たとふれば こころはきみに よりながら

2004年08月11日(水) 作詞のコンセプト

 音楽で何か表現をしたい。でも、なかなか時間的にも力量的にも難しい日々。
 それでも、何かできることから努力したいとあがいている。

 7月初旬には、ボイストレーニングを独学で開始。
 でも、それからすぐ喉をひどく痛め、中断したまま。
 まだ、再開していない(自爆)

 楽器をさわれないなら、作詞に力を入れるのはどうだ?と、作詞関係の本を先日買ってしまった。3冊も。本読んで作詞できたら苦労しないぞーーーと思いつつ。
 
 今回の帰省中、自由時間ができた時のために持ち帰ったもの。

 �.潺縫�ーボードとコードブックと楽譜1曲分。
  ピアノ練習できなくても、イメージトレーニングしようと思い立った。

 �∈郢豐愀犬遼棕該�。
  読むだけでも読んでみようかと・・・。

 ��手紙・葉書を出したい友人たちからの郵便物。
  暑中見舞いは終わっちゃったけど、残暑見舞いとして手紙を書きたい。

 とりあえず、作詞関係の本の2冊目を今読んでいる。1冊は帰省前に一度は読んだ。
 ひとつ「おお!」と改めて気づかされたのは、「詞は半人前」ということ。メロディとセットなのだぁ。だから、「詞で全部言ってしまおうとしない」こと。
 そんなこと気づかなかったのかい?と笑われそうだけど、わたしは詞で全部言おうとしてた気がした。それに気づけただけでも、とりあえず○だ。

 さて、コンセプトの話。
 ひぐらしわーるどは、ワンパターンだなぁと自分自身で思う。
 もうちょっと世界を広げられるよう、もちっと努力したい。
 それから、とっても気に入ったコンセプトは大事にして、じっくり一度形にしてみたいと思う。もう少し練り上げて。

 夢ばっかりみて、かすみを喰って生きてるようだと思うわたくしですが、夢は形にしないと、さびしいものね(笑)



2004年08月10日(火) 西へ帰る

 帰省といえば、どんなイメージだろう?
 「北へ帰る」と言えばいかにも帰省の感じがする。でも、「東へ帰る」「南へ帰る」・・・そういう人はいるだろう。
 わたしの場合は、キーワードは西だ。

 ものごころついた時から、「西」行きは、少しさびしいイメージがあった。「東」は都会にいくイメージ。ついでにいうと、“「南」には海がある”という固定観念があった。

 どこを中心にするかによって、そんなもの、変わってくるのにね。
 でも、ものごころついてからのそういうイメージは強烈だった。

 わたしのふるさとをA地点とすると、母の故郷B地点はAから西の方角だった。
 そして、西に行けばいくほど、どんどん田舎になっていった。
 田舎といってもいろいろあるだろう。のどかな田舎、ほっとするために行く田舎・・・。けれど、B地点への道のりは、「さびれた」というイメージがつきまとった。わたしだけかもしれないけど。
 わたしが幼い頃、母方の祖父母はあいついで亡くなった。(祖母のことは、中島みゆきの「まつりばやし」にまつわるエピソードということで、ネット上で話したこともある。)そういうこともあって、母の故郷に行くときは、法事か墓参りだった。
 それもあるのだろう。
 さびしいイメージ。
 自分の個人的経験がもとになって、「西へ」のイメージは、独自のものになった。

 紀野恵という歌人(短歌書く人のほう)がいる。
 この人の書く短歌にとても惹かれたことがある。
「たとふれば 心は君に寄りながら わらわは西へ では 左様なら」
 俵万智がこの歌を解説していた。
 “今の二人の状況をたとえてみると、私の心は限りなくあなたに寄り添いながら、けれど体は正反対の西の方向に旅立つ感じです”という意味らしい。
 「西」=太陽の沈む方角
 「西」=浄土のある方角
 この「西」の使い方と、わたしの個人的なイメージがぴったり一致するのだ。
 “なんらかの理由でゆるされない恋愛の厳しい別れの歌”
 そう言われれば、すとんと心に落ちたのだ。

 今日、西に帰ります。
 ばたばたと慌しい中、心の端っこに、「西へ」のイメージを持ちながら。  



2004年08月09日(月) 桃をたらふく・・・

 昨日、たろ吉誕生話を書きましたが、ちょっとだけ関連話。
 
 わたしは桃が大好き。
 でも、桃は高価。
 一度、たらふく食べたいと思ってました。
 嫌というほど、一度に連続しておなかいっぱい食べたかったのです。

 たろ吉が生まれる予定が近づき、
「この子が生まれたら、出産のご褒美がわりに、大好きな桃をいやというほど食べたいなぁ。」と思ってました。

 でも、昨日も書いたとおり、お産がきつくて体力消耗したので、
「もう、桃もいらん〜。」というのが、当時の感想でした。

 時は流れ、じろちゃんが生まれる前。
 また、出産のご褒美に桃〜! と思ってました。
 ところが、じろちゃんの生まれる予定は春!
 桃はありません(笑)

 じろちゃんが生まれ、そして夏が来ました。
 義母が、桃の話を覚えていて、最近桃を買ってくれます。でも、なんだかもったいなくて、なかなか食べられません(笑)
 だから、せいぜい1個食べるぐらい。たまに。
 連続何個もなんて、とんでもな〜い。

 そうしてるうちに、あるお中元の桃の皮がしわしわになっていました。
 大事にとっときすぎたー(爆)
 だめにしたら、もっともったいないので食べました。
 今日の話です。
 3個食べたぞー(笑)
 まだ、あるけど、もう食べられない。

 それでも、まだ10個ぐらい、遠慮なく食べてみたいぞーと、こりないhigurashiであります(自爆)

 



2004年08月08日(日) 八月のある朝(たろ吉の生まれた日。)

 ミレニアムの年。たろ吉は生まれた。
 特別、2000年を意図してたわけじゃないが、たまたまそうなった。
 その時、ちびが生まれた産院は、出産ラッシュで、部屋が足りないという、すごい状態だった。

 8月7日の夜中「?!」と思い、「始まったかな?」と感じたけど、うとうと。
 明け方4時ごろ目がさめて、「ああ、これだこれ。」と思った。
 痛みはあったけど、今思えば、たいしたことないない。(笑)
 でも、その時は、痛みの感覚で判断して、早朝病院へ。もちろん、まだですー、と帰されてしまった。
 次にいったのは昼。
 この時は、もうとってもつらかった。でも、まだまだ、ということで再び帰され・・・。
 つれあいは、そんなわたしをみて「くまみたい」と言っていた(爆)

 それから、ひたすら家中をうろうろし、たたんであるふとんなど、適当なものにしがみついて陣痛をがまんがまん。
 もうあかんわー、と夜病院にいって、20時頃、やっと入院させてもらえた。
 「入院しましょう。」と内診してくれた助産婦さんが、神様のように思えた(笑)

 それからまたひたすらがまんがまん。
 分娩室に入ったのが22時頃だったなぁ。
 ここまできたら、もうちょっとだぞ・・・と思ったら、甘かった。
 勝手にあと30分ぐらいで生まれると期待してたら、なんのなんの。
 時計を見て、「ああ、日付がかわるーーーーー!」。
 7日から8日になったのは、精神的にまいった。
 
 冷房は寒いぐらいにきいていたらしいけど、わたしにゃ、あついあつい。
 水分補給しては、吐き・・・と日付がかわってからは、弱っていった。
 苦しい陣痛も、間隔をあけずきてほしいのに、ずーっと5分間隔。もういやだ!と思って1回だけ口にしてしまったが、また気を取り直し・・・。
 “朝までには生まれるだろう・・・。しかし、あと何時間あるねん・・・。」

 時々、胎児の心音を聞いてもらってたんだけど、ある一時、今まで聞いたのより弱ってる気がした。「だいじょうぶかぁ!?」とあせったその時、ずーっと5分間隔だった陣痛が始めて連続できた。
 「今だっ!」と思っていきんだら、出てきたっ。
 後は、力を入れないように、短い呼吸で・・・。

 3時5分。
 やっと生まれたぁ。
 もうよれよれだった。
 「赤ちゃん見て。おなかの下。」
と言われてみたわが子。両手を広げて、ちょっと動かしてた。魚が水揚げされて、はねてる感じがした。
 へその緒は自分で切ろう、と思ってたけど、「もういいや。」と思った。
 ちびは泣かなかったので、さっと処置をするため、連れて行かれた。

 意識朦朧。
 産声をあげなかったことにも気づいてなかった。

 しばらくして、「はっ!」と思い、「男?女?」と声をふりしぼって聞いた。
 「男の子よー。先生に聞いてなかったのー?」と助産婦さんの声。
 
 とにかく、早く眠りたかった。
 でも、産後の処置や初乳飲ませなど・・・眠らせてもらえなかった。
 ブラインドの隙間から、朝が来たのがわかった。
 いつ終わるか苦痛で不安なお産は、闇の中だった。
 でも、それが終わって迎えた朝。なんともいえない気分だった。
 あの朝の静かな感慨は忘れない。

 あまりにもよれよれだったので、感動するのは1日たってからだったなぁ。
 食いしん坊のわたしが、朝食食べられなかったから(笑)

 じろちゃんが、昼に生まれたから、対照的だ。
 闇の中生んだせいか、たろを生んだ時、「生まれる」ということに深い不思議とあっけなさを感じた。ちっともあっけなくはないんだけど。出生時刻というけれど、お産のドラマの中の通過点というか、ほんの一点と感じた。
 そして、「出産」という大きなイベントの次、自分がむかえる大きなイベントは、「死」なんだろな、とそういう考えが頭をよぎった。
 暗い発想だな(苦笑)
 友だちの話なんかきいてると、感動して「また、産みたい」とすぐ思ったらしいのに。

 ちなみにじろちゃんの時は、昼にあっさり生まれたので、なんも考えませんでした(笑)
 



2004年08月07日(土) 脂肪燃焼〜

 わたしが長年応援してるsingerの相曽晴日さん。
 ファンクラブHPに「晴日のひとりごと」というコーナーがある。
 そこのカキコによると、どうも晴日さん、dietに取り組んでるみたいだ。その時期もどうも私と重なってるみたい。

 ついこの間のカキコで、おもしろいことが書いてあった。
 いろいろ気をつけてるのに減量が止まったらしい。
 その原因を考えていて、
 「燃えなきゃ!」という結論に。
 最近、サッカーとか応援だけで燃えていると、また減るようになったらしい。
 んで、サッカー日本代表に感謝かんしゃ! という内容だった。

 晴日さんはサッカー応援に燃えているらしい。
 あたしゃ何に燃えようか?
 最近、ちょっとdietも頭打ちだぁー。
 とりあえず、今夜のサッカー、たまには応援してみよか。
 サッカーは、必ずついてるもんね。なんかの試合あるときは。

 さて、あなたは、何に「燃え燃え〜」?
 あたしは、「弾き」こもりたああああああああああああぃ(笑)
 腱鞘炎になるぐらい。
 あ、ほんとになっちゃ、いやーよ。(爆)

 「燃え燃え〜」のために何しよ?
 なんか、できることないかなぁ?
 恋でもするか? 
 ありえへん ありえへん。((((≧∇≦))))あはははははっ!!
 でも、燃えるかもな。体脂肪。
 「きれいになりたあああああいっ!」ってオーラでたりして(笑)


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