なか杉こうの日記
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先週パンフレットの英訳がなんとか終了して次のパンフの英訳に移っている。 しかしこのごろ結構英訳をしているせいか、この英訳がやってみると スカスカと調子よく進む。
数年前にもやはりこの冊子を担当したが、そのときはけっこう時間がかかった。 今度は嘘のようにすーすー進む。それとも、まだ簡単な部分だからか。
英文を読むというインプットする時間がない。これはよくないと思う。 きちんとした専門の雑誌を読みたいなあと思うが時間がなくて・・・。
英訳しながら疑問が出るとインターネットで海外の同分野の記事を探すとなかな か面白くてつい読んでしまう。このぐらいかな。だから断片的だ。
今日はとても涼しい。庭に猫よけの「ガーデンバリア」を置いてから猫のフン害がなくなった。よかった!
| 2006年09月18日(月) |
仕事のはなしその13 |
また英訳の仕事をしている。しかしもともとの日本語がどうも 実のないものだったりすると、なんだかすかすかとした梨でも かじっているようだ・・・。
参考にそれをテーマに書いてあるどこかの機関の英文のホーム ページなどを見ると、ずいぶんいろんな表現が使ってある。達意の 英文というのが書きたいものだと思う。
しかしそれには多量の本を読まねばならないだろうし、英文を書く際に ひとつひとつ吟味し、冠詞の使い方、コロン、セミコロンの使い方など 時間をかけていかなければならない。
たとえば名刺の電話番号の書き方でも、Phoneのあとは一字あけるのみで 良いのか、コロン:が良いのか。E-mail addressのあとはどうかしら、なんて いうのがはっきりしなくて、外国の名刺のテンプレートのサイトを見たりしたが ちょっとわからない・・・。
そんなゆったりした時間がなくて。作ればいいのだろうか。 もともと、きちんとした性格でないので・・・などなどいろいろ理屈が出てくる・・・。
ときどき わたしの世界から 電波という電波を ぶったぎっちゃってしまいたい 気がして たとえば 休日のテレビ パソコン 電車 携帯に なんだろう、 電子レンジ そしたら 鳥の声もするし 草のざわざわ言う声もするし はるかむかしに こんな世界にいたのに 今は電波で 人間の脳がやられているものだから。 電波は麻薬だ (電波・電磁波のちがいがわからない人もいるが) まず 脳を休めなくては これほどに電波だらけでは 脳がいつも震えている 電波がすべての病気の根源だ、 と言ったら?
そこにはとても すてきな 銀杏の形をした 池がありました。 そばには 古い銀杏の大木 ぽとり とぎんなんの実が 落ちています。 秋です 秋です 夜です 都会の。 あたしはふと みんなのことがわかる気がして だれものことが理解できる気がして ひよどりの 脚で 歩いていたのでした。 こんな晩は 東京タワーの オレンジのランプ こんな晩は だれもがあいせる 気がする
皆人間やないの、という 声がする 悲しいときは 悲しいし 痛いときは 痛いし みな、にんげんや。 そう思うと すこし ばかばかしい気もするが それでいて 浅薄なものはやはり 浅薄なもの たんほぽの毛ほどの ゆらぎ 悲しみ 傷つき、というやつ。 吹いて 吹き飛ばし続けて 生きている
冷蔵庫の扉を ばんばんばんばん 閉めている ずいぶん暑い晩である 月がこうこうと出ていて どこか、そうだ 下北にでも 逃げたい気分だ、と 月に行ってみる そうだ、あいつとかけおちでもというが 顔のくろいあいつは 電信柱の影に 隠れたままだ。 髪はぼさぼさ。 ばんばんばんばん いつになったら 閉められるのか 暑い晩だ パンツのまんま どっかへ ずらかっちまおうか。
昨夜は「ちょっと寅さん見るか」とビデオを見出したらとうとう最後まで見てしまった。第20作。大竹しのぶと中村雅俊と藤村志保が出る作品。みんな若くてういういしい。
このあいだNHKで「背負い富士」という題だったか、中村雅俊が清水の次郎長に扮するドラマをやっていたが、主人公だけでなく、その一味がスパッと切れ味がよくてかっこよかった!八時からだったので見れない回が多く残念だった。あのビデオでも作らないかしら・・・。
日曜だったか、渥美清の特集を一時間半やっていて、これにも感心した。昔の浅草六区の様子とか、人情のある踊り子の話とか・・・。たんかばいとか。
浅草六区といえば、いつだったか、職場の人たちと散策したことがある。なんと雪の降る日だった。わたしは退職した人ともうひとり男の人と三人で、皆との待ち合わせ時間まで片隅の喫茶店に入った。窓から雪がちらちらちらちら降っていた。
退職した方はかなりの「インテリ」学者風の方で、もうひとりの男性も固い学者風。何を話したのか、けっこう「学究的な」はなしではなかったか。
それがなんとも心地よかった。変な友だちどうしの暖かさがなくって、固いはなしで。窓から雪が降り続くのが見え、ストーブがかんかん燃えていた。そのときは寅さん映画なんてわたしは関心もなかった。
関心が芽生え始めたのはもう、寅さんも亡くなって数年した頃である。高校時代からその時まで、寅さん映画なんて「ばからしい」と思っていたし渥美清も好きではなかった。
| 2006年09月03日(日) |
仕事のはなし・その12 |
昨日今日と英訳の仕事をうちに持ってきてやっている。 This is only part of my work. そりゃ、嫌いじゃないし好きなところが多いし、自分の力もつくから 一日中、エアコンつけてやってるけどさー、ちょっとこれ、おかしくない? (今風のイントネーションで言う) 超過勤務料金貰おうなんて金輪際考えないけどさー、いくら英訳しても、それが丁寧でもなんでもわかる人、職場にいないの!だけどいちおう印刷されて公共の目に触れるものですから、いいかげんにできないので丁寧に丁寧にやっている。 だけどこの仕事をevaluateする人も全くいない。ひどいねー、これ、と思っている。 いつかいいさ、いつか・・・。
今日はまだ暑いけれどもブルーの空である。きのう雨が降ったせいか。 せみが鳴いている。 歯医者の待ち時間に百�寮萓犬寮鏝綟�記を読んでいた。意外となぜか面白い。 テレビで東京オリンピックの映像を流していた。ずいぶんぼやけて古い映像だが自分の目には新鮮なものとして焼きついている。 あの十月の日は小学校でオリンピックに行く子は休んでもいいことになっていた。(その他の子供は学校に行ったのか?)休んで行った男の子がいつも来ていた紺色のセーターの背中のところをくっきり覚えている。 開会式は感動だった。マラソンも。 そんなに細部まで覚えているわけではないが、つい昨日のことのようなことにも思えたりする。でもそれは思い出で、映像はすっかり大昔のものだ。 つまり、これはきっとわたしたちの脳の中で思い出が常に編集され続け、新しくなっているせいなのである。 常に常に作り変えられ、新鮮なものとして残っている。実像はもうすっかりぼけたものなのに。
| 2006年09月01日(金) |
仕事のはなしその11 |
まけるもんか、ぜったいまけるもんか。 なににかは、わからないけど。 十時半に仕事から帰ってきて 暗いへやでつぶやく ぜったいに。
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