☆雑誌☆
●「Duet」1997年11月号〜藤原竜也はサッカー、チェロ、UFOと、多チャンネルな好奇心が自慢!〜
表紙の写真は私にとってはドアップすぎ…。笑顔の写真なのだが、毛穴まで写ってしまっているのだ…(汗)。残りの写真が3つ。一枚はサッカーボールを蹴っている一瞬を撮ったもの。目は真剣にボール1点だけを見つめている。竜也くんは意外と身体が硬いらしいが、この写真を見てもそれが窺える。ボールを頭より高く上げ、その頂点で蹴っているのだが、もういっぱいいっぱいという感じで…。上半身が殆んど地面と平行してしまっている。恐らくこの後彼は、このまま後ろにひっくり返ってしまったのではないでしょうか…?
「それが答えだ!」の収録が終わって「身毒丸」の稽古中のもの。 竜也くんを語る5つにkey word(写真付き) 1.MUSIC→当時30枚ほどのコレクションになったらしい。(一生懸命集めたんだろうね)一番のお気に入りは「STAND BY ME」。SPEEDのファンで、彼女達のCDも写っていた。 2.WORK→「身毒丸の台本」。武田真治さんの演じたビデオとセットで使っている台本とか。表紙は既に端が痛んでいる。“中には細かい字でメモがぎっしり”だそうで…この頃から台本にたくさん書き込んでいたのね。 3.OMAMORI→ファンの贈り物。銀色の8角形のメダルのような物が半透明のケースに入っている。“世界で一番旅人を助けるお守り”らしい。本当に効果があるかどうかお試し中だそうで…。「同封されていた手紙がやけにボクの地元にくわしいんです。ひょえ〜」だって。 4.SCHOOL→夏の制服を着ている写真が載っている。真っ白な半袖シャツに下はブルーのジャージ…。可愛い綺麗な顔に何となく垢抜けない格好。とてもほのぼのとした一枚。 5.ACCESSORY→「お兄ちゃんのをこっそり使っている」というカチューシャ。竜也くんがカチューシャしているの、私好きなんです。額のラインの美しさが出て、とても似合うと思う。 もう1つはスタッフからの贈り物のネックレス。皮の紐に数珠みたいなものが10個位通してあって、真中にシルバー(かな?)の羽根が付いたもの。これはお気に入りのようで、他の雑誌でも身に付けているのをよく見る。襟元だけが写っているのだが、まだ首が細くて、男性という感じはしません(笑)。
ちなみに、サブタイトルの「サッカー…UFO」というのは当時の竜也くんが興味を持っていたもののようです。
| 2005年02月26日(土) |
小説(?)「電車男」 |
いにしえの文豪達がこの本を読んだら恐らくひっくり返ってしまうことだろう。某巨大掲示板の書き込みがそのまま物語となっているもの。こんな手法が可能なのねぇ。この着眼に拍手。 私が一番最初にその掲示板の存在を知ったのが4年位前になるだろうか。「???なんじゃ、こりゃ…」これがその時の感想だ。その書き込みの独特のスタイルに戸惑いを感じながらも、それでもやたら面白く、気が付けば随分と長い時間読みふけっていた(苦笑)。今でもたまに覗いている。いや、いい加減もうやめようとは思っているのだが…しかしあの掲示板には不思議な魔力が備わっており、つい吸い寄せられてしまうのだ…(汗)
さてこの本の話。一言で言えば面白かった。そしてあの掲示板でまさかこんな感覚を得られるとは思いもしなかった後味の爽やかさ(笑)。 まず悪い人が登場しない。電車男もエルメスもそして住人達も本当にいい奴らだ。もちろんこの掲示板特有の下品な妄想も晒している。でもそれはある程度誰にも覚えのあることで、だけれど知人には言いずらくて…。そんな恥部をストレートに晒すことが出来るところもあそこに引き寄せられる理由の1つかも知れない。 電車男の純な恋の経過報告に、アンタ・・何もそこまで…と引いてしまうほど大袈裟に反応する住人達がまぁ滑稽で。私には電車男よりも住人達の方がいい味を出しているように感じた。可笑しさの中に哀しさがちょこっと顔を出す…そんな物語もあるのだが、この話の中に私はあまりそれを感じなかった。中には住人達が女性から受けた悲惨な仕打ちを告白している場面もある。しかし「そんなのは100%相手の女が悪い!気にするな!」と同情よりも檄の気持ちの方が強くなってしまった…(汗)。 気の弱い奥手の電車男をひたすら応援していく個性豊かな住人達。そして電車男も自分の情けない姿を素直に晒している。そこには見栄も陰険な嫉妬もなく(可愛い羨望はあるのよ)、あるのは本音と電車男のエルメスへの恋の成就を願う気持ちだけだ。何よ、これが本当の友情の姿なんでないの?…と真面目に考えてしまった…。
ふざけた(?)掲示板の中にも真実はある。時に住人達の電車男への説得の言葉はとても的を射ていて…。私まで勇気付けられた。こんな奴らと一緒に酒を酌み交したいものだ。 こんな魅力的な住人達であるので、こちらは自分の好きなように彼等の姿を想像する。彼等は俗に「アキバ系」(と言うのですか?)と呼ばれる人達だそうだが、私あまり秋葉原には行かないので、そこに頻繁に出没する若者がどんな風采なのか今一つ分らなかった。でもこのスレの中で具体的に彼等の姿を絵(?)で描いた書き込みが登場し、それを見た瞬間、あぁ〜っ!いるいる!こんな感じの男の人達〜と、可笑しさが倍増した。
当然この本の中には美しい文学的な表現なんて1つも存在しない(笑)。でもこんな下品で露骨な言葉がこんなに爽やかな気分にさせてくれるのね〜と、ちょっと意外な感動が。たぶん電車男を支える住人達の気持ちが爽やかだったからかしら…? 大好き>おまいら
今日は「ロミジュリ」の大楽だ。もうカーテンコールも終わり、皆で打ち上げでもやっているのでしょうか…? 12月から3ヶ月…長かった。竜也くんを始め出演者の皆様、本当にお疲れ様でした。これから竜也くんは少し休暇を取ることでしょう。またちょっとの間竜也飢えの日々が始まりますな…。まぁ去年が幸せすぎたわけで…。考えてみればこれが普通なのだ。 さて、とりあえず6月までは、こちらも大人しくしてますか(笑)。
☆ドラマ☆
●「それが答えだ!」Symphonie Nr.1
「最低最悪の教師」 天才マエストロ成瀬は帝都フィルオーケストラで自分の思うままに、ある意味横暴な仕事をしていた。ある日成瀬は団員達からも信頼の厚いメンバーの1人をを自分の思う通りの演奏が出来ないという理由で団員の反対を無視してクビにしてしまう。それに不満を持った団員達は何と観客のいる公演の途中で演奏をやめボイコットしてしまう。この件で帝都フィルを追われた成瀬はある田舎町で音楽の仕事もなくぶらぶらと不本意な毎日を過ごしていた。村の人達はそんな成瀬を「山の上の怪獣」と噂していた。成瀬の別荘に食べ物を配達している村の中学校教師・池田。池田は色々と成瀬に心を砕くが、決して成瀬は心を開こうとはしなかった。
池田が勤める白八木中学校にはオーケストラ部というものがある。その顧問の教師が定年を迎えたために急遽音楽のことなど何も知らない体育教師の池田がその顧問となった。しかし殆んど廃部寸前であるそのオーケストラ部は部員達のやる気もなければ調律するピアノさえも壊れていて音が出ないという散々なものだった。
ある日ひょんなことから成瀬を楽器屋と勘違いした池田は成瀬に学校のピアノの修理を依頼する。しかし間が悪く、丁度成瀬はやっと自分の納得のいく仕事を手に入れたところでその準備に没頭しておりそれどころではなかった。にべもなく断られる池田。しかしこの仕事をするためには、例のオーケストラボイコット騒動の件で関係者の前で成瀬自身から謝罪するという条件が付けられていることを知った成瀬は怒りを爆発させる。そして残ったのは失望だった。
そこで仕方なしにピアノの修理に学校へ向う成瀬。ピアノの修理が終了し、そして彼はそのピアノを弾いてみる。その音色に心を奪われてしまった池田を始めとする教師達と生徒達。時が止まってしまったようだった。その音に引き付けられるように皆音楽室に集まって来る。しかし成瀬はピアノを弾きながら恍惚としており、魂はどこか別の所に飛んで行ってしまっている状態だった。演奏が終わりまだ浮遊しているように教室を出る成瀬に池田が背後から叫ぶ。 「この学校で音楽を教えて下さい!」 憮然と振り返る成瀬。これが何にもない田舎村と中学校に初めて音楽が訪れた瞬間だった。
池田役の萩原間聖人さんが本当にはまっている。田舎の人の良い熱い青年教師そのものだ。成瀬役の三上さんもさすがです。鼻持ちならない天才指揮者の役を今のところは不気味に演じている(笑)。指揮をしているシーンは…ちょっと恐かった…。
□1話の演也□ 竜也くんの記念すべき初台詞は、朝、成瀬の家へ自転車で配達する池田をバスに乗りながら追い越す場面。後ろ姿しか映らなかったが、すぐ竜也くんだとわかった(笑)。 「ねぇねぇ、池田だ。」これが竜也くんの初台詞でした。 バスの窓から身を乗り出して「遅刻すんなよ〜」と笑顔で池田に手を振る演也は可愛かったけど…不思議だった。
校庭でハードルの体育の授業をやっている場面。他の男子生徒達より頭半分ばかり背が高い。もちろん今よりは低いのだろうが、この頃から平均より長身!2〜3人の生徒がハードルを飛んでいるシーンがあったが演也はなし。見たかったなぁ…演也がハードル飛んでいるところ。
場面変わって池田の招集で久しぶりに音楽室に集まるオーケストラ部員達。池田は音楽のことが全くわからないため“バンドマスター”のことを“キャプテン”などと言って生徒達に笑われる。もちろん演也も一緒に笑っているのだが、この笑顔は凄く可愛いっ!ほんの一瞬映るだけだったが、目がほんわか垂れて本当に面白そうに笑っていた。 それとは反対に昼食時に気弱そうな男子生徒をパシリに向わせる時の表情は生意気そのもの(笑)。さてどちらが素に近いでしょうか…。
藤原紀香さん演じるかなりグラマーな村のパブ(?)の女店員のたみえ。そのたみえに興味深々の演也達。店へ行ってカキ氷を食べながらたみえの足やお尻に目が釘付けになっている(苦笑)。この時に「一度(たみえに)お願いしたい。(←何をお願いするのかはご想像にお任せします)」とか「レディーに聞くには余りに失礼でしょうが。」と小生意気な台詞を喋っているのだが、やはりちょっと下手!(笑)自分が普段使っていないような言い回しの台詞はまだまだなのかも…。7年の年月というのは大きいねぇ…。
***1話のつぼ*** ・絵に描いたような美しい田舎の風景とバックに流れる美しい音楽。そして大して面白くないことに反応し、本当に可笑しそうに無邪気に笑っている生徒達…。これだけでも癒されます。 ・可愛いんだけど…ちょっとヘンテコな竜也くん…。
☆雑誌☆
●「Wink-up」1997年〜5千人のなかから選びぬかれたシンデレラボーイ、Jリーガーへの夢を捨て俳優としてがんばります!!〜
写真はアップの笑顔の写真なのだが、この竜也くん、少し顔が違って見える。間違いなく竜也くんなのだが、目がいつもと違う。少し洋風顔(?)のようになってます。
内容は一問一答形式のインタビュー。その中でオーディションについての質問に対し、ちょっと胸キュンな竜也くんの答え。「あの時は本当にラッキーだったんですよ。ボクの隣の席に座った男の人が、“こうやって自己PRするといいよ”とか“声の出しかたはね…”なんて親切に教えてくれて…。“審査が終わったら一緒にご飯を食べようね”なんて言ってたのに、その人は落ちてしまって…。気が付いたときには、もういなかったんです。」勝負の世界は厳しいね…。きっとその人は劇団か何かに入っていたのでしょう。まさか、こんなな〜んも知らない男の子が合格するとは思っていなかったんだろうな…。ひょっとしたら、ちょっとした優越感に似た感情さえ持っていたのかもしれない…。 ・・・才能のというものの残酷さよ…。
●「KINDAI」1997年10月号〜ドラマの後は舞台で主役に挑戦だ!〜
これも「それは答えだ!」の撮影時の頃のもの。写真は2種類。壁に寄り掛かっている笑顔の写真。めちゃ可愛い笑顔!もう1つは、ブロックみたいな立方体の箱を両足で挟んだ格好で座っているすまし顔の写真。やはりこの頃は笑顔の方が断然いいと思う。
内容はとってもよく分らないインタビュー…(汗)。ただ演技のことになるとその感じは少し違ってくる。「セリフ覚えるのは今のところはいい。ただ、それに対する顔の表情を作るのが難しいなぁ。何回もビデオで自分の出てるところを見ながら勉強してるよ。」さらに話は「身毒丸」のロンドン公演に至り、「毎日「身毒丸」の台本を持ち歩いている。セリフは多いし昔っぽい言葉だし、大変そう。でもすごく楽しみだよ。ロンドン行けるもん。」と、ここまではよかった…。しかし最後、「1000円くらいで買えそうだから(←モッズ風のスーツのことを言っている)。ムリ?うそーッ。ロンドンって物が安くて、歩いてたら食べ物とかくれそうなイメージなんだけどなぁ」はい、とってもユニークな感性でした…。でもこの頃の竜也くんに物欲しそうな目で見つめられたら、どこかの有閑マダムだったら、何か差し上げてしまうかもね(苦笑)。
| 2005年02月18日(金) |
雑誌「お日柄もよく…(74)&(3)」 |
●(74)遭難!?
写真は上半身のものですまし顔。でもこの写真は結構好きかも。整った顔をしている。
「とにかく寒い、というか痛い!そして動けない!! というわけで、雪のスゴさを実感している『ロミジュリ』公演中の藤原竜也です。」 だそうだ。これは新潟入りした直後に書いたのだろうか…?言われてみれば終盤の「ロミジュリ」は寒い地ばかりなのね。疲れもピークに達しているだろうその身体に寒さはしみるでしょう…。 さて雪国の「ロミジュリ」公演。「雪景色っていうのはやっぱり風情があるなぁ」と簡単な服装とスニーカーで外出した竜也くん。ふざけてちょっと雪のたまっている所に入ったらズボっとはまり、そのまま動けなくなってしまった。実を申せば、私も寒さは苦手なのだが、誰の足跡もついていない綺麗な雪面にズボっと足を突っ込むのが大好きな人間でして…。それも本来ならば人が通るような道ではない所までわざわざ寄り道してそれをやるわけで(汗)。雪国の人から見れば何をくだらないことを…と思いになるかも知れませんが、こういうことをやってみたくなるものなのです…。竜也くんもたぶんこれに似た気持ちでやったのでしょう。しかしそこで動けなくなり、だんだんと耳がジンジンしてきて(笑)。ホテルと劇場の間で何度も遭難してしまったとか。そんな痛い(?)雪国の観客からは「本当に待ってた!」という感じが伝わってきた、と嬉しそうだ。「待ってくれる方がいるというのは、ありがたいことです。」 竜也くん、あなたを待っているのは雪国の人だけではないのよ〜。日本全国で大勢のファンが首を長〜くして待っているのよ〜♪
●(3)出会い
写真はこの連載用に撮りだめしたものがこの回から登場。あぐらをかいて表情は普通…。
「春は出会いの季節って言うじゃないですか。」 竜也くんのこの冒頭の一言。…そうか、春は出会いの季節なのか…。人生の約半分が過ぎ去ろうとしている自分は「春は別れの季節」と連想してしまうのだが。そっか…竜也くんにとっては出会いの季節なのねぇ。 ということで、この年の春、竜也くんには本当に素敵な出会いがあったそうだ。野村萬斎さん、大竹しのぶさん。知り合いの人に連れて行ってもらったパーティでは、ジャイアンツの高橋選手…と着々と人脈を広げている(笑)。高橋選手に会った時は「やっぱり野球は巨人ですよね」などと調子のいいことを言ったらしい。ちょっと、君は西武ファンでしょ!(笑) 竜也くんがここで話しているのだが、竜也くんは子供の頃から西武球団のファンクラブに入っていたとのこと。…そんなに好きだったのか…。 次に竜也くん、自分の憧れている人達を列挙。巨人の清原選手、長渕剛さん、甲斐よしひろさん、元ボクサーの辰吉さん。竜也くんは昔から男っぽい人が好きだそうだ。でも皮相な男っぽさだけに惑わされないでね、と言ってみる…。(←誤解されるといけませんので付け足し。ここに挙げられた人がそうだという意味ではありません) 最後に中学生の頃、部屋にポスターを貼るほど大好きだった人の名前を告白。華原朋美さん。トモちゃんのことはよく昔の雑誌でも話しに出しているので、本当に好きだったのね(笑)。 好きな人のことは何故か人に話してみたくなるものだ。
『人は何に突き動かされているのか?−世界、欲望名鑑』なる特集が雑誌に掲載されていた。食欲、物欲、出世・名誉欲、精神的向上欲、性欲。この5つの項目で各国の欲望の強さを統計して、その結果から人間の新たな一面が見えてくるかも…?とちょっと曖昧な特集だ。参加国はヨーロッパ、アジア、アメリカを含む8カ国。日本は何故か参加していない。 これを見ると各国共通で高い割合を占めているのが“物欲・金銭欲”。その他の項目はその国々でバラツキがある。恐らく日本でも統計をとったら“物欲・金銭欲”がトップに来るだろう。まぁ単純に言えば「金が欲しい!」ということだと思う。うん、確かにお金は欲しい。お金さえあれば何でも購入することができ、好きなことはし放題、他人を自分の意のままに動かすことさえ可能なことかも知れない。様々な大義を挙げ向上心凄まじく頑張っていることであっても、「はて、何のために?」と深く追求してみると、存外その奥底に札束の山が見えてきて何ともバツの悪い気持ちになることもある(苦笑)。稀に羨ましすぎて気絶しそうな大金持ちの人が「いくらお金があってもそれだけでは人間は生きていけないんですよ。心が満たされないのです。本当にそうなんですよ。」なんてことを仰っているのを聞くと、こちらは「それはあなた…一種の贅沢病じゃないの?暇なら何かおやりになったら?」と皮肉(←いやこれは負け惜しみと言うのか)を言いたくなるが、ともすればこの人達が話していることは偽ざる彼等の本音なのかも知れない。まぁ私はお金が有り余ってどうしようもない!なんて境涯に未だかつてなったことがないので、その真実のほどは分らない。恐らくこれからも一生理解出来ることはないと思う。しかしこんな台詞…一度は言ってみたいものである。
さてこのアンケートは所謂先進国と呼ばれる国々で行われたものなのでこの様な結果になったが、もっともっと人間の根源をを探究すれば、人間の欲望の一番は絶対に食欲!物欲も名誉欲も性欲も…そんなものはとりあえずお腹がある程度満たされてからのものだ。いくら大金を積んでもどうすることも出来ない本当の飢餓を経験したことのない幸福な人間達の戯言。飢えれば人間は生きたカモメを捕まえてそれを生で食したり、紙のパズルを食べてみたり、自分の小水を飲んだりして飢えをしのぐだ。その姿には金銭欲やら名誉欲なんて微塵もありゃしない。飢えから逃れようとする本能の次元から見れば、人間も所詮イヌやネコと同じだと思う。 だから生きていくのに最低限必要な食事が出来る生活に満足するべきだ。欲など捨ててしまえば、今抱えている悩みは10分の1に減ることだろう。欲を持たなければ人間はどんなに楽で穏やかな幸福を得ることが出来るだろうか。きっと争いも起きなくなるのではないか。…と悟りを得たようなフリをして、皆が欲を捨ててしまえば金儲けも簡単だろうなぁ…♪ などと邪まな計算が頭をよぎる…。アラ、嫌だわ。本当に煩悩の塊ね、私ってば
☆雑誌☆
●「明星」1997年12月号〜この少年”自然農法”サイズL〜
写真が2種類。一つはアップの笑顔の写真。紺色のトレーナーを着ていて若いと言うよりはまだ子供と言った方がすっきりとくるかもしれない。顔の骨格が出来上がっていない感じで、今より少しスッキリしてるかな…。もう一つは川の中で立っている写真。表情は口を大きく開けて笑っているが、カメラは見ていない。何を見て笑っているのかは、不明。川の水面がちょうど足の膝の高さまできているため、ズボンを股の近くまで上げている。片足を大きな岩の上に乗っけているのだが、そのすね毛ひとつ生えていないおみ足の綺麗なこと!まだ男性特有のゴツゴツした感じがなく、柔らかいラインだ。特に太ももはツボですねぇ〜(笑)
内容は初っ端から秩父自慢。記者が初めて竜也くんに会った時、こう言われたと言う。「絶対来て下さい。自然いっぱいで最高の町だから。」自分の生まれ故郷を素直に愛する気持ちは好感が持てる。 放課後サッカーで泥まみれになる日々を過ごしたこと、真っ赤な夕焼けを見た後顔を洗った水道の水が冷たかったこと、友達と帰り道、駄菓子屋で買い食いしたこと…など小学生の頃の思い出を話している。 この写真が撮影された川が、竜也くんの知っているとっておきの場所だそうで、確かに写真で見る限り、自然いっぱいという感じだ。仕事で東京に泊る日が増えたため、都会の生活を知り、こんな一言。「僕、東京の水道の水が飲めないんです。頑張って顔を洗えるようになったけど、水に何か入っているんですか?」この顔でこんなこと言われたら、何となく切なくなる…。バカだねぇ…(←私のことよん)
●「Duet」1997年9月号〜サッカー、カラオケ、ファミレス…。1/6000の幸運をGETしたのは、放課後の達人!〜
写真は白黒の上半身、サッカーボールを片手に持っている笑顔の写真なのだが、少しピンボケた感じがするのは…これも写真の加工技術の一つなんでしょうか…?
まだ「身毒丸」ロンドン公演前のもの。池袋でスカウトされた話から始まる。「お母さんに相談したら、”頑張ってみたら?”ってあっさり言われちゃって…。まさか、すぐ舞台に出られるとは思っていなかったんでしょうね。」竜也くんのお母さんは、自分の子供をタレント養成所に通わせているような芸能ママとは違う。まさか自分の息子が、こんなに才能があるなんて、それこそ夢にも思っていなかったのでしょう(笑)。
「それが答えだ!」が放映されている頃の記事のようで、台本は何度も読んで覚える、教科書よりは楽しいとのこと。得意のサッカーは小3から続けていて、地元のスポーツ少年団のサッカーの試合を見に行ったのがきっかけで始めた。あら、そうだったの・・と改めて知った。 部活を休み制服のままカラオケに行ったり、ファミレスで何時間も話したりと、放課後の達人ぶりを披露した後、「前回、武田真治さんが演じた”身毒丸”を基本に自分らしいキャラクターを出したいんです。」とびしっと決めた。 この記事の最後は「ニッポンのお茶の間はもちろん、ロンドンっ子を沸かせる日もそう遠くはなさそう。」という言葉で終わっているが、本当にそうなった。でもこの記事を書いた人、その時点では、ほんのリップサービスだったんだろうな…(笑)
『〜黎明〜 2002年3月31日。 俳優・藤原竜也のデビュー作「身毒丸・ファイナル」の千秋楽を迎えた。 カーテンコール、涙を流し、会場を埋め尽くした観客に彼は深深と頭を下げる。 この時彼は19歳。 デビュー当時の何も知らなかった少年の涙も苦悩も知っている共演者達に見守られ、この日竜也くんは“身毒丸の子”を卒業した。 これから竜也くんの俳優人生のセカンドステージが始まると思った。その時は…
その後「エレファントマン」「オイル」と師匠・蜷川さんの手もとを離れた舞台が二本続いた。 「エレファントマン」では、自ら全てを考え自由に演技をすることを要求され、生みの苦しみを味わったかも知れない。 「オイル」では、人を笑わせることの難しさを知ったかもしれない。
そして約一年半ぶりに彼は蜷川さんのもとに帰ってきた。 演目はシェイクスピアの「ハムレット」。 役者と名の付く者なら恐らく誰もが挑戦したい役であろう。 若干21歳。 若いハムレットは、善意の期待と悪意の期待を一身に受け、一人で戦っていたように思う。
2003年12月14日。 「ハムレット」の千秋楽。 カーテンコールに立つ彼は、鼻こそ赤くしていたものの涙を必死に堪えていた。 母達を始めとする共演者達に夢中でついて行った「身毒丸」とは違い、竜也くんが共演者を引っ張って行った「ハムレット」なのだ。 頂点に立とうとする者の長い孤独な道のりを彼がようやく歩き出したように見えた。 それまでの六年間はそのスタートラインに立つための淘汰であったようだ。 決して万人が手にすることの出来ない、選ばれた者だけに神様から渡される“割符”…。彼はその片側をしっかりと手に握っている。 ブルーと銀色のむせるような大量の紙吹雪が、俳優・藤原竜也の第一歩を祝福しているようだった。
********************** 「黎明前」は「ハムレット」以前の竜也くんのことを書いたもの。私自身もまだファンになっていなかった頃もあり、この機会にちょっとじっくり観賞してみたくなったのだ。』
これは以前のHPで書いていた「黎明前」というシリーズの能書きだ(笑)。このシリーズは結構前の日記の中でも評判が良かったものだ。以前は殆んど毎日日記を書いていたので(あの頃私は若かった…)ネタ切れに困らぬようシリーズものを作った。それが「黎明前」だ。最初の内は、何もなければなかなか見ようとしない竜也くんの昔のドラマやテレビ番組など観賞するいい動機付けになるかもなぁ…と深い考えもなく衝動的に書き始めたのだが、次第にそれは私の壮大なるロマンへと変わっていったのだ(笑)。まぁロマンなどというのは、究極の自己満足の異名であると思うが、それでもこれを完成させたら、無名な一竜也ファンの偉業!?…にはならないか…(苦笑)。 日記を移転してしまった時、まっさらにして1から新しいものを作り上げたいと思った。だからこのシリーズの名前を変えようと考えていたが、それも面倒なのでこのシリーズの名前はこのまま残しておくことにした。前のHPから引き続き読んでくれている方も何人かいらっしゃるようですが、最初のうちは以前の日記のコピーです(汗)。徐々に新しいものも出てきますのでお許しを…。
| 2005年02月10日(木) |
雑誌「POTATO」3月号〜voice from west〜 |
全体的に紫と黒を基調としたシブイ感じ。モノクロの小さな写真とカラーの大きな写真が載っている。私の一番好きなものはモノクロ写真の真中の1枚かな。ちょうど竜也くんが座っているソファーの半分に一人分の空間があり、ここに自分が座っている姿を妄想してみると楽しいでしょう(笑)。カラーの全身写真もお洒落だ。白いハーフコート(と言うのでしょうか)もお似合いだ。
さてこれは大阪公演中に取材したものらしい。東京、名古屋、大阪と「ロミジュリ」の公演をちょっとだけ振り返っている。「東京公演では芝居自体がどんどん変わってきたって手応えがあったんですよ。」 はて、この手応えとは観客の反応のことを指しているのか、それとも自分の芝居の感触のことを話しているのか…この言葉だけでは判断することは出来ないが、確かに竜也くんもその他の出演者達の芝居にも変化があった。「今回は役が役だし、芝居自体を楽しめていると思います。」 まぁたまには楽しんで演れる作品があってもいいよね。その方が消耗が激しくないし(笑)。 またその土地土地で観客のリアクションが違うことも改めて実感したとか。竜也くん曰く。東京→芝居を見るのに慣れている感じ、名古屋→一緒に芝居を楽しんでくれている、大阪→泣いて笑ってと感情表現がもすごく豊か。うん、やはり地方の人達の方が暖かいと思う。風土が違うのだから反応も違ってあたりまえ。いくら狭いと言っても、日本全国観客の反応が金太郎飴だったら…それは恐いよ…。 長かった「ロミジュリ」の公演も今月の末には終了するのだが、舞台が終わったら何をしたいかという質問に、「やっぱり、のんびりしたいですね。ゆっくりと旅行もしたいです。秘湯とかいいですねぇ。さびれた温泉宿とか泊ってね。もし行けるとした、携帯置いたまま行っちゃいます!(笑)」と妄想(?)を膨らませている竜也くんだった。
| 2005年02月08日(火) |
電車の中はストレスがいっぱい! |
ストレスを身体に溜めることは健康に良くないなんてことは重々知っているが、ストレスを感じない人間なんてこの世にいるのだろうか?痴呆症の老人でさえストレスはあると思うぞ。職場、学校、家庭…とまぁストレスを受ける場所は沢山あるのだが、電車の中もその1つ。 ちょっと前までケ○○ッキーのCMでサラリーマンが電車(バスだったかな?)の椅子に座っている。彼の前には母娘が立っているのだ。そしてその娘が聞こえよがしに母親に一言。「ねぇママ〜すわりたい〜」 恐らくその言葉を聞きムカ腹を立てたサラリーマンは本音は「ガキは立ってろ!」とでも言いたい心境であろうが、そこは大人。そのCM会社のフライドチキンを頭に浮かべその不快感を紛らわす…。あぁ〜この彼の気持ちわかるわ〜。そうそう、こんな子供は現実に存在するのだ。私も遭遇したことがある。まぁ私も知らん振りをして座り続けていたが(笑)。 他にも子供絡みで腹の立つことはある。乳児が殺されそうな勢いで泣き出すのは、まぁ我慢しよう。これはもういくら母親があやしてもどうにもならない時もある。それに何てったって言葉が通じないのだからどうしようもない。私が一番腹が立つのは、子供が椅子の上に膝を立てて座り、こちらの足を向け窓の外を眺めているという状況だ。いや、ちゃんと靴を脱いでくれているのなら不快でも何でもない。むしろ微笑ましい光景だろう。しかし靴を履いたままそれをやられると電車の椅子は汚れるわ、混雑している時などこちらの洋服は汚れるわで、許されるものなら上から頭を小突きたくなる。そしてその子供以上に腹が立つのはその子供の親だ。全然注意をしない親がいるのだ(怒)。自分の子供の靴が他人の服を汚し、汚された人がそれを叩いて汚れを落としているのに何も言わない…。親が一言注意すれば子供は素直に靴を脱ぐと思うのだが、あれは何なのだろうか?知人がやはり同じような状況下で、余りにも腹に据えかねたので親に一言言ったそうだ。そうしたら何とその母親、「この怖い男の人に怒られるから靴を脱ぎなさい!」と子供に言ったとか。これではその子供は自分が他人に迷惑をかけていることが分らない。その母親は知っているのだろうか…。ちゃんと自分の子供を躾なかった報いは誰が受けるのか…。他でもない、その子自身なのだということを。
さて何も子供だけではない。おばちゃんにも腹が立つことがある。会社帰りの電車の中で珍しく座れた時のこと。途中で50代位のおばちゃんが二人乗って来て座っている私の前に立ち、「今日は疲れたね〜。足が痛いね〜。」と話していた。両手は買い物をした荷物でいっぱいだ。「ふん、遊んできて疲れたも何もないだろ。絶対に譲らないからね」と聞えぬふりをして座っていた。その内に彼女達は「若いのにねー。少し立てばいいのにねー。」と嫌味とも取れる言葉を吐いていた。もうこうなったら意地だ!それだけ喋れる元気があれば大丈夫だろうとそのまま座り続けてやろうと決心した。私の隣には若いサラリーマンが座っている…。彼が根負けして途中で立ち上がってしまうのではないかと心配したが、彼も頑張って座っている(笑)。だんだん私の降りる駅が近づいて来たがどうしてもこのおばちゃん達に座らせたくなかった(汗)。負けるもんかーっ!と…私は自分の降りる駅を通り越し、おばちゃん達が降りるまで乗り越した…。彼女達が降りた次の駅で自分も降りて引き返してきたわけだが、私はこれを意味のないことをやったとは思っていない。なぜならあそこで席を譲ってしまったら彼女達は味を占め、また何処かで同じようなことをするに決まってると思ったからだ(笑)。 隣の戦友(?)の彼はまだ電車の中で座っていた。はて彼の降りる駅は本当にもっと先だったのだろうか…?(笑)
| 2005年02月06日(日) |
私の竜也物語・最終回〜to be continued...〜 |
もうお分かりのように、私はこれまでにさんざんと竜也くんには振り回された形となったが、それでもやはり誰かのファンになり、その人を追っかけている(?)生活は楽しい。こんなにハマッタ芸能人は生まれて初めてであったので、同時にこういうことは非常に頑強なる体力と精神力が必要であることも身をもって知った。(笑) 竜也くんのファンになって良かったと思うこと。まず第一に、竜也くんを通して今までに未知であったいい作品を知るようになった。私はネタバレを嫌う方ではないので、「竜也くんが次に演る!」と決まった時点で原作を先に読んでしまう。「BR」(←これは映画公開の後に読んだ)「さぶ」などは、原作の小説が素晴らしく(やはり原作の登場人物の心の機微を映像で表現するには限界がある)、竜也くんのファンになっていなければ知らずに終わっていただろう。まぁ山本周五郎の世界は読む機会があっただろうが、「BR」は絶対に手にすることはなかっただろう。断言できる!竜也くんのおかげで自分の世界が広がった。 第二に日本語の美しさを知った。日本人であるのにお恥ずかしいことだが、学生時代にどんなに先生が日本語の美しさを説いても、私はそれに感銘することはなかった。しかし竜也くんの舞台を観るようになってから、彼の声を通して聞く日本語は、柔らかく心地良く・・私の耳に入って来る。彼の舞台が古典が多いのもその要因の一つだろう。しかしあれだけ若い彼が、使い慣れない難しい日本語をあんなに美しく滑らかに発することが出来るのは、やはり彼の才能であると思う。本当に日本語は奥が深いものである。改めて私は日本人であることに誇りを持つことが出来た。人生の先輩方がいくら説いても聞き入れることが出来なかったことを、歳若の彼があっさりと私に教えてくれた…。 最後に、竜也くんのファンになって…私はつまらないプライドを捨てることが出来た。プライドなどと言えばカッコがいいが、もっと厳密に言えば、それはくだらない見栄である。私は今までに、付き合っている人の写真を持ち歩いたり、友人に紹介したり、その人と自分が共有する時間のことを話したり…こういうことは世間の女性のそれに比べれば格段に少なかったと思う。 二人のツーショット写真など、絶対に見せたくなかった。自分が男性に夢中になっているのを知られるのが何となく嫌だったのだ。しかし今は違う!最初の頃こそ恥ずかしくて話せなかったが、今では竜也くんのことを喋る!喋る!相手が引いていても喋る!残念ながら現在のところは竜也くんとのツーショット写真は持っていないのだが、もしこれからそんな機会があったら、私は絶対にそれを毎日持ち歩くだろう。そして相手が「もう結構!」と言っても鼻の下を伸ばしながら見せまくるだろう。もう見栄などないのだ。正に「笑いたかったら、どうぞ笑って〜♪」と言う心境なのだ。年齢を重ねたせいもあるかも知れない…。しかしそのきっかけを作ってくれたのは、間違いなく竜也くんなのだ(笑)。
私の竜也熱は今はまだ右上がり状態である。これからも竜也くんが俳優を続ける限り、ずっと竜也くんを応援し続けるつもりである。90になったとしても、たとえ杖を突いてでも渋谷のあの雑踏を歩き、コクーンに通い続けるつもりだと、今は本当にそう思っている。しかし、人間の気持ちは変わる…。これも事実である。仮にファンを続けていても、このテンションを20年も30年も保ち続けていくのは、これはやはり無理な話である(苦笑)。いつまで続くのか分らない…。それでも竜也くんが俳優として情熱を注いでいる限り、体力と気力を振り絞って追いかけて行こう。 さて、竜也くんはこれからどんな世界を私に教えてくれるのだろうか…?一方通行甚だしいが、しかしこれも恋は恋なのである(笑)。
| 2005年02月04日(金) |
雑誌「お日柄もよく…(73)&(2)」 |
●(73)ロミオの食生活
写真はこれ、以前にも載っていたような気がするのだが…。手抜きなのか、そろそろ在庫が切れてきたのか…。
前回の続きとも言うべきか、今度はロミオの食生活について。地方公演の時は美味しいものを食べられていいですねぇ、と人から言われるそうだが、それは大きな誤解とのこと。本人も話しているが、地方の名産を食することはごくたま〜にだろう。毎夜毎夜外食に繰り出すわけにはいかないようね(苦笑)。これは別に芸能人に限ったことではなく、普通のサラリーマンの長期出張の際も同じである。よってロミオの食事は大抵はルームサービス(←これもいい加減飽きるだろうなぁ…)。「朝食も、ボクは時間ギリギリまで寝ていないと体力を保てないタイプなので、やっぱりルームサービス。」…朝寝坊の人は大抵こんなことを言うのです…。 さて東京公演中は?と言うとやはり侘しい(?)食生活だそうで。「ロマンチックで素晴らしい役をやらせてもらい、拍手もたくさんいただいているのに、帰りは侘しくひとりで豚丼」 しかし芸能人は夢を売るのも1つの仕事。竜也くんもそれはわかっているらしく「…(前略)…夢を壊さないようにする責任てものがあるわけですよ!だから皆さん、もしラーメン屋か牛丼屋でボクを見かけたら、そっとしておいてください。」 はい、わかりました。でも心の中ではそっと声援をおくって欲しいそうだ。
●(2)健康
写真は上半身のものが大きく載っており、可愛い笑顔の写真。「お日柄…」の写真の中では私の中のベスト5に入るかも。ほんの2〜3年前なのにやたら若い感じがするな。きっと中身が急成長してしまったからでしょう。
内容は健康について。「こう見えてもボクって、実は健康オタクなんですよ。」と、水を一日3�醗�んでいるとか、靴にはいつも足の裏のツボを刺激するシートを貼っているとか、自分の健康法を披露。しかしこれ…今でも続けているのでしょうか…? そして話は食生活のことへ。子供の頃は偏食が激しく食べられないものが沢山あったそうだ。それが「ウナギは病院の味がするからおいしくないとか、ふりかけは金魚の味がするからダメ…とか思ってて。」…って何を仰っているのでしょうか…(汗)。 訳の分らない嫌いな食べ物の中で特に納豆がダメだったようだ。「家では日曜日の食事には必ず納豆が出たんですけど、それがイヤでねぇ。」 竜也くん!これはわかるよ!実は私も納豆が大の苦手で、まぁ納豆の苦手な人はあの匂いがダメな人が多いのだ。だから私も家族が納豆を食べている時は非常に辛いものがある…。そこでまだ幼稚園児だった当時の竜也くんは行動に移した。日曜の朝、家族が起きる前にこっそり早起きをして冷蔵庫の中の納豆を窓から捨てていたと言うのだ。後でお母さんが不思議がっていても知らん顔していたとか(笑)。今まで秘密にしていたらしいが、これを読んだらバレちゃいますねと、今更「お母さん。ごめんなさい!」と謝っていた。
| 2005年02月02日(水) |
私の竜也物語(8)〜初めての握手…こんなはずじゃぁ…〜 |
勇気を振り絞って(?)入会したファンクラブの恩恵を受ける時がやってきた。Daのイベント、握手会だ。2002年12月のことである。その時の握手会は抽選だった。当選した人のみが竜也くんをお触り出来るのだ!往復はがきの返信が届くのをドキドキしながら待っていたが、運良く当たった。「やったー!」と喜んだのも確かだが、何やら気持ち悪くなったのも確かだ(苦笑)。
当日私は会場へ出かけた。渋谷の何かしら怪しげな通りに面した場所だった。(笑)会場に続く階段は薄暗く、とても竜也くんのイメージには結び付かなかったが会場の中は小奇麗だった。一番奥に竜也くんが立っている。グレーのセーターとジーンズというラフなスタイルで、にこやかにファンの人達と談笑していた。 握手をするまでかなり長い列を作って並ぶのだが、それが階段(上り)→踊り場みたいな所(かなり面積がある)→階段(下り)と続くのだ。並んでいる間、殆んどの場所からは竜也くんを見ることが出来た。踊り場にいる時は竜也くんを上から見るかたちになるのだが、踊り場の桟から乗り出し嬉しそうに竜也くんを見ている私の姿は、さながら欄干に掴まっている猿といった具合だっただろう…。
並んでいるうちは幸福だった。竜也くんを間近でずっと見ていられるのだから。まだこの時点では第三者の気分であり、自分が竜也くんを握手をするという実感がなかったのだ。徐々に自分の番が近づいてくる…。そのうちに未体験の距離までに竜也くんが近づいてきた。ここら辺からだ、何やら怪しくなってきたのは…。兎に角憧れている竜也くんに触れるということはもちろん、それ以上に、竜也くんに自分を見られるということさえ私には経験がない。心臓が脈打っている…。体までが脈に合せて上下に動いているのではないかと心配になるぐらいに、血液が忙しげに騒いでいた。 情けないことに私は怖くなってしまったのだ…。何でこんな所まで来てしまったのかと後悔の念さえ沸いてきてしまった…。「ええぃっ!こうなったらまな板の上の鯉よ!」と覚悟の出来ないまま前の人が終わってしまった…。「お願い!!ちょっと待って〜!」と心の叫びも虚しく私は竜也くんの前に立つことになったのだ。
竜也くん 「こんにちは!」 私 「こんにちは…」 蚊の鳴くような声を出してしまった…。その自分の声に更に動揺する。 竜也くん 「どこから来たんですか?」 ・・・・・・・・・・・・ 私が覚えているのはここまでだ。なぜなら、私はもう既に高く高く飛翔してしまっていた…。ただ竜也くんの長く濃い睫毛と蕩けそうな笑顔が無声映画のように私の目に映し出されていた。(←これはもうファンの本能みたいなものだろう。どんな状況下においても顔だけは刻み込もうとするのだ。) トントン…とスタッフの女性が私の肩をたたいた。ある程度の時間が経つと「もう終わりですよ。」という合図なのだ。「あっ…そうですか…」私はその場を離れた。一体私はちゃんと竜也くんに別れの挨拶をしたのだろうか…?それさえ定かではない。会場を後にする時気がついたのだが、私は緊張のあまりどうも左手で握手をしていたらしい…(苦笑)
こんな経験は生まれて初めてであった。何せ何も覚えていないのだから。相手に興味がなくて何を話したのか覚えていない時はあった。酔っ払っていて何だかよく覚えていないことも間間あった。しかし、緊張して覚えていないとは! 知人には誰にも見られたくない自分の姿であった。親はあまりの情けなさに涙するだろう…。友人達はあまりの滑稽さに、事あることに関して酒の肴にするであろう…。結局私は竜也くんの前で自分を表現することは出来ず、自分の気の弱さだけが露呈したかたちになった。猫をかぶるつもりは決してなかったのだが、結果的に猫をかぶったことになってしまった…。さぞかし大人しい女に見えたことだろう…(苦笑)
私は一体どのツラ引っさげて竜也くんの前に立っていたのだろうか…?この握手会の後、暫くはこんなことはもうやめよう、体がもたん!と思っていたが、年が明ける頃にはまた挑戦(?)してみたくなった。次は背水の陣で臨む覚悟でいるが、未だにそのチャンスはやって来ない。余りに時間が経ってしまって、あれは果たして現実のものだったのか?と分らなくなってくる。この握手会のことを思い出そうとすると、「これは夢かや、うつつ〜か〜やぁ〜♪」 あの「身毒丸」のおじさんの歌声が私の頭の中をこだまするのだ…。
まぁこの年になって、握手と僅かばかりの会話をするだけで、こんなにも緊張感の持てる男性がいるということは、ある意味幸福な人生ではないかと・・思うことにしている(苦笑)。
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