Rocking, Reading, Screaming Bunny
Rocking, Reading, Screaming Bunny
Far more shocking than anything I ever knew. How about you?


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*名前のイニシャル2文字=♂、1文字=♀。
*(vo)=ボーカル、(g)=ギター、(b)=ベース、(drs)=ドラム、(key)=キーボード。
*この日記は嘘は書きませんが、書けないことは山ほどあります。
*文中の英文和訳=全てScreaming Bunny訳。(日記タイトルは日記内容に合わせて訳しています)

*皆さま、ワタクシはScreaming Bunnyを廃業します。
 9年続いたサイトの母体は消しました。この日記はサーバーと永久契約しているので残しますが、読むに足らない内容はいくらか削除しました。


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2006年06月07日(水)  The Song Remains The Same

昨日の授業中にB校のオーナーから電話が来た。ああもう毎日毎日。授業中だと言ったら妙にうろたえ、後でかけなおすと言う。またこの人からかかると思うと嫌なので、「何かあれば今」と言うのに、「いえ後で」って。

結局22時過ぎに2度かかったが、取らなかった。その後メールが来たから速攻でお返事した。用件は結局、10日の授業が延期になったというだけ。代わりの日時も決まってないし。だったら何でさっき言わないのよ。たった一言で終わることなのに。というか夕べの時点ではまだ4日も先なんだから、メールで済むじゃないか。私はスクール関係のPCメールにはいつも2時間以内に返事してるんだし。
昨日真理恵ちゃんに、「気があるんですかね?」と言われた。ぞっとする。私には珍しく、初対面から嫌いな相手だ。陰湿で偉そうでものが見えていない。
とにかく夕べのメールで「連絡事項は(電話ではなく)メールをくださればすぐにお返事します」と書いた結果、今日は一度も電話がこなかった。一週間か10日ぶりのことだ。ああ、平和。

久しぶりに。薄い恋心が降って来たかもしれない。
考えてみれば随分長いこと、「好きな人が出来た」って言ってない。昨年末までは「今週の運命の人」って冗談言うくらいに、ころころ好きな人が出来てたのに。去年の12月に体脂肪ひとケタのベーシスト(私の条件ど真ん中)を二人もたて続けに遠ざけて以来、何もないとは言わないが、しかし私の気持ちがさっぱり揺れていない。
最近は生活の中心が英語だったから、しまいには、「外人とつきあおうかなあ。そしたら英語のリスニングの勉強になるし」とか、「お金のある男とつきあいたいなあ。そしたらゆったりしたペースで英語講師をしていられる」とか、物凄く保守的な発想をしていたのだ。(発想だけで何もしないけど)
そしたら何となく今日、ふいっと「来た」
───嬉しい。少し前からこれの予想はあったけど。おまけにフェイクの恋だとわかりきってるけど。エネルギーを充填した感じでわくわくする。恋をすると綺麗になれるし、いい詩が書ける。
この感覚、今のところまだ、一週間持つかあやしいけど。でもその間にしっかりと「ふけって」やる。

出来れば本当は。フー・ファイターズの'Low'に恋に落ちた時みたいな。
あんな雷の一撃があればいいのに。

私は例えば、スマッシング・パンプキンズの'1979'が自分の為に書かれたとしか思えないし、レッチリの'Can't Stop'は私のものだと思っている。理性がどうたしなめても感性が納得しない。
で、今日表を歩いていてふとわかった。そうか、そう思うのも当たり前だ。
逆なんだ。
'1979'が私の為につくられたんじゃない。今日ここにいる私を、'1979'がつくったんだ。

そうか。2002年の夏に、'By The Way'というアルバムに出会って。
そこらへんから、Screaming Bunnyがつくられたんだ。

2005年に私は激烈な恋をしている気でいて。でも後であの頃の感覚を強烈に甦らせるのは、
'1979'であり、ガービッジの'Run Baby Run'であり。どちらも彼と何の関係もない。ただあの頃私がそれを聴きまくっていただけだ。

そうしていつも、音楽が残る。そうして私が今日ここに立っている。

The Song Remains The Same (歌がいつも残る)  *Led Zeppelin の曲。(1973)



2006年06月06日(火)  Blue

五反田TOCビルでK叔母と会う。母の経営するブティックの仕入れで昨日から東京に来ているのだ。私もコシノ・ジュンコを6点(タンクトップ×2、スカート×2、カーディガン、ドレス)もらった。CROSS ROAD時代の一ヶ月の稼ぎより遥かに多い金額だw
K叔母から、お誕生日に花しか送っていなかったからと言って、茶の革のバッグとポーチももらった。Yから預かってきたというお小遣いも。(これも誕生日祝いだとか)

メーカーのラウンジでコーヒーをいただいてたら、サービスでマニキュアをしてくれるというので、K叔母と二人でお願いする。K叔母はシルバーの無地。私はベビーブルーに薄くラメをのせ、左の薬指だけに、胸のタトゥーと同じ青い蝶を描いてもらう。蝶の胴の部分はロンドンブルーのラインストーンをひとつのせる。横でやはりマニキュアさせていたご婦人がずーーーっとこっちばかり見ていると思ったらとうとう話しかけてきた。「ブルーがとっても似合いますねえ・・・」って。「もうさっきからそっちばかり見ちゃって。私もブルーにすれば良かった」
ネイル・アーティスト達も、今日一日やっていてブルーを選んだ方は初めてです、と楽しそうに言う。
今日の服はブルーのニット。ピアスもブルー系のビーズ。指輪とブレスレットはシルバー。パンツとミュールは黒。香水は久しぶりにエタニティ。今日の服の色彩にはどうしてもエタニティだったんだ。そしてそこに、ベビーブルーの爪は合うと思った。

19時から授業の大学生たちは五反田の隣駅の目黒に住んでいるので、連絡して彼女達の家で授業する。迎えに来た真理恵ちゃんに「ほら、タトゥーと同じ蝶」と見せたら、「タトゥー入ってるんですか?」と驚かれた。最近は胸元の隠れた服も多いので、わりと知らないひともいたりする。勿論スクールの仕事の際には隠している。
かと思えば先日母にバレた。会いに行く時、ブラウスから微妙に見えそうなのでどうしようと思ったが、もういいやと着替えずに行ったら案の定バレた。母は「親からもらった体に・・・」と涙目になりそうだったが、まあまあ!って感じでいきなり話題を変えてそれっきりにした。
隠し通すのも面倒だったので、まあ言いたかったんだと思う。母も、最近の私には満足しているせいか、それ以上何も言わなかった。

刺青というのは元々囚人用かと思っていたら、最初の起源は(たいていどこの国でも)体の装飾なんだそうだ。結局は何のポリシーでもなく、ただただ体を彩るという原始的な発想なわけだ。ものごとは大体そんなものだ。

ただ、漁民が漁に出て死んだ時の識別用に彫られていたという歴史もある。既婚女性の印として彫る部族もあるらしい。何かを「見分ける」という意味では、囚人に彫るのと変わりない。
以前、サイトに顔写真を出していなかった頃は、蝶のタトゥーの画像だけを出して、「ロックバーでこれを見たら私だと思ってください」と書いていた。その方がロマンティックではあるな。実際それで声をかけられたこともある。

ちなみにいれずみを「刺青」と書くのは、私の愛する谷崎潤一郎の小説が出て以来定着したらしい。
全く関連はないが、テネシー・ウィリアムズの「薔薇のいれずみ」、レイ・ブラッドベリの「刺青の男」などの作品もやはりロマンティックで好きだ。

Blue  *RCサクセションのアルバム。(1981)



2006年06月03日(土)  Hello

フレドリック・ブラウンの'The Wench Is Dead'(邦題=「Bガール」)が届いた。早いな! アメリカのブックセラーのサイトで注文してからたったの4日だ。優秀なサイトだわ。関係ないがこのサイト、何故か私の本名と同じ名前。意味もなく親近感アップ。(このサイト探せますか、bay city rollersさん?)

この本の日本語訳は、1961年に出た創元社の「世界名作推理小説大系」の中におさめられているのみ。アメリカでもネット以外ではまず手に入らないだろう。ロンドンの「世界最大のミステリー専門店」Murder Oneにも、フレドリック・ブラウンは1冊しかおいていなかったし。
22ドル+送料9ドル50セント。中古だがかなりきれいな状態で、本当に読んだのか?と思うほど。出版当時(1955)の価格が25セントとあるのを見て、長い時を経てこの本を入手できた喜びを噛みしめる。
カバーは可愛らしいというか安っぽいイラスト。小口はピンク。紛れもない「パルプ」だ。
カバーの謳い文句はこうだ。'Hoods, Winos, junkies, B-girls --- Here is a hard and Violent Novel of murder on Skid Row'(ギャング、アル中、ヤク中、売春婦。どや街の殺人を描いた過激で暴力的な小説)

特にコメントはしない。思い出すのはカート・ヴォネガット・ジュニアの傑作「チャンピオン達の朝食」だ。その主人公キルゴア・トラウトのSF作品は、ハードコア・ポルノ専門の出版社からエロ本のめくらましとして出される。そして帯の謳い文句はこうだ。'WIDE-OPEN BEAVERS INSIDE!'(大きく広げたビーバー満載!) ビーバーとは女性器のこと。

だけど今実際にこの本を目の前にして私が感じるのは、安っぽいイラストも含めてただただ、既に亡きアメリカの作家の未訳の作品を手に取り、これから読むのだという感慨だけだ。
アメリカは、現代においてもまだまだ遠い国なのだ。その国で51年前に出された小説を私が読む。ここまで来るのには、かなりの時間と手間がかかったんだよ。
今私は、この小説を読むためだけに、自分が英語を学んだような気がしている。

Hello (やっと会えたね)  *Oasis の曲。(1995)



2006年05月30日(火)  Search

ごくたまに、文学や音楽に関する充実した資料を提供する個人サイトに出会う。個人が無償で、ただ情熱だけで素晴らしいものをつくっているのに出会うと、しみじみ感謝するし頭が下がる。うちの父は個人サイトに全く信用をおいていないが、冗談じゃない、日本で一番有名な音楽関連会社のひとつのサイトが、平気でカート・コバーンの没年を2年間違えた挙句、「今年が没後10年」(実際は12年)なので映画もつくられた、と書いていたのを見つけたばかりだ。よほど個人サイトの方が信用できる。

今日もそういうサイトのひとつで、翻訳ミステリーのサイトを見ていた。そしたら何と、ミステリーの原書を買えるところを探してくれるという。何の見返りも求めず、希望の状態の本を予算内で探してくれるというのだ。早速メールでフレドリック・ブラウンを3冊(未訳2冊、翻訳入手不可1冊)依頼したら、朝7時台だったにも関らず2時間で返信が来た。既に3冊の入手先(アメリカのレア本専門サイト)が明記してあり、「翻訳入手不可」の一冊の翻訳版も一応は探してみてくれたらしい。(やはり探せなかったようだが) 何て有難い。早速「翻訳入手不可」の一冊を注文した。

注文した本は、原題'The Wench Is Dead'、邦題が「Bガール」である。
もう一回書く。Bガール、Bガール、Bガール。Bガール。
ずっと「Bガール」を探していた。フレドリック・ブラウンの日本語訳で唯一の未読作品だったからだ。ところが今回、上記サイトの原書を探すコーナーの冒頭に「原書でミステリを読んでみませんか? 日本では手に入れることが不可能な未訳作品を読んでみませんか?」とあるのを見て、「そうか、英語で読めばいいんだ」と思った。ずっと探していたので「翻訳もの」が固定観念になっていたが、思えば私はいつの間にか、原書を読める英語力が身についていたのだ。

残りの2冊、'Deep End'と'The Office'(ブラウン唯一の一般小説)も順次入手して読むつもりだ。そしたらフレドリック・ブラウンは全作品読んだことになる。短編も含めて全部。
・・・英語が読めるようになって本当に良かった。

Search (探す)  *フレドリック・ブラウンの短編(邦題=「探索」) (1954)



2006年05月29日(月)  Document

2002年に初めてPCを買ってネットを始めた。これは自慢だが、PCが届いて、箱から出して40分後には、自力でネットに繋いでいた。翌日自分のサイトを作り、翌々日にはチャットにはまっていた。

で、そのPCが届いた時、私はそれまでの愛機であった富士通OASYS 30LX�供△弔泙螢錙璽廛蹐鯤�解して捨てた。分解したのはゴミに出す為だ。粗大ゴミでなく一般ゴミに出した理由は、お金の問題ではなく「今すぐ捨てたい」だ。無理にやったので手を怪我した。こういう時の私(捨て魔)は、我ながらアナウサギが穴を掘るごとく、アライグマが食物を洗うがごとく、もう無心に無闇に無謀に突き進んでしまう。そして見事ワープロをゴミに出して、しみじみと満足した。
アホである。アホだと思ったのは3年半もたってからだ。
一体当時の私は、フロッピーディスクの中身をどうするつもりだったんだろう。漠然と、いつか何かの機械で読み取れるだろうと思っていたのは覚えているが。

それを今回ネットで探した個人業者に頼んで、CD-Rに焼いてもらったのだ。フロッピーディスク7枚。一週間前に届いたので、わくわくして中身を確認しようとしたが、あまりに文書が多いので、ついつい確認を後回しにしていた。
今日あらためて中身を見てみたら、日記、手紙、小説、詩、エッセイ、書評、英語のレポート、読書記録、メモ、その他。
書評の力の入り方は、我ながらびっくりした。当時はネットもしていないから、発表の場もないのに、こんなに情熱をかたむけて書いていたのか。おそらく発表しようという意思もあまりなかったと思う。

そういえば。しょっちゅう、殆ど毎晩のように、大いびきをかいて寝ている元ダンナをよそに、深夜、時には朝方まで、ワープロに向かって何かを書いていたっけ。

ところで私は19歳の時に、13時間で英文タイプのブラインド・タッチを習得した。その後ワープロを買って、富士通の親指シフトのキーボードのブラインド・タッチをマスターした。親指シフトとは富士通が開発した日本語を最も効率的に打つ為の文字配列で、ひとつのキーで三種類の打ち方が出来るようになっている。私はこれが、自分で言うのも何だがかなり速く打てた。今でも指がしっかりその配列を覚えているほどだ。ところがこの親指シフトのキーボードは現在は姿を消し、JIS企画に切り替わっているという。実際は殆どのユーザーがローマ字入力だろう。私もそうだ。ローマ字入力は親指シフトに比べて、打つのに2〜3倍の手間がかかる。
───何だって、いいものはいつも姿を消していっちゃうんだろうなあ。

Document (文書)  *R.E.M. のアルバム。(1987)



2006年05月24日(水)  Don't go

何となく爪を短く切った。

2002年と2003年は、爪をかなり長く伸ばしていた。こんな爪で日常生活が出来るのか?というくらい。でも人間は何にでも慣れるもので、シャンプーも食器洗いも器用にこなしていた。ただし急いで準備する時は、この爪のせいで泣く思いをした。ボタンが留められない。ネックレスの留め具が開けない。あの頃の遅刻の原因のトップは「爪」だ。マニキュアを塗リなおすのも遅れる原因になった。裸の爪でなんか表に出られないと思っていた。
長い爪は当然よく折れる。そこで付け爪の出番となる。親指をはじめ各指用に大きさを削った付け爪、爪を貼る専用のグルー、貼った後に形を整える爪ヤスリ、今塗っているのと同じマニキュアを常に持ち歩き、夜遊び中に爪が折れると、素早く付け爪を貼ってマニキュアした。GODZのテーブルの下でこそこそ塗ったのを覚えている。

一度ローリング・ストーンで、ばっきり折れた真っ赤な爪を、たまたま目の前にいた知らない男に「見てよコレ!」と見せたら、その男が無言で取って食べてしまったのが、未だに忘れられない。

2003年の終わりにギターをもらって、弾こうかと思って爪を切った。たいして弾かないうちに彼と別れ、ギターも突っ返した。2004年の夏の終わりに2年ぶりに働き出したら、ショットバーの仕事なので長い爪が邪魔で、マニキュアもすぐにはげるので、あまり爪に凝らなくなった。付け爪の出番も全くなくなった。

捨て魔の私が、使いもしないのにずっと保存していた付け爪を今日捨てた。今は英語講師もしているので、もうチェリー・レッドやブルーやグリーンのマニキュアも殆ど塗る機会がない。
塗り上げた長い爪は、私にとって、無職、無為、無益、そして「女」の象徴だった。ぴかぴかのエナメル。

たとえば夏の開いた胸元に塗るグリッター。たとえばメイクの最後に目頭にぽつんとのせる白いシャドー。
たとえば必ず蝶のタトゥーの上につける香水。会うひとによって香りを変えるという小細工。
愛しいくだらないムダの象徴。
バイバイ。

Don't go (行かないで)  *D'Yer Mak'er / Led Zeppelin (1973) の歌詞。



2006年05月22日(月)  I learn to bribe I learn to say please

ふと気づけば、CROSS ROADを辞めてもう一ヶ月あまり。早いなあ。
あれから英語講師の仕事しかしていない。といってもスクール2校の仕事はGW明けから受け始め、初の体験レッスンが5/12(B校)だったから、かなりそれまでは時間があった筈なのだが。感覚としてはずっと忙しかった。常に目の前にやることがあったのだ。私は元々やりたいことが沢山あって、それが仕事をしているとたまる一方になってしまう。なので、仕事をしていない状態でようやくやりたいことに手が回るのだ。いや、それでも回らないくらいだ。(しかもこの一ヶ月は実際色んなことがあった。スクール講師としての準備は勿論。翻訳を依頼されたり。レコード会社のHPに連載をさせて頂くお話も来たし。旅行にも行ったし。1,500曲消えたしw)

で、わりと充実した一ヶ月だったが。収入はないのである。スクールのお給料もまだ入ってこないし。
こんな時に限ってやたらと物入りで。5月は母の日と祖母、伯母、元姑の誕生日がある。
で、お金がないので一石二鳥ということで、伯母と元姑へのプレゼント(まあかたち程度)は盲導犬支援団体のグッズにさせていただいた。そうすれば同時に募金も行える。その請求書が来たので、一昨日払い込みに行ったら、財布に5,000円しかなくて、その中から3,000円を募金に払う自分って偉いわあ、と一人で感心したw
え?自慢かって?・・・当然じゃん。所持金の6割よ? 出来るもんならやってみろってw

でも本当は。前にも書いたけどこれは賄賂なのよ。
神様、閉所恐怖症の私は、目が見えなくなったら絶対に気が狂います。たまにこうして少しだけどお金を払いますから、何とかそれだけは勘弁してください。

I learn to bribe I learn to say please (賄賂を払いますから、お願い)  *Lich The Pavement / Garbage (1998) の歌詞。



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