一週間、実家へ行って来ました。 インターフェロン練習入院から退院した母親を、 多少なりとフォロー出来れば・・・と思って。
まあ、例によって、たいして実質的な役には立たなかったのですが、 娘の存在は、結構癒しになったみたい。 娘も、アパートよりはるかに広い実家を動き回ったおかげか、 ずいぶんとスムーズに歩くことができるようになりました。
心配していたほどの発熱とかはないのだけれど、やっぱり、 いかんともしがたい倦怠感はあるようで。 こういう状態を長期間続けていくのは、精神的にも辛いだろうなぁ、と 思います。 半年とか一年で止めるのは、そういう理由もあるのかも。
嫁としての仕事を放棄して、ちょこちょこと家を空ける事を 快く許可してくれる旦那君には、感謝、感謝です。
久しぶりに旦那君の実家へ行ってきました。 ・・・が。 途中、先日オープンした大型ショッピングモールへ向かう車で大渋滞。 渋滞嫌悪症の旦那君のナビで、どうにか我が家は渋滞に巻き込まれる ことなく実家へ辿り着いたのですが。 渋滞の光景を遠巻きに見ながら、ふと、小さな不安を覚えました。 確かに、大きなお店が出来て、用事が全部そこで済むのは大変便利。 でも、今まで地元に根付いてコツコツと頑張っていた小さなお店は? 渋滞で出入り口を塞がれてしまっている店は? どんどん駐車場になっていってしまう田んぼや畑は? 近くに住んでいる人たちの生活は?
近々娘の保育園入園の関係で、ご近所に引っ越さなければならない 身としては、願わくは、みんなに嬉しい便利さであってほしいです。
久しぶりに拝見した、室井氏の渋い眉間の皺に懐かしくときめいた次第。 そして、そうだよなぁ、過ちをおかしたと思った時に、 すぐ正す事が出来ることこそ『正義』だよなぁ・・・と、しみじみ。
午前中、母親が予定より一週間オーバーで退院しました。 まだ完全に一人で注射出来るようになっていないようなのですが、 「いつまで居ても、後は同じ。」と主治医に背中を押されたようです。 習うよりは慣れろ、ってところでしょうか。
人事関連の書類を受け取りに、娘同伴で職場訪問しました。 一年席を空けていると、なんだか待遇も気分もすっかりお客様。 娘は見慣れない景色に、すっかり硬直。 そんな娘に初めて会った先輩が、 「まぁ、お人形さんみたい〜」
・・・お人形・・・?
母、一瞬思考停止。 とっさに巧い切り返しが出来ませんでした。 あまりに予想外のコメントだったので。 だって、ウチの娘はお世辞にも、リ○ちゃんやバー○ーちゃんとは 似ても似つかぬ容姿。 たとえるならば、二足歩行のできる子豚ちゃんなのに。 その娘をつかまえて、何故に『人形』?
帰る道すがら、悶々と考えていたのですが、ハタと合点がいきました。 人形にもイロイロあるではないですか。 日本人形も『お人形』。 キューピーちゃんも『お人形』。 ペコちゃんだって『お人形』。 人形=美形ではないのですよ。 おまけに、娘は硬直してたので、よけいに人形ちっくだったのかも。
でも、『お人形みたい』はよく出来た言葉かもしれないですね。 言われて、気を悪くする親はまずいないでしょう。 そして、どんな『お人形』を意味して言われたにせよ、 都合の良い『お人形』を思い浮かべて納得する訳ですよ。
まぁ、ウチの娘くらい一般的な『お人形』からかけ離れてると、 ちょっとびっくりしてしまいますが。
あるところに ふたりの女の子がいました
ひとりは ほんの少し他の人たちよりも ゆっくりした時間の中に もうひとりは ほんの少し他の人たちよりも すすんだ時間の中に ゆっくりとした時間の中にいる女の子を ある子が自分たちとちがうと 指さしてわらいました みんなも つられてわらいました ある子が見ているとイライラすると つきとばしました みんなも つられてつきとばしました 女の子は しずかにしずかに ないていました
すすんだ時間の中にいた女の子は みんなと同じことをするのが いやでした まちがっているとか ただしいとかではなく ただただ いやでした だから 自分だけの時間が流れる場所に にげました そんな女の子を ある子は自分たちとちがうと 石をなげました みんなも つられてなげました 女の子は ひそかにひそかに わらっていました そんな世界は長くは続かないと 知っていたので
やがて まもなく世界が新しい扉をひらきました それまでの世界は すぐに 『過去』になりました
新しい世界で 必死にまわりと『同じ』になろうとする わらった子 つきとばした子 石をなげた子 でも ふたりの女の子は わかっていました そんなことに 何も意味はないのだと またすぐに新しい世界も 過去になるのだと だから ふたりはいつでも 自分の時間の中で自分らしくありました そして 自分の足でしっかり立つしあわせと 自分と同じ速度であるいてくれる 大切な人に出会うしあわせを 手にすることができたのです むかしむかしの おはなしです
ニュースを見ていて、ふと思い出しました。 二十年前にも似たような事があったなぁ、と。
ただ、ニュースと違っているのは、 ふたりの女の子は、家族に話して、頼ることが出来たこと。 無条件で支えてくれる人がいる、それだけで人間は強くなれるのです。 コメンテーターが「子どもにとって学校が占める割合は大きいから」と 言ってましたが、確かに、それは大きいのだけれど。 壊れるか壊れないか、その決定的な差は、 自分を無条件で受け入れ、肯定してくれる存在の有無だと私は思います。 たとえ、学校で否定されても、家族が肯定してくれれば。 極端な話、学校に行かなくても、人生が終わる訳ではないのです。 今の時代、転校も出来るし、大検もあるし、留学という手だってある。 どんな方法だって、生きていける。 それは、経験をもって知っている。 でも。 支えが無ければ(無いと思っていれば)、 人間なんて容易く壊れてしまう。
だから、私は娘が辛いときに話してくれる存在で在りたいと思います。 <何でも話せる友達みたいな母娘>なんてのじゃなくていいんです。 秘密だってあっていいんです。 けれど、辛いときだけは、正直に頼ってほしい。 そして、無条件で支えてあげたい。
私が、そうしてもらったように。
娘は、寝付きがお世辞にも良いとは言えない上に、 いまだにあまりまとめて寝てくれません。 一歳過ぎたというのに。 寝付かせるのにもミルク、夜中にもちょくちょく起きた時にもミルク。 歯の方は、もう立派に上下生えているので、そろそろやめなきゃなぁ、と 思いつつも、哺乳瓶でミルク生活をズルズルと続けてました。
・・・が。 先日読んだ記事に、哺乳瓶でダラダラ飲みを続けていると、 前歯の裏側が溶けて虫歯になる、と出てまして。 こりゃいかん!と一念発起。 時間はかかりますが、ミルクなしで寝かしつけ、 夜中起きた時には麦茶をあげることにしました。 最初は、どうなることやらと身構えていたのですが、 結構どうにかなるもので。 ミルク生活とさほど変わらない感じ。
ステップアップするのは、親の心構え次第、なトコロが大きいのかも しれません。
| 2006年10月13日(金) |
私には無理だわ・・・ |
母親のインターフェロンの練習が始まりました。
糖尿病の人がインシュリンを投与するような、ハンコのような物を 想像していたのですが。 いやいや。 ばっちり『注射器』。 先日、娘が受けた予防接種の注射器と変わらない感じ。 それを、太ももに皮下注射するのです。 筋肉に針が刺さると、液が入っていかず、ただ痛いだけなのだそうで。 母親も看護婦さんに介助されながら、自分でうってみたものの、 やはり筋肉に刺してしまったのか、結局出来なかったらしいです。 太ももには見事な青アザがありました。 看護婦さんがうってくれた方は、針痕も目をこらしてもわからないくらい。 さすがです。 部屋には、練習用の注射器と、太ももに見立てたスポンジがありました。 プチ医療実習。
私は痛みには結構鈍感で(出産の時も子宮口が7�僂砲覆襪泙任蓮△△泙� ダメージがなかった)、与えられる痛みであれば、それなりに耐えられる と思うのですが。 自分で自分に与える、というのは無理。 人に与えるのも、無理。 実際の痛みを与える前に、想像の痛みに負けちゃうのです。
がんばれ、母。
五日間、娘を連れて、実家に里帰りしてきました。 母親が一時退院したものの、まだまだ満足に動けないので、 家政婦をしてあげようかと。 でも、意気込んで行ったものの、まずは娘の世話が優先になってしまう為 結局あまり役に立たなかった感じで、少々しょんぼり。 まぁ、娘がいると、母親もあまり病気のコトをくよくよせずにいられる みたいなので、良しとしましょう。
その帰り道。 実家の方は、秋を通り越して早くも冬が来たんじゃないか!?くらいの 荒れた天気でした。 みぞれに近い雨がビシビシと車にぶつかる中、山のてっぺんまで来た時。 突如、目の前に大きな虹が出現。 その山を境目にして、反対側のふもと(町側)はスッキリ晴天。 その極端な天気の差のせいで、虹が出来ていたのでした。 車を走らせると、虹がどんどん近づいてきます。 これは、虹のスタート地点(?)が見られるかも!と期待しつつ、 車を走らせたのですが、いつの間にやら虹はふっと消えてしまいました。
そういえば。 虹って『夢』とか『希望』などとよく結びつけられますよね。
強引に近づこうとしても、手に入るものではなく。 遠くで、気まぐれに、でも道しるべのように、輝いているもの。
そんなところが、似ているのかもしれません。
どうにか娘を寝かしつけて、やれやれと雑誌に目を通していた時。 傍らでパソコンに向かって仕事をしていた旦那君が、突然、ポツリ。 「自由に使える時間を買えるとしたら、いくらまで出す?」 私は少し考えて、 「んー、1時間1万円くらいまでなら出すかな」 「そんなもん?」 「だって、ある程度まとめて欲しいでしょ。せめて一日くらい。 そうすると、24時間で24万。 そのくらいなら、まあ何とか出せるから」 「なるほど。オレは一週間くらいは欲しいなぁ。読みたい本もあるし、 ゲームもやりたいし、DVDも・・・」 旦那君はブツブツといいながら、ヤケ気味にパソコンを連打。 どうやら、相当仕事が煮詰まっているらしい。 「でも、一週間てことは168万だよ?出せるの?」 「う゛〜、そうか・・・やっぱり一日が限界かなぁ・・・」 「でしょ?」 しばらくして、旦那君がふとパソコンを打つ手を止め、 「じゃあさ、宝クジが当たって1億手に入ったとしたら、いくら出す?」 「1億ねぇ・・・それでも、三日がせいぜいじゃないかなぁ」 「なんで?」 「<自分が自由に使える時間>てコトは、その間周りは止まってるって コトでしょ。自分以外が動かない世界に、そんな長時間耐えられるとは 思えない」 「なるほど。それに時間がその分ほかより経つってコトだから、 あまり長い期間買うと、老化も早まるよな」 「そうだよね〜それはイヤだよね〜」
話してるネタは、現実逃避のファンタジー。 でも、変なところで現実的。
しょっちゅう、こんなコトを話してるのでした。
| 2006年10月03日(火) |
我が子の不思議な習性 |
私の娘は、生まれた直後から、それはもう立派なおグズさんでした。
どのくらい元気が良いかというと。 出産のとき、頭が出てきた段階ですでに泣き始め。 新生児室で泣いていると、反対側はじの個室に居る私にも 泣き声が聞こえるというボリューム。 退院後もベッドで横に寝かされるのを嫌がり、ふぎゃー。 眠いけれど、うまく寝付けなくて、ふぎゃー。 車に乗ると信号で止まるたびに、ふぎゃー。 服もおむつも脱ぐのはいいけれど、着せられるのはイヤで、ふぎゃー。 お風呂ももちろん、ふぎゃー。
育児初心者マークの私は、3ヶ月くらいまでは、 雑誌などで見る赤ちゃんと我が子のあまりの違いに、 慢性睡眠不足と相まって、落ち込んでばかり。 今思い返せば、もっと娘の『超』おグズさんぷりを楽しめば良かったなぁ、 とも思えるのですが、当時はとにかく何もかもが初めてで、 いっぱいいっぱいでした。
それから首がすわって、寝返りを始めて、おすわりが出来て、 つかまり立ちをするようになって、ハイハイをマスターして・・・ 少しずつ、でも着実に成長している娘。 それに従って、不思議な習性に気づいたのです。
それは、テレビCM探知機能。 どんなに夢中で遊んでいても、CMが流れた瞬間に、テレビに釘付けに なるのです。 CMが終わると、再び遊びを開始。 種類は問いません。CMであれば何でもOK。 特に、地井○夫さんの保険のCMがお気に入り。 テレビが見えない隣りの部屋で遊んでいても、CMが始まると参上。
あまりに、CM限定で執着するので、旦那君と理由をあれこれ考えました。 画面がコロコロ変わるからいいんじゃないのか、とか 音楽が気をひくんじゃないか、とか。 でも、ワンカットのCMでも、BGMのないCMでも、やっぱり釘付け。 その上、驚いたことに、電話がかかってきてテレビの音を消した時も、 しっかりCMだけに反応したのです! おそるべし、我が娘。 きっと、CMには娘にだけキャッチできる何らかの電波が出ているのだ、 というのが今のところの夫婦の見解です。
果たして、この特殊能力が消えるのはいつでしょうか・・・。
| 2006年10月02日(月) |
つ・・・疲れた・・・ |
どうして月曜日の病院というのは、あんなにも混むのでしょう(泣) 娘の発熱(夜限定)が治らないので、仕方なく出向いたのですが、 9時前に家を出て、帰ってきたのは1時過ぎ。 待つことに飽きないように、手をかえ品をかえ娘をあやすのは、 普通に待っているよりもはるかに気力と体力を使うのです。ぐったり。 でもまあ、血液検査も異常なく、耳鼻科でも問題ないと言われたので、 少し気が楽になったかな。 原因がハッキリしないのは、いまいちスッキリしないけれど、 弟に言わせると「確定診断は、そんな簡単に無責任には出せないんだ!」 だそうで。 もうしばらく様子を見ることになりそうです。
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