『自然が僕に語りかけた事』修学旅行で僕が感動した事は、それは有名な観光地や資料館などではなく
バスでの移動中に窓の外に移る素朴な自然の風景だった。
都会では決して目にする事のない膨大な山並みや昔ながらの木造の民家
それらは何十年前ならどこにも普通に見られた風景であったろう。
そう思うとなんだか目白が熱くなった。
僕の住む町には川が流れている。
今では茶色く濁りコンクリートの堤防で囲まれているが
昔はプールなどなく近所の人たちが泳いでいたり
タヌキが水を飲みにきたりするほど綺麗な川だったらしい。
夏休みに友達と悪ふざけで泳いでみた事がある。
その時は水中では数センチ先も見えず口の中に入る水はドブのような
味がして最悪だった。その後、体が赤くはれて痒くなったのも覚えている。
川が綺麗だった時代がうらやましく思えた。
また、修学旅行の最終日に泊まったホテルでは
窓から見える夜景がとても美しく思い、これを女性と眺めたら最高なのに
などと思ったが近くに野郎しかいないことに気づきすぐさま後悔した。
しかし日が昇り、夜が明けるとあんなに美しかった景色が
山を削りそこには無理に家を建てられていた。見るも無残な景色だった。
人間にとって本当の幸せと何か、文明が発達し快適な暮らしを求めるほど
自然は失われていく。
僕は思う現在ではかなり暮らしが楽になった。
しかし昔の方が人間にとって本当に必要なことが
沢山あったのではないだろうか楽をしようとするほど
大切な事を見失っていく。そんな気がしてならない。
今回の修学旅行で僕が一番思ったこと、それは大自然の中で生まれて育ちたかった。
という事だ。
『あとがき』
なんじゃ〜これは〜〜。っと思わず赤面してしまう。
確かに心にもない事を書いていたな〜あぁ〜青春。
思わぬ掘り出し物。
と言っても金に換わるようなものでもなければ
誰かが、喉から手が出るほどの欲しい一品でもない。
何を隠そう思わぬ掘り出し物とは!
「僕が高校3年の時に書いた作文だ。」←マジいらねぇ〜〜。
なぜ?そんなものが今更出てきたのか
どうしてそれを今、母親が読んでいるのかは不明だ。
ただ、一つだけ言えることは
母がゲラゲラ大声を上げながら
「あんたよく、こんな心にもないことを書けたわねぇ〜」
と涙ぐんで言われたのは事実だ。
僕はカチーン!ときて
母親から作文を奪い取った。
そして、そこまで母を爆笑の渦へと追いやった
問題の作文を読んでみると、確かにそこには「心にもないことが書かれていた。」
「ねぇ〜。こんなのどこから出てきたの?」と訪ねると
「本棚を整理していた時に、現代文のノートがあったから、
それをペラペラめくっていたら挟まっていたわよ。」と返された。
あぁ〜。そういえば、もう必要のない教材とか捨てればいいのに
なぜか、うちの母親は記念だからといって残しておいていたっけな。
別に僕からしてみれば、どうでもいい事なのでほっておいたけど
まさか数年ぶりに、こんな恥ずかしい目に遭うなら、さっさと破棄しておけばよかった。
もう何もかも遅いが。
さて、そんな心にもない作文を、日記のネタにはなるなぁ〜と
転んでも、タダでは起きない僕なので
せっかくなので全文、後日でも掲載することにします。
『無人島に一つだけ持っていけるとしたら、何を持っていく?』というのは、何年か前に大流行しただけあって
今では、まったくもって聞かれない質問の一つである。
むしろ、その話題にふれることは
タブーとされているのではないか、とさえ思えてくる。
結局あれは、心理テストだった気がするが
あれで、一体何がわかるのか疑問だったりする。
そもそも、心理テストというより
面白い回答を言わないといけないような場の空気になっているから正直困る。
そんなワケで、近い将来に無人島ブームが再来して
とっさに質問されても、答えられるように事前にいくつか考えてみた。
その� 屬海海蹐兇掘�無人島生活に、まったくもって役に立たないところがミソ。
誰かに「それ何の役に立つの」とツッコまれたら勝ちだ。
その�◆ 屬�金」やっぱりお金が一番なのよ。
という無人島では役に立たないことを前提に誰もが知っていて
誰にでも思いつく、ありきたりな無難な回答だろう。
あまり目立ちたくもない。
でも、つまらないヤツだと思われたくない時に有効である。
その�� 「拳銃」無人島生活が辛くなって、もう現世に未練がなく
生きながらえることに諦めがついた時に必須だが
場の空気が急速に冷える感があるのが否めない。
その�ぁ屮機璽侫棔璽鼻�男気あふれる、この六文字。
男たるもの一度は言ってみたいもんだ。
まぁ〜このセリフが似合うヤツなら問題ないが
モヤシのようなインドア派のヤツは
「ふっん」って鼻で笑われるがオチだが・・・。
もちろん、常に日陰に生息している僕には似合わないセリフだ。
その�ァ峅従冑福�女性がこれを言ったら大爆笑間違いなし。
しかも、さりげなく女性らしさが出ているところがよい。
まぁ〜実際に無人島に1つだけしか持っていけないとすると
とりあえず、携帯電話や無線機のような外部との
通信手段をとれるものは必須ではなかろうか。
食うか食われるかの自然界において、食われる側の動物。
食われる側の動物といえば、頭に浮かぶのが、鹿、羊、牛など
草食動物がほとんどだ。
自然界で、つねに肉食動物から狙われ襲われる彼らには
肉食動物のような鋭利な牙や鋭い爪を持っていない。
その代わりに、立派な“角”を持っている。
草食動物は肉を口にすることがないから、牙や爪は必要ないのだろう。
では、その立派な角は何のためにあるのか?
草食動物は、角のほかにも、外敵から逃げるための脚力が発達している。
それを考慮するに、やはり角は自分の身を守るためにあるのではないか。
角の形状を見ると、中には突起物のように尖っていているものもあり
その角に突かれれば、危害を加える凶器にもなる。
でも、草食動物たちは凶器にもなる角があるにもかかわらず
自らの角で、誰かを傷つけることはしない。
あくまで、外敵がもつ、牙や爪の武器による攻撃から
迎撃するために、角を防具として使用している。
人間界にも“ナイフ”という凶器がある。
自然界と違って、食うか食われるかの瀬戸際の世界ではなく
平和な世界にもかかわらず、ナイフを所持している人がいる。
そのナイフは何のために必要なのか、自分の身を守るために必要なのか?
では、誰の攻撃から身を守るのか。
結局、ナイフは誰かを傷つけるための凶器として使用されてしまう。
そして、またナイフによる痛ましい殺傷事件を引き起こした。
7人もの人を殺し、10人もの人を傷つける。
過去に何があったか知らないが、理由はどうであれ
命を奪うという行為が如何なるものか、今一度見つめ直して欲しいと切に願う。
1人1人に必ずある。
この世に生を受けた、かけがえのない日。
それが、誕生日。
というわけで
少し前に、25歳の誕生日を迎えた男。Gikuです。
この間、テレビを見ていて思ったのは
5000円札の顔である“樋口一葉”は24歳で死んでいて
新撰組の“沖田総司”も24歳の若さで死んでいるんです。
僕の年までに、歴史に名を残した人物を見ていたら
自分も頑張らないとなぁ〜と思う。
といっても、歴史上に名を残せるような偉人になれるわけじゃないけど。