うさぎのつぶやき
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娘がお腹が痛いそうです。
朝起きたときに 「お腹が痛いからお粥を作って」とリクエストがありました。 お弁当は一応持たせたのですが、 夕方mailが入り 「やっぱりまだ痛いから夕飯もお粥にしてください」との事。
鰈をあっさりと煮て、汁物は今日はお味噌汁ではなく鰹の お出汁の利いた卵とじのお吸い物を用意。 茶碗蒸しをしようかと思ったのですが多分食べないだろうと 思ったのでやめにしました。
会社の帰りに病院へ寄ってきたと言って元気なく帰宅。 案の定、食欲が無くお粥さんとお吸い物を口にしただけで 鰈の煮物は手をつけずでした。 もちろんお弁当も食べられなかったそうです。
インフルエンザじゃないの?と聞いて見ましたが 病院ではそんなことは言われなかったそうです。
私の感では多分インフルエンザだと思うのだけれど・・・。
暫く様子を見ることにします。
| 2006年01月30日(月) |
◆大阪国際女子マラソン |
日付が変わってしまったけれどまだ私の一日は終わっていないので 今日ということで・・・。
今日は大阪国際女子マラソンの日でした。 毎年とても楽しみにしています。だってすぐ近所の道路がコースに なっているからね。これまでいろんな選手を見て来ました。 で、歴代の優勝選手を調べてみました。
第1回 リタ・マルキシオ(イタリア) 第2回 キャリー・メイ(アイルランド) 第3回 カトリン・ドーレ(東ドイツ) 第4回 キャリー・メイ(アイルランド)が2度目の優勝 第5回 ロレーン・モラー(ニュージーランド) 浅井えり子が2位 第6回 ロレーン・モラー2連覇 宮原美佐子が3位 第7回 リサ・マーチン(オーストラリア) 宮原美佐子が2位 第8回 ロレーン・モラーが3度目の優勝 第9回 ロザ・モタ(ポルトガル) 有森裕子が初マラソンで6位入賞 第10回 カトリン・ドーレ優勝 有森裕子が2時間28分01秒の日本最高 記録で2位入賞 第11回 小鴨由水が初マラソで優勝、バルセロナ五輪代表に。 2位 松野明美、4位の山本佳子も共に日本最高記録でゴール。 第12回 浅利純子が優勝、安部友恵が2位、山本佳子が3位と日本選手が 上位を独占 第13回 安部友恵が優勝。藤村信子が同タイムで2位、浅利純子は3位 第14回 '95大阪国際女子マラソンは、阪神淡路大震災のため中止。 第15回 カトリン・ドーレ3度目の優勝 初マラソンの鈴木博美が2位 第16回 カトリン・ドーレが連覇、4度目の優勝。原万里子が2位、 初マラソンの高橋尚子は7位入賞 第17回 リディア・シモン(ルーマニア)初優勝 第18回 リディア・シモン2連覇、世界記録保持者のテグラ・ロルーペ (ケニア)は大会記録を出すも2位 第19回 リディア・シモン3連覇。2位は弘山晴美 第20回 渋井陽子が初マラソンで優勝。 第21回 ローナ・キプラガト(ケニア)が、アトランタ五輪の優勝者 ファツマ・ロバ(エチオピア)らを抑え初優勝。 弘山晴美(資生堂)が2位 第22回 野口みずき(グローバリー)優勝、 2位千葉真子(豊田自動織機)3位坂本直子(天満屋) 第23回 坂本直子(天満屋)が初優勝、アテネ五輪代表に。 2位千葉真子、3位大南博美と6位までを日本人選手が独占。 第24回 エレナ・プロコプツカ(ラトビア)がマラソン初優勝を果た す。2位は2度目のマラソンの小��まり(ノーリツ)3位は ベテランの弘山晴美(資生堂)
日本人選手もだんだん力をつけてきているのがよく分かります。
今日は初めてのデジカメでヌデレバ選手を取りました。

往路の途中、まだこの時点では第二位グループの先頭でした。
先日友人の赤ちゃんへ贈り物をしようと思い、ケープを編みました。
“赤ちゃん専用の、肌に優しい柔らかな毛糸”
っていうのが今あるんですね〜。
それを買ってきて、我流で編み上げたのですが、結構可愛らしいものが
でき、帽子も一緒に編んで、その場ですぐに梱包して送りました。
(写真を撮っておけばよかったと後悔!!)
で、そのときについでにみーちゃんへマフラーを編んであげました。
ニャンコなので上質の毛皮をまとっては
いるものの、今冬の厳しい寒さには閉口
していたのでしょう。
いつもだったら体にまとわりついたものは
必ず剥ぎ取ってしまうのにこんな状態です。
今日でもう5日目ですが、気に入ってしまった
のかしら?
指編みで、しかも小さなものなので僅か15分
位でできてしまいます。
色違いでも作ってあげようか・・・
なんて考えている、うさぎままです。
先日の日曜日、グリーンコンサートへ行く途中、中ノ島の川沿いを通って
会場まで歩いたのですが、その川沿いの手摺に鴎が整列していました。
とっても綺麗に等間隔で整列していたのですが、生憎カメラを構えた瞬間
半分ほど飛んでいってしまいました。
(携帯)カメラを向けられても、人の近づく気配にも、ひるまずに堂々と
していたかもめ達をご覧下さい。
| 2006年01月24日(火) |
◆ボードのレンタル -2- |
先日のボードのレンタルの続き
一応DLしたボードとスキンはフォルダにしまいました。
昨日、色々と調べてみたけれど、どうもよく分からなくて全くお手上げ
状態の私。
メモ帳でファイルを開こうとするけれど開けることができなくて、結局
フリーのエディタをDLして開くことにしました。
するとあらッ不思議!!
あんなにてこずっていたファイルがいとも簡単に開いちゃって!!
と言うところまでで昨日の作業を終了しました。
今日は気合を入れて取り組もうと、お昼からずっとPCの前に座っています。
いますが・・・。
ファイルの書き換えをしないといけなくてそれもちゃんとやったつもり
なのに転送もうまくいったのに・・・多分ね
プレビューしてみたら エラー!!
なんで?なんで?なんで?
どこが間違っているのかをチェックしてくれるサイトがあるっていうんで
行ってみました。
ところが、ところが全部英語だよ。ォィォィ
一瞬固まってしまいましたがハッとわれに返り時計を見たら、
もうこんな時間(17:24)。
きゃぁ〜〜〜ご飯の支度をしなくっちゃ!!
| 2006年01月22日(日) |
◆淀川工業高校 グリーンコンサート |
淀川工業高校吹奏楽部の演奏会(グリーンコンサート)に行ってきました。
娘がチケットを頂いたのだけど、用事ができて行けなくなったそうで 「ママ行って来て〜」とこちらにまわってきたと言うわけ。
淀工の吹奏楽は全国レベルで素晴らしいと言う事は前々から聞いていた
ので喜んで行くことに。
場所は大阪の中心地、中の島にあるフェスティバルホール、一流のホール
です。でも残念ながら同行者がいなく、結局一人。
昨日今日と二日間、12時、16時の演奏で計4回公演、
娘からもらったチケットは今日の12時からの公演でした。
会場入り口でチケットを座席券と引き換えてから入ると言うので早めに
家を出ることに。
当日券は出さず前売りだけだったらしく、入り口で「当日券が欲しい」
と訴えていた女性に、持っていたもう一枚を差し上げたら、とても喜んで
下さいました。
私としても無駄にしないですんでよかったよね。
割合前の方の席が取れて、まずは一安心。
12時、いよいよ始まり始まり。
■アメリカングラフティーXV 虹の彼方に〜ミセスロビンソン〜ローズ〜いそしぎ〜ダイヤが一番
■アルメニアンダンス パート��
*
■幻想曲 シルクロード ・・・淀工OBによる
■マーチングファンタジー ・・・1年生による STARLIGHT'06
*
■ブラスバンドクラブのテーマ
■「カルメン」第1組曲
■歌劇「アイーダ」第2幕 凱旋行進曲
■ザ・ヒットパレード
*
■アンコール
と、このような次第の進行でしたが、流石に全国に名を轟かしているチーム
だけあって素晴らしい演奏とパフォーマンスで会場は拍手大喝采でした。
一年生による演奏はやはり若々しいフレッシュな勢いが感じられ来年が楽しみ
と言う感じ。
でもってOBの演奏はこれは、流石に“慣れた”雰囲気です。
そして、高校生とは思えないほど素晴らしい演奏の数々、この中からたくさん
の演奏家が育っていくのかなぁ、そうあって欲しいなぁと切に思った3時間
でした。
それにしてもやはり生の楽器はいいなぁ。デジタルの音があふれている毎日、
アナログの音で癒された一日でした。
4年前の今頃いよいよ私もパソコンなるものを始めようと思い、娘に付き 合ってもらい、ヨド○シカメラへ行ってみた。 たくさんあるので何をどう選んだらいいのか分からず、取り敢えず予算を 目安にメーカーだけ決めて、後は店員に相談することにした。
ノートが欲しかったけれども、欲しいモデルは予算が合わなかったので、 結局デスクトップタイプを選んだ。
配達してもらった時に設置や接続などもしてもらえると思っていたら、 それについてはオプションになりますと言われ、お金がかかるのなら 結構ですとお断りして配達だけしてもらった。
そしていよいよ我が家にPCがやって来た日、本当に配達だけで玄関先に ポンと大きな箱数個が置かれた時は、嬉しさの反面これからどうしよう と言う思いでいっぱいだった。 コード接続は何とかクリアすることができたけれどインターネット接続 になると何がなんだか分からない。 普通の電化製品などの取説みたいなものもないし、どうしていいか分か らずはたと困ってしまった。
僅かな料金をケチってしまった事を後悔したけれど、今更後悔しても始 まらないと開き直って、近所の親しくしている若夫婦のお宅に相談に行っ てみた。 「主人が帰宅したら行かせるわ、多分主人は分かってると思うから・・・。」 と奥さんが快く言って下さって、取り敢えず胸をなでおろすことができた。 夜に夕飯を終えてそこのご主人が来て下さり、色々と設定をしていただき ネット接続も終えようやくネットの世界へデビューすることができた。
以来、クラッシュ、リカバリーを繰り返しながらも何とか4年間過ごし てきた。
4年もたてばもういい加減初心者でもないだろうと「トピックスボード」 を作るのにカスタマイズ用をレンタルしてみた。 それまではBBSもチャットもDiaryにしたってここのエンピツみたいに 簡単なレンタルですんでいたのに一からカスタマイズして作るのは初 めて。 思うような物が作れると言う利点があるにはあるが難しくて、という よりよく分からないことばかりだ。 エディーターがどうとかパーミッションがどうとか。 HTMLは最初のサイトを作るときタグを手打ちでやって作っていたから 分かるけれど今はビルダーで簡単にやってしまうので、手間をかけなく なってしまっている。 そもそもそういった色々な仕組みが分かった上でサイト運営している訳 ではないから常にやっている事と違う事をしようとするといつも足止め を喰らってしまう。 昨日一応「ボード」と「スキン」はDLしてフォルダに保存してはみたけ れど引っ張り出しては又しまいこんでを繰り返している。
さぁどうしたものか・・・。
| 2006年01月18日(水) |
◆なんだかなぁ・・・ |
<一月十七日> 全く色々あった日 ・耐震偽装問題の小島進氏の国会証人喚問 ・ライブドア本社及び社長宅の東京地検強制捜査 ・連続幼女誘拐殺人犯「宮崎勤」最高裁で死刑判決 ・阪神淡路大震災の11年目のメモリアルデー どれも単独でトップ記事になるだけの事柄だ。
ヒューザーの小島社長の証人喚問は何故17日に決まったんだろー?。 17日は震災のメモリアルデーで、多くの人々の目が神戸に集まった よなぁ。
ライブドアの地検強制捜査は何故17日だったんだろー?。 16日、18日ではいけなかったのかなぁ・・・?
テレビで新聞のトップ記事で、取り上げられ国民の関心を引きつけ られては困るとでもいうかのように、関心事を分散させたのでは ないかな〜?
確かにどのニュース番組でも関心事が4分割されていたように思う。 しかも答弁は殆どのらりくらりの証言拒否。 そうやってうまくかわして質問者がどんな隠しだまを持っているか 引き出すつもりだったんじゃないのかなぁ〜。
誰がって? そりゃぁ証言されたら困る人だよ!。
そんな気がしてならない昨日一日。 考えすぎかなぁ・・・。
11年前の今日、未明の事。 その時間、私はまだ爆睡中だった。
急にドーンと言う音がしてその音に驚いて目が覚めるのと同時に部屋が 大きく揺れ始めた。 「きゃあァ」とも「うわァ〜」ともつかないような声を出した瞬間、隣に 寝ていた夫が「こっちに来いッ!!」と布団を開けてくれた。
私は、何とも言いがたい恐怖感の中「いやや〜〜ぁ!なにぃこれ!?」 そう言いながら布団の中に頭からもぐって、すくんでいた。
「だいぶ大きいなぁ…」そう呟いた夫の声に 「うん…」と答える声はブルブル震えていたのを覚えている。
少しおさまったので起き出してすぐにこわごわ下に降りてみた。 下には息子の部屋があったので、行って見たら割と落ち着いていて “何をワーワー騒いでるんや”とでも言わんばかりの顔で、「大丈夫や!」 と一言。
それから義父のところへ電話を入れた。 義父は同居していたのだが、毎朝信心しているお寺にお参りしていたので その時もお寺にいたのだ。 ところが電話しても呼び出し音ばかりでなかなか出ない。もしかしたら・・・ と不安がよぎる。 信者さん達が来る時間にはまだ少し早かったので、誰もいない所で何か の下敷きになっていたりしたら発見が遅れるし、まだ余震で揺れている事 も心配だった。しばらくしてやっと義父が電話口に。 「おじいちゃん、大丈夫?怪我とかしてへん?なかなか電話に出ぇへんか ら心配したよ。」 「ああ〜!凄かったなぁ。でも大丈夫やで〜、本堂の掃除をしていたから 電話の音に気がつかなんだ。」 広い本堂の掃除を毎朝欠かさず一人で続けている義父、神様のご利益が あったのだろう、全く無事だった。
(住んでいる家そのものも古いからだろうが) 余震は相変らず続いていて、しかもかなりの大きさだった。
義父に電話をした直後から電話が繋がらなくなったので、私はテレフォン カードを何枚か持って近くの公衆電話へ走った。
まず、娘のところに電話を。 当時、企業スポーツクラブに所属していて合宿所生活をしていた彼女は、 息子同様“何を騒いでるン?”といった調子で、「大丈夫!心配ないよ」 というのでまずは一安心。
次に、きっと心配しているだろうと思い田舎の両親にも電話をした。 「もしもしお母さん?私達大丈夫だからね。心配いらないよ。家の電話 も繋がらなくなってるから、きっと心配していると思って・・・。」 矢継ぎ早にそう言うと 「???どうしたん?、何かあったん?」と母。 「えッ!知らんの?さっきから凄い地震がしてるねん。神戸なんか酷い よ!」 「へェ〜、朝はテレビをつけないから・・・。そら知らんかった〜。」 「取りあえずこっちは心配ないからね。」と、呑気に答える母にそういう と受話器を置いた。
三番目は弟。 同じ大阪市内に住んでいたので、やはり気になったからだ。 長いコールの後にやっと出てきた弟は「大丈夫やった?」と心配する 私に 「う〜ん、何か揺れてたみたいやけど、明け方まで仕事してて終わって お風呂に入ってた。眠たいから寝るわ。」と、これ又呑気な事を言って 向こうから電話を切ってしまった。
その後、京都の従兄弟、同じ大阪に住む叔母二人にそれぞれ様子を聞き 合わせて無事を確認した後、友人達にも声を掛けたかったのだが、電話 ボックスの外にはもう何人もの人が並んでいたので、取りあえず受話器 を置いて家へ戻ることに。
家の周りはどの家も軒並み屋根瓦が落ちてきて、騒動になっている。 ご近所の人たちが出てきて「凄かったね〜、まだ揺れてるよ!」口々に そういいながら、お互いの無事やら被害を確認していた。
その前日、我が家ではちょっとした行事があったので何人もの方から大 きな花束を贈って頂き、あらゆるところに花瓶を置いて頂いたお花を飾 ったばかりだった。 その花瓶が皆ひっくり返って家中水浸し、仏壇の前は花瓶の水とこれ又 ひっくり返ってしまった線香立ての灰が混ざって悲惨な状態。
お陰で箪笥が倒れるとか水屋が倒れるなどの被害がなかったので、家の 中は取りあえず雑巾がけをするだけで済んだけれど、ずいぶん後になって ニャンコの姿が見えないことに気がついた。 どこにいったか分からず、呼んでも返事をしないし、もしかしたら家の 外に逃げ出したのかとも思ったけれど二匹とも外に出たことがないので それは考えにくく、暫く様子を見ることにした。
(結局2匹が出てきたのは夜になってから。みーちゃんは洗濯機の下に もぐりこんでひそんでいて、ヒロ君は息子の部屋の天袋の一番奥で同じ ようにひそんでいた。)
テレビでは時間が経つごとに被害が拡大していってる様で、その様子を 映し出していたし、私の住んでいる所では大した事はなかったが神戸は もうめちゃくちゃな状態の上に火災が広がり手の付けようがない、そん な感じだった。
お昼を回ってもまだ余震で揺れていたけれど、だんだん落ち着きを取り 戻すことができた。 テレビは相変らず悲惨な様子を映し出していたし、時間が立つにつれ 被害も拡大していくのが分かり、改めて地震の規模の大きさを認識した。
「私ね、何が怖いって地震ほど怖いものはないよ。」 それは阪神淡路大震災よりもずっと以前から言っていた事。 何というか地に足が着いていない感覚が襲ってくる。 逃げようの無い、とてつもない大きな物(自然)が覆いかぶさって来て 襲われるような・・・。 地震の時にいつも感じる自然の力、地球の大きさ。
こうやってキーボードを叩いている時でも、そのことを思うと背筋が 縮まる気配がする。
被害の大きかった神戸の方達の恐怖は計り知れないものがあるし、家族 を、大事な人を、友人をなくされた方達の悲しみは、どれほどの時間が 経っても消えるものではないだろう。
ただ、たくさんのものを失い傷ついたけれどそれによって生まれたもの。 それは自然発生的に起こった「ボランティア精神」。 それまで私たち日本人は隣組的な身近な人に対する助け合いの心は 持っていただろうけれど、見ず知らずの困っている人に対して手を 差し伸べる事はあまり無かったように思う。
でもあの震災のときはまるで違っていた。 何か私にできることは無いだろうか・・・、多くの人がそう思ったはず。 誰に言われたわけでもなく、“何かしなけりゃ”と言う気持ちが神戸に 向けられていたような気がする。
私たちの心に、はっきりと本当の意味での「ボランティア精神」が目覚 めたときだったのではないだろうか。
以来各地で災害が発生すると、その現場で働くボランティアの方達を しばしば目にする。
私にできることは何だろう。
昨日の日曜日、ちょっと暖かかったので久しぶりに土いじりをした。
例年になく寒い冬の為か、宿根の花達もなかなか顔を出してくれないし、
年末に忙しかったので、鉢の中は土が固くなってしまい、殺伐としていた。
根っこを壊さないように周りを少しほぐしたり、一年草の枯れたものを
処分したり・・・。
数年前にご近所のおばさんから
「あんたんとこ、いつも綺麗にしてるなァ、ここの前を通るのが楽しみ
やわ。毎日手入れをしてるけど、ヒマやなかったらここまででけへんわ
なァ。それに金持ちやなかったらこんなに次々にこうてこられへんし・・・」
と嫌味ともとれる言い方をされて以来、ちょっと買い控えるように
なったが、それでも季節ごとにフラワーショップの前を通ると、つい
何か欲しくなってしまう。
(決してお金持ちでも、ヒマをもてあましているわけでもない!。)
結局昨日買ったのは、
パコバ2鉢、ビオラ2鉢、ミニシクラメン1鉢、桜草(ピンク・白)2鉢
もっと欲しいところだけど、寒さがぶり返してくるとお花もかわいそう
だし痛んでしまうから、少なめにして計1500円のお買い物。
パコバとビオラ&ミニシクラメンをぺったん
| 2006年01月13日(金) |
◆今日の夕飯は・・・ |
久しぶりの「今夜の夕飯」といっても昨夜なんだけれども・・・。
出来立ての湯気がわかるかな〜?
先日母から大きな“日向かぼちゃ”が送られてきた。
立派だったので、切ってしまうのがもったいなくて射込み南京を作った。
くり貫いた中に詰めるのは
** 鶏ミンチ、玉葱、生椎茸、しめじ **
ハンバーグの手順と同じように、細かく刻んで混ぜ合わせ、つなぎで卵を
一個割り落とし後は塩コショウで味を調整する。
くり貫いたかぼちゃの内側に片栗粉を軽くふって詰めていく。
これをレンジでチン!
うちのレンジは献立によって分けられているので、ゆで野菜の“芋類”
にすると自動的に時間設定されるので手間が要らない。
その項目が無い場合は大体10分くらいかな?
適当な時間に竹串で真ん中辺りを突いてみてすんなり通ればもう大丈夫。
出来立てをマヨネーズをつけて召し上がれ〜。
それから豚汁を作ったので、ミンチの残りをボールにして一緒に入れて
食べたけど、とても美味しかった!
ヘアカラーリング、ヘアダイ、毛染め、白髪染め
色々呼び名はあるけれど、最近は女性に限らず男性も髪の毛を染めている
人がとても多い。
見た目にはわからないくらいの色に染めている人もたくさんいるようだ。
私は・・・。
アレルギー体質という事もあり、皮膚に何らかの影響がありそうなことは
極力やめている。
(パーマは必要に迫られて、というケースで年に数回行ってはいるが。)
生まれたときのまま、一度も染めた事が無い。
最近、随分白髪が増えてきた私は、同い年の友人から
「もっと自分を構ったらいいのに。白髪が増えると老けて見えるし」
そう言って事あるごとに毛染めを薦められて久しい。
顔を見るたびに「染めたら?」を繰り返す。
先日も「まだ染めてない!」と叱られた。
でも私は老けて見えようが、これで少しも不満ではないのだ。
生まれ持ったものを変えてまで見た目を良くしたいとは思わない、ただ
それだけの事・・・。
だからといってそれを批判するわけでは決して無い。
私自身の生き方として拘っているだけなのだから。
ただ、そういう言い方をすると頑なで冷たい感じの答えになるから
「アレルギー」を言い訳にしているようなものだ。
大事なのは外見より中身なんだよ!
この冬、暖冬との予報を翻し、厳冬となってしまった。
普段はさ程にも積雪を記録しない地方の方達も驚かれているだろう。
大阪では殆ど雪が降らず、年に1度積もるか積もらないかという状況
なので、やはり雪が降るとなるととても嬉しい思いがする。
小学6年の時、殆どの子供が雪を見たことが無いという事で、トラック
に何杯かの雪をどこからか運んできて校庭に撒かれた事があった。
誰がそうしてくれたのか、わからないけれども、とにかく雪を見たのは
そのときが初めてだった。
突然の雪に皆、校庭に積み上げられた雪の山に走り寄って嬌声を発し
雪遊びを楽しんだ。
私は両手いっぱいの雪で大きな雪玉を作り、ハンカチに包んで担任の
先生のところへ走っていった。
「先生ッ!ちょっと家に帰ってきてもいいですか?」
「雪を・・・雪をお母さんにも見せたいから・・・。お母さんも多分雪を
見た事がないんです!!。」
今と違ってのんびりとした時代、
例えば忘れ物をしても許可をもらって取りに帰るなどという事は日常的
な事だった気がする。
給食が終わったあとなら良いというお許しをもらった私は慌てて給食を
食べ、改めて雪玉を作り大急ぎで家まで走り帰った。
「おかあさんッ!!ハァハァ!!」
勢い込んで走ってきた私を見て母は驚いた様子だった。
「どうしたのみどりちゃん?!」
「おかあさん、雪!雪!」
母にも見せたかったことを話すと、
「ありがとうッ!お母さんも初めて見たよ!すごいねッ」
そう言って両手を広げると大事そうにとても嬉しそうに、もうすでに解け
始めた雪をのせ眺めていた。
「もう帰るねッ」
そう言って再び学校に戻った私は、母にいい事をしてあげたという満足感
でいっぱいだった事を覚えている。
先日、実家に電話をしたのだが、用件が済み雑談も終えそれじゃァと電話
を切ろうとしたら
「みどりちゃん待って!まだ話したいことがあるの。」
と母。
「何〜?」と聞いていると
「この間ねッ雪が降ったの!すごかったよ〜♪積もったんやから〜」
声もうきうきしている。
「お父さんが明け方、指先が痛くて眠れなくてね、もう起きてしまおう
と、5時頃に新聞を取りに外へ出たんだって、そしたらもう一面雪で
覆われていて、慌てて私を起こしにきたんよ。おいおい!!雪や雪や
ってね。2センチ位は積もっていたよッ!!。凄いやろ」
「まァあんなに積もったの初めてやわ〜!!そっちは降らんかった?」
大阪は年末に一度吹雪いたけど今年に入ってからは全く降る気配がない
事を告げると
「そうね〜。宮崎もあの日だけやったけど、でもなんか嬉しかったァ〜」
「そのことを言いたかったの。」
「それじゃァ、風邪ひかないようにね。」
そういって電話は切れた。
ふと
遠い昔、ハンカチに包んで持ち帰った雪玉のことを思い出してしまった。
| 2006年01月06日(金) |
◆年末からのラッキーなこと |
普段籤運にあやかることの無い私。
ところが年末に3回もラッキーが舞い込んだ。
その一
時々買っている「ロト6」 5パターンを買うのだけれど、そのうち2パターンが数字3個とピッタリ! 末等だけれど計¥2000ゲット!¥1500の儲けだ。 ささやかな嬉しさ。(それまでのマイナスはもう忘れている!!)
その二 J○Bのメールマガジンでアンケートに答えたら、A○Aのスーパーシート グレードアップチケットが送られてきた。 搭乗券は別に必要だけれど、スーパーシートに座れるらしい。 有効期限が3月末までなのでどう使おうか思案中。
その三 以前娘と一緒に中国料理を食べに行った時、北陸の日帰りツアーが当たる という葉書きを店内で書いたことがあった。 すっかり忘れていたのだけれど、年末に私宛で「おめでとうございます」 と書かれた封書が届いた。 同行者は有料だけれど本人はご招待とのこと。娘と2月に行ってこようと 思っている。
〜・〜・〜・〜 尤も・・・。
A○Aの場合は搭乗券を買わなければならないし、
北陸のツアーだって、一人では行かないから、同行者の料金は必要な
わけで・・・。
どちらも当たらなければチケット代、娘の料金とも出費は無いわけで・・・。
だからといって使わないのは何だか損した気分になるし・・・。
さぁ果たして得したのだろうか、それとも・・・(笑)。
| 2006年01月05日(木) |
◆おめでとう、そしてありがとう |
新しい年が明けました。
今年もまた 変わらず元気ですと ご挨拶できる幸せ ありがたいことです。
今年の年賀状に書き添えた文、 実は両親や年配の方達にはもうひとつ意味が含まれている。 今年もまた 変わらず ご挨拶できて嬉しいです。 ありがたいことです。
いつまでも元気でいて欲しい、そう願って・・・。
父 80歳 母 77歳
傘寿と喜寿で共に新春を迎えることができたありがたい。
▲▽▲▽▲
いつ更新するとも分からない私の日記を
毎日読みにきてくださって本当に感謝しています。
私はなんのかんのと言いながら元気でやっています。
今年もどうぞよろしくお願いします。
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