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2007年03月31日(土) 性格だもん。


母が怒った。

いつも怒るが、それは大抵 私が親として多少どうかと思われる時で
あるとか、いい歳をした女としてどうかと思われる時とかである。
洗濯物を片付けないと叱られるとかだ。 あ、恥ずかしい!

その日は違った。 久々に娘として叱られた。
生き方のあまりの不器用さに、いよいよ耐えかねたようだった。

「なんで、その時に言わないの」
あとで言ってもどうにもならない、手遅れになってから何故言うの。

それからは延々と事例を挙げて叱られた。
中学生の時の事から、割と最近の事まで叱られた。

「なんで、はっきり言わないの」
遠回しは逆に相手をイライラさせるだけ。言いたい事は はっきり言う。
例え喧嘩になってもいいから言う。
正しいと思うなら譲らない。 この歳になって そんな説教をされた。

父方と母方では 女性の気性が随分違う。
母方は良くも悪くも気が強く、押しも強い。 やけに頑固で強情だ。
強かであると言っていいと思う。
一体私の、どこが悪いの?と はっきり言える人達だ。
父方はまず、配偶者の縁に薄い。 みな死別が早かった。
苦労して育てた その子供との縁に薄い。
全てを腹に溜めて、爆発する時しか言わない。
爆発したまま弱って亡くなった叔母もいた。
気性はこちらも強いのだが、爆発が内部で起きてしまうのだ。

「性格なんて変えられないよ。変えられるって言う人もいるけど嘘だよ」
「性格じゃなくて、自分の事を考えて行動する事くらい出来るでしょう」
「・・・だから、それが性格なんだって」
「だったら変えればいいでしょう」
「・・・だから、変えられないんだって。性格は」

「じゃあ一生そのままで、同じ事で困って生きるのかい。私ならやだね」
母方の女性は、このように気が強いだけではなく、総じて長命だ。

「何をすれば良くなるとか、どうすればいいとか全然わかんないんだよね」
小学2年生の息子には とても聞かせられない母の受け答え。


「どうせやりたい事は止めてもやるんだから・・・」
そうなのだ。 父方女性の方にある特徴に、変わった行動力がある。
しなくても良い事を 自分の理屈でわざわざしたりする。
それがまた、内部爆発を呼ぶ元になったりするわけだが。

「それならせめて、人にいちいち遠慮しないでやりなさいっ」
「むう」

どう思われたっていいわ、私がこれをしたいんだからくらいがいい。
と言ってもね、そう言うのって無自覚でやるんでもなきゃあ、とても
しんどくて出来ないよ。 やっぱり結局、性格なんじゃないの?


母は頭から湯気を出している。似たような話で泣かせてしまった
事もあった。 少し真面目に考えて、ちょびっとだけでも変える方に
努力してみるべきかな?

初めの一手を変えてみる。 ん〜。 当然、次の一手は思い付かないわけだが。

私がこれをしたいんだから。

あ。ストレスが。 ストレスで身体のバランスを崩すのだけは母方からの
遺伝
と言うのは(ちなみに母にはその症状は無い)すごく何と言うか
納得が行かない。








2007年03月30日(金) インコを飼う。


ボタンインコのおーちゃんが死んで5ヶ月が経ちました。
春休みになったら 何か小鳥を飼うのは少し前から決まってました。
気乗りがしなかったのは、私くらい。

それでも情報収集は私の担当になりました。家族には言えないけど
割とゾンザイな仕事ぶりだったと思います。 だって。
とは言え、ここと言うお店に今日、訊ねて行きました。

飼うのはオカメインコと決めていました。 ボタン、コザクラは
メスに気性難な個体がある事。 大人しいものに当れば良いけれど
噛み付く力が非常に強い事などから、子供がいるので見合わせる事に。
何より、おーちゃんのイメージに近い物を飼うのは少し抵抗が
あるよねって話で、思い切って多少大型ですがオカメと言う事に。
人懐こいと言うメリットもありますし、噛んでもコザクラ系が本気で
噛むよりは痛くないのです。

お店には中ビナ一羽しかいませんでした。
しかもパールオカメと言う、羽色がちょっと変わった品種。
でも、とても人懐こく、しっかりした良いヒナでした。
何より息子が気に入ってしまって、これを飼う事に。

帰り道、名前を付けなきゃね と言う話になりました。
「ウロコ」
と私は言いました。
私は人に付けられるような名前はペットには付けないと言う基本原則の
元、生き物に名前を付けてます。 だもんで時々は家族の反対にあい
却下されてしまう事もあります。
目付きの悪い金魚のガンツケ(通称ガンちゃん)は通りましたが
三色金魚朱文金のヨゴレと言うのは却下され、ベイブレードと言う
息子の付けた名前に決まったと言う経緯があります。
あ、そう言えばシンゴと言う金魚がいましたが、これだけはSMAPの
香取慎吾君からもらってます。 珍しく人の名ですが、失礼ですね。

「ウロコ」は祖母と叔父(弟)の猛反対にあいました。
ところが、息子が、余りにそのセンスの無さを責められる母を見て
可哀相に思ったのか、「ウロコがいい。ウロコに決めた」
と言い出しました。
「ええええええっ」
「ウロコでいいから。ウロコにしよう」

一応、息子の兄弟分と言う事で、反対組は引っ込む事になりました。

オスかメスかはまだ判りません。

一応、写真をばあげておきます。
非常に人懐こく、賢い様子です。これで長生きしてくれてオスであれば
満点なんですけど・・・

☆我が家の新家族「ウロコ」






2007年03月29日(木) シモ的マニアックな犯罪講座。


熱が出た時、口の周りに何か出来てカユカユに、疲れた時カユカユに
ストレスでカユカユに なった事ってありませんか。

今日はやや18禁ネタ含みです。未成年の方は気を付けて 学べる事が
あったら学んで行って下さい。
私も学んだんで それを書きます。

現在、私の口は半分ミック・ジャガーのようになってます
ファンの方すみません。 でも本当にあんな感じで唇が大きめです。

人によっては年に1〜2回は なっちゃうと言う口の周りのカユカユ。
口唇ヘルペスです。 恥ずかしくないぞっ ヘルペスって言うと性病の
イメージが強いですが、帯状疱疹なんかもヘルペスです。
ヘルペス=性病なイメージがあるのは、今とっても若い人の性器ヘルペス
が増えてるからなんですね。敢えて伏せません。 それどころか太字。

口唇ヘルペスは結構な数の人が持ってます。 普通は再発するごとに
症状は軽くなるはずなんですが・・・
たま〜〜に重くなる事もあるんですねえ。 今回は発熱や身体のチリチリ感
など、イヤな症状がありました。 でもって早めに皮膚科に。

ヘルペスはウイルスです。菌ではないので薬では死にません。
増殖を抑える薬をもらいます。 これは早く飲めば飲むほどいいそうで。
ヘルペスは インフルエンザのように身体とガチンコで戦って
追い出す事も出来ません。
切ない事に 彼らは神経節に逃げ込んで、次の発病の機会を待っています。

ただ、これは単純ヘルペス(口唇、性器、角膜)の場合。
帯状疱疹の場合 一度罹れば二度は罹らないそうです。
一度でも十分つらいと聞きましたが。

単純ヘルペスは免疫抵抗が落ちると症状を表します。
痒くなって水ぶくれになって、腫れます。
水ぶくれた部分にウイルスがいて、発症している時に患部に触れると
感染する事があります。

★ ここからは大人のお話だよ ★

さて今回判ったことですが、口唇ヘルペスと性器ヘルペスはウイルスが
一緒
と言う事です。 口元にくっ付いて口唇ヘルペス、違うとこに
くっ付いて性器ヘルペスと言う事になるらしいです。
以前 抗生物質の投与で(誤解のないように大文字)カンジタ症になった時
婦人科の先生に「パートナーに感染させる事もありますから気をつけて」
と言われました。 パートナーがいるか、まず聞けっ
「まあ、男の人の場合、大抵洗えば流れちゃうんだけどね、はっはっは」
とも言ってましたけどね。

口唇ヘルペスの治療では感染についてはあまり言われません。
よしんば言われたとしても「赤ちゃんへのちゅ〜」とか、パートナーへの
「ちゅ〜」とか、口から口への感染についてでしょう。
「シモにちゅ〜しても感染します」 と言う皮膚科の先生もいるのかな。
大体、口の端の出来物くらいで、皮膚科に罹らない人がほとんどと
思われます。 私も今回はたまたま重くなったので行っただけ。

結論:シモにちゅ〜したらシモに感染します。

そっちはもってないんで何とも言えませんが、やはり水泡、痛みなどが
強いそうで、何度も発症するのも同じです。同じウイルスだし。
口の物はあくまで口に出ますが、シモの物はシモに出ます。
シモのものが、シモ→シモ感染で性病とされているんですよね。

感染確率は判りませんが、口唇の場合は女性の方が保有率は高いそう。
つまり、アレです。なんつ〜か
意図的に狙って口→シモ感染させる事も可能と言う事です。
さあ、一度罹ったら治らないぞっ 怖いですね。
でも知っててやるのは犯罪に近いです。 やめましょ〜

感染しても症状が出ない人もいます。ウイルスだけ撒き散らす人も
いるし、或る日突然、抵抗力が落ちた時発症する人もいます。

口の周りの吹き出物なんて、化粧に隠れて(普通は必死で隠します)
判らないもんです。 30代の女性で半数が保有しているとも言われる
口唇ヘルペスウイルス。

アトピーを持つ人は感染しやすく、症状も重くなりがちだそうです。
だから発症したらメイクより、マスクの着用が望ましいです。
でもって、やっぱり今回判ったんですが、抗ウイルス剤は有効なようです。
錠剤はでかいですが、タミフルほど危険な副作用は言われてないようで。
チクチク始まったら早めに皮膚科へ。

パートナーへのちゅ〜は、控えましょう。
もちろん、子供さんにはもっと気を付けましょう。

治ったら一刻も早く痕が消えるよう、祈るのみ!

再発防止と回復を早めるのは、睡眠と栄養、ストレスを溜めない事
だそうです。簡単なようでいて、難しいかも。











2007年03月28日(水) 怖い夢。


自分が死んだり 殺されてりって夢、しょっちゅう見るよって人も
いるのかなあ。
私の場合、憶えてる限りでは(つまり醒めかけの夢では)見ない。

逆夢って言葉もあるし、縁起の悪い夢が吉事の前触れだったりする
事もあるようだけれど、雰囲気から言って そんなふうにも思えない。
悪夢は人に話すと良いって言うんで、家族の一部に話して
あとここにも書いとこ。

今朝方、殺される夢を見た。 高い崖から背中を突かれて落とされた。
○曜サスペンス劇場みたいだ。 夢だから痛くない。 けど殺されたんだな
と言う事は、夢だからか はっきりと判ったり。
「そんなに私が憎いの、そんなに私が憎いの、そんなに・・・」
と 私は 何度も何度も同じ事を言い続けて、そこで目が醒めた。
夢の中で 私はずっと涙を流していたが、起きたら目は全然乾いており
でも、背中には はっきりと押された感じが残っていて それがすごく
不気味だった。

夢の中で私を突き落とした犯人は、確かに実在しているけれど
もう長〜〜〜い事会ってもいない人で、取り敢えず生きてはいるらしい
程度の消息を知るのみ。 そこら辺が夢なんだけど。
その人は、夢の中で 誰が憎んでいるか、何故憎んでいるかを告げてから
私を突き落としたのだった。
普通に考えれば、考え過ぎや過剰な自意識が無意識となってって事に
なるのかも知れないと思う。 その犯人さんの言う誰かは確かに知ってる人だった。
夢だから、その誰かが激しく悪口を言っている姿も見えた。
怖いな〜、その人にも とっても失礼なんだけど、でも黙っているのが
もっと何だか怖いので、取り敢えず書いておく事にした。
実際は、憎まれてるとかそう言う事は多分ないわけで・・・やっぱり夢。
珍しい夢を見たと言うだけなんだけれど。

起きた時に「憶えとこ」と思ったから、ほとんど憶えてる。
「忘れよ」と思った方が良かったのかも知れないなあ、微妙〜。

残ってた背中の感じが、不気味。

あと私を突き落とした人、懐かしいけど元気だろうか。





2007年03月27日(火) 運命と神様。



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運命なんかない、神様なんかいない。

同じ人に 何度も言われた記憶があると言う事は、私が事あるごとに
この二つの言葉を口にしていたと言う事なんだろう。

運命は私はネガティブに使ってしまうキライが確かにあるかも知れないが
元々は親が良く使う言葉で、良くも悪くも使い方はポジティブだった。
どんなに理屈に合わないと思われる事が起きても、それは現実に
起こってしまった事なのだから、運命として受け入れるしかないのだと
母は事あるごとに私に言っていた。

色々なものを無くして来たから、今握っている小さな手もいつか
遠くへ連れ去られるような気がして、怯えている娘に彼女は言ったのだ。
「それは、その子の運命なんだよ」

母が言うには、弟が大学時代、どうにもこうにも それまで大人しかった
反発が一気に出たようなオバカな行動しか取らなくなり
免許取りたての車に乗ったまま、朝まで帰って来ない。止めても出て行く。
そんな時、救急車の音が聞こえると心臓が止まりそうになったと言う。
それで、何時の間にか、自分に言い聞かせていたと言うのだ。
何もない、だけど何かがあったなら、それがあの子の運命なのだ と。

母方は非常に生命力逞しく、割り切り型の思考をする女性が多い。

神様は私が何時の間にか心の中に作りあげてしまったものだ。
それは形が無い。 具体的なイメージもない。
お願いする時と、感謝する時にその名前を口にする事がある。
いやな事があっても神様は恨まない。 運命を嘆く事はあるが。
『運命』と『神様』 私が生きるために、とても大切な言葉だ。

皮肉な運命だと思う事がある。神様は意地悪だなあと口にする事も
あるけれど、それは何とか受け入れて模索している時だ。
受け入れなければどうにもならない。 私の運命も神様も実際は何も
してはくれないわけで、だからやっぱり「存在しない」と言う指摘は
正しいんだろうな、と思う。
ただ、私には必要なのだと言うだけなのだろう。


余談ではあるが
祖母は本当の神様を奉っている。 75年前、某寺から身体の弱い
祖母が曾祖母に連れられて行き、頂いて来た、祖母の守り神だ。
強い神様である。安易に名を出してはいけないと言われる事もあるが
19日に新鮮な卵を捧げる神様と言えば、詳しい方はお判りになると思う。
75年、ご神体への礼を欠かした事はないと言う。
(祖母が入院してからは誤差一日と言うのが実はあったと聞いたが)

本家は潰れた。一家は離散になった。 かなり昔だ。
祖母と神様と仏様が 我が家にやって来た。
祖母は色々な人を苦しみのどん底に叩き込んだきり 行方も知れない末息子を評し
「あの子のおかげで私の生活レベルは向上した」
と言うような ものすごい事を言う人なので、ご神体のある強い神様は
ぴったりであるのかも知れない。

家族が介護の限界を感じ、病院への入院を勧めた時、光が神棚から
漏れるのをみた!
と言って聞かなかったそうである。
神様は、やはり普段は病院でおばあちゃんの傍にいるのかなと思う。


幼い頃からその神棚をずっと見上げて、何も知らず祖母の仕草を真似ていた。
だから余計に、事情を知ってからは 形ある神様はイヤになったのかも知れない。

私の神様には形はなく、中身もない。
叶えば感謝する。叶わなければ運命なのだ と。


2007年03月26日(月) 本とPC。


若い頃は、本ばかり読んでいた。
ただし、読んだ本を大切にするタイプではなく、読み捨てて来たと
言って良いかも知れない。 だから手放してしまった本を買い直すと
言う事も 良くあった。

自分で気に入った本1冊を 丸ごとちゃんと読めるようになったのは
高校に入ってからと 遅い。 生まれて初めて夢中になった作家と
言う物は、本好きにしてみれば処女を捧げた相手にも等しいと思う。
処女性を重視するならば。 そうでなければ作家の方が上だ。
ちなみに自分の場合は 筒井康隆氏でした。

本が読めていれば割と幸せだった。 本屋に行くのが大好きだった。
一度本屋に入ると、2時間は居る。 沢山読むのと、どこででも読むので
文庫本ばかり買っていた。 大きいのはハヤカワミステリーまで。
それ以上だと、ながら読みは細腕がもたない。
それと、ハードカバーは高価いので 何冊もは買えない。
文庫になるのを待った方がいい派だ。

子供が生まれるまでは、少なくともそう言う生活をしていたと思う。

とは言え、本を読まなくなったのは、子供が生まれたからではない。
おそらく この魔法の箱のせいだと思う。
知りたい事はその場で知る事が出来る、どれが正しいかは見分ける事が
出来ると言う傲慢さがあった。
知りたがり屋には魅惑の箱、PC。

嘘を嘘と見抜けない人には(掲示板を使うのは)難しい

某大型掲示板管理人が残したと言われる言葉だ。
深みがあるようでいて、含蓄もありそうで、文字通りの意味以外は
特にない言葉なわけだが、そこの巨大な掲示板のログの量に圧倒され
胸が悪くなった時期もある。 こんなに大量の文字が流れ消えて行く・・・
目が痛くなった。 PCにむかいはじめの頃。
だが、たまたまヒッソクしていた時期でもあったので、垂れ流される
大量の文字列に 強烈な興味を覚えたのも また事実だったのだ。


今日は久し振りにゆっくりと、中規模の本屋の中を散策した。
どうした事だろう。目が痛い。 平積みの表紙が、背表紙が目を射るのだ。
疲れる。 初めにPCに向かった時のようだ。
何より、目星を付けて来た本以外、読みたいものを探す事が出来ない。
以前は本に呼ばれるように手を伸ばしたものだったのに。
まずいな、と初めて思った。 ちょっと遅かったかな。

すぐ近所に本屋がないのは理由にならない。
理由にはならないが、ドンキホーテとダイソーばかりと言う街作りは
やめて欲しいな〜と思ってはいる。
良い本屋があるのが良い街だと思う。本屋は大きさではないのだ。

少しずつでも帰ろう。
少なくとも、春になったら本屋めぐりは再開しないと。

ここはここで便利な事もある。
家庭の医学などの代わりには十分なるので積極活用している。

本を読む機会はめっきり減った。なのに目は酷使している。
新しく何かを得る感動が少なくなっている事に、実はやっと少しずつ
気付き始めた。 ここでもそれを上手くやっている人は幾らでもいるけど
アナログ人間って事なのかな〜。 結局。


2007年03月25日(日) 車酔いとロケンロール。



息子は車酔いをする。 まだ車に酔っているという状況を説明出来ない
頃は、「お腹いたいよ〜」と言って泣いて吐くだけで、遊びに連れて行く
時などは初っ端からそれで、可哀相だと思ったものだ。
車から降りたら いきなり元気になるわけだが。

私は車酔いはしなかった。 ブランコには良く酔ったので 今も嫌い。
弟は良く車酔いをした。 だから車酔いのつらさは解ると言う。
解るが自分の車で吐かれるのは頼むから勘弁ねとも言うので
出掛ける時は酔い止め、ツボに湿布など出来るテは打って行く。

車酔いは、気が逸れる事で軽くなる事もあるらしい。
息子の場合、気に入った音楽を一定のボリュームで聴く事で、かなりの
時間を持たせることが出来る。
息子の聴く音楽イコール私の聴く音楽。 ゆえにジャンルは雑多な感じだ。
少しばかり遠い耳鼻科への往復に、同じ曲ばかり10回くらい立て続けに
かけさせられたりする。 好きな曲でもさすがに こっちは飽きて
悲しくなって来る。

一番切なかったのは クラフトワークにはまってしまった時だ。
彼らの曲に「DENTAKU」と言うのがある。妙な日本語で歌っていて
ボクハ オンガクカ デンタクカタテニ オシタリ ヒイタリ・・・って
バリバリのテクノで、知っている方はアレをエンドレスで所望されつつ
子供を病院に運んでる母の心情をおもんぱかって笑ってやって下さい。

息子はバラッドがダメ。 それには気が付いた。
Ooooh M〜y Lovおえええっとなってしまうのだ。色んな意味で心配。
ではロックはどうなのか。 クイーンはいけた。 が 一番でかい音で
クイーンかな?と言う感じ。 ハードロックはどうなのか。
音で酔わないか。 普通はむしろ酔いそうだと思うが。
ところがこれが案外大丈夫、と言うかすっかり気に入ってしまった様子で
ハードロック系をドライブに所望される事が多くなった。

弟は車の中で音楽を大きく流すのがダメ。 しかもハードロックが全然だめ。
長距離移動は弟の車でしか出来ないので、いつもそこが問題となる。
小さくかけると、息子が酔ってしまう。 大きくかけると「オレが事故りそう」
となる。でも「酔わせるなよ。吐くのはご法度」 なので大変だ。
息子の座る後部座席にだけ 音を流す作戦など考えてみたが、息子には
音が小さ過ぎ、弟にはそれでも大き過ぎるらしい。3匹のクマの童話
みたいである。 ちなみに後部座席には祖母(母)も座ってる。
「母さん、音平気なのか」 と弟。
「私は大きく聴く方が好きだから」
「って言うか、ロック平気なの??」 「別に。好き」 そうですか。

「オレもね、昔は信じられないくらいでかい音で聴きながら運転した。
でもタバコが初めは1mmなんて吸えるかと思いながら吸ってるうちに
3�个任盖曚┐覆�なる様に・・・」
 タバコを止める気はないらしい。

「やっぱり少し、小さくするからね」 と言うと素直に「うん」 と
答えるのだが、しばらくするとぐんにゃりしてしまう息子。
何度かそれを繰り返して、やっと目的地に着く感じだ。

微妙なボリュームで(後部だけやや大きめ)某曲を聴いていた時に
はっと気が付いた。
そうか!!戦隊物とかのOPテーマ曲ってハードロック系が多いんだ。
過去の名曲の劣化コピーみたいなのばっかりだもんね。
耳馴染みがいいはずだよ。

バラッドだけは息子とは趣味が合わない。
いつかカーズの『ドライブ』とか一緒に聴いてみたい。
古いね、どうにも。






2007年03月22日(木) お別れ会、携帯顛末。


数日前『お別れ会』の日にお母さん同士アド交換をするけど不慣れなので
どうなる事やらと書いたら、親切な方からメールを頂いた。

「携帯のことなら教えてあげるのに」
「ありがとうううううっ(涙)」

と言う訳で教えを乞うことにした。

「あのビッと1回で送るやつ、あれ何なの、あれは」
「アレは赤外線、ツールを開けて・・・赤外線ってあった?」
「ありました」
「では次に受信の方法、パスワードと認証番号について」
「はいっありがとうううっ」

完璧!メモったから。と言う訳で意気揚々と学校へ。


先週までインフルエンザで学級閉鎖だったのに、今日の欠席は0人!
なにか変じゃないだろうか。
そう、もちろんまだ体調悪い人も来てます。
先週末から発病したらしい先生が、まだぐったりしつつ微笑んでいます。
お母さんも身体折り曲げて咳してます。

「あああ、教室と言うより、病棟・・・」

だけど子供は元気なもので自分たちで作ったプログラム通りに、
的あてを したり椅子取りゲームをしたりして遊んでます。

よし!この間にアドを交換だっ!

「あのね、赤外線で送れば・・・」
「ごめん!私の赤外線ついてないのっ」
「う」
「いや〜〜古いやつでさ〜だからどっちかがどっちかに送ればいいよね?」
「・・・うん、でもってどっちがどっちに?」

結局こうなった〜〜っ

「じゃあ私がRママ(私)のアドをメモしてメール送るね〜。
ええと。数字はどうやって出せばいいのかな?」
「う」
「Rママ、プロフィールみして、もっと良くみして〜」
「うん、あ 消えた。むう、すぐ消えるね。あ、また消えた」
「ええと・・・でもね、ほらこれを押すと」

ne.jpとかco.jpとかそう言うのドメインな一覧が。

「便利だね〜」 「そうだよね〜」 でも中々そこまで入力が行かない。

「しまった!下の子迎えに行かないと、取り敢えず出来たの打ってみるね」
・・・・・・・・・

「行かないね〜」 「来ないね〜」
「ああ、時間だ!あのさ、今度電話で送るから」
「ラ、ラジャー。お疲れ様でした!」

飛び出して行くTママ。見送っていると何時の間にか隣に息子が立っていた。

「携帯ばっかりで、お別れ会を見てないな」

ひいいいっ!!みてたって!椅子取りゲームで案外残ってたよね。
私よりずっと要領いいわ、見てたからっ。 ばっかりって何よ。

お楽しみ会のクライマックスは『いちりんしゃ発表会』

「そう言えば部屋の隅に一輪車があったもんね」 とSママ。
「うちは全然乗れないや」
「うちも!でも乗れる子は乗れるんだろうね〜」

一輪車は女の子二人が部屋を対角線上に走って真ん中で手をつなぎ
くるくると回る。 それを他の子がカウントするものでした。

「1周〜2周〜3周〜4周〜5周〜」

女の子は緊張で必死、カウントは容赦なく、子供の純粋な非情さを見た。

「イナバウアーやれ〜っ」 酔っ払いのオヤジ候補も混じってる。

やがてバランスが崩れ、でも辛うじて転倒せず、競技終了。

みんなにお別れの言葉を一言ずつ言いましょうと先生に言われて
男の子の半数が脱走を図ったのが印象的でした。

さよなら2年2組。
・・・もう3年なのか。小学校って早いです。毎日は大変だけども。

ってなわけで、Tママアドは近々口頭で伝わって来る予定。
やっぱり携帯なくても事足りる感が消えない・・・


2007年03月21日(水) イケメンの歌うたい。


今は時々、友人と一緒にかつての会社の先輩のライブに出掛けるが
ライブをやっちゃうヴォーカリストの知り合いがかつて、いた事が
あったっけと思い出している。

昔は社会人バンドと呼ばれてた。
今はお父さんバンドなんて言うらしいけど、それ知ったのは最近
東京の知り合いから「お父さんバンドのCDコーナーもあるみたい」と
ブームとしてのお父さんバンド情報を聞いた時で、それまでは
おじさんバンド、オヤジさんバンドなどと好き勝手呼んでました、すみません


その人が社会人バンドで歌っている事を知ったのは 親しくなってから
しばらくしての事だった。 競馬が好きで 競馬場ばっかり連れて行かれた。
私は20代半ば、向こうは30になるかならないか、と言う辺りか。忘れた。
今なら自分から競馬場行こうかな〜と思っちゃう私だけど、当時も今も
馬券は買わない。 競馬場に入ると新聞から目を離さないその人をみると
なんとなくだが不安を覚えた。
平日昼間から競馬場に行った事もあり、何ゆえ平日から競馬場なのか
仕事はいいのか、そんな事も聞けなかった。なんとなく。

記憶の淵に沈む彼は、中々のイケメン君ではあったと思う。
いかにも女の子にもてそうだ。実際もてたのではないだろうか。
自分は飲み友達であり、時折呼び出されたり、そんな関係で 彼氏彼女と
言う間柄ではない。 女好きしそうなイケメンには警戒心が湧いた。
何事もほどほどでいいやと思うわけだが、ほどほどで何度も失敗して
しまっているので思い切って大物狙いに出りゃあ良かった。
あ、話がそれた。

そんなこんなで或る日突然、ライブをやるので来いと言う。
そもそもはプロ志望であった、と言ってた気がする。
結局、彼のライブへは単身2度ほど出掛けた。

レパートリーはB・アダムスがほとんどだった。
ブライアンは当時好きだったので、嬉しかった記憶がある。
狭いステージ、目を射るライト。赤いギターを下げていたが本当に弾いて
いたのかは判らないって言っちゃ失礼だな。弾いてたんだろうな。
かすれた声で歌っていた。

MCの記憶は全くない。今の先輩バンドのMCが強烈なため 記憶から抜け
落ちてしまったのだろうか。
はっきりと憶えているのは、途中舞台に大きな薔薇の花束が投げられた事。
それにその人が照れながら右手を挙げて答えた事。
そして、薔薇の花束が飛んで来るほどには彼の歌は上手くはないなと
悲しいかな感じてしまった事
。
あれは 彼の歌に飛んだ花束ではなかったのかも知れない。

同じ事を二度繰り返して、半年あまりで連絡を取る事もなくなった。
イケメンだったが 元々イケメンには警戒心が湧くわけだし、
自分の何も相手を繋ぎ止めなかったのと同じに相手の何も自分を
繋ぎ止めなかった。ライトの中に浮かび上がり 張り上げていた、その声も。


やっぱりお父さんバンドと言うとお父さんじゃないと駄目みたいなので
私はおじさんバンドのが気に入ってるからそっちで呼ぶが
観に行って2度目くらいまでは「花束って持って行くものなのかなあ」
などと真剣に考えたものである。
今はそんな事したら渡した人が浮いて浮いて、もらった人も浮いて浮いて
大変な事になりそうな気がするからしない。
でもファンだけどね。 花は関係ないです。


彼は今、オジサンになっているはずだ。
今もイケメンなんだろうか。今も歌っているんだろうか。
歌は少し、当時よりは上手くなったのだろうか。

歌っていたとして、そのステージに薔薇の花束がまた飛び込むなら、
それはそれで素敵なことではあると思うが。






2007年03月20日(火) 携帯アドレス交換しましょ。


学級閉鎖が解けて・・・
先生と生徒、一緒にいられるのも終業式をいれてあと3日
と言うところで今度は先生がインフルエンザにっ!

まあ、仕方ないなあ〜。ウイルス渦巻く教室に終日いたわけだし
初めて赴任した学校でいきなりの学級閉鎖、それもこの時期になって。
疲れていたんだろな〜。 お気の毒。
数日前、子供達からの貴重な贈り物となるかも・・・と
暢気な事を書いたが、とんでもね〜土産物になってしまった様子。

学級閉鎖が週半ばからであったため、時間割がまだだったので
日曜に連絡網が回って来るのを待っていたら夕方になってしまった。
何となく不安になったので、知り合いのお母さんに電話する。

「時間割?今連絡網で回してる」
「う、も少し待てばよかった」

何となく色々な話題になって行く。

「私、ついに携帯買った!Rママ(私)携帯持ってる?」
「あれ?今まで持ってなかったっけ?」
「うんうん、何か事足りると思ってたら、いろんな事で回らなくなって
来ちゃったんだよね。
みんな使ってるから〜」
「うん、偶然だけど私も最近、自分用のを持った」

と言ってもママアドレスは一個も入ってないんだけど。
だってそれこそ、事足りないか?と思ってたからなあ。

今回携帯を買ったTママはPCは使う派。趣味はソリティア。
ママはPCを使うが携帯はほとんど使わない。PCは使わないが携帯は
良く使う
、と言う両派に分れてる気がする。もちろん両方使う人も
いると思うけど。
必要な情報がメールで回る事が多くなったと彼女は言う。
そう言うもんなのかあ、と私は思う。 そうかも。 判んないけど。

私の携帯は 自分なりに大切な人間関係を収めて普段はひっそりしている。
Tママは大切な人間関係(母の部)に入る人なのでアド交換には
何の抵抗もない。

「お別れ会の日ね、アド交換しようね、アド交換」 Tママは嬉しそうだ。
「うんうん・・・でも、私 やり方判らない」(←慣れてない)
「何言ってんの。ええと、送ればアド出るんじゃないの?」(←慣れてない)


ウイルス飛び交う中、お別れ会はそっちのけでアド交換に熱心になる予感。


2007年03月18日(日) 息子とエレクトーン。


体格の良い息子。
縦にもそれなりにあるが横にガッチリしている。
かと言って太っていると言うわけでもなく、無駄に筋肉質な感じだ。
肩幅も広ければ胸板も厚い。

そして何しろ、良く食べる。中学生になる頃には息子用の炊飯器が
別にいりそうだ。父親がそう言う人であったと言う。

そして現在、エレクトーン11級グレード(小学校1年生クラスで勉強中)の
試験の練習中。大きな背中はカメのようだ。
その割に手が小さい。 私に似てしまったのだ。 爪の形までそっくり。
私は手が小さいのが悩みだったのに・・・
役に立つのか不安なほど小さな小指で 一生懸命弾いている。

「ちゃんと譜面を見る癖を付けなさい」
「そこ、リズムがあってない」

私は、厳しい。 でも自分は弾けなかったりする。 リズム音痴が私の場合
コンプレックスだったりするので、息子については心配だったが
どうやら私ほどはひどい事にはなっていない様子だった。

「スタッカートになってないでしょっ」

実は国語算数は母(祖母)の方がずっと厳しかったりする。
音楽も私があれこれ言えるのは現在のグレードくらいまで。

「おい、こいつ熱持ってるぞ!」

遊びに来ていた弟が息子の頭に手をかざしている。

「頭の上に手をやっただけでストーブみたいに」
「首に手を当ててみ〜」 と私。
「む、冷たい」

息子は集中出来る時間が短く、すぐに頭が熱を持つのだった。
処理能力に問題があるのかも知れない。

親子とは不思議なものだ。 パーツに関して言えば「似て欲しくない」と
思う部分は大抵癖の強い形をしていて、でもってそう言うのに限って
優性遺伝なのかなんなのか、似たりする。
こんな顔に生まれて来るかも〜〜と想像していた そっくり反対の顔に
我が家はなってしまった。 大きな声では言えないが。

体付きや消化器官は父親そっくり。
私が「この曲をもう一度繰り返して聴こうかな」と思った時には必ず
「この曲をもう一度かけて」 と言う。 双子のようだと思う事もある。
心を揺さぶる何かが、同じであるらしい。

エレクトーンは続けたいと言う。
私は独学なので、コードは覚えたけれどヘ音の楽譜が読めない。
あと2年、9級グレードまでのんびりやるのが目標だ。

息子の頭に手をかざす。 やっぱり放熱している。
私はどうなんだろう。 もう少しましだったような気がするが。

冷却ファンがいるかも知れない。



2007年03月17日(土) あの日のバレンタイン。


「エル・ポポラッチ」の大宮エリーさんの週刊誌の連載が面白いんで
読んでいる。 今週はバレンタインの思い出について。

確かに、どんなチョコをあげるかにだけ熱心になれる人は幸せだよなと思う。

そもそもいらないんじゃないか?もらって困るんじゃないか??って
不安に思っちゃう気持ちは、すごく良く判る。

小学校4年の時、彼女は以上の理由から、さりげないチョコを考える
あまり、手製の包みにフィンガーチョコ3本と言う、相手の負担に
ならない程度のブツを贈って新手の嫌がらせかと思われたのだと言う。


OL時代 確か2年目であったと思う。私はバレンタインチョコを
当時 好きだった人に渡したいと思ってた。 だが片想いであったため
迷惑がられる事も、また火を見るより明らかだった。…痛いねどうも。
そこで考えた。営業部の男性全員にチョコを配ろうと。
彼は営業部だ。半義理チョコ状態の、この渡し方なら不自然でもないだろうし
負担もなかろう。 そう思ったのだ。

とは言えこれは、私にとっては紛れもない本命チョコでもあった。
そんなわけでチョコは景気良くくゴデ○バにしてみた。
一人1個だったか2個だったか。 後悔はないけど高かったねっ!
だけどこれだと、営業部全員にチョコ(義理チョコ)と言う事になってしまい
当初の自分の目的と、微妙にあわなくなってしまう。
本命はちゃんといるのだ。さてどうしようかと私は また考えた。で

チョコの単価に差を付ける事にしたのである。

お手軽価格から「チョコ1個にこの値段!」なものまで色々ゴディ○。
本命には 単価の一番高いものを確か組み合わせて贈ったからチョコは
全員 多分2個ずつ配ったはず。 いやん、出費。

引き出しの中に チョコを発見した社員のみなさまからお礼を言われた。
「こんな気を使わないでも、いいのに〜」 はい、その通りですねっ

これで表向き平等、表向き義理チョコ、だから精神的負担なし!
でもって気持ち本命チョコとして ちゃんと渡したと言う 満足感が残った。
この辺が、当時から私のダメダメな部分な気がするが、それはおいといて

すぐにこれ、翌年からは絶対やめよう!と反省する事になった。
ご飯をご馳走してくれる方が多かっのだ。
ホワイトデーって当時もあったと思うけど、取り敢えずお礼に昼飯と言う
パターンがしばらく続きました。
さすがにね、カモフラージュとは言えないし、仮に言っても、それでも
ご飯連れてってくれるような人の良い人、沢山いたんだよな〜。
で、ある意味すっごい反省した と。

ありがちですが本命からは戻って来なかったと思います。痛いねどうも…。






2007年03月16日(金) 食べてはいけない。


なるほど、オクラと間違えてしまったのか・・・

福岡でチョウセンアサガオによる食中毒がおきました。
実をオクラと間違えたとかツボミをオクラと間違えたとか
オクラと間違えたと言うのは間違いないようですが
これは実ではなく ツボミではなかったのかと思うんですが・・・

チョウセンアサガオは全草が猛毒です。
ナス科の植物で別名がキ○ガイナスビ。暖かい国の植物なので北国では
あまり庭先で見かける事はないのですが、本州以南では一般的な
園芸植物です。ダチュラ、エンゼルトランペットと言えば庭先に
お花を植える方なら「あれか」と思われるかも知れません。

実は一種独特な形をしています。丸くてトゲトゲなはずです。
オクラそっくりなのは、ツボミだと思うのですが、オクラそっくりの
実もあるのかなあ?と少々自信がなくなりました。ので一応Wekiから
貼っちゃっておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Datura2.jpg

・・・実じゃあないと思うけどなあ。
asahi.comでは被害者宅に残された問題の実の写真が。
なるほど、オクラに似てるかも。でもこれ実かなあ。
ええと、もしツボミなら、どっちでもいいじゃん毒なんだから〜って
姿勢は良くないと思いまあす。危ないです、それは。

ナス科の植物には毒を持つものが多いんです。
あとキンポウゲ科も毒草が多いです、注意です。

wiki貼っちゃったので、そちらに植物の事は詳しく出ていますが
キ○ガイナスビと言われるのは3種のアルカロイドの中に幻覚を
引き起こす物が含まれるからです。

華岡青洲が全身麻酔に使い妻の乳癌摘出手術を行なった話が有名ですが
決して安全な方法ではなかったと言うか怖いですねっ

これから山菜取りの季節を迎えます。
これがまた、食中毒が多いんです。若い葉は色々な毒草と見分けが付け
づらいのと、採ったら混じってたと言うのがあるようです。

山菜、美味しいですけど そんな危険も。
園芸植物も 鑑賞する分には大変美しいですがこんな一面も。




2007年03月15日(木) 学級閉鎖。


朝になると下がってしまった息子の微熱。
咳も治まってます。特に悪いところはなさそう。

「休ませる理由が見当たらないなあ」 と言う事で登校。

「いいかい?誰が休んだか何人休んだか何故休んだかちゃんと
憶えて来るんだよっ」 母と祖母の二人から別々に言い渡されて
いつもと同じように出かけて行く息子。 う〜ん、鼻風邪??

「学級閉鎖〜!」と大声をあげながら戻って来たのが2時半。
いつもより20分早いのは、いつもの修行メンバーが全員
インフルエンザで欠席
してしまったから。

懐かしい響き。学級閉鎖。あれははるか昔
「あと一人〜あと一人〜」なところにハアハア言いながら午後から
根性で登校して来る友に「何で来るんだよっ」と罵声を浴びせた
う〜〜ん、中学生くらいだったかな?

息子は学級閉鎖の意味が良く判っていません。ただ 白い紙を真っ先に
差し出して、いきなりロボットのように喋り出しました。
「SとKとJとYとKちゃんと、あとMちゃんがインフルエンザ
それからR子ちゃんは溶連菌じゃなくてインフルエンザでした」

それだけ言うと、ピタリと黙ってしまいます。

「詰まっていたものがみんな出た!」 と思わず母と顔を見合わせる私。

インフル7名、他欠席5名、風邪登校12名(息子も)と言う事で
2年2組学級閉鎖!

「気持ちは楽になったかな〜。家で休ませられるしね」

息子は軽いインフルでウイルス垂れ流しなのか、それとも鼻風邪なのか
いずれにしても今の状態ではキットじゃ出ないし、最悪判定してもらいに
行ったら本格的にインフルをもらって来たと言う事にもなるので
家で休ませて治す事に。今週一杯休みと言う事になり、来週も登校は
2日のみなので、いい加減治るでしょう。

元気が取り得の2年2組、いつも欠席が少なく、何故か2日以上休む子が
いないクラス。もう直ぐお別れの先生と過ごせる 貴重な時間だったけど
・・・でも蹴ったの、殴ったの、取ったの、座らないの、失くしたの・・・
残務整理もあるでしょうし、これは先生には貴重な贈り物となるのかも
知れません。・・・それほど活発だったらしい2年2組・・・

暖かくなればいいなあ。
夏は夏で流行る病気もあるけれど、吹雪の中 熱のある子供の手を引いて
歩くのは本当にいやだ〜。でもって不思議と夏はあまり病気をしないん
ですよねえ。

とか言ってるうちに私が罹ったらまた報告します。


2007年03月14日(水) 忍び寄る足音。



インフルエンザです。

息子がどうもインフルっぽい。
ワクチンを打つと、いきなりガッと熱とか上がらなくて キットにも
中々反応しなくて、それでいて普通の風邪程度に扱っていると
数日していきなり熱が上がって反応が出る。と言う事があります。
これは何とかならんのか〜

結局インフルエンザと診断された時にはウイルス撒き散らし放題
タミフルはとっくに効かない状態。 ただしタミフルは熱を下げる
薬であるので、余程の高熱で 体力の消耗が激しい場合でもない限り
熱は出るだけ出させて治すのも子供は良いのではないかと。
お父さんはね〜、お仕事もあるので中々そうも行かないでしょうが。

微熱、夜中の咳、全身症状。やばいな〜〜これはインフル。
現在クラスの欠席は12人。普通は学級閉鎖になりそうだけど
インフルの判定が出ない子が多いんでしょう。
それでもワクチンは打ってしまうんだけど、これがなあ〜。
おまけに溶連菌と診断された子もいるようで、となると症状が
はっきりしないうちは、こっちの疑いも抜け切れないわけです。

まあねえ、罹るんならもう、いいよ罹っても。
一年間小児科行ってないし、小児科の先生は隣に住んでるし
まるで病院意識して変えたみたいだからそろそろ一度は行かないとと
思ってたからいいけど。
(軽い風邪は耳鼻科で事足りるようになりました)

問題は、22日に先生とのお別れ会がある事と
私が伝染っちゃうんですよね、何故か。息子の風邪は大抵伝染ります。
多分遺伝子とか、関係してる部分もあるんじゃあないかと。
で、これもどうしたわけか、私の方が重くなるんです。

うええ、予告インフルエンザか〜・・・
小児科混むな〜憂鬱だなあ。 でもちっちゃい子がちっちゃい鼻詰まらせて
うえうえ泣いてるのをみるとね。ふてぶてしくDSとかやってる息子は
ここまで大きくなっただけましかあ〜〜とも思います。

私は重くはなるとは言え大人ですので〜
幼稚園卒園の時も 病み上がりで4時(朝の)まで飲んでましたから。
まあ、知れたもんなんですけどね。

明日は病院〜〜。インフルキット、一度で反応してくれますように。


2007年03月13日(火) 25,000HIT御礼!


ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
アップした物は確認したりしますので、自分で踏んじゃった数も
結構混じってると思うんですが・・・

実家の母(同居)が、ずうっと日記を付けていたんですけど
あまりにつらい事が続くので、或る時期を境に書くのを止めた!
と言って止めてしまいました。
来る日も来る日もつらい事や悲しい事しか書くことがなくなると
書くのをやめちゃうもんなのかなって、その時思ったんですが。

読み手の方がいる日記の方が、つらい時でも続く、そんな気がします。
つらい時こそ書いてしまうと言うのもあります。
これ書けるうちは、大丈夫、とかね。

最近、母がまたこっそり日記を付けているようで、つらい事が
なくなったわけではないんだろうけれど、思わず書き残したい事も
多くなったのかな、と。


虎舞竜の高橋ジョージって48歳になってるんですね・・・
なんでもないような事ですが、少しばかり驚きました。
ロードは未発表も含め13章あるとか。

聞き覚えのある歌が少し前から盛んに流れてるんですが
曲自体を大きくいじってないのに、随分イメージが違う。
シャ乱Qの「シングルベッド」
歌っているのはユーフォリアと言う女性バンド。故にボーカルも女性。

これ歌詞、女々しいようでいて、ごっついなあ。
だからかな、すっごく耳には残ります。


2007年03月12日(月) Every breath you take .と その他の事。


ブログも便利だな、って言うか便利になったんだろうな。
トラックバックの意味が、やっと何となく判って来たぞ
今までは何となく人にも聞けずにいたからなあ〜なんて事を
今頃やってる毎日ですが

ここはここで大事に思ってます。
Webで何か書くっておっかなびっくり始めたのはここからで
頼まれてもいないのに、泣きながらホームビルダーの分厚い説明書読んで
サイト始めたのは そのあとだったからですね。
ううむ。2004年11月から書いてるんですね。
当時からの身辺の変化って子供が大きくなった事くらいしか
ないですからね。 それもちょっとどうかと。

あ、でもOLさんやってた頃の仲間と再会したってのは偶然にしろ
大きな変化でした。みなさん今時期は忙しいんだろうなあ。
ごめん、私だけこんなのんびり生活。
心配なのは初めてのクラス替えくらいかなあみたいな。


最近、コラーゲン増量しました。
どう言う事かと言いますと、元々同じクラスのお母さんに「効くよ」
と言われて飲んでたコラーゲン。(魚くさい)
付いて来るスプーンすりきり1杯が定量みたいで、だけど飲み過ぎると
ニキビが一杯出ちゃうそうなんです。 定量には実は個人差がかなり
あるようなんですよね。
私は臆病なんで、スプーン8分目から始め、ずっとその量で来たんです。
ところが最近・・・

言って見ればコラーゲンでは全然追い付かなくなったと。

判っちゃいるけど物は試しで、一気にコラーゲンの服用を倍量にして
みました。スプーン1.5杯。現在3日目。まだニキビは出ないようです。
しかし、顔に変化もないのでした。
もう少し、続けてみます。 私はこんな部分で忙しく頑張っています。



00:18:38,01:19:14,01:36:57,02:59:51,04:24:42,04:24:47,04:59:25,10:18:27,11:59:37,13:56:21,17:09:44,18:49:10,20:49:04,


2007年03月11日(日) 欲張りの本心。


一昨日の続きって事になるのかな。

欲しい物がある、ないって話しです。

諦めるのはまあいいとして、ひがむのはどうか。

そんな事を考えました。 ひがんでるんですよね。
どうせダメだって。いや、ダメだとしても、わざわざ
字で書くと、いっそうひがみ感が強くなるじゃないですかっ

欲しい物ありますよ。ダメだけどさ・・・。ああっまた書いてる!
欲しい物あります!で とめる事にしないとね。

それ自体は小さいもんだと思うんですけどね。 宝石じゃないです。
子供の幸福とか優等生的な事ではないですよ。
それは当たり前に、自然な程度に思ってます。

実は二つあるんですよ。うわ、段々贅沢になって来てるし。

二つとも光るものです。
みる事は出来ても、やっぱり自分には随分遠〜くのものですね。
私は 光リ物が本当に好きなもんで。

欲しい物はやっぱりあるって話です。

それは何か、まで書いたら 余計に叶わなくなるかも知れない
気がしてくるんで 言わないけれど。



2007年03月10日(土) もうすぐの季節。


息子が学校から帰宅した時間が、いつもより20分早かった。
何かあったのだろうかと思い聞いてみると
「一生懸命走って来たから」 だと言う。
いつもの仲間で、今日は一生懸命走る事にしたらしい。

幾ら一生懸命走ったからって、20分は縮まらないだろう。
学校まで歩いて15分なんだから。
普段は修行ごっことかやってるから遅いんだろうに。

家に着いた息子が いきなり「学校に電話をかける」と言い出した。

「先生に『さよなら』言わないで来たからね」
「最後の挨拶しないで、勝手に教室出ちゃったの?」


ちがうちがう、と息子。
最後にみんなで挨拶をして、それから帰る前に更に先生にさよならを
言う
のが息子の日課であるらしい。 それは以前、担任の先生から
うかがった事があった。

「電話して、『さよなら』って言うの?今から?」
「ちがう、ちがうけど。先生、もう少しだから。さよなら忘れたから」


期限付き採用の20歳の先生。 もう直ぐクラスからだけではなく
学校からもお別れ。 クラス替えをしても友達とは会えるけど、先生とは
もう、廊下ですれ違う事もない。

「まだ10日あるから、その間先生になるべく迷惑かけないようにすれば
いいんじゃないかなあと、お母さんはそう思う」
「・・・・・・」

そりゃもう切実だ。昨日も先生の方からお電話を頂いたばかり。
一日に息子は3度喧嘩して3度泣いたそうだ。お腹にはくっきり女の子の
噛みあと。ペットボトルで殴られたり、禁じ手の上半身に蹴りを入れて
しまったり、負けたが さすがにやり返しはするようになったらしい。
褒められたものではないが、喧嘩は日常茶飯事らしい。
昨日の息子の場合は、半泣きまで追い込んだのは1人であり、残りの
2人には完敗であった。強いな、みんな。 弱いぞ、息子〜、せめて泣くな〜

先生からのお電話は、確かに報告のお電話ではあったが、喧嘩自体が
どうこうと言うより、それを家で正直に報告出来たかと言う事だった。

「都合の悪い部分は、言ってませんね」 としか言いようがなかった。

息子は可愛がってもらった。感謝したい。
無理なく成長させて頂いたと言うべきか。本当に良く指導してもらった。

しっかりしたPTAのお母さん達の中で、私のような年齢ばかり行ってるのに
ただぼんやりした威圧感のない存在は貴重であったのか、逆に先生に
お礼を言われてしまった。

「中学生くらいになったら、何でも自分でするようになると思いますんで…
一杯迷惑かけたけど何とか育ったと自分の足でお礼を言いに行かせます」

と 今言える精一杯の事をわたわたと言ったら、涙ぐんでおられた。
感謝している。もうムッチャクチャな事が山ほどあったが、そのたび
理解して頂き、話し合い、切り抜けて来た。
初めは不安だった若い先生。 彼女自身、色々負けないで、良く頑張った。
先生は、綺麗なまま すっかり強くなっていた。
自分も見習わないと。じゃないと恥ずかしい。

長椅子に寝転がって天井を見たまま息子が動かないので 声をかけると
息子は黙って涙を流していた。




2007年03月09日(金) 欲張り。


もし願いが一つだけ叶うとして。
何でも好きなものが手に入るとして

それが観た事もないでかいダイヤの指輪とかネックレスとか
それか、高級リゾート地の別荘だったり。
あ、書いてて 発想が貧困! 眠いのもちょっとあるかな?

何にも、もう いらないやあ、って思うんだけど それは
満足の極致にあるからでも、己を判っているからでもなくて
だって、ダメだもんなああってとこから来てる。

でっかいダイヤ欲しいなとか思える人、いいな。
「どこのブランドのが何がいい」とか言える人はもっといいな〜
欲しい物がある人、いいなあ。

手に入れたら、次は手放す番。
慣れっこになっちゃうと、欲しくなくなる。
手放す事を考えると、ちょっとね。 欲しがらない方がずっと
あとあと楽なんだよねって。

だけど心って複雑で、一枚板じゃあないから、どこかで何かを
結局、ずっと欲しがっているんだろうねえ。
だからその心の声に、今はなるべく耳を貸さないようにしてる。

すご〜く欲張りな事を言い出しそうで怖いから。

コレに素直に耳を貸せる人も、やっぱりいいなあ、羨ましいなあ。

それにしてもダメだなあ、不正直ってのが一番、ね




2007年03月08日(木) 向精神薬について。


薬の事は、ここに以前も書いている。
私は自律神経のバランスがとても悪い。曾祖母、祖母、叔母と同じ
傾向があるので、遺伝的な物ではないかと思われる。
ただし、症状はそれぞれがみな違っている。

曾祖母はひどい汗っかきだと思われていた様子だ。
祖母は、身体の弱い人と言うのが周囲の認識であった(95歳存命)
叔母は、倦怠と喘息のような発作を起こす。
私にも複数の症状がある。

そもそも神経と精神は全く別のものだ。
とは言え精神が神経に及ぼす影響は大きい。ストレスだ。
自律神経(交感神経、副交感神経)は身体全体の動きを司る。
自律と言うだけあって、自分では調節出来ない神経系だ。
しかし、ここがストレスに とても影響されやすい体質の人もいるのだ。

自律神経は背中を通るので、背筋を中心に鍛えると良いと言う。
また夜更かしなど、身体のリズムが崩れる行動は慎むべきだと言う事だ。
これに関しては、私は余り良い患者ではないと思う。ってか全然良くない。
肝臓壊してるのに、まだ酒飲んでる人みたいな感じか。

手っ取り早くと言っては変だが、薬で不快な症状を軽減する事が出来る。
向精神薬と言われる薬の中に、ピンポイントで崩れた神経バランスを
整えてくれるものがあるのだ。
自律神経失調症は、実に多用な症状なので、あらゆる病気と間違えられやすい。
だが、診断された病の薬で一向に良くならず、向精神薬で症状が軽減
されるなら、この病を疑ってみるべきかも知れない。
女性は 特に妊婦さんの時と、更年期に罹りやすい。
妊婦さんの場合は、薬は絶対医者の指示を仰がないとダメだが。

私は寒暖の差に弱い。北海道に住んでいるので冬は苦手だ。
大音響の中に長時間身を置く事も苦手だ。玉ねぎ過敏症と一緒で
好きな事が思うように出来ないのは悲しい事だ。
そんな時、薬は役に立つ。

夜にしか症状が出ないと言うのも 私の特徴だが、これは運が良かったと
思う。以前近所に住んでいた人は、更年期で家から一歩も出られないと言う
症状に長期間見舞われていたようだった。
私も更年期を迎えたら症状もまた変わるのかも知れないが。

向精神薬は、治療や改善目的でも、効きが悪くなったり量が増えたり
しやすいものだ。またうっかり量を間違うと、眠り込んでしまったりと
大変困った事になる。
自分にとっては良くも悪くも胃薬を飲む感覚と似ている。
ただ胃薬と違うのは、飲む事自体が「苦しいな」と思う時がある事だ。


とはいえ、病気の一つも持っていない人はいないし、そもそも誰でも
いつ罹るか判らないものなのだ。 自律神経系の病は、患者は圧倒的に
女性が多く 仕事場で発症していても、周囲は中々理解し辛いと言う話を
聞いた事もある。 詐病と思われている事もあるかも知れない。
理解されないと言う事と症状が軽減されないと言う事は本人にはとても
つらくしんどい事であろうと思う。

向精神薬には偏見も多い。
心が弱ってしまう事自体 別に恥ずかしい事ではない。
そして向精神薬には、酒飲みの二日酔いを防止するような効能もあると
言う事だ。(ストレスが神経バランスを崩すのを防止する)

どちらも、薬だけでなく、身体も動かし、弱いところと向き合いながら
無茶をしない程度に それと付き合って行くのが肝要であるのだろう。
少しでも状況が良くなる事を 常に探しながら。


そもそも薬は予備的、補佐的なものだ








2007年03月07日(水) おっかなメール。


おっかなびっくり、メール。

なんて書いていいか判らないから、どことなく媚び媚び。

メールは苦手。 もらうのは大好きだけど。

返事の予想は付いてたけれど、書いちゃう。ちょっとつらいから。

ちょっとつらいんだって事は 自分の事情だもん 書かない。

どこかがどうにかなりそうって事も 言っても仕方ない。


楽しみだよ、今度はこっちからも 楽しみを連れて行くよ。

そう出来ればいいな。

私がいたって事に 今度は何か 意味が残ればいいな。


返信の返信はする事ないかな と思うけどやっぱりする、なんか媚び媚び。

メールは本当に苦手。 もらうのは大好きなんだけどな。


2007年03月06日(火) ルルを思い出す。


正面からみると、大きな黒い丸が正三角形を描いているような顔の
犬を飼っていた事がある。テリアと柴犬の雑種、今で言うミックス犬だ。
これは小学校3年で私が新聞を読んでいたと言う論拠に、今もなっている。
もらって下さい欄から8歳だった私が見付けて来て 「飼って」と
親に頼んだのだ。

時期がはっきりしているのは、それが祖父の葬式の直後で、親族が
居間に揃っていた時だったからだ。
母も疲れていたとは言え、寂しかったのかも知れない。
案外あっさり、犬は我が家にやって来た。
名前はルルと名付けられた。雌の犬だった。

15年生きた。子育てが下手な犬だった。基本的に人間任せ。
2度目のお産に失敗し、子供が産めなくなった。一度目のお産で4匹。
2度目のお産は1匹が死産、1匹がお腹の中で死んでおり
生まれたのは1匹。 みんな直ぐもらわれて行った。

誰にでも尻尾を振る。
だから短大時代、家に遊びに来た先輩に「飼い主にそっくりだ」と
言われた事がある。前足が少々ガニ股だったが、芝犬の毛にテリアの顔は
幼い頃、散歩に連れて行くと通る人に声をかけられるほど可愛らしくは
あった。
私に似ていたのは誰にも尻尾を振ると言う部分なのだが。

外犬で飼っていたので、新興住宅地に越した時、フィラリアに罹った。
犬の病気の知識が足りなかった。蚊が多く発生する場所だったのだ。
長い時間掛けて弱って行った。虫は全身を性質悪く回っていたようだった。

私がやっと社会へ出た頃、病と老いで目も見えなくなったルルは
犬小屋ではなく、車庫に入って暮らす事が多くなった。
体調の悪い日は部屋に入れたが、そんなある時 母が何を思ったか
ルルにカメラを向けた事があった。
見えない目を 情け無さそうにカメラに向けたルルの写真が残っている。
浮き出たアバラ、犬だけに人間ほど変貌する事もなく、頼りなげな
顔は 老いよりもやつれが目に付く。
それでも天気と体調の良い日は、外で日向ぼっこして暮らした。

ある日、ルルは目も口も大きく開けたまま横倒しになって死んでいた。
起きて来てノビをしようとした瞬間心臓が止まったらしく、欠伸をしようと
していたようで苦しんだ様子はまるで無かった。
庭の深くに、骨壷が埋まっている。



ううん、ルル、インコのおーちゃん。お腹が痛いです。
胃痙攣は胃炎になったみたいです。
どうして人ではなく、彼らばっかり浮かぶのだろう。

あ、祖父ちゃんが死んで以来、親族のお葬式って私 出てないもんな。
近い親族は思いっきり長命な人が多くって。
この手で触れてお別れをしたのって、動物ばっかりだあああっ

数日前 鏡に全身を映したら、フィラリア末期のルルそっくりで
これはまずいと無理に食べ始めたから、多分胃炎になったんだなあ・・・


2007年03月05日(月) あいたたたた。


あいたたたた、胃がいたたたた。

今こうしているのも痛いんですけど。

ん〜〜一旦休憩しよ〜。さあ、どのくらいで復帰するか。

いてえええええっ(笑)


どうやら胃痙攣でした。 痛いです〜
あぶら汗が流れます。たらたら。
でも、一過性のものなので治まりましたっ!万歳っ

ううむ。胃痙攣になったのはこれで2度目です。

初めになったのは母が癌で入院してる24歳の時。

胃炎にはね〜、もうしょっちゅうなるんですけど 胃痙攣は案外と
ならないもんなんですよね。

胃が捻じれたと思うくらい痛いんだけど、体育会系の痛みを残し
案外すっきり治まります。胃の筋肉痛?

こむら返りと同じで、癖になったら最悪です!
でもまあ、私の場合はスパンが長いのでそう言う心配はないかな。

今回は日記を2回に分けて(泣)書いて見ました。

ご心配おかけしました〜って、まだ痛い(笑)


2007年03月04日(日) 悼む。


池田晶子さんが亡くなられた。享年46歳。
週刊新潮で『人間自身』(『死に方上手』改)を連載しておられた。
この人の 孤高さと、綺麗な姿勢で物を見るような眼が好きだった。
急な事で驚いた、先週号には確かに連載が載っていたからだ。
確かめてみたら、やはりあった。
原稿は 少し前に渡してあったものなのだろう。
読み返すと、穏やかに春を待ち望む姿があった。
この人らしからぬ文であるとも言えた。癌であったと言う事だが
病床で書かれたものだったのだろうか。
絶筆は、誰に何を問うのでも説くのでもなく、ただ静かに、何かを待って
いるようなそんな文章になっていた。
お悔やみを申し上げたい。


私が勤め人だった頃、澁澤龍彦氏が急逝した。 享年59歳。
翌日の朝礼で社長の訓話にその話が出たので大変良く憶えている。
文筆家の訃報に、社長が朝礼で触れる事は多くはなかったと思う。
自分の記憶ではこの時くらいである。
社長にとっては特別な作家であったのだろう。会社の行き帰り
地下鉄の中で、当時私は 澁澤龍彦を読んでいた。
社長の事は 実は好きではなかったので、好きになれそうもない人が
同じ作家に特別な思い入れを感じていた事を 当時は少し不思議に
感じたものだった。
読書中の動脈瘤破裂、死は一瞬の事であったと言う。


Someday never comes (いつかなんて日は決してきやしない)
C・C・Rの名曲の一部を登場人物に語らせていた人は、遺作となる
作品の中で「描きたい物がなくなった」と、やはり登場人物に
言わせている。
その人と同じ年齢に、自分がなる日が来ると言う事自体が
私にとって『決して来やしない』日であるような気がしていた。
想像も出来ないくらい、遠い事のように思えた。
Never comes な日々の中で、数少ない 迎える事になった日。
三原順 (漫画家) 享年42歳。


無くした物は何もない。だけど得たものはある。 今もここに残っている。


訊ねられてもいないのに、この頃このフレーズが気に入っていて
あちこちで使ってる。
センスもまとまりもなく 説得力にも欠けるけど自作だ。
読んで悼んで、生きて、この歳でこんな陳腐しか言えないものかと
思うけど、これが精一杯で、これで抵抗する。

出来るところまで。 残った物はある。 それを信じてる。 ぎりぎりまで。


2007年03月03日(土) ドラッグストアの成人ネタ。


ここを読んでいる未成年の方もいるのかな?
今回は表向きは成人ネタです。

役所に手続きに出かけたついでにドラッグストアに立ち寄った。
以前にも、何度か書いているけれど、ドラッグストアが大好き。

ハリウッドセレブも愛用!○○配合のクリーム2980円

ああ、コピーから何から全てがキッチュでたまらない。
そんな商品を横目にバン○リンと同じ成分で何百円も安いよ!と言う
商品に手を伸ばしてみたり。

うろうろうろうろ、隅々まで見る。
マスカラを見る。塗らないんだけど。新色の口紅を見る。買わないけど。
本当に買うつもりだったのは使い捨てカイロだったり。
だけど 綺麗なパッケージや広告は大好き。見てて楽しい。
新商品のマスカラが「上まつげと下まつげに塗る事で目を大きく見せる!」
と言うミもフタもないポップ文字の下 ずらっと並んでるのを見て
ふと横に視線をずらすと

「ホットに感じる」
「うるおいとろける」


と書いてある綺麗な箱を見付けた。冷え性の私、ホットと言う言葉には
敏感である。 濃い目の化粧で何かを主張している女の子の写真。
コロンにしては箱が平ら。 リップグロスにしては箱がでかい。
しばらく私はそこに、じっと立っていた。

「ゴ○じゃん!これっ!これっ、○ムじゃんっ!」

突然、頭の中に倒置法で繰り返してわんわん叫んでしまうほど驚く
答えが駆け巡った。 マスカラと口紅の間にコ○ド○ム!
しかもそれとは、超わかりづらい。 お洒落なの。
2種類あって、効能はそれぞれ上に書いたとおりです。お好みで。

ゴ○だろうな〜とは思ったけど、あんまり置いてある場所と
雰囲気と言うか、そう言うものがソレっぽくなかったので
本当にコン○ー○なのだろうか。 勘違いなら恥ずかしいなあと思い
しばらく逡巡した挙句、こっそり手にとって箱のウラを見てみた。
ゴ○でした。

あとで判った事だけどこれはティーンの生の声を形にしたコ○ドームだそう。
生の声か、まあいいや。 だからポップでキュートでファッショナブルで
マスカラと口紅の間に置いてあったりするわけなんだろうけど
箱ウラがモロに普通のソレっぽいのはどう言うわけなのか。
形状モロ書きで、全然ポップじゃなくて恥ずかしかったです。

コンビニで置いてるやつとか、パッケージもお洒落にはなったよねって
思ってはいたけど、やっぱり「それもの感」って絶対出ていて
判らなかったと言う事は今までなかった。 今回はしてやられました。

キャッチコピーが新色口紅なみに堂々とでかく書いてある。
正体が判ると恥ずかしいよう。


一通り驚きが去ったあと、今日は日記にこれを書こうと思ったけれど
やっぱり商品の写真があった方がいいかなと考えた。

でもそのあとどうするよ。と思い直し、勿体無いから買うのは止めた。

使って見たいなって人、『GLAMOUROUS BUTTERFLY』って名前で
どうやら好評発売中なので、お近くのドラッグストアで、どぞ。


2007年03月02日(金) 夢の意味。


夢と言うのは 必ず見ているものなんだそうである。
だから夢を見ないと言う事は実際にはなく
見た夢を憶えていないだけと言うだけであるらしい。

夢を見ないなと感じる月日がしばらく続いて
また普通に 眠ると夢を見始めるようになった時から
自分の中で夢の意味は少し変わっていた。

忘れていた事を 夢の中で思い出す。
それは人に関する事であったり物に関してであったり。
似た内容を 幾度も繰り返し、みる事もある。
やがてその夢から遠ざかって行く時は、対象の人や物から
遠ざかったから、と言うのでは必ずしもなくて
自分の心に、しまい棚が作られ 整理が完成した時だったりする。

「あの人とは以前何か話した。それは何だっけ」
頭の中に残したまま眠ると、その人がはっきりそれを伝えて
いるところで目が醒めたりするのだ。
それが 事実とずれているのかは判らない。そして必ずしも
それほど重要な事でもない。

もう一つ、夢には自浄作用があるのかな、と最近は思っている。
学校の校庭、昔の遊び場、見慣れた場所(夢だから実際は違うのかも)
に一緒にいる人は、現実では二度と一緒にいる事はない人だ。
その人の笑顔もおそらく 一生観る事はないのだが、起きると
夢の記憶が残っている。忘れないためではなく、忘れるために
見る夢もあるのだろう。夢は柔らかくその人を再生し、薄れさせて
行ってくれるのかも知れない。


伸びた爪を切り、部屋の掃除を真面目にやって、いつもより長く
お風呂につかってみる。イヤンだけど鏡を見る。


夢は不思議だ。出演者を振り分ける。
大人になってからの夢には嫌いな人間は出て来ない。
例えば実際に会った事のないネット上の知り合いでも、親しい人は
起きた時には憶えていない 誰かの姿を借りて登場したりするものだ。
けれど大嫌いな人間は絶対に出て来ない。

夢の中の笑顔は柔らかく、優しいが全てが希薄だ。
それがいつでも見られるのだと言う確かな気持ちに変わった時
その人の夢は見なくなる。
その人が夢でしきりに話し掛けて来る事はなくなり、気が付けば
日常で声を聞いたりしているものだ。

その逆もあると言う事なのだろう。
夢は癒してくれる。基本的には生きるために見るものなのだろう。


2007年03月01日(木) 待ち遠しいな。


思ったより疲れてるのかな?って事に気付いたので
それに合わせた生活を心がける事にした。

無理しても良い事ないもんね。

やりたい事で 出来る事はやろ〜くらいのスタンスで
しばらく過ごす。そのうち冬の方から去ってくれる気がする。

春が待ち遠しいな。

みんな何をしているのかな。元気かな。
メールを打つのは簡単だけど、きっと忙しい時期なんだろな〜。
この上、人に嫌がられるのはねって思っちゃう。

春が来ても、その辺は変わらないんだけど
何かが違って来るような気もして、ただ待ち遠しい。

もう零下はいやだっ(涙)

札幌の気温くらいで音を上げるなって感じですけどね〜



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