| 2011年04月20日(水) |
4月18日(月)-�� |
月曜日は、19時から、地震被災地支援・坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイト日本GOLD SP 『あなたのキモチ全部だきしめて』と題して、ラジオの公開生放送がありました。 光ちゃん、一人で出てくれないかな〜、光ちゃんの声のメッセージ届かないな〜と、楽しみにしながら聞いていました。 途中聞けなかった時間もありましたけど(^^ゞ。 単独出演は、いろいろ難しいことがあるの? それとも、抜けられないお仕事中? とか、いろいろ妄想してしまいました。 仕事してない光ちゃんって想像できません。 光ちゃんいつも忙しいですもの。 大恩あるお二人の番組、何を置いても駆け付けてくれたらと、残念に思いましたので。 でも、番組は楽しかったです\^o^/ 魅力的なお二人、拓郎さんと坂崎さんのやりとりは、とても癒されます。 光ちゃん、ラジオは諦めました。 雑誌もいりません。 テレビです。 たくさんの人が見ることができるテレビに出て下さいませ。
テレビと言えば・・・。 16日、テレビをつけたら、スマステの途中。 『SMAPがんばります』名場面の裏側大公開SPをやってました。 この番組は、見落としてしまって、がっかりしていましたから、嬉しくって、ずっと光ちゃんを見ていました。 光ちゃん、貴公子ですね〜(☆_☆) 真ん中分けした光ちゃん、久しぶり〜。 奥床しい昔からの光ちゃんでした。 中居君はKinKiさん担当?たくさんお世話していただいて、いつも、本当に優しいお兄ちゃまです。
地震・・・。 SHOCK、中止の決定。 燃え盛っていた炎。 あと28回と2分の1回。 ずっと燃え続けるはずでした。 それが無理に消されてしまった・・・。 いえ、きっと、消えたように見えても、燠のように中で火を養ったまま。 身体のクールダウンはできても、心はなかなか戻ってこないんではと、心配していました。 光ちゃんもお仲間の皆さんも、どんなにか大変なことだったでしょう。
ですが、さすがですね〜 落ち着いた話し声、すずやかなお顔。 かっこよかった〜\^o^/
| 2011年04月18日(月) |
羽鳥さんの番組で・・・(長渕剛さん) |
今朝、各地で積極的に支援活動を行っている長渕剛さんの、航空自衛隊松島基地を慰問した映像が、羽鳥さんの番組で紹介されていました。
「皆さんは僕の誇りです」 その言葉と共に、隊員に直接会って激励したかったという彼の思いが込められた、熱い魂の歌。 それに合わせ、肩を組み、涙ながらに歌う1500人の『乾杯』の大合唱。 今朝、一番泣いた映像です。 強い使命感と信念を持って、日本の為、みんなの為に、最前線でつらいお仕事を引き受けて、献身的に働いて下さっている隊員の皆さんです。
がれきの除去作業・・・。がれきと言っても、たくさんの方々の生活の痕跡があり、御遺体も含まれているのですね。 何という、大変な! 身体も心もボロボロになりそうなお仕事です。尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです。
私のような無知な主婦が言うことではないかもしれませんが、 自衛隊は、今、ずっと積み重ねられた働きと社会貢献で、感謝と共に正しく評価されるようになってきたと思いますが、昔はそうではなかったと記憶しています。 私が子供の頃のマスコミは酷いものでした。 酷いことを言う教師もいました。・・・そんな時代でしたし。そうそう、左の先生と喧嘩したこともありました。 今は、振れ過ぎた針も元に戻ってきて、素直な目で見られるようになったと思いますが、もっともっと社会的に報われて欲しい、そう思いました。
わ〜大変!興奮して書いていたら、もう10時過ぎていました。 朝の洗濯の途中ですので、この辺で。
| 2011年04月17日(日) |
4月18日(月)−�� |
21日明け方に書いていますが、迷っていたので、そっと、こちらに。
大変に遅くなりましたが、 このたびの、東北大地震に被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
↑このようなことをこちらに書くのも、書かないのも、どちらも変な気がしていて・・・。 ・・・どんな言葉もそぐわない感じというか・・・。 本当に何と言ったら良いのか、言葉が出てこなくて、光ちゃんのことも書けなくなり、PCから遠ざかっていました。 光ちゃんのこと、考えたり、書いたりして幸せな気持ちになるのが、とっても『贅沢』に感じたりして・・・。 実は、この時期、いろいろなことが重なって、とても忙しかったからでもありますが。 とはいっても、手軽な携帯からは、Bookmarkに入っている、ファンサイト様やブログ様に通って、楽しく読ませていただいておりました。 つくづく、皆さんの光ちゃん愛にはかなわないことを、私は読む人で、書く人ではない(私作る人僕食べる人というCMがありましたね)ことを思い知らされました。
驚愕の現実の前に、無力感ばかりが募り、自分ができたのは、日本赤十字社に、少しばかりの義援金を振り込んだことくらいでした。 周りでも、短い間にすごい働きをしていた友もいて、彼我の差に愕然としましたが、それはそれ。 私は、分に応じたことをし続けることしかできません。
↓は、終わってしまった、『ズームイン』 辛坊さんの最後のコラムです。
「被災地で起きていることに想像力を」
「10年20年という時間軸での支援を」
本当に本当に・・・。
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