
肝心な時に嘘だけは吐かないで欲しいと言うこの気持ちをどう伝えたら
良いのだろうか。
嘘を吐く事に罪悪感を持たない人間の悲しさを どう伝えたら良いのだろう。

「嘘は吐かないで、本当の事を言いなさい。人が信じてくれなくなるのが
一番怖い事だから。 なりたい科学者にも、それじゃあなれない」

一通り叱られまくって親子喧嘩して双方ぐったりで話しかける。

嘘吐きは駄目、嘘吐きは何にもなれない。
その言葉の意味を知って、尚くだらない小嘘を弄して遊ぶ人間になるなら
それもいい。いや、それがいい。判って欲しい。難しい。

子供を育てるのは、難しいなと毎日思う。



2006年08月22日(火) 仔猫殺しの話。


坂東真砂子さんが日経新聞プロムナード欄に寄せたエッセイで、
生まれた仔猫を 積極的に殺す事について書いており、ちょっとした
議論を呼んでいるのだそうだ。
読んでみないと何ともだなあと思っていたら、有難い事に全文転載して
くれている人がいたので、読む事が出来た。

沢山 本を書いている作家にしては読みづらい文章だ。(←えらそう)
この人の本は実は全く読んだ事がないのであるが、作品が全てこんな
感じで書かれているとも思えない。今回はエッセイであり、テーマが
テーマであるからか、きっぱりとした言葉遣いの割には 非常に
飲み込みづらい印象だった。

猫を飼っていて、全部が雌猫で、子供が生まれたら崖の下の空き地に
捨てているが、避妊手術は獣の雌にとっての生を人間の勝手で奪い取る
行為ではないかと考え、結果として生まれた猫を捨てる行為を選んだと
言うような文章だ。

ちなみにこの方、タヒチに住んでおられる。
何となくタヒチの宗教を調べてみたが、プロテスタントが一番多く
次にカトリックが多い。 果物や魚が豊富なので、それらを焼いたり
意外や刺身にしたり シンプルな料理がある反面、春巻きや中華料理
などが定着してもいるとか。へえええ。


考えた事は、こう言うのはエッセイではなく、練ってフィクションに
するべきなんじゃないのかなあ。あと日記とか。
全部きっちり思いつくまま、原稿料にする事もないと思う。

読んでて不思議に感じたのは、雌猫が子猫に対してどう言う思いを
持っているかに全く言及されてない事だ。そもそも子供を産むと言う
行為自体の解釈が無茶苦茶だ。
生(性)ばっかり強調しているが、獣だからって嘗めるのはどうか。

確かに雌猫はうろうろ飼っておけば孕むだろうが、産んだら子猫を
ある程度まできちんと育てる。そして子猫が巣立つのだ(野良猫としてだが)
それが 総合的に生なのであって、交尾ばっかり肯定するのは気色悪い。
子と無関係の交尾に、ここまで思い入れがあるのって人間だけじゃないのか。
他の動物は、性行為イコール子孫を残す行為だからだ。
たまにサルとかで擬似性行為がみられる例があると言う話もあるが。
避妊しないなら、野良を増やしちゃう方が良いも悪いも まだ自然だと
思うけどなあ。

母猫は飼い主が怖いか、やはり餌をくれる人として諦めがあるのか。
とにかく犬より細い分、奥まで破壊力のあるその牙で噛み付いたりは
しないのだろうか? その体力が戻る前に捨ててしまうのだろうか。


中絶手術の是非は難しい問題だ。
おそらく人殺し!などと言っている人も、時と場合によっては選ばな
ければならなくなる、女性が抱える最も深刻な問題だろう。
それは人間が、産む気もないのにセックスをする生き物だからだ。
そんな変てこは人間だけであり、猫と一緒にしてはいけない。

母猫は、子猫を護ろうとする行動を取りたいはずだ。
何回生んでもそうであるだろう。それはサカルのと同じで 彼らの
本能であるからだ。 この人は、母性の方は否定したい人なのだろうか。
それはそれで人それぞれなので 全く構わないが、やっぱり日記に書くか
やんわりフィクションのエピソードの一つに交えるべきだろう。

猫だって ちゃんと世代交代するんだし、生きてる子猫 良く殺せるよなあ
と言うのが、大方の率直な感想なのではあるまいか。

あとこれを、良く日経新聞も載せましたねって感じです。


2006年08月21日(月) 恋をしたいね。


自分が恋をしている時は判る。
その人の顔を見るとドキドキするし、遠くに見かけるだけでドキドキ
するし、声を聞いただけでドキドキするし、いなきゃいないで何故に
いないのだろうかとドキドキするからだ。

新陳代謝が良くなるあの感じ。

30になっても40になっても50になっても恋をする人はするだろう。
私自身は元々 恋にと〜〜っても落ちやすいタイプ。
叶うか叶わないかは全くの別問題。 気持ちすら通じない事が多いが
とにかく恋には落ちやすい、人を好きになっている事が趣味みたい。


そんな生活が続いたのは20代までだろうか。
人を恋する事に懲りる事などあるはずもないと思うが、どうやら
あるらしい。
私はもう10年以上、誰にも恋をしていない。
少なくとも生身の人間にはしていない。漫画のキャラクターは今回
話をシリアスに持って行きたいので除外する事にする。


人を恋うる気持ちと言うものも、もう忘れつつある。
恋したいっすね〜ガンガンしたいっすね〜なんて会話が頭で空回る。
かつて恋していた事があったと言う事が信じられない。
心の中 僅かにその時のドキドキしていたと言う記憶が残っているだけ
本当はどうだったのかも、もう思い出せない。


寂しい事だが、それはそれ仕方が無い。
それより、自分のこれまでの人生を どこまで誤魔化して生きなければ
ならないか、他人に変な目で見られるのは嫌だな・・・そんな事ばかり
考えている。 これはとても虚しい。

恋をして辛い思いをしても、それは女としての血となり肉となると
それは今でもそう思う。だけど自分の心も身体も、もうそんな
大手術には 耐えられそうもないだろう。
目を背けたくなる光景ばかりが思い出される。足が竦む。

恋をしたいね。

そう言いながら、年を取って死ぬもよし。
年を取らずに死ぬもよし。








2006年08月20日(日) ラインクラフト、名牝の死。


昨年の桜花賞馬、ラインクラフトが調教中心臓麻痺で死んだ。4歳。

シーザリオがアメリカンオークスで偉業を成し遂げたあと国内で
走る事なく繋靭帯炎で引退となってしまい、残念だと思っていた所へ
このニュースは悲しい。
ところでシーザリオは既に、やはり引退が早かったキンカメこと
キングカメハメハの仔を 早くも受胎しているそうである。

生まれた仔の名前は単純に両親混ぜるとかじゃなく、お母さん寄りの
センスで付けてもらいたい物だと思うのだが、余計なお世話か。


国内で目立つ牝馬にラインクラフトと、あとスイープトウショウがいた。
この2頭はお父さんが同じ、エンドスウィープの産駒だ。
エンドスウィープも11歳と長命な馬ではなかったが、日本での産駒からは
この2頭の牝馬が出たのである。(アドマイヤムーン♂も頑張り中だ)
スイープトウショウの方が1歳お姉さんであり、この2頭が牝馬戦を
華やかな物にして、お父さんの名前も俄かにクローズアップされた。

死んでしまったラインクラフトは、テレビでしか観ていないけれど
ちょっと変わった流星をしていた。 稲妻と言えば言えない事もないが
音楽記号のようにも、疑問符のようにもみえる。
この馬が正面を向いて立っているのを見るたびに、何か微妙に問い掛けられて
いるような気持ちになったものだが、綺麗な馬だった。
すんなりとして、いかにも牝馬然としていたように思う。
馬上の福永騎手とも雰囲気が良くあっていた。
競走馬とて4歳は花の盛り。 このまま無事に繁殖に上がれば スプリンター
かマイラーか、判らないけど 子供が楽しみな牝馬の一頭だった。
子供達が走るのを見るのも、競馬の楽しみの一つだと思う。

一方の姉ちゃん、スイープトウショウ。
実は私はこの馬があまり好きではない。とは言え憎みきれない変な馬だ。

スタート前に各馬は狭い枠の中に入る。それを枠入りと言うのだが
このスイープトウショウ、この枠入りが恐ろしく嫌いな馬なのである。
2005年の天皇賞秋は競馬に興味のない方も、彼女の枠入りの悪さと周辺の
人々の焦りと苦労を見る価値はあったと思う。『ぽちたま』を見る感覚で。

あそこまで暴れるなんてあってはならんと思うのだけど暴れる。
「なによっいやだってゆってんでしょっそばに寄らないでよ蹴るわよっ
蹴るって言ってんでしょっ寄るなこの」

こんな感じで暴れる。

馬は自分の影や拍手の音にも怯える神経質な動物だ。他の馬に影響が
ない筈はないので、関係者もビビリながらも必死。

問題はここからで、これだけ暴れてるんだから、少なくとも本人はもう
今日はまともに走れないだろな〜などと思っていると、ちゃんと掲示板に
残っていたりする。(この時は5着)
スイープトウショウは牡馬を向こうに回して戦える数少ない牝馬だ。
そして暴れる。調教も嫌いだそうだ。

散々言いたい放題やりたい放題をやって周囲をびびらせたり心配させたり
夜も眠れない目にあわせながら
「あら、あなたたち何やってんの?楽勝じゃない。やり方悪いんじゃない」
とか言ってそうな気がするのだ。 するのだ。

関係者は厳重注意を受けるだろうが馬はそんな事知った事ではないだろう。
でもやっぱり何だか憎めない。 馬だからだろう。

ラインクラフトの方が 良いお母さんになりそうな佇まいだった。
スイープトウショウだと、どんな母ちゃんになるのか、牡馬を蹴り上げる
のではないだろうか。 蹴られたら痛かろう。
生まれた子供も大暴れするかも知れない。
だけどこうなったら、スイープトウショウには養生して、もしくは早めに
繁殖にあげて大人しく暮らして欲しいと思う。


有力種牡馬といわれながら僅か8歳で胃破裂で死んでしまったアドマイヤ
ベガ
のお母さん、自身も牝馬2冠馬の名牝ベガが16歳でやはり死んだ。
孝行息子の倍の長さを生きたわけだが、それでも牝馬は牡馬と違いボンボン
子供を残すわけではないので、まだ惜しい。
このベガと同時期に活躍した馬にホクトベガと言うダートに強く砂の女王
などと呼ばれた馬がいて、紛らわしかったのだが、このホクトベガの
方はドバイでのレース中に骨折、薬殺されている。
現役馬として踏ん張った7歳だった。








2006年08月19日(土) 未来博で。


夏休みメインイベント『こども未来博 2006』

これは札幌商工会議所の創立100周年の記念イベントらしい。

息子はロボ大好き君だ。実は将来の夢は科学者だ。
プロサッカー選手とか大リーグ選手とか医者とか弁護士とか
そんな中に入れてしまえばそれほど目立たないわけで、今のうちに
言って置くのがいいだろう。

そんなわけで、このイベントをとても楽しみにしていた。
ここにはロボットが沢山展示されると聞いていたからだ。

斜向かいさんは既に、一家でこのイベントへ出掛けているらしい。
事前情報として子供達が語ってくれた。
兄「つまらなかった」 妹「つまらなかった」
兄「お母さんは『馬鹿にしてる』って怒ってた」

おおおっ
お母さんは良識のある人で短気でもない。これは何かあるな〜と
思いながらも出掛ける。

会場に到着。霧雨が降っていた。

メイン会場前には幾つかの体験コーナーがあるが、どれも行列。
「一時間待ち」と言う札を掲げた無表情なお兄さんが立っている。
私は行列に並ぶと言う行為が、何より嫌いだった。

「さっさとメイン会場に入ろう」

入ると直ぐ、黄色いロボット「ワカマルくん」と一瞬人間と間違う
綺麗な女性ロボットが動作をしている。本当に美人で歳を取る事もなく
化粧直しの必要もない。これは良いかも知れないが、もしニュースの
アシスタントなどに使われたら、深刻なニュースの際は 視聴者は
このロボさんに深々と頭を下げられたら立腹するだろう。

ここで 通り縋りの2人の母らしき人の会話を盗み聞く。
「ここでこのロボットでしょう?だから中を期待するよね」
「騙されたね、最悪」


うむ。完全に何かあるっぽいなと思いながら張り切る息子と祖母と
中へ入る。 正面にでかでかとNTTdokomoのブース。
後で判ったが、内部では「ドコモダケクイズ」とかやってたらしい。

ブースの数は多く、ロボットらしき物もたくさん展示されているが
時間帯もあるだろうけれど、ほとんどのロボが休憩中。
ロボは小樽水族館の海獣ショーなみの出演サイクルなのだった。

私の父はイベント屋で、私もイベント屋に勤めていた事があるが
イベントを成功させるもさせないも、結局は出店ブースの工夫と熱意で
あると思うのだ。 この未来博には  失礼ながらそれが全くなかった。

まず、ロボットの管理をする人がいても、客の目を引いたり説明したり
するブースがほとんどない。ロボ管理はバイトなのか知らないが
冬に小学校の体育館で行った化学系イベントで、モアレだとか尿素結晶
だとかを小学生相手に必死に説明していたA高校化学部の生徒さん達の方が
余程立派であった。

触った機械は「現在使用できません」。記念写真は(撮る気もないが)
「本日の分は終了しました」。

それでも、途方に暮れていた息子が唯一関心を示した物があった。
それを見て、初め私は新手の掃除機かな?と思った。
「番竜って言うらしい」 そう書いてあるから。
「・・・何時に動くか、聞いて来て」
「自分で聞きなさい」 と言われ、おずおずと行く息子。
「5分後に動くんだって!」
と言う事で三菱重工で出展されていた家庭用ユーティリティロボ「番竜」が
始動するまで待つ事にする。

5分、立会いのお兄さんは3人いたが、誰も何も言わない。
見れば高いところにモニターが取り付けてあり、動く番竜くんの姿が
映っているが、だから何だと言うのだろうか。

それでも5分後、確かに番竜クンは動いた。
番竜クンは身体のあちこちにセンサーが付いている。小さな子が手を
かざしてみせる。「あ、駄目だから」 とお兄さん。
別の所に別の子がやっぱり手をかざす。「あ、駄目だから」
触ってもいないわけで、それでも番竜クンは暴走でもするのだろうか?

息子は食いいるように番竜クンを観察していた。
触らないが 傍に行って、足のジャバラや腹の部分、コンセントなどを
熱心に見詰めている。 何か感じる物が、あるのだろうか。
何か判る部分があるのだろうか。

そのうちすっくと立って、珍しい事にお兄さんの所へ自分から歩いて行った。
何か質問したらしいが、声が小さく聞き返された。
息子は今度は周囲に聞こえる大きな声で質問した。
「これ、攻撃はしないんですか」
「攻撃は、しません」 とお兄さんが答えた。

私はちょっと離れて、他人のフリでモニターを見ていた。


「撤収だ」 雨足も強くなった。アシモ君の登場はまだであり行列であり
ロボットは休んでおり、そうでなければ故障中であり、ドコモの
コンパニオンのお姉さん以外は無表情なロボ世話係ばかり。
資料さえろくに手渡してくれない。見付けたら勝手に持って行けという感じ。

外は出店が一杯だった。店員はともかく、品揃えはテキヤさん。

ロボがメインって言っててもイベントは人がメインだと思う。
お客さんも、迎える方もだ。
余り良くない、しきり方である。


☆ユーティリティーロボ「番竜」。
 正直小さい。掃除機くらい。これ以上大きくなっても家庭用なので
 ちょっと怖いが。



☆番竜の側に貼ってあった紙。
 これは理工系の冗談と言うやつなのだろうかと思ったので撮った。




2006年08月18日(金) カブト、クワガタ選手権!


TVチャンピオン「カブトムシ、クワガタ王選手権」

息子のテレビ系夏休みメインイベント。
そして私もひっそりとカブト、クワガタ好き。

世界中には色々なカブトやクワガタがいる。
某社が微妙にあ○ぎなカードゲームにしなければ、ここまで色々な
造型のカブト君やクワガタ君の実物を見る事はなかったはずだ。
ホームセンターで。

おがくずの中でのた打ち回るか ぐったりしている彼らは哀れだが
図鑑で見る彼らは美しい。 わくわくする。
多様な角の長さや形に、世界の広さを感じる。


今回私のツボにはまったのは、森で実際に挑戦者が捕まえたクワガタや
カブトムシに風船をつけて、どれほど耐えられるかと言う競争だ。
ちっこいのは風船2個で飛んで行ってしまった。
(命綱が付いていて、直ぐ引き戻されるから大丈夫らしい)
だが風船22個に耐えたものもいる。風船22個と言えばかなりの浮力だ。
ちょっと可哀相だが、浮きそうなカブトムシ達は後ろ足で踏ん張る。
本人の意志と言うより、ひっくり返され辛いと言うか地面から離れない
構造になっている脚だからだろう。
20個以上の風船を背中に付けて、微動だにせず踏ん張るクワガタ。感動した。

カブトムシの力持ちぶりには今更と言う感じでも、尚 驚かされたが
決勝のカブト対カブト、クワガタ対クワガタのタイマンマッチでは
気性の荒い、攻撃性の高いカブトやクワガタの圧倒的な力に驚いた。
はっきり言って、大きさや姿は違っても、性質はそう変わるものでは
ないと思っていたからだ。
勝負を見る限り、かなり違う。
パラワンオオヒラタクワガタが一旦退いた相手を激しく追撃してマット(?)
から突き落としたのにはびっくりだ。
カブトではコーカサスオオカブトムシが強かった。相撲より私は好きだ。

気が付けば息子より私の方が興奮しているではないか。

私は結構ためたんだ、ムシ○ングのカード。
金カードはなかったが、銀と銅は人生の無駄運を使い切るほど溜めた。
だが息子がある日、全部ポケモンカードと交換して来てしまった時
「これは私が私のために買ったカードじゃなかった(涙)」
と思ったのだった。
それから二度と、カードは買っていない。

今、近所の家では 大抵カブトかクワガタを飼っている。
アトラスとか、そういう外来種だ。
死んだとか、また買ったとか。息子はその度 見せてもらいに行っている。
「カブトか、クワガタ買って!」

ご免よ、弟妹も駄目と言ったあとにカブトも駄目でさ〜
でも直ぐ死ぬし 「逃がしてあげよう」 なんて始まったら厄介だしね。
学校は生活の時間にでも、ちょっと外来種問題をやってくれればいいと思う。
「バッタは逃がしていいのに、カブトムシは何故駄目なの?」
と言う問題を、まず子供達から大人に向けて啓蒙するくらいじゃないと。
折に触れて言おうとしても 欲しい欲しいで学ぶ気そのものが無さそう。
学ぶほど重要な事と言う意識も まだ薄い。
だが低学年でも理解の出来ない事ではないと思うので、これは学校で
是非やって欲しいなあと思う事だ。

今日のテレビは夢の対決だ。
面白いけど、日本には固有のカブト、クワガタやその多様な亜種がいる。
今日の虫ほど力技には強くはないけど、そゆ事でもないからね。

来週のグラスアートも楽しみだ。
最近は子供番組以外、まともに見ているテレビはこれだけだなあ。



2006年08月16日(水) 魚になめてもらう。


夏休みも終盤。 また水族館へ行く。
私は水族館が、実は大好きだ。
イルカショーとか海獣ショーとかの大物も悪くはないが
ただ、不可思議な動きをする不可思議な形をした極彩色の生き物を
ずううううっと見ているのが好きなのだ。

だが息子が生まれてからは ずうううっと見ている事は出来なくなって
しまった。 息子も水族館が好きだが、私は小さな魚が好きで
息子は大きな魚が好きなのだった。
野放しにも出来ないので、付いて歩く。

今日出かけたのは家の近所の小さな水族館だ。
さすが夏休み、普段は閑古鳥が鳴いている(入場料が800円もするから)
癖に中々の盛況だった。

エイ、クラゲ、カメ。
この3つは、親子ともに好きなので水槽の前に長く立ち止まりたいが
冷房が効きすぎなのと 後から後から家族連れでつかえている。

子供達の休みには何らかの催し物をする。
今回は水辺の生き物たちと言う大変に地味な催しだった。
確かに絶滅危惧種なのかもしれないけど、どう見ても小さなドジョウだし。

この催し物、大抵は私の心にヒットする物が多かったのだが。
今まででは「世界の珍しいクラゲ」「世界の珍しいカエル」などがあった。
クラゲ特集は息子に大うけで、カエル特集は私に大うけだった。

ちょっと地味な「水辺の生き物」
だが呼び込みはもう一つあったようなんである。
ドクター・フィッシュ。
ガラ・ルファと言うコイ科の小魚だ。これには面白い性質がある。
書籍「へんないきもの」にも登場しているが、この魚、人間の皮膚を
突いて食べるのである
。
しかも高温(35度くらいまで)でも生きられるので、トルコでは
これを温泉に飼って、皮膚疾患の治療(水虫とか)に利用している。

「!!!!!!」

素晴らしい、手が突っ込めるようになっているではないか。
ドクター・フィッシュに突いてもらう、滅多にないチャンスだ。
だが子供が列を作っている。
「きゃあああっ痛い痛い痛い!」 5歳くらいの女の子が突拍子もない
悲鳴を上げた。 なに!これは痛い治療なのか??
「魚がかんだ〜」
魚と言ってもメダカをちょいと大きくした感じ。でも確実に手に寄って
何かしている
。 女の子は逃げるように行ってしまった。
次は私の順番である。わくわく。
ちょっとくらい痛いのは平気。 大人だから。
どのくらいのパワーなのか。甘皮を一気に剥ぐくらいか?痛いよそれは。

「・・・!!!!!!」

大変な量の魚が集まって来た。手を入れる場所は2箇所あって
たまたま向かいでは息子が手を突っ込んでいた。
太った小さな手より、貧相でも大きな手に寄って来るらしい。
気持ちいいいいい〜〜〜〜〜っ何て言うか、これはいいです。快感です。堪らん。
痛いとかでは全然なくて、こっそり触る感じ。海草の中に手を潜らす
ような、精神的にも非常に良い感じ。
見ると向かいで息子が奇声を発していて、やっぱり快か不快しかないよ〜な
お子ちゃまには、これは早いと思った。

出来ればあと20分くらいやっていたかったが、気が付けば行列。
さっさと避けた。

そのあとは何を見ても何を見ても頭は医者魚の事ばかり。
水槽には更に長い行列が出来てしまい、とても後ろに付けそうもない。
いや・・・一人だったら気長にまた並ぶんだけど。
その後私が発した言葉はハコフグをみて
「こう言う顔の人、いるよね」
くらいだったと思う。

温泉でまでは入りたくないが、お手手の先ならまたなめて欲しい。
そんなドクター・フィッシュであるが、ブーム、乱獲となると頂けない。
トルコの温泉場まで出掛けて行くか、管理のしっかりした水族館の
呼び物
程度で我慢した方がいい。

温泉と言えばサカサクラゲの展示があった。
正に温泉マークなわけだが、あんなレアな物を湯気のマークと結び付けて
呼んだ初めの人は誰だったのだろうか。







2006年08月15日(火) 弟妹が欲しい。


夏休みの遊び相手は学校へ言っている時とは少し違っていて、
学校がある時は、多少遠くからでもクラスメートがやって来る。
学校で約束してしまうらしいからだ。

夏休みは近所の子と遊ぶ。

斜向かいは お父さん(お医者さん)、お母さん、お兄ちゃん(小3)
妹(年長さん)の4人家族。 ちなみにお父さんとお母さん、美男美女の
カップル。 お父さん、私が息子を産んだ病院の婦人科に現在勤務中に付き
私は健診に行けないのだ〜(内緒)と言う、不思議かつ情けない縁がある。

ここの兄妹と、息子は良く遊んでもらう。
お兄ちゃんとこにも、普段は学校の友達が来てるんだけど、何故か
夏休みは息子と遊んでくれてるふう。
「オレは今 副隊長で、T(お兄ちゃん)が隊長だ!」
「オレは今 隊長になって、Tはスーパー隊長だ!」
「Aちゃん(妹)は 副副隊長だ!」


何をやっているのやら、食事の時だけ戻って来るのだが、そんな話を
している。 「TはAちゃんに意地悪言って泣かす」
「それはT君はAちゃんのお兄ちゃんだから、兄弟だから喧嘩するの」
「オレがAちゃんに悪い事を言ったからオレは今家来にされたんだ」
兄ちゃんは、他の者が妹を愚弄するのは許さないのだった。

そんな毎日を送っているせいか、夏休みは近所の子が一斉に兄弟姉妹で
遊び出すせいか、息子はしょっちゅう 「オレも妹か弟が欲しいなあ」と
口にするようになった。 普段の5倍は口にするようになった。

今日も祖父母が隣町のお寺に出掛けている時に、息子が食い下がって来た。
「お母さんは、もう弟も妹も産まないんだよね??」
人を犬コロみたいに。 一人育てるだけでどれだけの苦労だとお前っ。
「産まないね〜、だけどT君もAちゃんもいるでしょ?
一緒に遊んでくれるでしょ?」
だから余計に欲しくなっちゃったんだろうけどね〜。
他のものなら、サンタさんに頼めば大抵は ト○ザらスの袋に入って
クリスマスに ツリーの前に置かれてるけど こればかりはね〜。

「お母さんは歳だから子供を産まないんだよね??」
「子供はお父さんとお母さんがいて、初めて生まれて来るからねっ」
悔しいから思わずかわした! だけど逆にまずい方向へ踏み込んだ気分。
「じゃあ、お父さんがいれば、お母さんは子供を産むんだね??」
わあ、来たあ。
「いや・・・やっぱりお父さんがいても もう産まないって言うか」
どっちだよ! 産みません。

「お母さんはさ、お腹が ばくって割れてオレが生まれて、だからもう
産めないんだよね。他のお母さんみたいに ちゃんとお尻から産んでたら
まだ赤ちゃん産めたかも知れないんだよね?」

う〜〜〜〜〜ん。「うん、お腹 切っちゃったしねえ」
お尻云々に関しては、現時点ではノーコメント。

一通り聞いたら、息子も諦めが取り敢えず付いたようだ。
だがまた何れ、聞かれることになるわけだが・・・。

息子の勘違いには頭を抱えたが、私はたった一人の子を帝王切開で産んだ。
ギリギリの出産であったため、何がなにやら判らず、これからも
判る事はないだろう。 あのまま切らずに産んでいたら、もしかしたら
息子は彼の言ってる通り、お尻から出て来たのかも知れない。









2006年08月13日(日) 抜け殻


「いなくなっちゃえばいい」

唐突に息子が言った。 夏休みに入ってからの事だった。
相手は同じクラスの男の子だ。

その子と息子とは幼稚園から4年、ずっと同じクラスだった。
幼稚園時代は、年齢の割には大柄で、しっかりした子だと言う
印象があった。 「いつも良い頭に刈ってもらっているねえ」と
ある日声をかけたら「お祖父ちゃんに刈ってもらったんだ。
お祖父ちゃんは床屋さんだから」
と答えた。

「じゃあ、児童会館は断ればいいの?断って来るの?私が断れば
いいんだね?今から。判った、断って来るから!」

何をそんなに、怒っているのだろうか。
その子が初めて、私の家に遊びに行って良いかと自分の母親に
訊ねた参観日の日、母親は私の目の前で こうまくし立てた。
「お母さんに話してなかったんなら、別の日でも うちはいいんだよ」
「いやだ!遊びに行きたい」
「判った!もういい、断って来るから、児童会館は!」
私の方は全く見ようとせず、怒り続けるその人に、常識のない人だなあ
と思ったのは本当だ。 実はそのあと、何事も無かったかのように
休日の遅い時間に健康食品の販売会があるからと誘われた。
当然だがやんわりと断ったら、すいっと行ってしまった。
それもあって、私自身、その母親に良い印象を持っているとは言えない。

その子は遊びに来た。
毎日毎日、断っても来る。遊びを断ると言う事がまだ上手く出来ない
息子が、結果的には叱られたりした。彼は来て、帰らない。
他の子が帰っても一人だけ帰ろうとせず、帰るように言うと悪態を吐く
様になった。 家に遊びに来た、他の友達に乱暴をする事もあったし
およそ子供とは思えぬ多様な嘘を吐いた。
そして「この家にあるもの、Rちゃんの持ってる全部オレが欲しい」
と言う言葉に、私は子供相手とは思えぬ 非常に不快な何かを感じた。

彼が家に来る頻度を減らして行く。 来たがる彼と断れない息子。
そのうち彼は 他に同じような居場所を見付けたようだった。
まずはホッとした所から本当の問題は始まっていた。
彼は居場所と定めた家の子には親切だった。だが居場所に近付く
子供に容赦はしなかった。
我が家に来ていた時も、そう言えば他の子に喧嘩を仕掛けるので
本当に大変だった。
そして、我が家が居場所ではなくなった途端、息子が標的になって
しまったのである。息子は毅然ともしておらず、何より力の使い方を
教えていないので、急所(腹)攻撃で来る相手には如何ともしがたかった。

息子は泣いて腹を押さえているのに、まだその子と遊びたいのだ
その子が優しい時もあるから好きなのだと言う。
私はそんな息子を叱って泣かせた事もあった。しゃんとしないお前が
悪いのだと、やっぱり泣かせた事もあった。
叱りながら、こんな風にしか叱れない自分の情けなさに私も泣いてしまう。

その子とのトラブルは、この夏まで延々続いた。
学校の先生とも 密に連絡を取り合ったり、足を運んだりした。
その子が暴力を奮うのは、うちの息子だけではなく、やがて学年の
トラブルメーカーになっている事を知った。
それでも楽しく学期を乗り切ったのは、学校の先生の協力と理解が
あったからに他ならない。
意外にもその間、息子も息子なりの友人関係を築けるようになっていた。

息子が木に引っ掛けた帽子を、その子がこっそり排水溝に捨てた時も
一緒にいた友達が血相をかえて報せに来てくれた。だから帽子は戻った。
「どうしてその場にいて止めなかったのっ」
立派な行いをしたのに逆に自分のお母さんに叱られてしまった彼は
「こわかった」と一言 言った。


その子の親は、春に離婚していた。
喧嘩や母親の家出は、昨年遊びに来ていた時、幾度か聞いていた。
「可哀相にねえ」と半泣きで言う人がいる。
可哀相なのは、その子はもうずううっと可哀相だったんだ。
そんな事が判ってなかったわけじゃない。あれこれ言うべき相手は
子供ではなく、本当はその親だった。 電話で一度、世間話に紛らせて「腹を殴るな」
と母親になるだけやんわり言った事があるが、離婚が判ってからは
無論、あれこれ言う事はしていない。


そんなで夏休みに入ったばかりの或る日だ。
「大嫌いだ、いなくなればいい!」
遅いよ、怒るのが。
でも私もそうだ。 その時は「・・・・・・?」 と言う感じで 周囲に
あれこれ言われるのだが、ひどい時には半年や一年後に突然怒る。
一度怒ったら、滅多に許す事はない。


楽しい夏休み。
その子の家は空き家になっていた。折込チラシで気付いた。
床屋をやってる祖父ちゃんの家は地方だそうだけど、もし帰れるなら
帰ってあげて欲しい。 学校から帰ったら「お帰り」って言ってくれる
人が、あの子には今 絶対に必要なのだ。
私も息子から色々奪った。 忘れてはいけない。


新学期。 おそらく母親の戸籍に入るであろうと思われるので
姓が変わる確率の高いその子が転校して行くのか、学校に残る事に
なるのかは判らない。
だが、元の家の至近距離に住むとは考えにくいので、少なくとも
下校コースは別になるだろう。 或る意味 彼は「いなくなる」のだ。

今成長しつつある息子に言える事は
「いなくなれ」と言ったら本当になるかも知れないから、そんなふうに
思わなくても良いように、言いたい事はその場でちゃんと言う。
強くなる。だろうか。
私の息子だ。直ぐにはちゃんとは出来ないだろうけれど・・・
















2006年08月11日(金) られまくっちゃ問題


携帯は余り使わない。
携帯メールを打つと肩が凝る。
しかも打つ相手がいないのだった。
PCメールと普通の電話で全く事足りている。

専用携帯を持つのは夢だ。
恐ろしい事に我が家の携帯はいまだ共用(母と私)
プライバシーもへったくれもない。
だが基本料金がバカに出来ない携帯電話。
大して用もないのに見栄のために台数を増やすわけには行かない。

彼氏が出来たら携帯をかってもらうの☆
私の事が好きなら基本料金くらい屁でもないはずよ☆

なんて事を言って歩いているので 元々遠い縁が更に遠く
なっているのであった。

話が逸れてしまいましたが

「られまくっちゃ」って入力するとフリーズするんですね。
一部のメーカーの携帯らしいけど。
初めはどこでフリーズするのか判らなかったんじゃないかと思う。
「られまくっちゃ、だ!」って初めに気が付いた人は正直どんな気持ちが
しただろう。 発見のあとは不具合対策となるのだが、発見の喜びより
語感の間抜けさがつ〜んと耳の中を通り抜けて行くような心持ちでは
なかったか。

られまくっちゃ
使うと言えば使うが、使わないと言えば使わない。
避けようと思ったつもりでも 気が付けば使ってる。
「ここまでやられまくっちゃ」
「こんなに毎日こられまくっちゃ」
「弟とは言えみられまくっちゃ」


られまくっちゃは大体「困る」「迷惑」「大変」辺りにかかるのだろう。
でもって本人は早く結論を打ちたいわけだがそこでフリーズ。
理不尽かつ厳しい事は、人生そのもののようである。

対策会議資料などに「られまくっちゃ問題対策云々」と書いてあるとは
さすがに思えないが、取り敢えず目を引くネーミング。
2000年問題と言う、何が起こるか見当も付かない感じのネーミングとは
対角線上にあるようでいて、どこかが少し似ているのがまた笑える。





2006年08月10日(木) 暑い日の出来事。


ここ5年で一番暑い気がする夏休み。

休み中であるせいか、息子の話が多くなる。
普段も色々とあるのだが、正直言って余裕のある会話が出来て
いるとは言い難い。
1学期は特に、特定の子とトラブルが起きたりやなんかで
学校で疲れて帰って来て、いきなり叱られるなどと言う事も
多かった息子である。 休みは親が成長ぶりを 余裕を持って
見てやると言う意味でも、朝から居るのは大変なのだが
あった方がやっぱり良い。

今日新しい事実が判った。
息子は女の子はおしっこをしないと思っていたらしい。
話のきっかけは、息子が扇風機に向かって全裸で腰を突き出して
涼んでいた
ので 「そんな事をしていたらチ○チ○が千切れ飛ぶ」
と私が注意した事であったと思う。

「そしたらおしっこが出なくなっちゃうね、女の子みたいに」

だってチ○チンはおしっこをするところだから、女の子には
チンチ○が無いからおしっこが出ない、と言うのが息子の理屈だった。
7歳なのに・・・私は机に突っ伏してしまった。

「じゃあ、お母さんは何しにトイレに行くと思ってたの?」

「ウ○チ」

金魚かよっ全部一緒に出すのかよっ
突っ込みたい気分炸裂状態であったが、注意深く説明する。

女の子にはチ○チンはないがおしっこはします。
身体の作りが違うだけで、あとは同じです。

「じゃあチ○チンの代わりのものがあるのか」

難しい質問だ。ある、と私は答えた。幸いそれは何かとは聞かれなかった。
聞かれる前に激しく言い足した。
「いいかい。ち○ちんち○ちんち○ちんち○ちんっ。どうだ、いやだろう
恥ずかしくないか?こっから下の(腰部を差して)話はするもんじゃない」

「じゃあ足も駄目なの?」

「自分で考えなさいっそんな事は」 かなり狼狽していたと思う。

「ここの(特定の部分を指す)話はしないんだね」

「そうだね。あとお母さん、まさか7歳でそれ知らないと思わなかった」

余計な一言を付け加えたら息子はすっかりむくれてしまった。

「だって、お母さん・・・もういいよ、もう・・・そんな、エロい・・・」

シモはタブー、タブーはエロイと言う事になってしまった。
友達同士の中途半端な情報交換と混乱しているのだ。

息子は空気は読めないが気は弱いので、絶対駄目な事は何となく
判って言わないふうだ。とりわけ女の子が好きなので、彼女らに
嫌われる言動は慎む事だろう。 そうであって欲しい物だ。

夏休みは、まだまだ続く。






2006年08月09日(水) 歌好き親子。


歌が好き。

高校の時少しと、20代の半ばから社会人合唱団に入ったりした。
女声の繊細な美しさと混声の迫力、どちらを選ぶか迷ったが
諸般の都合で女声になった。初めの合唱団ではソプラノ(セカンド)
だった。
私が入団する前は全国で大きな賞も手にした事がある合唱団で
あったらしいのだが、入団して何年かして内紛で潰れてしまった。
直にはかかわってないが、怖いものを見たな〜と思った。

プライベートがごたごたしたので、メンバーが次々と他の女声や混声の
合唱団へと移る中、私は合唱から離れた。

5年ほどして、しぶとく再びもう少し小ぶりの合唱団へ入る。
諸般の都合でこの時も女声であり、パートはメゾ・ソプラノだった。
人には持ち声と言う物がある。ある程度の訓練で高い音などは出るように
なるのだが、持ち声の素晴らしい人には全く叶わない。
持ち声の良さと言うものはその人が歌っているのを聞けば誰にでも判る。
この時の合唱団は小規模だったが、素晴らしい持ち声をした女性が
一人混じっていた。
彼女が音楽を始めたのは成人してからだと言うが、オペラ出身の先生の
個人レッスンを受けていた。元々持っていた声は訓練により使えるように
なったものらしい。
私もその先生の訓練を受けさせて頂いた時期があった。
声帯も細く、おそらく持ち声も全く魅力の無い物であるのだろうが
素晴らしい先生に付いて短期間でも発声を教わった貴重な経験だった。
・・・・・・今では色々と忘れてしまっているが。

その辺りでプライベートがごたごたしたので、私はまた合唱から離れた。
それからはずっと、子育てライフ続行中だ。

合唱はみんなが声を合わせて歌うと言えば、確かにそうなのだけど
ただそれだけではない。一人ひとりが何かの一部になりきって声を出す。
歌を歌っていると言う気は、正直言って余りしないのである。
聴いている人には歌に聞こえると言う感じなのだと思う。


合唱から離れても、歌は好き。
でもって実を言うと、カラオケの方が私にはすっきり感が強い。
自分の声質に合った曲を探すのも楽しい。

「心をなににたとえよう」

ゲド戦記「テルーの歌」レンタルしてたのを息子に見付かった。
どうしても歌えるようになりたいと言う。

「歌はお話と同じだから、言葉の意味を考えながら歌わなければいけません」

自分は洋楽の空耳アワーから始めた癖に我ながら良く言うよ。

息子も歌好きになるのかな?将来グリーなんかで活動したら面白い。
変声期に、言われて声を大事にするようなら、脈はあるかも知れないな。




2006年08月07日(月) 町内、夏祭り。


町内夏祭り。

これが終わると直ぐにお盆で、お盆が終わるとあと言う間に秋で
それからまた、滅入るような長い冬。
端折り過ぎだが、大体そんなふう。

今年の夏祭りは暑かった。仕切りもはっきり言って例年で一番
悪かった気がするが、こちらは参加するだけなので余り言えない。

祭り会場は我が家の裏の公園。
確かに一日に何度も細かく、空いている時間を見計らって行けるし
雨でも降って来ようものなら、家まで1分だし、羨ましがられる。
が

今年のような暑い夏は、窓を開けずにはいられない。
我が家にはクーラーがないのだ。今後も、平均気温が3度ほども
上がらない事には購入する意志も全くない。

祭りの音は2日に渡って丸聞こえ。
ブラスバンドの演奏は、ちょっとだけ得した気分。
だが、素人カラオケ大会は・・・さざんかの宿をフルコーラスで
ずううっとバックミュージックとずれたまま聴かされるのは・・・
ご愛嬌と言うには、この暑さの中、正直きつかった。

夕方は盆踊り。
祭りは昼からであり、昼一当番と盆踊り当番を祖母と決めた。
土曜は私が夜外出するので、昼に息子のくじ引きやおでんを買いに行く
当番。盆踊り当番は祖母。
今日は昼は祖母がそれをして、夕方の盆踊りが私の当番。

結構大きな図体の息子は恥ずかしがって手にしがみついて来る。
力があるので、気のせいか傾く。 「お母さんも踊ってええ」
いやです。恥ずかしいです。
「ほらっ輪に入れば誰か必ずいるから行っといで!」
強引に輪に押し込んでやった。

1周目、近所の子と一緒に踊っている。良かった。
2周目、近所の子が2人に増えて 3人で遊びながら周っている、良かった。
3周目、クラスメートばかり5人に増え、そこだけ団子状になっていた。

いい加減な所で撤収させたが、息子は大層満足そうであった。

「男の子って、何であんなに固まるんだろうねえ」
家に帰って祖母と話す。
「高学年になっても、固まってふざけてるのは必ず男の子だよね」
「まあ、女の子は浴衣とかあるし」
ふむ。学年が上がると、男同士固まりながら、こっそり好きな子の
浴衣姿を探したりするのかな?


☆私の部屋の窓から撮りました。
 盆踊りをする人が見えるでしょうか。
 昼はカラオケ、ビンゴ、町内会くじ引きと・・・結構つらいんですよ。




2006年08月05日(土) 夏息子、もこもこ走る。


夏休みの真っ最中。
天候には恵まれ、暑いくらいの毎日だ。

息子はラジオ体操に もこもこと出かけて行く。
帰って来たらご飯を目一杯食べて
ドリルやエレクトーンの練習や観察日記をその日の課題分やったあと
新しい自転車に乗って もこもことまた出かけて行く。

おそらく骨格か、筋肉の付き方なのだろう。
子供にしては大変に厚い胸板をしている。
裸になると小2とは思えない 非常にはっきりとした逆三角形の身体付き。
筋骨隆々であった父親の身体をそのまま受け継いでいるのだろう。
だが骨格がまだ未発達であるため、丸まったカブトムシの幼虫のような
もこもこした体型に見えるのだった。
動きが決して機敏とは言えないのも無関係ではないだろう。

格闘系に向いているのかも知れないな〜と思う事もある。
だが 本人は競る事がとても苦手で、花や綺麗な物や、何より音楽を
弾いたり聴いたりしているのが好きな様子だ。
昔、少年サンデーに「音吉君のピアノ物語」と言う、ものすごく
ガタイの良い少年がピアノを弾く話があったので、私は最近 陰で息子の
事をおときちくんと呼んでいる。
やる事なす事は 良くも悪くも私に似ているように思える。
アンバランスな気がするが、そんなものなのだろう。

「おばさん、Rちゃん外へ出ないの〜」
「遊べないの〜?」

近所の子から声がかかると嬉しくなる。
息子は小学校へ上がるまで、中々友達と遊べない子供だった。
食べるものもそこそこに、出かけて行く。

公園へ渡る道を颯爽と自転車で走り抜ける友達。
その後ろから 一人もこもこと行く息子。

夏休みに入って10日。
わずかの間に、更に一回り大きくなってしまった息子。
だが良く見れば、友達もみな大きくなっているのだった。


2006年08月04日(金) また全く違う話。


性病話の次の日なので、どんなコンボにしようかと迷いました。
実際は平凡な一日でした。またカラオケに行ってしまいましたが。
息子の声が少しだけ低くなって来ている事に気が付きました。
変声期とは別物で、どちらかと言うと声そのものと言うより 声域が
下がっているような感じです。


親しい人とのメールでのやり取りは、当分出来そうもないと かなり以前に
書いたのですが、今でも盛んにしています。都度違う相手の方には
おそらく 迷惑なくらい書いたりしています。
元々長文が癖なので、読むのも大変だと判ってはいるんですが。


ずっと以前、初めの頃は、当たり前にようにメールが来る事に戸惑いました。
メールの数が増えるに従い、そう言う物かと思い、嬉しくなりました。
メールは定期的に来るので、定期的にPCを開けて、丁度入ったところだと
本当に嬉しくなりました。 それが何故かは良く判らなかったけれど。

メールが無くなる事がどうして辛いのかも、初めは判らなくて本当に
困ったものでした。 昨年から時折、自分の気持ちの不安定さと向き合ったり
目を逸らしたり、結果醜態とも言っていい物が日記として未だ残っています。
自分が知りたかったのは、何が自分をそれほど悲しくさせるか
それだけだったんだけれど。
一日に決まった数のメールが来て、同じように返す。
それが無くなるのは確かに残念ではあるけれど、それほど悲しくなる
事でもない様な気がしました。

自分が、随分寂しい人間である事に気が付くまでに、しばらくかかりました。
名前を呼んで、心を傾けてくれている様な文面を読むと、寂しい事を
その時だけは忘れる事が出来たから、それが無くなるのが辛かったんでしょう。
情けない結論です。


これからはそう言うメールのやり取りはしたくないです。
今も長文メールは書くけれど、気になる事や情報や、やっぱり『縁』で
知り合った方ばかりだから 日々の様子は気になるし、そんな感じで
書いてます。
結局長文になるし、数も多いんで呆れられているかも知れませんが。

メールで送れる情報は限られています。
それに寄りかかってはいけないんですが、メールでのやり取りに対する
知識自体が 自分には少々不足していたと思います。
長い期間に及ぶ、特定の人とのメールのやり取りは、苦い教訓を残しました。


く〜だらないやり取りも、優しいやり取りも、目をみながらも 会えない
人とも 同じに出来るように、取り巻く状況が変わっても、疎遠になっても
また会える事があったらいつでも楽しい会話が交わせるように。
自分自身 徹底的に不信感を持ってしまった感のある、今回の例は悲しいので
二度は同じ事をやらないようにしたいなと切なく考えます。

ネットで色々なやり取りを経験している方には、これはごく初歩的な
わざわざ書くほどもない失敗談なんだろうなと思います。

だけど苦しいと思った時は、色々こうやって、独りよがりでも書いてみた方が
良い気がするもんで。 少しずつ、調子が戻ってきたように思えます。











2006年08月03日(木) 性病・・・。


昼間、カラオケに行った。
階下にはゲームコーナーもあり、夏休みだからか 学生さんで大賑わい。

高校生か大学生か判断は付かなかったけれど、女の子3人ほどのグループと
すれ違う。 今の女性は皆さん背が高いですな。履いてる靴のせいかな?
その中の一人が大声で話していたので、たまたま強烈に耳に入ってしまう。
「性病!近付くな!って言われてさ〜」

笑っていたが性病なのか?それとも新手のセクハラ系悪口なのか??
思わず立ち止まってしまった。

インキンではないので性病は必ずしも痒くない。
男性なら症状が出た日に速攻泌尿器科に駆け込む事になる淋病も、女性の
場合は自覚症状が出辛く、気が付かないまま重くなったり
パートナーに伝染させて泣かせたり、ひどい時には不妊の原因に
なったりする。
エイズも感染が早く判れば、先進国では死病ではなくなったと言われている。
また、最近爆発的に増えているらしいのがクラミジアだと言う。


今回は私の性病体験記だ。
さすがにパートナー感染だったりしたら こんなとこ書けません。
だけどパートナー無関係に発病してしまう性病がある。
それを知ったのは、ごく最近の事だ。

鼻の病気で入院中、向かいのベッドにいた6歳の男の子の付き添いの
お母さんが、たまたま婦人科勤務のの看護師さんだった (その病院では
ないけれど)。子供さえ静かにしていれば彼女も手持ち無沙汰だし
私も暇なので色々な話をする。
性病が増えていると言う話もその時に出たと記憶している。

「こう言うところで手術したあとにカンジタを発症する人がいるよ」
「なんでまた」
「抗生物質を沢山使ったあとになるんだって〜気を付けた方がいいよう」
と彼女は笑っていたけれど、私も良く判らないので、その時はマスクの下で
ただニヤニヤ笑っていた。

それきりその事は忘れていたが、退院してしばらくして
「痒っ!かゆかゆかゆ〜〜〜〜〜っ!!」
あり得ない痒みにしばらく頭を悩ませて、看護師の彼女が言っていた事を
思い出した。 「いやしかし、まさか」

いやだ性病なんて、こんな理不尽な話があろうか。
ついこの間まで、散々痛い思いをして、今度は身に覚えもない
恥ずかしい思いをしなくてはいけないなんて〜〜っ
でも選択の余地はどこの病院へ行くくらいしか、もう無い感じ。
行かないと言う選択はないと言う劇症ぶり。

性病、やっぱりいやだ。何かにかぶれたのだと思いたい。
近所の婦人科に飛び込んだ。 「少し前まで入院してました」
その時の状況を詳しく聞かれ、診察。
結果は、看護師の彼女の言ったとおり「抗生物質を沢山使ったあと
抵抗力が落ちていると体内にいる菌(カビ)が急に暴れ出すんですよ」
と言う事であった。 カンジタ症、立派に性感染症の1つである。
「パートナーにうつる事がありますから」
「・・・・・・」何も言えないし、言う気もないので黙っていた。

完治して もう随分経つわけだが、とんだ不愉快なお土産だった。
風邪引いて薬飲んだりしただけでも なる人はなるらしい。
少しばかり特殊な性感染症だ。

「性病」とでっかい声で話しながら歩いていたお姉ちゃん。
もしかしたら性病って一部ではもうそれほど恥ずかしくないのかな。
職業病みたいな扱いになっていたらどうしよう。
どうしようって事でもないが。






2006年08月01日(火) エロいも進歩。


男の子は産まれた時から男の子だ。

社会的な性差と言うものが更に上から加えられると言う事はあっても
取り敢えず生物学的に男である以上、生まれた時から良くも悪くも
「男なんだなああ」 と思わざるを得ない事態の連続だ。


ところで男の子が性的な物をそれと意識し始めるのはどの年齢からで
あるか、私は非常に興味があった。
私が小学5年生の時だ。前から後ろへとボロボロの紙が周って来た。
それには

「�儀�とMさん、ベッドイン」

と、稚拙な文字で書いてあり、万歳をしているとしか思えない2人の
裸と言えばまあ言えなくもない絵と、ベッドらしきものが書いてあった。
これは非常に強烈で、今も記憶に深く残っている。
何故それほど強烈だったかと言うと、意味が全然判らなかったからだ。
その年齢になると「自分だけわけが判ってない」事はものすごく不安
だったりするものなのだ。 だから憶えている。

私が男女の事を ませた友達に強制的に口で連呼して覚えさせられる
同性間によるセクハラみたいな目に遭うのは、それから少し経ってからで
ベッドが関係して来るのを知るのは更にだいぶん経ってからだ。
自分はオクテの方だったと思う。

中学2年の時、男子が固まって医学書を見ているのを目撃した。
その時には大体何をやっているかは判っていたので、中学1,2年で
概ねの事を耳年増的に学習した事になる。実地はまだまだ相当あと。


「エッチでエロイんだね〜」

息子が突然言ったので飛び上がった。
使う場面が全然間違っていた。 が、先日はえロ本だったものがエロイと
ちゃんと(?)活用されており、イントネーションも正しく直っていた。
息子は日々成長・・・と言うより進歩している。

「エッチとエロイは(特に女の子の前では絶対)言わない事」
理不尽にならない程度に説明する。 な〜にがエロだよ、お尻もまだ青い癖にさ。
しかもその青いお尻丸出しでパジャマに着替えている。
何度言っても隠さない。

「お母さんのその、名前忘れたけどオッパイのところ隠すやつ」
「ブラジャーかい?」
「そう、ブラジャー」
「違う、これはタンクトップって言うんだよ。これは服だ」
肩紐を見て、そうだと思ったらしい。
隠しているものがある事に関心はあるのだろう。


「あと4年もしないうち、何にも言ってくれなくなりますよ」
美容院の店長さんが言っていた。
確かにそうなのだろう。だが詰まらない話だ。

一時期は、そうっとしておくしかあるまい。
それが過ぎたら、一般論としての猥談程度は出来る親子になりたいものだ。
女性の弱さも男性の弱さも、世代を超えても変わらない部分は話したい。
性に関しても同じだ。無関心で済ます気はないぞ。
男の子の母親として、そう思う。




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