月に舞う桜

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2019年11月28日(木) 憩室炎、再び

実は先週、憩室炎になった。
去年の夏ぶり、人生二度目の憩室炎。
と言っても、きちんと検査したわけではなく、医者に症状を話したら「たぶん憩室炎でしょう」と。

最初は生理痛だと思ったのだけど、バファリンがまったく効かず、腹痛はひどくなるばかりだった。
そのうち、のたうち回るほどの激しい痛みになり、これは生理痛じゃないなと病院へ。

抗生物質と痛み止めを処方してもらい、無事に痛みが治まった……

……のはいいんだけど、

夜、抗生物質と痛み止め服用
↓
軽く目眩がして、体がものすごくだるい
↓
眠いのに、脳のどこかが覚醒しているらしく、眠れない
↓
朝、薬が抜けて体がクリアに
↓
と思ったのも束の間、痛み止め服用
↓
眠くてしかたない
↓
夕方、薬が抜けて、ようやくしゃきっとする
↓
せっかくしゃきっとしたのに、夕食後に抗生物質と痛み止め服用
↓
目眩と、だるさ

これの繰り返しだった。
いまは服用期間が終わり、完全に薬が抜けて体も脳もクリアです。良かった!

憩室炎、医者によると特に予防法はないらしい。
あの痛みは、もう経験したくないなあ。


2019年11月22日(金) Toshl『IM A SINGER VOL.2』配信スタート!

Toshlのカバーアルバム第2弾『IM A SINGER VOL.2』が本日配信スタート!
(CDは12/4発売)

どれを聴いても損はさせない珠玉の一枚。
中でも『ボヘミアン・ラプソディ』は必聴です。
何人ものコーラス隊を使っているかのような多重コーラスは、すべてToshlひとりの歌声で構成されています。
そして、この曲でToshl史上、最高音を記録!!

あと、個人的には、自分の生まれ年に発売された『乾杯』をToshlが歌っているのが感無量。

ファンとしては口あんぐりしちゃうくらい素晴らしいアルバムに仕上がっているので、感動とか語彙力なくすとか圧巻とか通り越して、聴いてて疲れる(笑)。

◆iTunesでのアルバム購入はこちらから↓
https://music.apple.com/jp/album/im-a-singer-vol-2/1486707344?fbclid=IwAR3CxXbo2oBqDumOifso7t91oZpDLLp-NhGJY4XK15X3py3r9XnjN-jTbyo


2019年11月18日(月) 「安楽死の権利を持てば、生きやすくなる」(幡野広志さんインタビュー)

2017年に多発性骨髄腫を発病して余命宣告を受け、スイスで安楽死の権利を得ている写真家・幡野広志さんのロングインタビュー全5回。
どの回も内容が濃くて読み応えがあるのだが、共感するところが特に多かったのが第3回だ。

「安楽死の権利を持てば、生きやすくなる」

死は取り返しの付かない事態ではあるけれど、ある種の救いでもあり、人生最大の逃げ道でもある。
いざとなれば自分の意思で生を終わらせることができる安心感は、希望だ。
ままならない生を続けていくには、逃げ道も救いも、希望も必要だ。

安楽死とは少し違う話になるが、私は中学時代、何かのきっかけで「そうか、いざとなったら死ねばいいんだ!」と気づいた。
それは、大きな発見だった。よく漫画にありがちな「電球がピカーン」のような、濃い霧の中に強い一筋の光が差すような、そんな感覚だった。
私はその大きな発見のおかげで、「助かった。これで生きていける」と思った。
(もっとも、もっと成長すると、私の身体機能で死ぬのはなかなか容易でないと気づいてしまい、絶望する羽目になるのだが)

人はみな、いつか死ぬ。それまで待てないなら、いざとなったら死ねばいい。
終わりは必ずある。だから、いまを生きていける。

「安楽死って、みんなちょっと誤解している。安楽死は、死ぬための最後の手段と思われているのですが、そうではなくて、安楽死の権利を持つことで生きている間の不安が解消されるんです。むしろそっちの方が効果としては、はるかに大きい。
これで、いつでも苦しまずに死ねるという安心感はすごく大きい。だからいまつらくても頑張ることができる。」

「難病の人や障害者の方が安楽死の同調圧力で死なされてしまうのではないかと反論された場合、安楽死を急進的に進めようとする人たちから、「じゃあそういう人に安楽死を認めなければいい」という再反論を生むでしょう。反論が簡単なんです。
この同調圧力に僕が疑問を感じるのは、障害者であれ精神疾患の人であれ、本当にその人たちが死を求めたときに、今度は生きることの同調圧力で苦しめられるということなんです。」

「安楽死の権利はみんなあった方がいいと思います。その権利を持つと、本当に生きやすくなるんです。「安楽死の権利を持ったから、明日死ぬわ」ではないんですよ。「安楽死の権利を持ったから、まだ頑張れる」という安心なんですよ。」

(すべて第3回より引用)


◆(1)「死を目の前にして、苦しんで死にたくないと思った」
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hatano-2019-1

◆(2)鎮静は悪くない でもそれまでの苦痛に耐えられない
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hatano-2019-2

◆(3)誰のための、何のための安楽死? 反論や批判にどう答えるか
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hatano-2019-3

◆(4)「医者たちを焦らせたい」 安楽死なんてしなくてもいい社会に
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hatano-2019-4

◆(5)生きることも死ぬことも悪いことではない
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hatano-2019-5


2019年11月16日(土) 横浜のカジノ阻止に向けて横浜市民も、市民以外のかたも

横浜市民以外の方々が横浜市に対しカジノ誘致をやめるよう求める署名です。
横浜市民以外で「日本に、我が町の周辺にカジノは要らない!」と思うかたは、ご協力をよろしくお願いいたします。
署名の趣旨および署名用紙のデータは、滝本太郎弁護士のブログをどうぞ↓

https://sky.ap.teacup.com/takitaro/2633.html

署名済みの用紙は直接横浜市役所へ送るか、滝本弁護士の事務所に送ればまとめて市役所に持参してくれるそうです。

ちなみに��
横浜市民で、カジノ誘致をやめさせるために林市長をリコールしたいかたは、こちらをどうぞ↓
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSc3D-a4DmUz400cTgUrTrn4vxJsViSnNmFOpbIAGIUuRwYLRA/viewform

ちなみに��
横浜市民で、カジノ誘致の是非を問う住民投票を実施するべく住民投票条例の制定を求めるかたは、こちらをどうぞ↓
https://no-casino.yokohama/

ちなみに��
市長リコールと住民投票条例制定の請求は別物です。
それぞれの特徴(メリット、デメリットなど)については、こちらのブログをどうぞ↓
https://note.com/jun21101016/n/ne1c82ca2962f


2019年11月10日(日) いま読むにふさわしい記事

まさしく今、この機会に読むにふさわしい記事。


◆即位の礼パレード見ないと「非国民」? 小林節さんと真面目に天皇制を考える(2019.11.08 毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20191108/k00/00m/010/141000c

デジタル毎日は、最初の1ヶ月は100円なので、ぜひ!

「大学で憲法シンポジウムを開こうとすると、「大学ですよ、ここは。政治的な集会は政治的に中立でないからだめ」と大学からクレームをつけられるようになりました。憲法学者が政治について話せないのでは、仕事になりません。戦争法(2015年に成立した安全保障関連法)に反対し始めると、さらにひどくなりました。」

「11月10日に川崎市の学校で憲法に関する講演会やろうとしたら、教育委員会からクレームがつきました。提出したレジュメが「特定の政党、政治家を批判している」というのです。他の自治体でも、使わせてやるけど協賛はやめます、というのが常態化しています。」

この事態は本当に異常。

保守を自称するコバセツ(小林節さんのあだ名)。
選挙で「いま一番の保守は共産党ですよ」と言って共産党の応援演説したときも思ったけど、コバセツがこんなにまともな人だとは知らなかった。
まあ、憲法学者ならこれが当たり前……と言うか、きちんと教育が機能していれば、一般人でも、この記事内容は共通理解であってしかるべきだと思うのだけど、わざわざこういうことを言わないといけないのがなあ。

それにしても、

「イギリス王室は、王室グッズの販売や領地の貸し出しで稼いだ資金で宮殿の維持費や王室で働く人の給与などの経費の多くを賄う。」

は知らなかった。


2019年11月09日(土) 【本】『相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム』

立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム』

立岩先生の論考を目当てに読んだが、最も共感したのは杉田氏の↓の言葉だった。

「生存という事実には、そもそも意味も無意味もない」
「障害者だろうが健常者だろうが、人間の生には平等に意味がない」

この引用だけだと身も蓋もないことを言っている本と思われるかもしれないけど、そんなことはなく、むしろこの言葉は本全体の中で(杉田氏の章の中でも)特異な部分。
でも重要なところだと思う。
生きていることはただの事実。そこに無理に意味や価値を見出さなくたって、探さなくたっていいじゃないか。
本人がそうしたいなら、自分の生に意味を見出して生きればいい。
ただ、生の意味を過剰に追求すると、「自分なんか(もしくは、あいつらなんか)生きている意味がない」という結論もあり得てしまう。
生存はただの事実だから、「自分なんか(もしくは、あいつらなんか)生きている意味がない」と突き詰めてしまうことこそ無意味だ。だって元々意味なんてないのだから。
これは、「生には意味がないなら、みんなで死んじゃえばいい」ということではない。
意味があるから生きているわけじゃない。意味とか無意味とかの以前に、私たちは生存してしまっている。生は、ここにある。だから、開き直って生きるしかない。

この本は、相模原障害者殺傷事件を深く掘り下げるというより、優生思想や障害者殺しの歴史、この事件が社会でどう受け止められ、その受け止められ方の根底にあるものは何なのかが語られている。
私としては、犯人が犯行の5ヶ月前に犯行予告と思われる衆議院議長宛の手紙を届けていたのだから、どうにか事件を防ぐことはできなかったのかがとても気になる。その点を誰かに追及してほしいし、追及したものが読みたい。

また、「自傷・他害のおそれ」による措置入院について、自傷と他害を一括りに語るべきではないという立岩先生の意見には賛成なのだが、「他害のおそれに関して精神医療は介入すべきではない」との論拠はよく分からなかった。
あと、立岩先生が優生思想と安楽死思想を、それこそ一括りにしているのが乱暴すぎるとも感じた。
立岩先生の思想には共感するところが多いのだけれど、安楽死についての考えは私とは一貫して相容れない。


2019年11月08日(金) 依存と淋しさ

作家の田口ランディさんが、田代まさし氏と一緒に依存症関連のイベントに出演したときのことをブログとFacebookに書いている。
(ランディさんの父親は、アルコール依存症だったそうだ)

・ブログ
https://runday.exblog.jp/30561877/

・Facebook
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=561341268004088&id=100023846584201

この中で、ランディさんは「依存症というのはものすごく淋しい人の病気だ」と述べている。

「田代さんの淋しさは、隣にいてもしんしんと伝わってきた
その切羽詰まった感じも……。」

とも。

以前、Toshlが淋しさについて語っていたことがある。それは、「いま淋しい」ということではなくて、淋しい気持ちがなくなったことについて。
あぁ、そうか、この人はきっと、笑っていても、歌っていても、心のどこかがずっと淋しい時期があったんだな……と、切なくなった。

それまで、私は「淋しさ」というものについてあまり考えてこなかった。
淋しさを感じなくて済む人生を送ってきたからではなく、「淋しい」はとてもやりきれなくなる感情だということを分かっているから、考えることを忌避してきたのだと思う。

身近なのは、「淋しさ」よりも「孤独」だった。
両者は似ているようでいて、私の中では明確に異なる。
「孤独」なら、よく知っている。
自分が自分であるということは、とても孤独なことだ。
それは、ときにつらいことでもあるけれど、生きていることの根源でもある。「孤独」は、特別なことではない。
それに、悪いことばかりでもない。孤独に意識を向けることで、自分の生がはっきりとした輪郭を持って浮かび上がってくるような、自分の存在が際立つような感覚もある。

でも、「淋しさ」は違う。
淋しいと、心が折れそうになるし、暗闇に引きずり込まれそうになる。
だから、淋しいという感情に焦点を当てることは危険だ、と私は無意識に感じ取っていたのかもしれない。

Toshlが「淋しい気持ちがなくなった」と言うのを聴いたあと、しばらく「淋しい」という言葉が頭から離れなかった。
それで、ふと、私はもしかすると孤独なのではなくて、本当は淋しいのかもしれないと思った。
それは、かなしいことだった。淋しさに縛られて、どこにも行けなくなるような、感じ。

淋しさを自覚することは、とてもつらいことだ。
だから、その先に何らかの依存が起きて、そこから抜けられなくなってしまうことは、分かる気がする。誰かだったり、薬物だったり、アルコールだったり、セックスだったり、別の何らかの行動だったり。

ランディさんの文章がとても良いので、ぜひ読んでみてください。
一緒に出演したイベントで、田代氏は、お客さんを笑わせようとネタ提供に必死だったそうだ。
自分の存在意義みたいなところについて、認知行動療法的な治療がうまくいっていなかったのかなあ。

みんな、淋しくないといいのに。
でも、ランディさんがイベントで言った「依存症の家族に巻き込まれないで自分の人生を生きることだ、巻き込まれたらいかん、距離を持つのも大事だ」も、たぶんその通りなんだろう。


桜井弓月 |Twitter|Facebook


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