永遠


むろん、ゆうさんと私が付き合うことがなくても
だからと云って、他の誰かを愛せるわけでもなく

「別れ」を云うことがない関係は
よっぽどのことがない限り、永遠に続く

私はこの先、ゆうさん以外の人を好きになれるのだろうか?

一年後の私は予測もつかないけれど
このまま、ずっと、ゆうさんを好きでいることに違いない

「貴女が俺のお姉さんだったら・・・
ずっとずっと一緒にいても、それは意味なんていらないから
貴女が兄弟だったらいいのに」

私もゆうさんも【別れ】に怯えている
ゆうさんが、そんなことを云うから
姐さんにでもなってみるか?
と、思ってしまった公園の夕暮れだった

2005年02月25日(金)

どうして?


どうして?
ゆうさんを好きになったんだろう?

とても澄んだ瞳
優しい優しい笑顔
目を細めて私をみる仕草

そんな人、どこにでもいるのかもしれないのに
どうして?
ゆうさんなんだろう?

過去を振り返ってみても
会社の同僚は同僚としてしか見られなかった私なのに

どうして心にすぅ〜って入ってきたのだろう?

今、バイバイってして帰ってきたばかりなのに
また、あの、笑顔が見たくって

それでも、また、会えるからって笑っていられる

私の過去を微笑みながら聞いてくれて
「今の貴女は過去の貴女がいるから、今の貴女でしょ?」って

今の私を認めてくれるんだ・・・

打ち明けたこと
後悔しなくて良かった

「子供がいるの」
「今、マジで感動した!貴女、頑張って生きてきたんだね」

結婚歴のない男性は、そんな告白を聞いたら
一歩も二歩も引くもんだよ・・・

「一人で子供を育ててきたって知ったら、余計好きになった」って
ゆうさんは優しい瞳で云ってくれた

いつか、ゆうさんにも可愛い子供ができるかもね
その隣に私はいないと思うけど・・・

ゆうさんには、可愛い女性と幸せになってもらいたい

もう大切な人を失いたくない私は
ゆうさんと前に進むことを望んでない

ずっと、ずっと
ゆうさんとは繋がっていたいの

「別れ」なんて口に出さずに済む関係

それくらい私にとって
ゆうさんは失いたくない人

2005年02月24日(木)

タカラモノ


私の宝物

ゆうさんが使っていたライター
いつも私のシュガーポーチの中に入ってる

会社の飲み会で私が幹事をした時のこと
ゆうさんが遅れてきたので、会費は半分でいいよ
って言って受け取らなかった私

ゆうさんが、どうしても渡すって云うから
「ラブレター付きだったら受け取るよ^^」なんて云ったら
銀行の袋にハナマル書いて渡してくれた

そんなことをしてくれるものだから、私の財布には
ゆうさんが渡してくれたままのお札が入った、その袋が入っている

ゆうさんがプレゼントしてくれたモノも
いつも身につけて持ち歩く

ゆうさんは知らないだろうな・・・
いや・・・知られても恥ずかしいけれども^^;

いつもその存在を忘れないように
いつまでも宝物でありますように・・・

2005年02月23日(水)

別れは勉強


やっぱり人との別れは辛い

今まで隣に居た人と、別れたら今日から他人
もう心も開けない

懐かしさはあっても、もう好きではない

私が別れても引きずった人は過去に2人
遠距離恋愛の末、別れてしまった人
そして二度目の旦那さん

付き合った人は数少ない
けれどどの人も別れると決めるまでが、長かった
なんとか修復しようとしてみたり
もう一度歩み寄ってみようとしたり

別れを決めると、一直線で
別れた後は、振り返らない
それまでの苦しみとか考えたら、別れを決めることは重大だから

哀しいけれど、後ろを振り帰らない
それが私の恋愛スタイル

海さんとの別れも、一週間くらい胸が苦しかったかな
後は音信不通になれてしまって、海さんと知り合う前の私に戻った


別れは人を大人にさせる?
そんな男もいたのだと、次の恋愛のお勉強をする

2005年02月22日(火)

海さん、ありがとう


さて、二度目の不倫を書き終えて
私は海さんとの恋愛を終始、あまりよい表現で綴らなかったと思い返す

海さんには感謝している
都会の中で寂しさを感じていた私を、救ってくれた
人を愛せるステップができた

現在好きなゆうさんを心から愛せるようになったのも
旦那さんとの別れから二度と人を愛せないとまで思っていた私に
海さんは「また人を好きになれること」を教えてくれたと思う

海さんの声も心地良かったし、素敵な時間だってあったのだから

だから私は海さんに感謝の気持ちも持っている

海さん、ありがとう
って、それだけは思っています
2005年02月21日(月)

■二度目の不倫・別れ■


いつからか喧嘩が絶えなくなった
喧嘩と言っても、私は「会いたい」「会えなくて寂しい」と言うだけ
海さんは「だって仕事だから仕方がないだろう」
と、最後には怒ってしまい、プラスしてひどい言葉を投げつける

海さんは自宅で仕事をしている人だから、休み時間とか休日とか
自分で決めて取るしかない
サラリーマンのように定時とか残業・・・なんてなく
依頼があれば、1ヶ月だって2ヵ月だって休めない

会えても2時間、3時間とか
会っても急ぐように食事をして、ホテルへ行く
ゆっくり向かい合って会話を楽しんだことは何度あっただろうか?

若い頃から私は、会って抱かれるよりも
向い合って、みつめ合って会話の内容なんて、どうでもいい
そんな時間が幸せと感じている部類の人

時間がないと言われても、私は海さんとのゆっくりとした会話をしたくて
車の中でずっと話したことがある
私が車から降りないと海さんは帰ることができない

その後で「僕が時間ないって言っているのに、帰ろうとしない」
そんなことを言われたことがあった
女の気持ちもしらないで・・・そう言ってしまいたかった私

海さんとは次いつ会えるか分からない
そんな付き合いだったから。

どうして車を降りられなかったのか
どうして時間を引き延ばしたのか
ずっと会えなかったから、私はもう堕ちてしまいそうで

本当にあの頃は
海さんと付き合っている意味さえみつけられなかった時で
自分の存在がなんなのかさえ、解らなかった時だった


海さんと「向かい合ってゆっくり会話をする」
それは本当に本当にできなかったな・・・

何度目かの喧嘩の時、別れると言う話になって
海さんの車から降りてそのままで
いつもは海さんからくる電話も何日もなくて
滅多に私からしない電話にも出てくれない
自然消滅は気持ち的に嫌だったから、私から「さよなら」のメールを送った

そして私たちは別れることになった
私の恋愛経験で、一番誠意のない別れだったと思う

人となりの海さんは今でも好き
でも もう二度と海さんと恋愛感情を持って会うことはないでしょう・・・

そして私は【不倫】の先は闇としか今は思えない
例え�猊堽僂遼�結ばれた�瓩箸靴討癲△修海砲楼任靴�見えない
少なくても傷つく人は存在する
そんな恋愛の末に光は見えるのだろうか・・・

この日記をみてくれている不倫中の人には申し訳ないけれど
最近の私は、不倫日記をみかけると吐気さえしてくる
だからなるべく目にしないけれど
「愛」とか「恋」とか、「純愛」とか不倫していながら
語っている人を軽蔑さえしている

ただ自分のパートナーで満たされない部分を
恋愛と称して不倫相手に求めているのじゃないかと

そんな私も不倫の彼と「純愛」していると唱っていた一人でした
今思うと、そんな自分にも吐気がします

現在好きなゆうさんと出会って
不倫に対する不信感が、更に募ったのかもしれません

独り身の女が、命をかけられぬほど愛せないのなら
奥さんがいる人と恋愛なんてするもんじゃないですね・・・

海さんから時々電話がくるけれど、仕事が忙しい私は
海さんの電話に出ることができないでいる

私からコールバックしないと海さんには言ってある
避けていると思われなければいいけれど・・・
2005年02月20日(日)

■二度目の不倫�あ�


確かに私は海さんが好きだったと思う

付き合っていた頃は、確かに他人の中で一番傍に居たい人だったし
仕事でなかなか会えない海さんに会いたくて泣いたりもした

【依存心】ってものだろうか?
付き合っている人なんだから、会いたい
付き合っているのだから、支えて欲しい

そんな気持ちに囚われていたのかもしれないと今になって思う

その半面、いつも「別れるかもしれない」って感じていて
この恋愛に未来はない・・・って心のどこがで投げやりだったかな

別れてもうすぐ1年
今は海さんと恋愛していたことも、あまり記憶として残ってない
海さんは時々とても冷血で残酷な言葉を向ける
自分は頭に血が上ってしまっていて、相手がその言葉を向けられると
どれくらい心に傷がつくのか、そんなことも考えられないほど強い言葉を
それは胸に棘が刺さったくらい痛い言葉を投げつけた

その言葉が層のように積もり、私の心の中で何層にも重なってゆく
次にいつもの優しいモノ云いになっていても
私の棘は刺さったまんま、抜けてゆくことはなかったみたいだ

寂しさに崩れそうになった時
「どうせ不倫でこの身体を委ねるなら、愛人でも探してやろう」
と、そんな発想をしたバカな私がいて

インターネットの掲示板で愛人募集をしている人と会ったりもした

結局、潔癖症の私は愛人契約をした男性とホテルまで行き
ことが始まった途端、全身鳥肌がたつと言う、みっともないカタチで
愛人契約は破棄となった

その社長さんには、本当に安易な発想で自らした行動だったというのに
申し訳ないことをしたと今でも思う

ただ・・・
その社長さんは私のことを純粋だと思ってくれて、気にいってくれた
今でもたまにだけど、電話でお喋りしたりする

ただ・・・
そんなバカ気たことまでしてしまうまで、私の心は
何かにSOSを出していたのだと思う

そこまで負い込まれて、何を海さんに求めていたのかさえ解らない

だから幸せな記憶より、苦しかった記憶しか今はないのだと思う
2005年02月19日(土)

■二度目の不倫��■


海さんと付き合っていた頃は、海さんを確かに好きだった

会えなくて、寂しくて泣いて困らせたりもした

別れて1年近く
今だから言える

海さんはずるい人だった
不倫に「ウソ」はつきもの

海さんの想いを信じようとする私と、信じられない私がいて
あの時の海さんはホンモノだった
あの時の海さんは偽りだった
心の中で分類できる

海さんに幸せももらったけれど、あんなひどい別れ方をした今では
幸せだった思い出も全て消えてしまったかもしれない

「彼」としては愛せないけれど
別れた今でも「人」としては好きでいるけれど

だから時々メールをしたり、海さんから電話が来てお喋りしたりもする

海さんと一度だけ旅行したことがある
終始、海さんは不機嫌だった
家族にウソをついて泊まりに出たせいなのか?
仕事が追いつかずに泊まりに出たせいで不機嫌だったのかは分からない

初めて二人はお泊まりしたのに、私の心は寂しかった
眠るのも別々
触れ合う時間さえもなかった

あの時から、私は海さんに不信感を持つようになったのかもしれない

2005年02月18日(金)

■二度目の不倫�□�


電話で話した声は、とても心地良い
話す内容も誠実に思えた

離婚経験者で子供がいることを告げた私に
「僕も同じような境遇だから」と言った

私は彼も離婚経験者だと判断して、会ってしまいました
その頃は、もう既に彼を信用して、彼に惹かれ始めていた

二度目のデートの夜、彼に妻子がいることを告げられる
「結婚していても冷め切っている」
「ただの同居人」
「もうSEXもしない関係」
そんな言葉を私は信じて、海さんと付き合うことを決めた

メル友の内から妻帯者だと知っていたら
間違いなく、私は海さんと個人的に会うことはなかった
私はメールで不倫相手を探す人種は、好きになれなかったから

(したい人はすればいい・・・あくまでも私の主観であるだけだから)
それに、一度目の不倫で私は二度と不倫なんかしないと思っていた
人を傷つければ、いずれ自分にも返ってくる
古臭いけど、おばあちゃんに言われた迷信を私は信じてもいるんだ

そんな私が再度不倫を始めてしまった
海さんは「不倫」と言う言葉を嫌った

そして妻と暮らしていても、妻への愛情はないから
私と対等でいると思っていたようだった

独り身の私にしてみれば、海さんと私は対等ではない
根本的に思考が違っているから、ぶつかり合う

私は寂しくて海さんとお付き合いが始まったのに
いつも会えない海さんのことを考えては、泣いていた日々だった

こんなに哀しくさせるなら、何故ウソをついてまで私と会ったりしたの?
何度も心でそう思った

誓って言う
私はもう二度と、不倫はしない

会えばホテルへ行ってSEXをする
SEX抜きの不倫なんて有り得ない

奥さんにときめかなくなった男性が、他に快楽を求める・・・

今はそんな風にしか思わない

それを純愛だと思っていた私は、バカだ

2005年02月17日(木)

■二度目の不倫�、�


旦那さんと離婚して約5年
北海道から関東へ
特別「好き」と思える人にも出会えない

会社の同僚は同僚で、仕事の域を越えるほど感情を持てないでいた

「メル友募集」の掲示板で募集をした
誰かに何かを話したかった
誰かに何かを話して欲しかった

言葉にすることが苦手でも、文字での会話ならできると思った
会社では悩みなんかないって顔しても
いつも笑っていても
あの頃の私は感情を持たない女だった

メル友募集のメールアドレスには、すごい数のメールが受信された
いかにもセフレ希望の人
愛人募集の人
遊びで付き合いたいのがミエミエの人
簡単な文字
複数にコピペで送っているのが分かる人

その中でとても綺麗な文章を送ってくる人がいた
海さんと言う5歳上の人
海が大好きな人で、私も海が好き
綺麗な文に惹かれて、返信をした

何日メールをしただろうか?
海さんが写真を送って来た
いつしか会ってみたいと思った

2005年02月16日(水)

嗜好品


私はヘビースモーカー
ストレスがたまる仕事をしているせいもあるけれど
旦那さんとの別れを経験してから、ヘビーになってしまった

ゆうさんも、かなりヘビースモーカー
私以上かも?

ゆうさんと付き合う前の彼は煙草もお酒もしない人だった
私の煙草をひどく嫌った
「kissをすると煙草の臭いがして、気持ち悪い」って言われたことも^^;

嗜好の趣味が合わない人との付き合いは、続かないなと思う

勝手だけれど、そう思う。

「もう少し煙草を減らせば?」って云うほど、ゆうさんはヘビーだ

ゆうさんと一緒に禁煙しようと思ったのに、ゆうさんは却下。

そりゃ・・・
ストレスたまり過ぎだものね^^;

ゆうさんと一緒に飲む雰囲気も好き
鍋をすれば全てゆうさんが用意をして、私の器に次々盛られる
もう食べられないよ〜ってくらい

なんだかずっと笑って、笑って
笑い過ぎて泣いているかと思った?
幸せ過ぎて、泪がでたの・・・

「貴方が好き。」
そう云ったら、ゆうさんビックリするだろうな

だって甘い言葉なんか、二人で言い合うことは稀だから^^

2005年02月15日(火)

想い合う心


現在の私は、本当の恋愛をしています

別れた旦那さん、たかちゃんを好きになって結婚して、離婚して
離婚から6年・・・

やっとやっと好きと想えるゆうさんと云う人と出会えた

実はゆうさんと知り合う前、1年半お付き合いした人がいた
寂しさから?だったかもしれません・・・
メールで知り合った人でした
結果的には【不倫】でした
その人への私の思いは、また今度・・・

本日は私とゆうさんのことを。

私とゆうさんの関係を知っている同僚たちは
私とゆうさんの恋愛のカタチこそ、真の恋愛だと云ってくれる

私とゆうさんは、誰よりも近い存在でいるけれど、恋人ではなく
お互い想い合えていても、身体の関係は一度もない

ゆうさんも心に傷を持つ人で
私も色々と経験して
身体の関係は自分の欲望のハケグチ程度にしか感じない

「何いってんだ?w」って思う人はたくさんいるかもしれないけれど
人は人 私たちは私たち^^

SEXが愛情に繋がるとは、もう考えなくなった
ゆうさんも同じで、文字にすることは難しいけれど
私たち幾度かそんな会話をニュアンスでした

ゆうさんと知り合って1年
一緒にランチしたり、時間が合えばディナーへ行ったり
仕事帰りに一緒に帰ったり。
二人だけの隠しホームページを持ち、そこでも会話をする
俳句の詠み合いをしたり、なんとも古風だったり^^

会社の飲み会の帰り、駅まで腕を組んで帰ったことがあった
私はそれだけで、幸せだった

ゆうさんが去年の夏、病気で1ヶ月半入院した
仕事中は、お互いに同僚の域を越えず・・・で過ごしているけれど
やっぱりフロアの中にゆうさんがいないと、ひかりがなかった

お見舞いにでかけては、消灯時間までいてずっとお喋りした
病院内の公園で木陰のベンチで、何時間も会話をする
私たちは会話に困ったことがない
他人には自分のことを話さないゆうさんは、私に何でも話す
プライドが高いゆうさんが、情けないことも、格好悪いところも
哀しかったことも、楽しかったことも。
何を聞いても、私は嬉しくて嬉しくて
私も今までの歩んできた人生を何でも話した

関東に出てきて、自分のことをあんなに話したのは、初めてで
ゆうさんも故郷から出てきて、人とあんなに話したのは初めてだと云った

休憩時間とか、みんなで集まって煙草で一服する
私たちのことを知っている同僚が
時々ゆうさんと私がする「目で会話」を目撃して
�爐△鵑燭燭舛辰董△┐辰舛世佑�・・・^^�瓩辰同召�
�犹訐�でSEXしてる��
�爐修譴辰�SEXするより、えっちよね〜�瓩辰�

たしかにね。
その時間は数秒だけど、たしかに私は胸が高鳴っている^^

バレンタインデー☆
甘いものが大好きなゆうさんへ
おっきなハート型のチョコケーキをあげた

おっきなケーキなのに数分であっという間に食べちゃったって^^
喜んでくれて良かった

2005年02月14日(月)

あれ(離婚)から


離婚後の私は、笑っているけれど心から笑えないでいた

時々・・・笑っている自分に気がついて

「何を私は笑っているんだろう?」
「何か楽しくて笑っているの?」
「笑いたくなんかないのに、バカみたい」

そんな思いでお店に立っていた

現在の私はあの頃の私を振り帰ると「何をして、何を考えていた」のかさえ
あまり記憶にない

そして、心から笑っている現在が
未来にあることさえ、あの頃は考えられなかっただろうと思う

人間のカタチをしていても、心を失ってしまったロボットのようだった

自宅にこもっている時間、娘の顔を見て生きている実感はしていたけれど
それ以外の時間、私は他人から背を向けていた
他人の心を読もうともしなかった
もう誰も私の領域に入ってくることさえも、身体全体で拒んでいた

色など発色せず、ただグレーの世界だったと思う

たかちゃんとの記憶だけを胸に残して、生活していた毎日でした

2005年02月13日(日)

続・2度目の離婚


たかちゃんとの離婚までに時間はかからなかった

結婚前に聞いていた借金の金額と離婚を決めるまでの数年で
たかちゃんの借金の金額は、ほぼ倍の金額に脹れていた

高利な利息と、それを返すための更なる借金で
一般サラリーマンが一生かけても返せない金額になっていた

別居だけでは、すぐに妻の居場所をみつけて取りたてる
もちろん不毛な取りたてだけれど、拒むことも法律上許される
けれど毎日の鳴りやまない電話は、強い心を持っても、強迫観念に囚われる

私とたかちゃんは話し合って、完全に離婚することに決まった

多感期を迎える娘の将来を思い、二人は離婚を決めた

もしかしたら、私と娘を肩に背負って歩くことに
彼はもう逃げたかったのかもしれないと、今はそう思う時もある

破産宣告はしないと云う
「借りたものは最後まで返したい」
たかちゃんは、男気をみせているつもりでも
妻子はどうなるのか?
そう問い詰めたかもしれない・・・

今となっては、二人の会話もよく思い出せない

離婚後の私は、腑抜けになった
思考能力も止まり、食べることも飲むことも忘れ
仕事さえ行けない日々が3ヶ月続いた

娘をただ抱きしめて、哀しい顔で抱きしめて
娘が眠った頃、私は声を殺して泣いていた日々だった

こんなに苦しくて、寂しくて、胸が痛いなら
いっそ「死んでしまいたい」「消えてなくなりたい」
そう思い繰り返す毎日だった

とうとう生活費が底をつき、大家さんが家賃を取りに来た
1ヶ月3万5千円の家賃が払えず、このままではダメだと思った

私一人消えてなくなるならいい・・・
けれど私には娘がいた
娘には、幸せになってもらいたい未来がある
この子を初めて抱いた時、この子は愛情いっぱい育てようと思ったものだ

苦しみのハードルをひとつ越えることができた
また仕事へ復帰することになって、それからはがむしゃらに働いた

もう二度と人なんか愛さない
もう誰も愛さない
恋なんて絶対しない

≪幸せの先は いつも 不幸≫

そんなことしか考えられなかった5年間だった・・・

2005年02月12日(土)

2度目の離婚


たかちゃんとの結婚生活を終えて、現在で6年
時間が流れることが早かったのか、遅かったのか

内、ほぼ5年間は誰も愛せない日々を過ごしていた

幸せなことに私には一人、娘がいる
私が悲しみを抱えながらも生きることができたのは
娘がいてくれたからこそ

たかちゃんの借金返済ができなくなった
トップの営業成績で自信に溢れていた彼も会社の倒産で自信を失った

2ヶ月
3ヶ月
仕事を探すと告げてふら〜っと家を出て行って、真夜中に帰宅する
知り合った頃のように彼は自暴自棄になって、毎夜飲み明かしていた

不況の時期に入り、たかちゃんは職を探すことに苦労した

プライドが仕事探しに壁を作り、彼はいつまでも職が決まらずにいた

倒産後、社長さんの計らいでしばらくはポケットマネーから
彼に月の給料分の料金が貸し出されていた

返済は気長に待つと言う社長さんの言葉に甘えて
彼は定職に就くことはしなかった

自分の人生が狂ったのは全て社長のせいだ!と言わんばかりに
たかちゃんの日々は荒れていた

もちろん借金返済も止まった
社長さんのポケットマナーは、彼の飲み代へと流れていく

私が夜の勤めのほか、昼の勤めを始めたことにより
たかちゃんのプライド心を更に傷つけてしまったのだと今になって思う

取りたても厳しく、娘が下校する時間帯でも玄関の前で恐いお兄さんが二人
ドラマのようにお兄さんの足元には、数十本もの煙草の吸がら
一日中ドアのチャイムと電話が鳴り響いていた

私とたかちゃんは別居するしかなかった・・・
2005年02月11日(金)

2度目の結婚生活


たかちゃんと晴れて結婚した私は
毎日が幸せでした

彼とは好きな音楽も同じ
ドライブもお互い好きだったので、連休には必ずドライブに出掛けた
娘もすっかり彼になついて、いつもパパと手を繋いで歩く
私と娘で、いつもたかちゃんを取り合ったりした

たかちゃんは「男子たるもの・・・」の傾向が強く
甘い言葉も言ってくれなかったし、割りと無口な人だった

それでも私はいつも彼にくっついているような生活だった

たかちゃんにも結婚歴があった
別れた奥さんと奥さんの父親に騙されて、借金があった

借金を返済するために、結婚以降も私は夜の勤めに出ていた

全て納得して【頑張ればなんとかなる】と思った私が甘かったのだと
たかちゃんと別れて6年が経った現在思い返す

それまで消費者金融の利息の高さも知らずに過ごしていた私
たかちゃんの借金の金額を聞いても
二人で働けば、すぐに返済することができるとタカを括っていた

借金があっても、貧乏でも愛さえあれば幸せであると疑いもしなかった

毎日が幸せ過ぎた
ある日レストランで娘と彼が仲良く遊んでいる姿を見て
自分が幸せ過ぎて泣いてしまい、たかちゃんを困らせたこともある

「家族」を知らない私とたかちゃんは
初めて「家族」の温かさを知った

隣にはいつも彼がいて
彼の隣には私がいた

ささやかだけど、幸せはいつもすぐ傍にあった

2005年02月10日(木)

夜の帝王


13年間もの間、夜の蝶として勤めていた私の主観ですが
ホステスにモテる男性は・・・

・お金持ちであること
・ケチケチしない人
・身体の関係を求めない人
・物静かだけど、笑顔が優しい人
・歌が上手い人

お金を持っていて、札束をちらつかせて身体を求める人
私の中では最低な印象であった

私のポリシーはお客さんと身体の関係は持たないこと
そんな考えはお客さんに持たせないこと

身体だけが目当てだったお客サンは、みんな別の女の子を求める
13年間、お店を移ってもついて来てくれたお得意さんは
本当の意味でよいお客サンだったとしみじみ思う

夜の勤めを辞めて、今年で4年目
今でもメールをしたり、電話で話したりしている

勤めを辞めたと同時に、私は生まれ育った街から関東へ引っ越して現在に至る
出張で関東にきたお得意さんとは、たまにこちらで食事もする

そんな男性が真の夜の帝王じゃないかと思う、今日この頃

2005年02月09日(水)

現在の私


たまたま私の日記をみつけて読んで下さっている方にしてみたら
こんな私の日記はつまらないものだろうと思う

会社の同僚がこの日記の主が私と知ったならば
こぞってさぞかしビックリすることでしょう・・・
そして「ふむふむ・なになに?」と喜んで完読することでしょう^^

会社での私は悩みなどしらず、バツがついて子持ちでも
天真爛漫に過ごし、毎日が幸せに満ちて生活していると思っていますから

姐御肌で同僚たちのムードメーカ的存在と評価を得ています
同期のリーダーであり、ボスとまで言われている私ですから・・・^^;

この年になれば(30半ば)仕事もできないと厄介払いされますし
常にトップクラスでいなければ、自分を支えられない
それはそれは、いつもいっぱい×2でございます

今の私の仕事はお客様のクレーム処理から、対応まで
日々ストレスと戦いながらの仕事です

精神を病み、辞めて行く同僚も少なくありません

「鬱病」と診断される同僚もまた少なくありません
次の更新と同時に切られてしまうのです

月の半分以上も休んでしまうので
仕方ないと言えば仕方ないことかもしれません

何故か私は鬱と診断されてしまった人に頼られてしまう
なんでも話しを聞き、励ましてあげるのが一番なんだけど
「がんばれ^^」はご法度

それでも私は思うのです
社会人として働いていても、親と同居、ご主人がいる、何故かお金持ち
仕事を多少お休みしても生活に困らない人が鬱と診断され会社を休む

自分が働かなければ、生活ができない人は鬱にもなっていられない

他の鬱患者さんと話したことがないので、分かりませんが
私の周りにいる鬱と診断された人々は、みんなそんな人です

甘えが許されない人は
鬱になどなってはいられない精神の持ち主なのかもしれませんね

現在の私は、そんな人です^^;

2005年02月08日(火)

■ふたつ目の恋愛�□�


私が2番目に愛した愛した人は・・・
のちに旦那さんとなる人たかちゃんと言う

始めはチャラけていて、声が大きくて「なんて人だ?」ってイメージ

2軒目のお店で知り合った
街のお祭りの日、女の子は全員浴衣でお店に出る
言葉では表わさず、その頃の流行り歌J-POPを歌ってくれた
「お前のために唄おうかな〜?」とか、小声で。
「浴衣の君はとてもキレイで色っぽい」なんて歌詞だったと思う

普段は乱暴な口調で話すたかちゃんが
少し顔を赤くしてそんなことを言うもんだから、何故かときめいてしまった

二人でアフターに会うことが多くなって
たかちゃんのお昼休みには公園で待ち合わせして
私の手作り弁当を食べさせたりした

たかちゃんを好きだった一番の理由は
一緒に居ても、私に身体の関係を求めてこなかったところ

私の子供にパパとして認めてもらうまでは、と言っていた

たかちゃんを知れば知る程、見かけとは違い
誠実な人だと知る

過去に色々とあり、人を信じられなかったり、人と距離を取ったり
そんな人だったけれど、私たちはお互いに甘え合って過ごした

たかちゃんと知り合うまでの私は
母に捨てられたことが傷となっていたのかもしれない
誰と付き合っても、甘えることができなかった

言いたいことも言えず、心の中で消化しようとしてしまう
そして消化しきれなくなると、自分をコントロールできなくなってしまう

たかちゃんと一緒にいた頃は
素の自分でいられたのかもしれないと、後になって思う

私の娘は父に虐待を受けたせいか、男性をひどく嫌った
たかちゃんが話しかけても返事もしない
たかちゃんが近付こうとするものなら泣きだす始末

たかちゃんは私と付き合うことを諦めて
私から離れようとしたこともあった

そんな日々を繰り返し、娘はたかちゃんに慣れ出した
自分からたかちゃんに抱きつくようになって
いつの日か「パパ」と呼ぶようにもなる

たかちゃんの粘り勝ち
たかちゃんの気持ちが嬉しかった

既に同棲を始めていた二人
ある日「役所に行くから印鑑持ってでかけるぞ!」
テレ屋のたかちゃんのプロポーズだった

役所で私たちは「婚姻届」に記入し、晴れて夫婦となった

全てのものに感謝した日でもありました・・・
2005年02月07日(月)

〜夜の蝶 編�ぁ�


3軒のお店には長くはいなかった

色気を売らず、会話でお客サンを取る術を覚えた私は
3軒目のママさんとは、仕事をする上での思考の違いで長居するつもりはなかった

この店のママさんは【擬似恋愛】を女の子に要求して
私が辞めてからは若い女の子に客を取らせて斡旋料も取っていたくらいだ

客の元へ行く女の子の派手な下着を配給し、儲けていた
そんな噂を耳にし、つくづく辞めて良かったと胸を撫でおろした

この店では専属歌手として店の真ん中で、リクエスト曲を歌った
リクエストがない時は、お客サンの横に座ってお相手をする

この店は自分の得意客が来ると、バックマージンがついた
最初のお店からついて来てくれたお客サンは、よく通ってくれた
旦那と離婚して、子供を一人で育てていることを知っていたから・・・

3軒目のお店には半年くらいいただろうか?
4軒目のママさんは私の親友でもあった女性

それまで勤めていたお店をやめて新しく自分のお店を開店させるため
マネージャーとして助けて欲しいと言われ、勤めだした

そのお店でもリクエスト曲に応え、歌を唄っていた

2005年02月06日(日)

〜夜の蝶 編��〜


2軒目のお店には3年くらい勤めただろうか?

ママさんは、とても厳しい人だった
1軒目のママさんがとても気さくな人だったため、違いに戸惑った

2軒目のママさんは、とてもバリバリしている女性であったが
同時に色気もあって魅力的だった

女の子より自分が目立ち、ママ目当てで客を集めていた

私はママさんにどことなく似ていたので【ちぃママ】と呼ばれていた

ママさんはある会社の重役の愛人だった
愛人と言うと聞えがいい・・・
恐妻を持つ重役は、自由になるお金があまりなく
年に数回ママさんと行く旅行から、毎日ママさんの自宅へ通って食べる
昼飯の材料費だって、全てママさん持ちだったと言う

接待でお店を使う時も、重役のBOXには高級料理の数々、高級ブランデーが並ぶ
その料金も格安で重役の会社の接待費へまわる

そんな店だった

当然、お店に勤める女の子もすぐに辞めてしまう
ママさんは気まぐれな人だったから、昨日と今日、違う指示を出し
文句を言おうものなら、責めたてる

いつだったか、ママさんが愛人と喧嘩をしたことで
お店で浴びるほどお酒を飲んだ
心配した私が「ママ、今日はもうお酒やめましょうよ?」と言うと
裏の厨房に呼び出されて、しこたま怒られてしまった
いつもは「私の身体を心配してくれてありがとう〜^^」と言うママさん

愛人とママさんが別れた気配が漂うなか
お店でのママさんは人が変わったようにピリピリしている

2番目の旦那さんとなるたかちゃんと
同棲を始めた頃、ママさんと喧嘩をしたのをきっかけにお店を辞めた
2005年02月05日(土)

〜夜の蝶 編�◆�


私が夜の仕事を始めたきっかけの最初のお店は
東北の港町から旦那さんとかけ落ちして北海道に逃げて来たママさんの店

一人女の子を募集していると聞いて友達の紹介でお店に出た
1週間だけの約束で、私はソコに立った

先端が丸く半径を描くようなカウンターだけのお店でした
10人も入れば一杯になるような、そんな小さなお店

港町には漁師さんが集まる
東北出身とあって、東北からやってくる漁師さんや
地元の漁師さん
ママさんの旦那の会社関係の人たち
東北なまりのある気さくなママさんを慕ってくる人

小さなお店は連日賑わっていた
右も左も分からず、身なりもパッとしない私が勤まったのも
そんな気さくなママさんが可愛がってくれたからだと思う

面接へとでかけた翌日
ママさんは勤めに必要なスーツなどを買ってきて届けてくれた

20年繁華街の真ん中でお店を続けてきたママさんは一目わたしを見て
「あんたの笑顔は売れる。きっといつか店を持つかもしれないね」と云った

1週間の約束が気がつけば2年半の月日が経っていた

ママさんの病気治療のため、お店を閉めることになり
その頃は私にも得意客がついていたので、なし崩しで他のお店に移ることになる
2005年02月04日(金)

■一度目の不倫�ア�


情に負け、最後に一度だけ・・・ととしさんを部屋に入れた

しばらく外で迷っていたのが解る
としさんの身体も手も氷のように冷たい

としさんは私を抱き寄せて
「もう一度やり直せないか?」
「もう一度、僕のそばで笑って欲しい」

そう言って私にKissをした

咄嗟に私は顔を背け、身体を離す
としさんはそれでも諦めず
ベットに押し倒された

私はそんなとしさんが哀しかった

いつも私を待たせるだけで、いつも私を不安にさせ
いつも私は胸が痛かった

そんな優位に立っていたとしさんが
拒んでいる私を無理矢理抱こうとしている

私は哀しくて声をあげて泣いた
泣きじゃくっている私にとしさんは我に返って
身体を離した

そして二人、向い合いお別れの言葉を云った

としさんと私の4年間の不倫が終わった

2005年02月03日(木)

■一度目の不倫�あ�


としさんとの別れも私は泣いた

ある日としさんがお店に来た時
いつもお店では暗黙の了解で私がとしさんにつく

本当の別れを決めた時、私はとしさんにつかなかった
ずっと別のお客サンにつき、としさんをお店に置いて
一人先に帰ってしまった

としさんが店のラストまでいる時は
アフターデートをして、そして二人の部屋へ行く

やっぱりとしさんはラストまでいたので
別れを決めていた私は、先にお店を出て自宅へと戻った

すぐにとしさんが追いかけてきて
私の部屋のチャイムを鳴らす

インターフォン越しに会話をする

「どう言うつもりなの?」
「開けてくれないのか?」


「さようなら・・・」

2度チャイムが鳴り、そしてとしさんは帰って行った

愛した人との別れは、どんな時も哀しい・・・

クリスマス・イヴの夜
別れてから幾日が経ったそんな夜
いままでにみた事のないくらい酔った姿のとしさんがカウンターに伏していた

ママさんが同情して私につくよう指示したくらいの酔い方だった

私を見たとしさんは酔って泣いていた

そう言えば・・・
としさんは奥さんと別れて
私との結婚を考えるほど愛してくれていたんだった・・・

クリスマス・イベントのゲームで用意していたセーターを
ママさんが私が選んだセーターだから「プレゼントしますね」と渡した

そのセーターを抱きしめてとしさんは泣いていた

その夜のアフターにとしさんは私の部屋のチャイムを鳴らした

「寒いよ・・・」
「寒いよ・・・」
「最後に一度だけ、部屋へ入れて欲しい」
2005年02月02日(水)

■ふたつ目の恋愛�、�


本当に本当に人を好きになるって難しいことだと思う

いつでも真剣に恋をしているつもりでも
別れてみると、どうしてあの人が好きだったんだろう?と思い返す

大袈裟に云えば【死んでもいい程、愛した人】の数は少ない

遠距離で終わってしまった彼 かぁくん
2番目の旦那さんになったたかちゃん
そして現在好きな ゆうさん
片手で足りる・・・

そもそも一人と付き合うと長いので
全てを入れても30半ばでも両手で余る・・・^^;

たかちゃんと知り合ったのは
2軒目のお店で

としさんとの不倫の恋の終わりを決めた時、すぅ〜っと心の中に入ってきた人

一つ上
営業マン
顔立ちは、真田広之さん
歌手を夢みていただけあって、歌唱力は抜群だった

営業マンの飲み会は、一つ成績を上げると支社全体で盛大にお祝いする
お得意さんの一人がたかちゃんを連れて飲みにきた

まだまだ子供のたかちゃんは
何故か私の源氏名を何度も遠くから叫び呼ぶ

子供っぽくて、チャラけていて
そんなたかちゃんが苦手だった
酔うとクセも悪くなるところもあったし

だからたかちゃんを好きになるなんて
その頃の私は思いもしなかった・・・

2005年02月01日(火)

歌でも唄って / こころ

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