ぶらんこ
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| 2005年05月18日(水) |
difference |
 ひとを責めること と 自分の考えを言うこと
ひとに合わせること と ひとを思いやること
自分を抑えること と 違いを認めること
なーんでわからんのかな? まったくどっちが大人なんだか。。。。
rude
欠けているものがあるとしたら、わたしのほう。 と、いうよりも、 わたしは「わたし」を見なければならないのでしょう。 「あなた」は「わたし」が投影されたものだから。
粗雑であっても。 荒々しくても。 憤ることも。 たぶん、すべて必要。。。。
だから悲しまなくていいのです。 そんなに心を砕かないで。
ただ、深呼吸すればいいのです。
深く。 ゆっくり。 丁寧に。
早く仕事に慣れて、のびのびと自分らしい看護ができたらいいなぁ、と思う。 というようなことを友人に言ったところ、「自分らしい看護ってどんなん?」と聞かれた。 うーーーーん。。。。はて。。。どんなだろ??? 笑
なんとか言葉で表現しようとしたら、看護学校時代に書かされた「看護観」などというものを思い出してしまった。。。 そんなの、どうやって説明したらよいか皆目わからなかった。(今もわからない) だから無理に言葉を探して、どうにかこうにか文字数を増やしながら仕上げた記憶がある。 たぶん言葉でなかったとしても(つまり、絵とかダンスとかでも)うまく表現できなかっただろうなぁ。 それはつまり、自分のなかで確固たるものがなかったからなのだろうな、と思う、あの頃は。
で、今は、というと。
確固たるもの、とまではいかなくとも、「何か」はあるような気がする。 それは、「信じる気持ち」というか「希望」のようなものというか。。。。 言葉にするとどこか違ってしまうような、掴めそうな何か。或いは掴みたい何か。 書けば書くほどに、遠ざかるような気もするのだけれど。。。。 とにかく、そういうことを患者さんやご家族に表現していくこと=わたしの看護。なのかなぁ、と、思う。 ありゃ。これってもうアートじゃないか。うん。。。。そうなのかもしれないな。そっか。そうだったのかも。。。。
ところで、今のわたしが自分らしいか、というと・・・まだまだ「らしく」ない。 なぜってどこか緊張してるものね。 だからくたびれたりもしてね。(いっちょまえに。) でもそういうところこそが「わたし」でもあるワケで。。。あぁ ややこしや!
まぁでも、少しずつ慣れてきた感じ。 大変だけど、正直なところ、毎日が楽しい。 そして、これから、もっともっと楽しくなる予感がある。 やっぱり脳天気。 そういうところもまた、わたしらしい。のか??? 笑
良いコミュニケーションをとるために。
� 嶌F�も元気か」 まずは相手の健康状態をチェックする。身体の調子が良いか悪いかで、言葉の出方も変わってくる。 �◆崗亟蕕�あるか」 笑顔があるということは、心の状態が良いこと。笑顔がなければ・・・笑ってもらおう! ��「どんなことを考えているのか。を当てる」 相手は何を考えているのだろう?もし、否定や抵抗があるとしたら、これは意思の表れ。喜ばしいこと!
以上、ある訪問言語療法士の話から抜粋した。 彼の訪問対象は、失語症の患者さんである。 失語症の方は、口から言葉を発することが困難であるばかりでなく、言葉の意味を理解することもまた、容易でない。 彼らは、自分の思っていることは頭のなかでわかっていても、それを相手に言葉で伝えられない。また、違った言葉が口から出てしまったりする。 伝えたいことがなかなか伝えられない。伝わらない。 どんなに辛いだろう。。。と、思う。 このことは、彼らの伝えたいことを理解できない聞き手(家族・友人)にとってもまた、苦痛が大きい。
けれども、上記の3点に留意して関わることで、より良いコミュニケーションが図れる、という。 そのなかには「待つ」ことや「あきらめる」ことも含まれる。 言葉を発する患者さんの気持ちを支持し、言葉が出るのを静かに「待つ」。 そして、待つ時間が長すぎることのないよう、ある程度の時間が過ぎたらあきらめ、「やめる」。 うまく言えないけれど、たぶん潔い気持ちが必要なんだなぁ・・・と思う。 そしてその根底には「出来なくてもいい」という想いがあるような気がする。良い意味での「あきらめ」。 「はずす」という言葉のほうが近いかもしれない。なにも特別なことではなく、ただ、退く。 受容。寛大。
彼の話のなかでとても素敵な箇所があった。記事が手元にないので、うろ覚えなのだけれど。
「たとえば、こう聞いてみるのもいいです。『私のことが好きですか?』 いろんな答えが得られますよ。さて、どう思ってるんでしょう? 相手が何を考えているか当ててみるんです。面白いですよ。」
これまた、なんと潔いことでしょう。。。 きっと彼は、良い答えなどを期待してはいないのだ。(いや、もちろん良い答えのほうが嬉しいに決まってるけれど) それ以前に、彼は、まず、相手のことを好いている。 それって、とってもとっても、大事なことだと思う。 彼は常に「わたしはあなたのことが好きですよ」そんな心で接しているのだと思う。 だから、待てる。はずせる。そしてまた、始められる。
「好き」という気持ちは無敵だ。 何もかもを含み、やさしく包み込む。 ひとと関わるとき、いつもそういう心であれば、きっとすべてが違ってくるだろう。
あなたはわたしが好きですか。 わたしはあなたが好きです。
おやすみ。
おやすみなさい。
それだけでいい。
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