この町に引っ越してきて、もうすぐ十九年になる。
最初は心配だった。昔からの人達だけの古い地区。
土塀や石塀に囲まれた住宅が並ぶ、曲がりくねった道、
車一台通過できるかどうかの細い道が続く町並み。
当時、小さな工場跡に建った三軒の新築住宅だけが異質な存在だった。
一軒には地元の方が入居、我が家とお隣さんの二件だけが全くのよそ者家族。
でも私には、意外にも住み心地の良い快適な環境だった。
地元の人達は、新参の私達に好意的で親切だった。
なんといっても、同世代の奥さん達(当時は三十代だった)が集まって
ペチャクチャと井戸端会議や噂話などに花を咲かせている風景が
ここには全くないのが、私には合っていた。
周囲は三世帯同居のお宅ばかりだ。
お嫁さん達はお姑さんの手前、井戸端会議などする暇もないのだろう。
この地域では専業主婦のことを「奥さんは遊んでるの?」などと言う。
皆がみな、大きなお宅の奥さん達も、仕事に行くのが当たり前らしい。
小さな町なのに公立の大きな保育所が八ヶ所もあって、
ゼロ歳児から預かってもらえる。
「かつて紡績と農業が盛んだったこの地域は、女性達は働き者で強い」
と講演会できいたことがあったのを思い出す。
ある意味、私がよそ者だから住み易いのだと思う。
古いしきたりやめんどうな付き合いを強要されることもなく、
地元の人達の噂や話題の対象にすらならないので、とても気楽だった。
でも、小学校二年生からここに来た娘は、親とは少し事情がちがう。
地元の近所の友達がたくさんでき、やれ祭りだ、盆踊りだ、などと
すっかり地元民化してしまったようだ。
それでも、小学校時代には毎日のようにいっしょに遊んだ仲間達も
中学、高校、大学と進むうち、それぞれに別の道を歩み始めて、
そのうち親しさも薄れていくものだ。
だから、今でもこの町に住みながら、なおよそ者感覚の母親は不思議に思う。
この地を離れて丸三年、遠い東京で生活をしている娘が、
自分の結婚式に、今はほとんど付き合いの無い昔の友人達を招待すること。
もちろん、今でも親しい友人もいる。
でも、当時からそんなに親しくなかった、
しかも、これからもあまり会うこともないだろう友達の名前もある。
たしかに、同じ地区の友達ではあるが・・・
「なんで? 結婚式に招待する友達って、ほんとうに親しい間柄だけよ。」
「そういうわけにはいかない。この人達だけを外すなんてことはできない。
そんなことをしたら、ここに帰ってこれなくなる」
ええっ!! そういう人間関係、母は苦手だー。
よそ者でいる方がずっと楽なのに・・・
でも考えてみれば、娘はこの町に来て、地元の子供達の仲間に入れてもらい、
とても楽しい子供時代を送ったということだ。
地元感覚が身に付き、母親とは違った価値観で人間関係を大切にする娘、
なんだか世間一般の親子とは逆のような気もするが・・・
ウェディングの準備で帰省していた娘が東京に戻って行った。
今の生活拠点である東京、ウェディング会場となる大阪、
今年になってから、娘は何度東京と大阪間を往復したことだろう。
ある時は夜行バスで、ある時は飛行機で、そして今回は新幹線、
この五日間はフル活動の娘だった。
式場との打ち合わせ、ウェルカムボードやリングピローの作成準備、
式場で流すBGMの録音、編集、プチギフトの袋詰め、
披露宴の座席表やミニカードの作成、
結婚式って、こんなに忙しいもの?
さらに、この忙しい合間を縫って、大阪ドームに出かけること2回、
相変わらず阪神タイガースの応援に熱くなった娘達、
そして突然ギックリ腰に襲われた月曜日、
あわてて整骨院に連れて行ったり、コルセットを買いに走ったり大変だった。
とにかく、挙式の日までに、まともなスタイルで歩けるようになって!
背中から腰にかけて、まるでボードが差し込まれているような格好で
フラフラと東京に帰って行ったけど・・・
さて、先日の日記の続きです。
今回の揉め事(Yちゃんのこと)について、やはり私なりの考え方を
娘にハッキリ伝えておいた方がいいと思い、
昨日の夕方、二人でそのことについて話し合いました。
あくまでも、娘の友人Yちゃんが六ヶ月の赤ちゃん同伴で
結婚式に出席することに反対の私、
赤ちゃん同伴でもかまわないから、Yちゃんに来て欲しいと
思っている娘、
さて、どちらが勝った(?)でしょうか。
先日、日記を書いた時の私と、今の私、
自分としては微妙にちがっていると思います。
結婚式の時に赤ちゃんを預かることはできない、と言ったYちゃんのお母さんは、
「私は、娘が美容院に行くときでさえ、赤ちゃんを預からないんです。」
とも言いました。
その言葉を聞いた時、選択肢は二通りしかないのだ、と思いました。
Yちゃんの赤ちゃん同伴の結婚式出席、か、欠席。
Yちゃんひとりで出席してもらうことは不可能ということです。
それまでは、この件に関して、私はYちゃんを
「友達として少し配慮が足りない」と、こっそり非難していました。
しかし、近くに住んでいるからと言ってすべての母親が
娘の赤ちゃんを預かってくれるとは限らない・・・
非難の鉾先が、Yちゃんからお母さんの方に移ってしまった私。
でも昨日、娘と話し合ってから、少し余裕ができたのでしょうか。
私には、まだ孫は一人もいないけれど、
もし初めての孫ができたら、数十年ぶりの赤ちゃんの世話。
程度の差はあっても、きっと私だって不安な気持ちになるでしょう。
「赤ちゃんが泣き止まないと、どうしていいかわからない」
「赤ちゃんと二人きりになれない」
お母さんは、実は真面目に真剣に言われたのです。
Yちゃんは赤ちゃんといっしょに、よく実家に帰ってきているし、
普段はきっと優しいおばあさんをされているのでしょう。
でも、一人きりで赤ちゃんを預かるのが不安ということ、
考えてみれば、私だってそうなるかも知れないのです。
ただ、お世辞にもデリケートとはいえない私のこと、
「赤ちゃんは泣くのが商売、元気な証拠よ!」という調子で
たぶん乗り越えられるだろうと思っています・・・が・・・
その時になってみなければ、わからないことはいっぱいある。
Yちゃんが娘に結婚式への出席を断ってきた時、
「ごめんね。私が浅はかで何も考えてなくて・・・」と
とても恐縮して謝ってくれたそうです。
娘は「とんでもない、私の母があんなこと言ったのは、
赤ちゃんがいっしょだとYちゃんがほんとうに大変だと思ったから。
だからYちゃんのお母さんに、赤ちゃんを預かってもらえないだろうかと
思って、いろいろ言ってしまったそうなの。
預かってもらえないのなら、赤ちゃんもいっしょに来て欲しい」
と伝えたということ。
Yちゃんは「お母さんが子供を預かってくれないから」
とは、ひとことも言わないそうです。
というわけで、やっぱり私は複雑なのです。
最初から何も言わずに、結婚式に赤ちゃんを連れてきてもらえばよかったのか。
でも、そうしていたら、私はずっと思い続けたかもしれません。
「Yちゃんもお母さんも、ほんと非常識な人達ね」って。
今は・・・・・(やっぱり揺れ動いております。いろいろな意味で)
結論は、今のところ「なりゆきに任せる」です。
相変わらず、シッカリできない私なのですが・・・
先日よりも気分的に落ち着いています。