ぶらんこ
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2005年05月18日(水) difference


  ひとを責めること と 自分の考えを言うこと

  ひとに合わせること と ひとを思いやること

  自分を抑えること と 違いを認めること

  

なーんでわからんのかな? 
まったくどっちが大人なんだか。。。。 




2005年05月17日(火) 深呼吸

rude

欠けているものがあるとしたら、わたしのほう。
と、いうよりも、
わたしは「わたし」を見なければならないのでしょう。
「あなた」は「わたし」が投影されたものだから。


粗雑であっても。
荒々しくても。
憤ることも。
たぶん、すべて必要。。。。


だから悲しまなくていいのです。
そんなに心を砕かないで。

ただ、深呼吸すればいいのです。

深く。
ゆっくり。
丁寧に。



2005年05月16日(月) らしさ

早く仕事に慣れて、のびのびと自分らしい看護ができたらいいなぁ、と思う。
というようなことを友人に言ったところ、「自分らしい看護ってどんなん?」と聞かれた。
うーーーーん。。。。はて。。。どんなだろ??? 笑


なんとか言葉で表現しようとしたら、看護学校時代に書かされた「看護観」などというものを思い出してしまった。。。
そんなの、どうやって説明したらよいか皆目わからなかった。(今もわからない)
だから無理に言葉を探して、どうにかこうにか文字数を増やしながら仕上げた記憶がある。
たぶん言葉でなかったとしても(つまり、絵とかダンスとかでも)うまく表現できなかっただろうなぁ。
それはつまり、自分のなかで確固たるものがなかったからなのだろうな、と思う、あの頃は。


で、今は、というと。

確固たるもの、とまではいかなくとも、「何か」はあるような気がする。
それは、「信じる気持ち」というか「希望」のようなものというか。。。。
言葉にするとどこか違ってしまうような、掴めそうな何か。或いは掴みたい何か。
書けば書くほどに、遠ざかるような気もするのだけれど。。。。
とにかく、そういうことを患者さんやご家族に表現していくこと=わたしの看護。なのかなぁ、と、思う。
ありゃ。これってもうアートじゃないか。うん。。。。そうなのかもしれないな。そっか。そうだったのかも。。。。


ところで、今のわたしが自分らしいか、というと・・・まだまだ「らしく」ない。
なぜってどこか緊張してるものね。
だからくたびれたりもしてね。(いっちょまえに。)
でもそういうところこそが「わたし」でもあるワケで。。。あぁ ややこしや!


まぁでも、少しずつ慣れてきた感じ。
大変だけど、正直なところ、毎日が楽しい。
そして、これから、もっともっと楽しくなる予感がある。
やっぱり脳天気。
そういうところもまた、わたしらしい。のか??? 笑




2005年05月11日(水) 好きです

良いコミュニケーションをとるために。

� 嶌F�も元気か」
まずは相手の健康状態をチェックする。身体の調子が良いか悪いかで、言葉の出方も変わってくる。
�◆崗亟蕕�あるか」
笑顔があるということは、心の状態が良いこと。笑顔がなければ・・・笑ってもらおう!
��「どんなことを考えているのか。を当てる」
相手は何を考えているのだろう?もし、否定や抵抗があるとしたら、これは意思の表れ。喜ばしいこと!

以上、ある訪問言語療法士の話から抜粋した。
彼の訪問対象は、失語症の患者さんである。
失語症の方は、口から言葉を発することが困難であるばかりでなく、言葉の意味を理解することもまた、容易でない。
彼らは、自分の思っていることは頭のなかでわかっていても、それを相手に言葉で伝えられない。また、違った言葉が口から出てしまったりする。
伝えたいことがなかなか伝えられない。伝わらない。
どんなに辛いだろう。。。と、思う。
このことは、彼らの伝えたいことを理解できない聞き手(家族・友人)にとってもまた、苦痛が大きい。


けれども、上記の3点に留意して関わることで、より良いコミュニケーションが図れる、という。
そのなかには「待つ」ことや「あきらめる」ことも含まれる。
言葉を発する患者さんの気持ちを支持し、言葉が出るのを静かに「待つ」。
そして、待つ時間が長すぎることのないよう、ある程度の時間が過ぎたらあきらめ、「やめる」。
うまく言えないけれど、たぶん潔い気持ちが必要なんだなぁ・・・と思う。
そしてその根底には「出来なくてもいい」という想いがあるような気がする。良い意味での「あきらめ」。
「はずす」という言葉のほうが近いかもしれない。なにも特別なことではなく、ただ、退く。
受容。寛大。


彼の話のなかでとても素敵な箇所があった。記事が手元にないので、うろ覚えなのだけれど。

「たとえば、こう聞いてみるのもいいです。『私のことが好きですか?』
いろんな答えが得られますよ。さて、どう思ってるんでしょう?
相手が何を考えているか当ててみるんです。面白いですよ。」

これまた、なんと潔いことでしょう。。。
きっと彼は、良い答えなどを期待してはいないのだ。(いや、もちろん良い答えのほうが嬉しいに決まってるけれど)
それ以前に、彼は、まず、相手のことを好いている。
それって、とってもとっても、大事なことだと思う。
彼は常に「わたしはあなたのことが好きですよ」そんな心で接しているのだと思う。
だから、待てる。はずせる。そしてまた、始められる。


「好き」という気持ちは無敵だ。
何もかもを含み、やさしく包み込む。
ひとと関わるとき、いつもそういう心であれば、きっとすべてが違ってくるだろう。


あなたはわたしが好きですか。
わたしはあなたが好きです。


2005年05月10日(火) またあした

おやすみ。

おやすみなさい。


それだけでいい。



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