なか杉こうの日記
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2006年07月31日(月) 仕事のはなしその7

ひとの足を引っ張ろうとする輩はどこにでもいるものだ。
どうも苦手だ。ひとの隙に入り込む。こうした連中には
どう対応したらよいのだろう。なぜ他人はこうした連中とうまく
やっているように見えるのだろう。
それとも自分だけが弱みをつけこまれるように見せているのだろうか。
ともかく、解決の仕様がわからなものだからこうしてぐるぐる回りのみ
している・・・。
どうってことないのさ、肩書きなんて。かえってやっかいなもの、と
思うが、それを指摘したやつらがシャクに触る・・・。
そいつは見栄っ張りだ、近づくと香水の臭いがする。やたらと
格好ばかりつけたがる、極度に劣等感の強いやからのように感じられる。
わたしは直感というのは全くといっていいくらいないのだが、感触というのが
意外とポイントをついていることがある。
いわば暗闇を手探りで歩いている状態だが、その手の感触は結構いいらしい、
のである。
だから人生がわからなくなったときは、暗闇に囲まれているような気がするけれども、信じられるのは自分の手の感触だけだ。頭のカン、というのはまったく効かない。
今日は近くの女性が電話できつい依頼の仕方のせいか、相手からなにか文句を言われていた、あの物言いは当然と思うが、今まで周囲に波風が立たなかったのが不思議だ。
ともかく、職場はいやだ。いろんなことがあってともかくいやだ・・・。


2006年07月30日(日) ハヤリの「うつ」

ここのところ、「うつ」がテレビで堂々と取り上げられていて、うつになった女性たちが発言している。認知症の人しかり、それに今日新聞の広告で人前で手が震えたり人に会うのが恐いという人たちのことをSなんとかというそうだ。障害の一種としているのだろう。

むかしっから、よく電柱の広告などに「赤面恐怖、対人恐怖の人の処方」などというのはよく見かけて、なんとなく自分にも心当たりがないわけではないから、恥ずかしいような感じがして眼をそむけていた。

今ハヤリの「うつ」はそれとは別なのだろうか。うつ病とうつ気質とは違うのだろう。しかし「うつ」というのはマイナスイメージしかなくて、その言葉を聞いただけで遠ざけたい、という人も表面上は多かったのではないかな。

それがテレビスタジオで、クマのぬいぐるみや、うんとキュートな場面設定で若い女性達が自分のうつ体験を語る・・・というのはどうなのだろう。しかもその女性達というのが、みんな結構かわいい。

うつになった人、というのは表情が暗く、固く、「遠ざかりたい」というイメージではないのかな。そちらの方を隠しておいて、スマートでやる気まんまんの女性たちがひょんなことで「うつ」に陥る、そんな半面が強調されている感じがするのだが。

ちょっと風邪を引いたみたいなイメージで・・・。そのうち「うつ」になることがステータスみたいになったりして。つまり何を言いたいかというと、うつというのはどうしたってきれいごとではすまないだろうな、ということである。

遠ざかりたいものに入っていく理解力と共感力と想像力がなくては、「うつ」は若い働きざかりで完璧性を目指す女性のちょっとしたはやりやまいみたいに思われてしまうのではないかな。


2006年07月29日(土) 青春時代のこいびと、かな。

駅にゲド戦記の広告があるとどきっとする。「ゲドより」などと書いてある。
考えてみれば一時期、かれはわたくしのこいびとであった。もしくは
自分自身であった。

それはきっとこころの中に黒く巣食っているものである。ゲド戦記の筋書きはとくに一巻はそんなに覚えていないのだが、あれは何度も言うとおり青年の成長の物語である。第一、ゲドという名を出すことすら、それはその人の命を掴むことであるから、とてもできないことなのである。

たしかかれは天才ながら鼻っ柱が強く不器用で漆黒の髪をして色黒だったと記憶している。

大きな駅にアニメの男の姿と共に「ゲドより。」とずうずうしく描いてあるのを 見ると、それはわたしに羞恥の心を起こさせる。大事な青春時代のこいびと。憎んで好きになってそして結局は自分自身であった人が公衆の前にさらされているような気がするからである。


2006年07月25日(火) 仕事のはなし・その6

まだ仕事をしているよ。三年前もそう、五年前もそう。夕焼けも見ずにね。
今考えるとずいぶん無駄な仕事をしていたと思う。今もそうだろうか。
崩れる砂の山を幾度も幾度も築いているような気がする。進歩があるのだろうか。


2006年07月24日(月) 仕事のはなしその6

I just can't believe I have to do this amount of work
at this late hour...
という具合で遅くともやるとしばらく時間が立ったあとで、フッと
思いもつかなかったようなことが思いつくことがあるから
やはりすこしずつした方が良いのである。


2006年07月23日(日) 仕事のはなし・その5

英訳をうちでやっている。職場では他のもろもろの用事で翻訳なんて
集中が必要な仕事が全くできない状況。きらいじゃないけどね・・・、と
いつも言っている。

辞書をひいてあれこれ調べるのもいいがインターネットで似たような文献を
見つけるのも楽しい。しかしのめりこんで時間がたつので要注意。

モバイルフォンで読み取るあのバーコード、あのQRコードというのは
日本で初めてできたものらしい。Read the QR code という表現でなく
Scan the QR code と言うらしい。

さて、今晩はできる限り次の難しい1ページをやり終えようとしている。

先日も論文の英訳を仕上げて上司に見せたけど「あ、そ」でおしまい。
これも給料のうちじゃい、と思わねばやってらんないよー。


2006年07月20日(木) 青春18きっぷの旅

青春18きっぷの雑誌が三種類ほど本屋に積んであってその一冊を買った。
つまり、少年少女の頃の旅を再び・・・というやつである。

その本の表紙は信濃のとある駅。青年がひとり、細いホームに立ってホームの先を見つめている。ベンチにはひとり旅らしき女性が帽子をかぶって足を組んですわり、横に鞄が置いてある。

ああ、こんな旅!お金はさっぱりないのに時間と情熱だけはいくらでもあって、何を考えようかと思い悩みつつ出かけた旅。いや、考えることはたっぷりあったのだ。恋のこと、人生のこと、勉強のこと。

茫漠とした、旅。ともだちとはしゃぎながらの旅。ユースホステル。夜行列車。

青春、とくっきり現在と切り離して懐かしむことのできる人は幸せだ。わたしはその頃と今とはずるずるとつながっている。

ああ、あの二三年は辛かった、恋に悩み。でもそこから脱却して結婚し子供ができ、仕事も大変だったが今はなんとか、などなど人生を区切れる人は、幸せだ。

茫漠とした、あの頃。その景色が今は失われているだけで、こころは、まだあるものなので。わたしにとって青春18きっぷの旅は戻ろうと思えばすぐにそこにある。それはいいことでもなんでもないようだ。そんなふうなのはきっとわたしぐらいだろうからね。


2006年07月16日(日) こんな、日

今日はなんと人とうまく行かない日で・・・。知った人とではなく。
町を歩く輩。子供。喫茶店の女主人。問い合わせ先の電話。すべて腹が立つ
ことばかりで・・・。

そう言えばきのう見たテレビの「世界遺産」のイタリアの海沿いの町。(のが多すぎる)
急斜面に段々畑が続く。千年以上前から葡萄を植えているのだそうだ。崩れた石垣を幾度も積み直し、積み直し。収穫した葡萄からワインを造って飲む。仕事は大変でもこれがあるからやってられるのさ、と男達は言う。

人生うまく行くかなあ。***


2006年07月09日(日) テレビ番組の感想・爆笑問題vs東大教養学部

きのう、爆笑問題vs東大教養学部の先生たちのセミナーみたいなものを三チャンネルでやっていたがついつい惹き込まれてしまった。
あの太田光というのはおもしろいことを言うね。どこか聞いたことのある真理みたいなものをつっかえつっかえ言うから記憶に残る。

何か自信のようなものを持っているのだろうね。自分なりにいろんな物事をあれこけ考えたことのある人でないと、トーダイの教授や学生を相手にしてああは言えないね。

ソクラテスの「無知の知」というのを思い出した。

しっかし東大の(いや、東大だけではないだろうけど)学生というのはどうしてああがちがちなのだろうか。ぐっと脳が詰まっている感じ。あれは教養学部らしいから三年、四年あるいは社会人ともなれば違ってくるのだろうが。


2006年07月01日(土) 詩のはなし・仕事のはなし

さきほど以前に自分の書いた詩をつらつら読んでいたら
なるほど、洗練されていないなあ、と思った。
言葉が思ったとおりで。これでもいろいろ感想を書いて下さった方々がいるので
ほんとうにうれしいと思う。
いいところも確かにあるに違いないがあくまで幼稚なものなのだろう。
それが洗練され洗練され研ぎ澄まされるのが詩人なのだろう。
そうなるには幾多の詩を読む必要があるのだろう。

* * *

先週でとある論文の英訳が終った!A4で6枚ほど。これも詩とおんなじで、あたりまえのパターンの文章から成長できないでいる。不正確では決してないと思うけど。うーん、例えば島嶼地域なんていうのに、a chain of islands which lie xx kilomiters to the south... なんて書いたけれども、何かの印刷物に一言、outlying islandsという表現があった。

outlyingなんてちょっと見かけないから使えなかった。でもさあっと広がる感じがよく出ていると思う。こうした語句はきっと本、小説とかエッセイとかを沢山読んでいないと身につかないと思う。

これからまた小さい英訳のcheckがあるけれども、まあまあ一息というとこかな。
プロになどほとほと及ばない。

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