「無銭飲食」とか「食い逃げ」って言うじゃないですか。 じゃあ、注文して出てきたものを写真だけ撮って店を出たら、 食べても飲んでもいないから無銭飲食とか食い逃げにならないのかなぁ?
何らかの犯罪にはなるよね・・・(-.-;)
下らない事考えてないで働けよ自分。
| 2012年03月28日(水) |
据え膳食わぬは男の恥!? |
あれはおいらがヤングでうぶな21歳のこと。 高校時代から友達だったOさん(ボーイッシュな美人) から、知人のライブがあるから見に行こうと誘われました。 確か渋谷の小さなライブハウスでした。 ライブはメタル系でOさんノリノリ。 おいらはドリンク付きだったのでウイスキーを頼みました。 バーの係が素人だったのか、普通ウイスキーストレートと言うと、 グラスに2センチ位しか注がないのに、その人はグラス一杯なみなみと 注いでくれちゃいました。 当時は酒に弱かったので、おいらすっかり酔ってしまいました。 ライブも終わり、さぁ帰るかとOさんの所に行くと、
「今日、お父さん居ないの・・・泊まりに来て良いよ」
おいら、密かにOさんに想いを寄せていましたから、二つ返事で
「うん、行く行く!」ヾ(*'∀`*)ノ
Oさん宅は、半蔵門の警察官寮でした。 なんでもOさんの父上は署長さんだそうです。 おいらの頭には即座に大門軍団の渡哲也がショットガンをぶっ放している姿が浮かびました。
「お父さん、明日の朝7時頃には帰ってくるから・・・」
なんですと〜! おいらの命が危うい!(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
「じゃっ、じゃぁ6時には絶対帰るね」
おいらとOさんは夜通しこたつでお喋りしていました。 共通の友人の噂話や、好きなバンドの話で盛り上がっていました。 ところが朝4時頃になって、猛烈な睡魔に襲われてしまいました。 渡哲也登場まであと3時間(汗)
「6時までちょっと寝るけど絶対に起こしてねっ!」
「私も寝るから。布団敷く?」
「・・・・・・こたつでいいよ」(-.-;)
「めざましセットしたから大丈夫、寝ましょ」
2人90度になって睡眠。 万が一めざまし鳴らなかったらジ・エンド。 K2ビバークより危険な睡眠。 で、実際にはあっと言う間に目覚ましに起こされ、Oさん宅を去ったおいら。 命は守られたのでした。
据え膳食わぬは男の恥と言いますが、据え膳のバックに渡哲也が見え隠れする場合は例外です。
今でも解らないのですが、彼女はいわゆる「OK」だったのでしょうか? それとも人畜無害な男としておいらを一泊させてくれただけなのでしょうか。 謎は深まるばかり・・・ 20年以上前の事を振り返っても仕方ないんだけれどね。
妻からメールがありました。
「こないだのケーブルテレビの契約の時の、口座引き落としの印鑑が違うって 手紙来たんだけど、 ヒロ印鑑持って帰ってない?」
「え?持ってないよ」
「この印鑑しか無いから違う筈無いんだけどなぁ」
事情が良く解らないので電話しました。
「印鑑、他に持ってないの?」
「う〜ん、ちょっと待って・・・あ、有るかも」
「・・・・・・・・・・・・」(-"-;)
「あ、有った!こっちかも」
「窓口で簡単に照合出来るから持って行ってみるよ」
「あ、また出て来た!全部で5個有る」
「とりあえず全部持っていくから玄関に置いといて」
「お願いね・・・私パートで3時までに行けないから」
で、翌日通帳と印鑑5個持って銀行へ行きました。 受付内容によって何種類かの順番待ちの紙もらうじゃないですか? これは何番だろうと迷っていると、そういう人用に巡回している銀行員さんが、
「どうされましたか?」
と訊いてきたので、
「届け印がどれか解らなくなってしまったので・・・照合してもらいに来ました」
「ではこの紙でお待ちください」
しばらくして、おいらの番が来ました。
「届け印が・・・以下省略
銀行員さん照合しながら「まん丸の印鑑ですか?」
「えと・・・妻の通帳なので解りません」
5本の印鑑の内、一本に小さな紙が張ってあり「これかも」と書いてあるのに気が付きました。
「すいません、“これかも”って書いてあるからこれかも知れません」
銀行員さん照合して「あ、これですね」
「どうもお世話様でした〜」
なんだか物凄くアホっぽい人になってしまいました。 もう妻の雑用係は嫌じゃ!
(ノ-o-)ノ ┫
昨日の事です。 法事の帰り、イオンに寄って食料品を買いました。 火曜サービスで、卵1パック88円(お1人さま1パック)でした。 1カ月食費1万円生活の貧乏人のおいらは、 (キャッホーイ!)と大喜びして卵を掴んだその瞬間、
「お並びくださいっ」
店員に卵を奪われました。
えぇーーーっ!と思いながら周囲を良く見ると、ズラーっと一列に並んだお客さん達。
恥かしい・・・
タイムサービス商品だったのね。 なんだか社会のルールを守れない老人の様な振る舞いをしてしまった。 で、すぐにサービスタイムになったのですが、列があまりにも長く果てしないので諦めました。 おいら、並ぶの大きらい。 もし大地震が来て避難所生活になっても、並ぶのが嫌で食べるの我慢しそう。 台所には非常持ち出し袋があって、中にはカロリーメイトを常備しているんだけど、 ついついおやつに食べてしまうんですよね。 特にメイプルシロップ味が旨くて旨くてたまらん。 買っては食べ、買っては食べ・・・ こうなったらもう美味しくない物じゃないとダメかも┐('〜`;)┌
| 2012年03月19日(月) |
居留守つかっちゃった |
世間はお彼岸ですね。 今朝、寝入りばなに叔父から電話がありました。出ませんでした。 親父には6人の兄弟がいて、その内5人が同じ町内に居ます。 電話を掛けてきたのは長兄で、唯一都内在住です。 叔父は墓参りのついでに毎年必ず家に来て、仏壇にお線香をあげて、 供物をお供えして帰って行くんです。
今日も来るつもりなんだろうなぁと解っていたのですが、 徹夜明けでマジ眠たかったので、何度も着信あったのに無視しちゃいました。 せっかく親父の供養に来てくれるのに悪い事をしたなぁと反省していますm(_ _)m
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3ヶ月ぶりに散髪。 あぁ〜〜スッキリした! 前髪なんか、もう矢吹丈の様になっていましたもん。 バタフライクリップで留めていました。 物凄い寝癖を、帽子で隠して行ったのですが、 切る時帽子を脱いだら笑われました。 「凄い寝癖ですねー!」だって。
散髪後、イオンでお供えの花を買って、もう暗くなっている中墓参りに行きました。 家の墓石は、家名の凹んでいる所を白く塗ってあるのですが、 半年くらい放置していると、藻で緑色になってしまうんです。 墓参りの時は、使い古しの歯ブラシを持って行き、文字をガシガシ掃除します。 今日は傘を差しながらだったのでちょっと大変でした。

帰りセブンイレブンでおはぎを買いました。 親父、酒を飲まない人で、甘いものが好きだったんです。
明日はお寺さんで法要(?)です。 檀家さん40人位集まります。 おいらが最年少です。 みんなジジババ。 11時からだから寝ないで起きてようかな。 4時間位寝てしまうと、変にぼ〜っとしちゃうからね。
| 2012年03月17日(土) |
これがチャイナクオリティーか!? |
先日、仕事用にヘッドルーペを購入しました。 楽天で一番安くて良さそうな物を選んだのですが、 届いてみてあぼーーーーん。(°д°;;)
説明書では「レンズから対象物までのピントの合う距離は16センチから30センチです」 となっているのに、実際使ってみたら全然ピント合わないの。 何処まで近づけたらピント合うのか試したら、なんと5センチ!
これじゃあ作業しづらいよーーっ。
さすがメイドインチャイナ。
ちなみに国産の拡大眼鏡は1万円弱です。 こいつは1680円でした・・・
安物買いのなんとか・・・(ノ_<。)


さっき、1年分の貯金箱を開けて銀行へ行ってきました。 硬貨投入口にジャラジャラと満杯に入れたら、
「ふたが閉まりません」
と言われてしまったので、半分くらい掻き出してから再トライ。 しばらくATM様が数えるのを待つ・・・
「数え切れませんでした」
入れた小銭の半分くらいまだ残ってる。(-.-;) また掻き出して再トライ。 しばらく待つ。(-.-;)
今度はちゃんと入金できました。 結局ちびっとづつ4回に分けて入金。
通帳に記入された金額の合計は、
たったの939円!!!
なんだかなぁ〜。 やっぱ1円と5円と10円だけじゃこんなものかぁ 。(ノ_<。)
コジロウ 2ヶ月に1回
・オゾンシャンプー+500円 ・トリミング 4500円 ・足バリカン 500円 合計 5500円
年間 33000円
おいら 3ヶ月に1回
・カット 1000円 ・髭剃りシャンプー 1000円 合計 2000円
年間 8000円
この格差をどう捉えるべきか・・・。 お犬様?
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松嶋菜々子と松たか子が頭の中でごっちゃになってる。
毒言シリーズ第2弾 今度は今は亡き親父の毒言集です。 死人の悪口みたいですが、まぁいいよね。
「そんなに武器いっぱい付いてたら危ないよ・・・」
おいらが幼稚園の頃でした。 子供って自分が描いた絵や作った工作品を親に見せびらかして、 褒めてもらいたがるじゃないですが。 ある日、ダイヤブロックで宇宙戦艦を作って、親父の帰りを心待ちにしていました。 帰って来た親父に工作を見せびらかしながら、
「んとね、こことここからミサイルが出るの。で、ここからビームが出るんだよ!」
と説明していたら、返って来た言葉です。 親父に褒めてもらえると信じきっていたおいらはハンマーで後頭部を殴られたようになりました。 親父はゴリゴリの左翼で、労働組合の組合長を務めたり、社会党の候補者を後援したり、 まだ幼稚園のおいらを成田抗争のデモ隊が捕まる所の見学に連れて行ったり、 ちょっと左巻き過ぎるきらいがありました。 きっと憲法9条信者だったのでしょう。
「病院に連れて行けっ!」
小学生の時、おいらが風呂に入っていると後から親父も入ってきました。 おいらの胸がロウト胸で少し凹んでいるのを見て、風呂を出るや否や母に発した言葉です。 母は「そんな事言われても困るわよ、病院に連れて行ってどうするのよ!手術でもするの?」 とこれまたおいらを傷付ける言葉を発しました。 2人ともおいらへの気遣いとか全く持ち合わせていませんでしたね。
「どうせ先生に褒められたくて走っていたんだろう」
小学生の高学年の頃、おいらは何故か急にジョギングに目覚め、 小雨の日も風の日も、休み時間という休み時間は全てジョギングに費やしていました。 まるでフォレスト・ガンプのようでした。 で、校庭を3周走るとシールを1枚貼れるポスターが教室の後ろに張り出してあって、 おいらの所だけ異常に飛び抜けていたんです。 その事を中学生になって親父に話したら、返ってきた言葉がこれです。 親父には「人の努力や才能を認める」と言う機能が欠如していたようです。
「息子がいい年をしてお人形さん作ってるなんて、恥ずかしくて会社の同僚に言えないよ!」
22歳からアートドールを作っては、個展を開いたり、 知人の店に委託販売させてもらっていたのですが それだけでは生計が成り立たず、フリーター生活を送っていたおいらに発した親父の言葉です。 これ、満面の笑みを浮かべながら言われました。 完全にバカにされています。上から目線、卑下、侮辱。 親父と言う人は、自分の事は自慢ばかりして、 人のやる事は1から10までケチをつける人でした。 70歳で胃がんで死んだのだけれど、消えてくれて頭の上の漬物石が取れたように感じます。
これらのことを反面教師にして、自分の息子には容姿をけなしたり、 趣味をバカにしたりは決してしないようにしています。 でないとおいらの様な歪んだ性格になってしまうから。 息子は昔から手先が器用で、工作が上手でした。 その流れで将来は美術系の大学に進みたいそうです。 おいらとしては、全力で応援してやりたいですね。 卒業後、道に迷うような事があったら、助けてやりたいとも思います。 普通、親ってそう言うものですよね?
おいらの母親って言う人は、今でもかなり変わった人なんですが、 昔からちょっと浮いていると言うか、予測不能なところがありました。 髪型はいつもベリーショートの赤毛パーマ。 身長170cmで夏はショートパンツで買い物。悪目立ちです。 幼なじみではないけれど、同学年だった妻の記憶にも残っていたくらいです。 で、ママさんバレーのキャプテンなどやって、かなり体育系だったのですが、 普段の行動が予測不能なのでした。 母には、プチ家出の癖がありました。 おいらが幼稚園から中学生の間に、何度も消えては戻りを繰り返していたのです。 当時は、どこの家もこんなもんだろうと疑問に感じなかったのですが、 大人になって振り返ると、異常だったなぁと思いますね。
一番大きな家出は、おいらが小学3年位の時です。 (後からの情報で解ったことを綴っていきます) 母は、親父との生活が嫌になり、実家のある大阪に向かっていました。 途中、新幹線の中で知り合った夫婦が、行くところ無いのなら、 家に来なさいと言ってくれ、母はそれに甘え名古屋に行くことにしました。 名古屋の夫婦は薬局を営んでいました。小学生の娘息子が居て、 母は、子供達と仲良くなって、毎朝お弁当を作ってあげながら、 昼間は店番の手伝いをしていたそうです。 母は、「別れ際、男の子に『帰っちゃダメ!』と通せんぼされたのよ」と自慢気でした。 その他にも母は子供達にあんな事してやった、こんな事してやったと、自慢話をしていました。 置いてけぼりになっていた実の子供達が、3ヶ月間どうやって暮らしていたかについては、 まるで興味がない様子でした。 昔から、無神経なところがあったんですよね。 嫌なことは自然と忘れると言いますが、本当ですね。 母がいつの間にか居なくなって、いつの間にか戻っていた記憶はぼんやりと有りますが、 その間家事炊事はどうしていたかとか、細かいところは記憶が飛んでいるんです。 大人になってから姉達に訊いてみても、あまり覚えていないと言っていました。
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あれはおいらが中学生の時でした。 突然母が、おいらに、 「母さん離婚したいけど、お前達が居るからしないよ。みんなが成人したら離婚する」 と神妙に言ったんです。 おいら、それを聞いて(自分達のせいで母は離婚できないで我慢してるんだ・・・) と思い、悲しくなって泣いてしまいました。 別に母が恋しかったからではありません。 あくまで(自分が足かせになっている)と言われた気がして悲しかったんです。 まぁ、母のこの言葉は半分嘘でしたけどね。 母はおいらが18歳の時に家を出て2年後離婚したんだから。 おいらに言わせれば、もっと早く離婚してくれた方が良かったんだけど。 何せ親父と母は仲が悪く、板挟みの子供達は精神的にぼろぼろでしたもの。
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小学生の頃、母は親父の帰りが遅くなって夕飯を母子だけで食べられると分かった日は、 急にテンション上がっちゃて、おいら等達子供も上機嫌でした。 親父は、自分はクチャラーのくせに人の食事マナーにうるさくて、 食事時間は重苦しい空気に包まれて全然楽しくなかったんです。 母は、ここぞとばかりに近所の酒屋でビールとおつまみを買ってきて、 夕ご飯は酒盛りでした。ご飯作らないの。 でも子供達は変に思うこともなく、小学生のくせに当たり前のようにビールを飲んでいました。 特に旨いとも不味いとも感じませんでしたが、 親父が居ないという解放間があって楽しかったです。
高校時代、友人達がカラオケで隠れてアルコールを飲んで楽しく酔っているのを見て、 (酒なんかで盛り上がるなょ・・・こっちは子供の頃から飲んでるよ・・・) と冷めた目でいましたっけ。
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専門学校生の頃、すでに別居していた母のアパートを訪ねた事がありました。 その時、いきなりこんな事を言われました。
「お前は気が弱くて女の子に声も掛けられないだろうから、 幼女に悪戯をして、捕まるんじゃないかってそれだけが心配なのよ…」
おいら、親から真顔でこんな事言われて、そーゆー風に見られていたのかと、 心底情けなくなりました。
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離婚後、母は12歳年下のやさぐれ男と再婚し、数ヶ月で離婚し、 今度は15歳年上の看板屋の社長と再々婚し、数年で離婚し、 下の姉夫婦と同居しましたが、姉と折り合いが悪く、 数年で追い出されるように出ていきました。 風の便りによると、現在は茨城の知人宅にやっかいになっているそうです。 もう5年位会っていません。 最後に会った時は、金髪で瀬川英子にそっくりでした。 まぁ、元気で生きていてくれればどうでも良いんです。 関わったところで得るものは無いのですから。
以上、おいらの変わった母の思い出でした。
ウチの妻は見た目の可愛らしさとは裏腹に、 毒蛇の様な舌を持っています。 現在は別居生活をしているのでその害に遇う事は格段に減りましたが、 それでもたまにメールや電話でのやり取りの中、猛毒を浴びせられる事があります。 以下、代用的な妻の毒言です。
「ヒロの母親、私が小学生の時学校の先生と変な関係になっているって 近所で噂になってたんだよ」
これはまだ結婚前の発言です。 妻は平気でおいらの家族、親戚の悪口を言います。 別居している現在でも変わりません。 結婚前、これが嫌になったおいらは、別れ話を持ち出した程です。
「ヒロと結婚したら100万あった貯金がパーになった」
結婚して1年位して言われた台詞です。 仮にこれが本当だとしても、「パーになった」は無いんじゃないの? 妻は専業主婦で、おいらの収入に頼って生きていた訳だから、 100万はちゃらだと思うんだけれど、どうなんでしょう・・・
「そんなに私が嫌なら実家に帰ろうかっ!?」
私が向精神薬を飲んでいるのを見つけた時の妻の発言です。 心配とか労わりの精神は欠片も持ち合わせていないらしいです。 逆に保身と言うか、自分がどう扱われるかだけしか頭に無い様で・・・ 確かに妻の性格がおいらの心の病の原因の一端になっている事は確かですが、 100%自分に結び付けて考えるのは、返って自己中心的だと思います。
「医者に私のせいで病気になったって言わせたいの!?」
精神科の先生が、今後の治療方針や家族としての接し方を話したいので、 一度来院して欲しいと言ってきたので、その旨を伝えると、 こんな逆切れ発言が返って来ました。 これを言われて(この人とはやって行けないな)と心底思いました。
「そうやって寝ていられると包丁で刺したくなるんだよー!」
育児で毎日寝不足で、朝しゃっきり起きられないでいるおいらに浴びせた怒号です。 これを言われて(このままでは本当に刺されるかもしれない…)とマジ怖くなりました。
「え〜、 私が救急車呼ぶのぉ〜?」
おいらが胃腸性の風邪をひいて、嘔吐が止まらなくなり、低カリウム血症が出て、 手足顔の筋肉が痺れて動けなくり、おまけに気持ち悪いのを癒す為、 大きく呼吸をしている内に、過呼吸になってしまい、 「きゅっ、きゅーきゅーしゃよんれぇ〜」とトイレから助けを求めた時、 居間のこたつでテレビを見ていた妻が面倒臭そうに発した言葉です。 この時本気で(別れよう)と思いました。
この他にも妻の毒言は多数有るのですが、いっぱい有りすぎて思い出せません。 思い出したくなくて本当に忘れてしまったのなら、それでいいんだけどね。
あれは、おいらが専門学校2年生の時でした。 御茶ノ水にあるデザイン系の専門学校に通っていたのですが、 友達も彼女も居なく、ひたすら独りで学校近辺の画廊巡りをしていました。 授業は選択授業で第1希望が通ったものは、面白くて真面目に出ていましたが、 希望通りではない授業はサボってばかりいましたね。 そんなある日の事、突然高校時代の写真部の顧問から電話がありました。
「今写真部の1年生に現像の事教えられる先輩が居ないんだ。 悪いけど今度の土曜日、OBとして指導に来てもらえないかなぁ?」
「丁度土日が休みの学校なので全然構わないですよ〜」
「ありがとう。じゃお願いな」
おいらは御人好しなので、快諾しました。 ちょっと考えたんですが、おいらが3年の時の1年生が辞めたって事か? サカナ系の顔立ちの彼女達は、写真が好きではなかったのでしょうか…
当日1時頃、お土産にスイートポテトとお茶を買ってから懐かしい部室に行きました。 ドアーをノックすると返って来た返事は女の子2人のもの。 おやぁ? これまた伝統のブス2人組かなぁ?と心構えながらドアーを開けると、 そこに居たのは可愛らしい女の子2人。 悪の連鎖は断ち切られていたのです! おいら、心の中でジャンピングガッツポーズ!ヾ(*'∀`*)ノ &トリプルアクセル!!!
先ずは心を打ち解けてもらおうと、お茶&スイーツで談笑。 おいら、昔から人付き合い苦手な方でしたけど、いざとなると頑張れるタイプ。
「○○先生、まだ居るの? あの先生怖いよね〜」
とか無駄話でこ1時間過ごしてから、暗室作業の指導に取り掛かりました。 暗室は3畳くらいの狭い部屋で、突き当たりにプリンターが置いてあり、 左側の腰くらいの段に現像液、停止液、定着液の入ったトレーを並べて有ります 焼き付ける前の生の印画紙を出している間は、赤灯を点けています。 これが、なんか妙にエロいんですよね。 女の子と窓の無い密閉空間で赤灯を点けると何だか悶々として来るものがあります。 後輩に1人ずつ現像の手順を教えるのですが、おいらここでスケベ心がむくむく 湧き上がってきました。
「待ってる間は外で休憩して良いよ。2人でじゃんけんして、勝った方から先ね!」
後で考えると何の必然性も無い提案ですが、幸い素直な後輩達は従ってくれました。
(ムフフッ… これで女の子と暗闇で2人っきりさ でへえへえへ…)
とは言え、真面目爽やか青年の皮を被っているおいらですから、 未成年にいやらしい事なんか致しません。 至ってくそ親切かつくそ丁寧にプリントと現像のやり方を教えていきました。 心の中では、
(匂い嗅いじゃおうかなぁ… 触っちゃおうかなぁ… 手握るくらいなら許されるかなぁ…)
妄想がグルングルン廻って、ウルトラQのタイトルの様になっていました。 でまぁ、今日は何のオチもないエピソードなんですが、この後、顧問がやって来て、
「今日はご苦労様ー! 夕飯おごるからね」
おいら、てっきり後輩達も連れて行ってくれるものだと思い込み、
「先生、ご馳走してくれるってさ、良かったね!」
と言ったのですが、顧問は、
「え? ヒロだけだよ」
その時の後輩達の顔 川゜д゜川川゜д゜川
先生、ケチだなぁと思いました。 ってかおいらが後輩達とご飯食べたかっただけか。 後になって思うと、土曜休みなんだから頻繁に遊びに行って、 後輩達ともっと仲良くなっちゃえば良かったなぁと。 それでどっちかと付き合っちゃえば良かったとかなんとかかんとか。 思い出し妄想はその後数年続くのでした。
では一句
妄想の 中だけ肉食 へたれヒロ
| 2012年03月10日(土) |
おいらがブスを嫌いになった理由(わけ) |
昨日、高校時代の思い出を引き出した所、当時の記憶の中で、 思い出したくないので封印していた物が、どんどん開放されてきました。 これから暫く、昔話で日記を連載しようと思います。
あれは高校入学当初、まだ桜の散り終わる前の出来事です。 小学生の頃から、親父の8ミリカメラをおもちゃにしていたおいらは、 高校に入ったら映画研究部に入ろうと考えていました。 ところがN高には映研が無かったので、代わりに写真部に入部しました。 当時はデジカメなんか存在すらしていなく、漸く使い切りカメラが出始めた頃。 カメラと言えばアクションカメラ、いわゆる“パンチラ写真”主流の時代。 カメラが趣味=スケベという今では考えられない偏見に満ちた時代でした。 ですが、おいらは純粋に8ミリや一眼レフが好きで入ったのでした。
写真部は3年生が女2人、男1人。 2年生が男4人、内2人は幽霊部員。 1年生は男3人、内1人は幽霊部員、と言う弱小構成。
で、入部数日後、新たに女子1人が入部希望のため面接に来ました。 仲良くなった写真部1年生のE君が言うには、 彼女は一度サッカー部のマネージャーになろうとしたのだけれど、超ブスでデブだった為、 部員一同から拒絶されたそうです。 そこで変なあだ名を付けられたそうです。 本名が「鶴田」で体がデカイからジャンボ鶴田。さらにそれをを縮めて「ジャンツル」。 写真部の先輩達は流石に容姿で拒否するほどの悪人では無いので、無事ジャンツル入部。 おいらとE君は彼女を本人の前では苗字呼び捨て、影ではあだ名で呼んでいました。
ある日の休み時間の事です。 教室で友達数人と談笑している所へ、例のジャンツルが現れました。(; ̄Д ̄)イヤン! ジャンツルは学年の中でも5本の指に入るであろうアイドル顔負けのWさんを連れていました。 ジャンツル1人だったら完全に無視する事でしょうが、Wさんへの下心から、 おいらはいそいそと廊下で待つジャンツルの元に歩いて行きました。
「…何?」
「えっとぉ〜…こないだヒロ君とY先輩が私の方見ながら何か話してたでしょ?」
「そうだっけ?」
「あれ、何話してたのぉ〜?」
ジャンツル、ブスのくせにくねくねもじもじしながら訊いてきます。
「え、あれは別にジャ、鶴田の事話してたんじゃないよ」
「じゃあじゃあ、何の話してたのよぉ〜ぅ」
隣でにこにこしているWさんの存在が無ければ、完全に無視して帰る所でしょうが、 おいらはWさんと話が出来るかもしれないと言う下心満々だったので、適当に話を続けます。
「今度の撮影会、何処がいいかって訊かれたんだ」
「ふ〜ん…」
「そう」
「なぁんだ〜、じゃあね!」
ジャンツルから開放された喜びと、Wさんと話が出来なかった哀しさをない交ぜにしながら、 おいらは教室の友達の元に戻りました。 すると、サッカー部の友人Aが
「お前、ジャンツルの事呼び捨てにしてるのかよー! 仲いいじゃん!」
「うっせー馬鹿」
「やーい、ジャンツルと仲良し、仲良し、ヒューヒュー!」
「……」(-_-#)イラッ
「ジャンツール!ジャンツール! 仲良しお友達ー!」
執拗に囃し立てるA。 おいらの中で、何かがはじけました。 気が付くとおいらは泣きながらAの胸倉に掴み掛かり、
「俺の前で二度とジャンツルの話すrлёΦ△×○ーーーー!!!」
その事件以来、クラスメイトは二度とおいらの前でジャンツルの話をしなくなりました。
当時発見したブスの法則:ブスは可愛い子と一緒に居る。
-------
二年生になった在る日の事です。 新入生への部活紹介をして新入部員可愛い子入って来ないかしらんと思いながら、 E君と2人で渡り廊下で写真部のチラシを配っていました。 すると、少し離れた所から2人の1年生がもじもじしながらこちらを伺っています。 2人とも超ど級のブス。 林真理子とつんくって感じ。 2人はいそいそ近づいてくると、
「私達、写真部に入部したいんですけど〜」
「……はい」←E君無表情で。
この年、彼女達以外の新入部員は有りませんでした。┐('〜`;)┌
当時発見した法則:ブスはブスを呼ぶ。
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月日は流れ、おいらもとうとう3年生になりました。 今度の新入生こそ期待しちゃうもんね!ってな感じでウキウキしていました。 まず最初に面接に来たのが、これまたブス2人組み。
(あ〜あ、今年も不作かぁ〜…)
と諦めモードに突入していた頃です。 ここでちょっと説明しますと、写真部の部室は校舎とは別棟のボロいプレハブに有りまして、 新入生にはなかなか分りづらい場所に有るんです。 (プレハブには他にバトン部、文芸部、演劇部の倉庫が入っていました。) その為、校舎中に『写真部→』の張り紙をして置きました。 ある日、プレハブと校舎を結ぶ渡り廊下を歩いていると、 7〜8人の可愛らしい1年生の女子が目に入りました。 何か行ったり来たりしながら迷っているみたいに見えたので、
「バトン部ならあっちだよ〜」
と教えてあげたら、
「いえ、私達、写真部の面接に来たんです」
その時のおいらの顔→(°д°;;)→( ̄ー+ ̄)
「オレ、写真部だから…。こっちこっち」
正直、2年間の苦労が報われたと思いましたね。 どスケベエロエロ感を滲み出さないようにして、爽やか先輩を気取りながら面接を始めました。 おいらはここぞとばかりに面白話で盛り上げて、空気を和ませて行きました。 30分位して、さあ獲物は食い付いたと確信し、面接を終えようとしました。 女の子たちはニコニコしながら部室を出ようとしました。 そこで、おいらは痛恨のミスを犯しました。
「あのね、君達の前にもう2人女子がが入部してるんだよ〜」
7〜8人の可愛らしい女の子たちは、一斉に顔をこわばらせて無言になりました。
(あれ?オレ何か変な事言ったかな?…)
女の子達は、「失礼しまーす」と元気無さそうに言うと部室を去って行きました。
後でE君に、
「ねえ、オレ何かとんでもない事しでかしちゃったかも」
と、相談すると、
「あの子達、多分入部しないと思うよ。お前が余計な事言ったからだ」
(; ̄Д ̄)ガーーーン
おいら、昔から女子の間特有の“グループ意識”という物に疎かったんですわ。 「この部は君達以外にも仲間が居るよ〜、楽しいよ〜」ってなつもりで発言しただけなんですわ。 今で言うKY男ですね。 E君の予言通り、その後何日待っても可愛らしい女の子達は入部に来ませんでした。 男子、一生の不覚とはこの事なり。 覆水盆に帰らず…。ちゃんちゃん
ここで一句
ブス残り 美人は夢と 消え去りぬ
by ヒロ
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そんな感じでブスに囲まれながら写真部生活を送っているある日、 ジャンツルが部室の自分用の合鍵を無くすという事件が起きました。 部室にはおいらのギターやらカメラやら貴重品が仕舞ってあります。 開けっ放しは無用心です。 そこで、近所の金具店でダイヤルキーと取り付け用の金具を買ってきて、 ジャンツルが合鍵を作るまでの間に合わせにしました。 そこで、ジャンツルがすぐに合鍵を作って来れば良かったのですが、何時になっても作らない。 暫くダイヤルキーで過ごしていました。
ある日、嫌な予感は的中! 部室に泥棒が入ったのです。 犯人はダイヤルキーをニッパーで壊していました。
無くなっていた物:おいらの一眼レフカメラ・200�生魎好譽鵐此Ε好肇蹈� 部費で買ったばかりの湯沸しポット
おいら、ダメージ相当大きかったです。 愛着のある大切なカメラ一式をジャンツルのアホのせいで盗まれたのですから。 この一件以来、今までにも増してジャンツル、ってかブスが大嫌いになりました。
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新しいカメラを買うお金も無く、おいらはカメラ無しの写真部員と言う情け無い状態で、 学生生活を送っていました。 月日はまた流れ、学園祭の季節! 写真部は毎年、一部屋借り切って写真展示と即席のスタジオを作って記念撮影(有料)をしました。 余談ですが、おいらの作品は玄人受けが良く、校長先生と美術教師と書道教師に褒められました。 廊下で「記念写真いかぁーすかぁー!」と呼び込みをしていると、 クラスメイトも呼び込みを手伝ってくれて、思った以上の集客が有りました。 E君がカメラでおいらが照明。 どんどん貯まるお金に2人ともホクホク顔。ヾ(*'∀`*)ノ 大体5000円位収入が有りました。 これで湯沸しポットも買えるねと相談していました。
話は変わりますが、写真部の部長はエリートのE君、暗室長と言うダークな役割がおいら、 会計と言う重要な役割が例のジャンツルでした。 5000円は当然部費になるので、会計のジャンツルに預けました。 これが、後の悲劇を生む事になろうとは……
11月のある日の事です。 湯沸しポットと、現像液を作る時に使う薬品の買出しの為に、新宿へ行く事になりました。 前日、ジャンツルに、
「部費、全部使い切るから持って来てね」
と言って、E君とおいらは帰ろうとしました。 ところがジャンツル、下を向いて返事もしないんです。 おやぁ〜〜〜ん、と嫌な予感がして、E君とおいらはジャンツルを追究しました。
「部費、鶴田が管理してるんだろ? ちゃんと有るんだろ?」
「……」(・_・;)だんまり
「お前まさか、」
「…無い」
「なぬっ!?」(; ̄Д ̄)(; ̄Д ̄)
「お前自分で使っちゃったんじゃねえだろうなぁー!」
「……うっ」ヨョヨョヨョヨョ。+゚(ノД`)゚+。ヨョヨョヨョヨョ
突然醜い顔を醜く歪めるドブズ。
「泣いて誤魔化すんじゃねぇ!」
「うえぇ〜〜〜ん!」ヨョヨョヨョヨョ。+゚(ノД`)゚+。ヨョヨョヨョヨョ
結局5000円含め、数万円の部費は醜い魔物に使い込みされたという事でした。 ここで一句
泣いても泣いてもブス
by 山頭火
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余談ですが、三代続いたブス写真部、彼女たちは最後まで後輩を可愛がると言う事をしませんでした。 ってか完全に無視してたし。 ブスは美人には擦り寄るが、ブスには冷たいという法則も発見致しました。
長くなりましたが、これがおいらがブスを嫌いになった理由(わけ)です。
今日はこれといった出来事が無いので、大昔の思い出話でもしましょうか・・・ あれはおいらがまだヤングでウブな高校一年生の時でした。 写真部の先輩が、趣味で天体写真を撮っていました。 その晩は皆既月蝕で晴天。 先輩はおいらに月蝕の連続写真を撮ろうと誘ってくれました。 先輩の家は、おいらの最寄り駅から一つ隣。 待ち合わせは中間地点の鹿島川の橋にしました。 8時頃になって、自転車に三脚とカメラ一式を積んで出掛けました。 先輩は自転車で先に待ってくれていました。 早速適当な撮影スポットを探す事に・・・。 護岸沿いにしばらく行くと、畑と畑の間に車が通れるくらいの空き地を見つけました。 先輩はそこに小さなテントを張り、持ってきた缶コーヒーを分けてくれました。 9時になり、いよいよ月蝕の始まりです。 ニュースでは深夜1時頃までの間に、皆既月食が終わるそうで、 その間30分毎にフィルムを空巻きして開放シャッターで1分くらい感光させます。 先輩と二人、小さなテントでエロ話に花を咲かせながら暖を取っていました。 すると外に人の気配がします。 テントから顔を覗かせて見ると、そこには一人の老人が懐中電灯を持って立っていました。
「ここ、ウチの畑なんだけど何してんの〜?」
「あ、勝手に入って済みません。月蝕を撮っているんです」
「ああ、そうかそうか。別に構わんよ・・・」
老人はおいら達に優しく接してくれました。
「ここは町から離れてるから、星が綺麗に見えるよね」
「はい」
「オレね、昔戦争で南の島に行ってたんだよ」
「はぁ」
「戦争は辛かったけれど、あっちで見た夜空はそれはそれは綺麗だったよ」
「そうなんですか」
「特に南十字星が印象的だったなぁ」
そんな会話をしばらくした後、老人は「じゃぁ!」と言って帰っていきました。
深夜を過ぎようとした頃です。 おいら、急に激しい腹痛に襲われました。 もうね、ぎゅるんぎゅるん鳴って限界点突破。
「先輩、オレ糞して来ます!」
言うや否や畑の端っこに身を屈め、脱糞。 幸いティッシュ持っていました。
そんなこんなで撮影会は終了。二人は家路に着きました。 帰宅後思ったんです。 優しい老人の畑に野糞なんてして、罰当たりだったなぁと。 恩を仇で返す。 ロマンチックをうんこで返す。 おいらって人として最低です。
翌日、明らかに人間の物である、しかも犯人が確定できるうんこを発見した老人は、 糞害だけに憤慨した事でしょう。←ココ笑うとこ
今でも皆既月蝕の話題が出ると、あの時の贖罪を思い出してしまいます。 おじいさん、本当にごめんなさい m(_ _)m もしかしたら、もう御存命ではないかもしれませんが、この場を借りて謝ります。
うんちしてどうもすみませんでしたーーー!!!
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