林心平の自宅出産日記

2004年10月09日(土) ぜんそくの発作が起きた。夫、再び反省する。

 先日、急にぜんそくになることはないと書きました。そのことを訂正します。しばらく日記を更新できなかったのは、次のようなわけなのです。
 ここ数年、9月頃になり、少し寒くなりはじめる頃にかぜをひくと、ぜんそくの発作が起こりそうになったり、あるいは起きてしまったりしていました。発作が起こり、入院しそうになったのは、2人目を妊娠中の12月のことでした。
 そのときは、かぜが治らなくて小発作が起きていました。小発作が大発作につながることはあるそうですが、妻の場合、急に大発作になることはありませんでした。
さて、今年の9月には鼻水がたくさん出て耳鼻科にかかったこともありました。そのときから、もっと注意していればよかったのです。しかし、ぼくは、ぜんそくになるかもしれないことを考えて、家の掃除に取り組んではいませんでした。室内に犬がいるので毛やほこりは、けっこうな量になります。それなのに、掃除を毎日してはいませんでした。
 妻のぜんそくの原因となるのは、ハウスダストであるとわかっていたので、妊娠していないときも、掃除はぼくの担当でした。妊娠すると薬に制限が出てくるので、今まで以上に部屋を清潔に保たなくてはならないはずでした。

 吸入器を使い始めたのですが、1回に20mlの水を使い、2回吸入したいときには、一度水を捨ててから再度セットしなくてはならないのでした。しかし、久しぶりに使ったためぼくはそのことを忘れており、説明書で確認もしていませんでした。妻は
「続けてやってもいいの?」とききましたが、ぼくは安易に続けてスイッチを押してしまいました。あとで説明書を読んだところ、続けてスイッチを押すと加熱しすぎてしまうとのことでした。
 しかも、水の量が多すぎ、いつもより長時間、蒸気を吸入してしまいました。吸入が終わると、妻は咳込んでしまいました。のどが「ひぃーっ。ひぃーっ。」と鳴りました。咳き込みましたが、深夜になりそのまま眠たくなって眠ってしまいました。
 しかし、朝方、咳が出て目が覚めてしまい、妻はインターネットで妊婦のぜんそく薬の服用について調べました。すると、吸入薬は使用後きちんとうがいをすれば気管までしか作用せず、呼吸困難になって胎児に影響を与えるよりはよい、ということだったのです。今までは、とにかく薬は使えないと考えていたのですが、考えを変えました。
 それからぼくが目覚めたのですが、妻の咳がとまらなくなり、以前、病院でもらった吸入薬を吸入しました。
 すると、発作はおさまりました。
 ついに、ぜんそくの小発作が起こってしまったのです。様子を見て、病院にいくことを考えることにしました。
 妻は「呼吸が苦しくなり、しーちゃんは大丈夫だっただろうか」と気にしていました。
 風呂をわかし、ふたをあけたままにし、少しでも空気が乾燥しないようにしたり、暖房をつけて寒くないようにしたりしました。
 
 先日、ぼくは、料理がおろそかになっていたことを反省しました。そして、今日は、掃除がおろそかになっていたことを反省しました。
 毎日、ぞうきんモップとほうきでカーペットとフローリング上のほこりをとり、週末にはワックスがけをしたり、窓の桟をふいたりすることにしました。また、長年持っていなかった掃除機を買うことにしました。排気のきれいな機種です。さらに、ほこりの出にくいふとん、畳クリーナー、すでに持っていた加湿器の替えフィルターなどを注文しました。
 このままおさまってくれるように、できるだけのことはしようと、気合を入れなおしました。もう、出産は始まっているのだということを、忘れそうになっていました。ごめんね。



2004年10月07日(木) 風邪と低血圧と運動の優先順位

 5か月になり、つわりもおさまってきたものの、重かったつわりの影響もあってか、妻の体調はすぐれません。ずっと風邪気味なのです。
 おまけに低血圧で、そろそろ運動不足も解消したい時期になってきました。そこで、この三つの課題について、優先順位をつけることにしました。
 まず、運動不足を解消することから始めるわけにはいきません。風邪気味なので、運動を始めることができないからです。風邪と低血圧について考えてみました。当初は同時に改善していこうと考えていました。しかし、低血圧をすために、早起きして朝食をしっかりとろうとすると、どうしても寝不足になってしまい、いつになっても風邪が治らないようでした。
 早く寝れば寝不足にならないのが道理でしょうが、現実はそうでもないのです。3歳と5歳の子どもたちは、夜、たいていおしっこで目を覚まします。上の子はトイレに連れて行ってあげないと、寝ぼけたままでベッドの上でもじもじしてしまいますし、下の子は寝るときだけつけているおむつを換えてあげなければなりません。
 子どもたちとぼくたちは別の部屋で眠っています。トイレやおむつの世話はぼくがしています。それならば、ぼくが子どもたちと同じ部屋で眠れば、妻はぐっすり安眠できると思っていたのですが、そうはならないのだそうです。
 子どもたちが起きても、ぼくは起きずに、目を覚ました妻がぼくを起こして、そのぼくが子どもたちの世話をする仕組みになっているというのです。今までぼくは、「子どもたちの声でちゃんと目を覚ますとは、ぼくもだいぶ親が板についてきたな」などと思っていたのですが、ぼくは自分では起きていなかったのです。
 ですから、ぼくが子どもたちと寝ても、結局、妻が隣の部屋までぼくを起こしに来ることになってしまい、今よりもたいへんになってしまうとのことでした。
 もっとも、ぼくは子どもたちの世話をしたあと、3秒くらいで眠ってしまうので、夜中に起きてもそれほどたいへんではありません。でも、妻はなかなか眠れないらしいのです。

 ですから、妻は、早く寝ても寝不足になりがちなのです。そこで、優先順位を、風邪を治す、低血圧対策、運動不足解消とすることにしました。早寝遅起きにし、朝食を食べる時間にはこだわらずに、とにかくたくさん眠る。そして、吸入器を常用するのです。
 もちろん、低血圧対策として、鉄分をたくさんとる食事はこころがけます。



2004年10月05日(火) 夫、大いに反省する

 夕ご飯はお好み焼きだけでした。食後、妻は怒っていました。
「食事の支度を担当するなら、ちゃんと、妊婦の栄養を考えてやってほしい」そう言って、妻は、保健センターでもらってきた、妊婦の栄養・食事についてのパンフレットをぼくに見せました。一読後、ぼくがいかに、無自覚的に料理を作っていたかを認識し、大いに反省しました。昨日からの献立を書き出してみます。
10/4夜 シチュー
10/5朝 シチューの残りとご飯、昼(弁当) ブロッコリーのゆでたのと市販のミートボールと卵焼き、夜 お好み焼き、
 これでは、炭水化物もタンパク質もビタミンも何もかも不足しています。おまけに妻は、助産婦さんに低血圧や鉄不足を指摘されたばかりでした。
「助産婦さんに言われたにんじんとごぼうジュースを作らないのなら、それよりも効果のあるものを考えないといけないでしょう」
 まったく言われたとおりで、ぼくが自宅出産に際して助けになる最大のことが、よい食事作りなのに、実にいい加減にしていました。妻は言いました。
「悪循環になってる。このままだと、私はずっと風邪っぽくて、ぜんそくになってしまうかもしれない。そうなると、家事をやってもらうことになって、忙しくて、ますます料理がおろそかになる。一度、仕切りなおさなくては」
ぼくは、心を入れ換えて、10/6には次のような献立にしました。
朝 バターロールと南瓜スープと目玉焼き、昼 チキン豆腐バーグとじゃがいものごまみそマヨネーズあえと小松菜ともやしのナムルとひじきじゃこご飯。

 もう1つ指摘されたことがありました。総合病院の医者の予定日の話に対して、ぼくは、自分で反論できなかったのです。基礎体温をつけていたので、排卵日はほぼ特定できていることを、妻はデータを示しながら教えてくれました。そういうふうに、データを確認しようともしていなかったのは、実は、その話がよくわかっていなかったからではないのか、と言われました。
 そうです。勉強不足でした。ごめんなさい。

 手綱を締めなおした一日でした。頑張ります。



2004年10月04日(月) 夫、病院で医者に怒る(後編)

 やっと、診察室に呼ばれました。二人で中に入ると、医者と看護婦さんがいました。
「病院には行ってないんですね」
「助産婦さんにみてもらいました」
「それで、検査だけ受けに来たということですか」
「はい。自宅で出産しますので」
「どうして病院で産まないの。殺伐とした雰囲気だから?」
(なんで、そんなことをきかれなくちゃいけないのだろう。)
「ベテランの助産婦さんですか。何歳くらい」
「はい。70いくつの方です」
「それは、ベテランだ。何かあったらどうするの」
(あなたには関係ないでしょう。あなたのようなぶしつけな医者がいるから、病院は嫌なのです)と言いたくなってきました。ぼくたちは、検査を受けに来ただけなのです。それでも、妻は答えました。
「病院に行きます」
「急に病院に行っても診てもらえないよ。どこに行くの」
「助産婦さんの嘱託医があるんです」
「じゃあ、そこで診てもらったほうがいいよ。ぜんそくがあるんだね。もし、出産中に発作が起こったら、命に関わるよ。そうなったら、その助産婦さんは責任取れるの。そういうこと、ちゃんと話しておいたほうがいいよ」
(何の兆候もなく、突然ぜんそくの発作は起こりません。もし、誰にも予想できない突発的な事態が起きたら、誰にも責任は取れません。そもそも、自分で責任を引き受けるという考えで自宅出産に望んでいます。責任の所在については、この医者に何の関係もありません)というような反論が次々と思い浮かびましたが、そんなことを言っても自分たちに何の得もないなと思っていたので、黙っていました。この医者は、そもそも自宅出産に否定的だし、きっと、ぼくたちのような飛びこみの者を診察したことがないのでしょう。
 
 それから、エコーで診ると言われ、妻はベッドに横になりました。しーちゃんの画像を見せられながら、言われました。
「昔はみんな自宅で産んだんだもんね。でも、その頃はたくさん死んでたってことを、忘れちゃいけないよね」
いつのまにか、くだけた口調になっています。たいてい人を見下している人は、口ぶりが変わります。
 (「忘れちゃいけない」なんで言われても、ぼくたちの関心は自分たちの出産にあるのであって、ここで医者から講義を受けるつもりはないのです。また、自宅で産んだからたくさん死んでいたというのはとても乱暴な論理であって、栄養、衛生環境、妊婦さんの社会的地位、その他もろもろの事情によるものでしょう。しかも、今の助産婦さんがその頃と同じ技術、考えで介助していると考えていること自体がまちがっています。現に、昨日の助産婦さんは、ドップラーの機械を担いできました。)
さらにこの発言は、正確に歴史を踏まえていないことを、後に教えていただきました。
「妊産婦死亡率に関して、これまで一般に信じられてきたことで必ずしも正確でない"常識"に、過程分娩から施設分娩に移ったから安全であると言うものがある。施設分娩が急激に増加していく時期の施設化と妊産婦死亡率についてけんとうしてみると、1947年に施設分娩数の比率は2.4%、1957年に28.7%、10年間に施設分娩率は12倍に増えた。この間、妊産婦死亡率は16.8%から17.1へと、17を前後としてほとんど動かない。」(『助産婦の戦後』p.276)

 それから、医者はしーちゃんの大きさを機械の画面上で計測しました。
「こんなに大きくなってからじゃ、予定日が正確に特定できないよ。助産婦さんは、最終月経から予定日を出したんだね」
(毎日こつこつと基礎体温をつけていたので、予定日は大体わかっていました。それ以上の精度で予定日がわかることに、何の意味があるのでしょうか。予定日より大幅に早く生まれるとか、ずいぶん過ぎても生まれないとか、そういうときにそのことを認識できることが大切なのでしょう。しーちゃんは、生まれる日に生まれるのです。予定日に生まれるわけではありません。そんなこと、わかっているでしょう。今、その機械で予定日を正確に特定できないことでぼくたちが困ることはありません)
「内診は?」と看護婦さんが医者に言ったようでした。
「いい」と医者は小声で答えました。
 それで、検診は終わり、ぼくたちは待合室に出されました。看護婦さんがやってきました。
「血液検査はしなかったので、この券はお返しします。エコーの料金だけかかるので、会計へ行ってください」
「あれっ、血液検査を受けにきたんですが」とぼくは言いました。
「いえ、先生がしないって言ったんです」と看護婦さんが言いました。その看護婦さんは、ぼくたちが血液検査等をお願いした人です。ぼくたちの来院の目的を知っていながら、この人は医者に何の意見も言えないのです。医者が言ったことをそのままぼくたちに伝えているだけなのです。看護婦が医者に意見を言えないような雰囲気にしている、医者や管理者の責任もあるでしょうし、この看護婦自身が医者と対等な立場に立って仕事をしていないという責任もあるでしょう。
「だって」とぼくが言いかけると、妻が「いいよ」と言いました。どうやら、医者は検査を拒んだようでした。

 それから会計窓口に行くと、「6560円です」と言われました。一瞬、意味がわかりませんでした。妻のところに戻り、お金をかき集めながら思いました。やっぱり、おかしい。妻が空腹を抱えていたのはよくわかっていたのですが、
「ちょっと言ってくるね」とぼくは、会計窓口に行きました。例の無料券を示しながら、
「これでこの券に書いてある検査をお願いしたんです。それなのに、その検査はしないで別の検査をして、お金をはらえだなんて、納得がいきません」
 すると、会計係りの人は電話をかけ、再び、無料券とカルテをクリアファイルに挟み、それを持って産婦人科へ行くように言いました。
 再びしばらく待たされ、診察室に呼ばれると、あの医者がいました。ぼくはクリアファイルを渡しました。
「この券で無料の検査を受けにきたのに、頼んでもいないエコーをやって、お金を払えだなんて納得がいきません」
「ふつうは、妊娠検診は保険外なんです。でも、保険を適用してあげたんですよ。そうじゃなかったら、7000円もかかるんです」
「6560円ですよ」
「あれっ、おかしいなあ。初診料も入ってるんですよ」
「無料の検査を受けにきたんです」
「それならそうと言ってください」
「ちゃんと、問診表に書きました」
「私に、言ってください」
「だって、問診表に書いたんですよ。問診表見ましたか」
「はい」
「それなら、あなたのミスじゃないですか」
「無料だから来たんですか」
「そうですよ。妊娠は確定してるんだから、エコーなんていりません」
「あなたねえ、ちょっと私の話を聞きなさい。赤ちゃんが正常かどうか調べるのに、エコーが一番大切なんですよ」
「それは、あなたの判断でしょう。ぼくたちには必要ないんです。どんな検査を受けるのか決める権利は、ぼくたちにあるんでしょう」
「はい。それなら、エコーはいりません」
「そうですよ」
「お金もけっこうです」
「あたりまえです」そう言って、ぼくは、医者の向こうに置いてあったクリアファイルの中の無料券を手に取りました。すると、医者は言いました。
「検査を受けないのなら、それはいらないでしょう」
「検査は受けます。ここで受けないだけです」
そう言って、診察室を出ていきました。その医者は、検査もしていないのに、ぼくが黙っていたら、無料券を返さないつもりだったのです。なんということでしょう。

 帰り道、妻が言いました。
「結局、いじわるなんだよ。本気で怒ったり悲しんだりしちゃだめだよ。でも、お金を払わずにすんでよかった。代わりに怒ってくれたから、すっきりしたような気がする」
 しばらくぼくはぷんぷんしていましたが、帰りに子どもたちのおみやげに筋子を買うと、元気が出てきました。

 一度家に帰って仕切りなおし、夕方、別の病院に行くと、女性の医者でした。ぼくは、はじめに受付で「この券で無料の検査を受けたい」とはっきり言いました。ぼくは、診察室に入れてもらえなかったのですが、次のようなやりとりがあったそうです。
「この券の検査以外にも妊婦検査はありますが、どうされますか」と看護婦さんに聞かれ、妻は
「いくらですか」と聞きました。どうやら、今度は「無料の検査」というところを二人して強調したために、「この人たちはお金がなくて、無料券があるから検査に来たのだな」と思われたようでした。
 でも、それは、そう思われてみると、事実でした。
 それから、無料の検査の中身についてきかれました。尿検査は、今日、したばかりなので飛ばしてもらうことにしました。
「エコーはどうされますか。無料ですが」
なんとなんと、こちらでは6560円ではなく無料だと言うのです。とはいうものの、こちらもついさっきやったばかりなので、いりませんと言うと、結局、血液検査だけということになりました。
 
「助産婦さんに診てもらった」と妻が医者に言うと、助産所で出産しようとしている人が検査だけを受けに来た、と認識されたようで、「どうして病院が嫌なのか」だとか、日本の出産の歴史についてとか、胎児の大きさから予定日が正確に算定できないとか、の話は出ませんでした。そして、無料の検査だけを受けられました。
 妻は言いました。
「ここで産んでもいいと思えるくらいだった」
 まったく、はじめからこちらにくれば、何の問題もありませんでした。まるで、この「自宅出産日記」をおもしろくするために、総合病院に行ったようなものでした。



2004年10月03日(日) 夫、病院で医者に怒る(前編)

 昨日の助産婦さんにお願いするならば、病院へ行って検査を受けなければならない、ということを妻は納得しました。また、低血圧についても気になっていました。そこで、いぜん、知り合いが推薦していた総合病院へ行くことにしました。
 その前に、区役所へ行き、母子手帳をもらってきました。母子手帳も、いよいよ3冊目です。助産婦さんにかいてもらった「妊娠証明書」を窓口に出すと、すぐに真新しい手帳をくれました。なんだか、晴れがましいような気持ちがしました。
 家に帰り、住所、氏名、昨日の検診結果などを書き込み、最初のページにある「妊婦一般健康診断受診票」に必要事項を書きこみました。昨日、助産婦さんが「無料で病院で診てくれる券」と言っていたものです。

 母子手帳と保険証と水筒を持って、妻と病院までてくてく歩いていくと、玄関の前に立っている電柱に、別の産婦人科医院の広告が貼られていました。
「なんでこんなところに、別の病院の広告があるんだろうね」
「きっと、この病院にかかって、不満に思った人が、この医院へ行くんじゃない」
などと冗談を言いあっていました。
 中に入ると、総合病院だけあって、受付の窓口がたくさんあって、どこに行ったらよいのかわかりませんでした。とにかく、見当をつけて行ってみました。
「この妊婦一般健康診断を受けたいんですが」と言いながら、「妊婦一般健康診断受診票」を見せました。
「診察券を機械に挿入してください」
「いえ、初めてなんですが」
「妊娠していることは確実なんですか」
「はい。そうですよ。だって、母子手帳があるじゃないですか」
「それなら、こちらに書いてとなりの窓口に出してください」
と、産婦人科の問診表を渡されました。
 このとき、気づいたのですが、おそらく、妊娠が確認されていて、いきなり飛び込みで「妊婦一般健康診断」を受けたいと言ってくる人はあまりいないのでしょう。

 普通の手順としては、� 崘タ韻靴燭�もしれないのですが」と病院にやってくる。�⊃濃,鮗�けて、「妊娠していますね」と医者に言われる。��次の予約を入れる。といった感じなのでしょう。
 でも、ぼくたちのようにいきなり病院へ行かない人たちは、検査だけを病院へ受けに行く、という場合があります。このときに、助産婦さんの嘱託医であれば話は早いのでしょうが、助産婦さんの地元は少しうちから遠かったので、近くの病院へ行ったのです。
 ともあれ、妻は、問診表にとりかかりました。その中に、なぜ病院に来たのかを問う設問がありました。選択肢に丸をつけることになっているのですが、例えば「妊娠したかもしれない」とか、「腹部に痛みがある」などと列記してありました。しかし、どこにも、「妊婦一般健康診断を受けたい」というようなものはありませんでした。
 しかたなく、「その他特別な症状(     )」という欄に、「妊婦一般健康診断希望」と書き入れました。それを受付に提出し、再度しばらく待つと、その問診表と診察カードを渡され、産婦人科の窓口へ行くように言われました。

 長い廊下を渡って産婦人科へ行くと、たくさんの妊婦さんが長いすに座って、順番を待っていました。ぼくたちも、先ほど書いた問診表と診察カードを渡しました。少し待つと、看護婦さんがやってきました。
「今日はどうされましたか」
「妊婦一般健康診断を受けたいんです」と妻は言いました。
「それなら、この券を使ってもいいですか」と言って、「妊婦一般健康診断受診票」を取りました。
「はい、お願いします」
すると、妻は別室に連れて行かれ身長と体重などを測って戻ってきました。別室では、看護婦さんとこんなやりとりがあったそうです。
「どこか病院で妊娠していると言われましたか」
「いえ。うちに助産師さんに来てもらいました」
「どこにも病院に行ってませんか」
「はい」
「自宅に助産師さんに来てもらった特別な理由はありますか」
こう言われて、妻は困ってしまいました。
「特別な理由はないんですが」
と言うと、看護婦さんがびっくりしていたので、こう言いました。
「自宅で出産しようと思って来てもらったんです」
なおも看護婦さんは驚きながら、
「あまり、そういう人、珍しいから」と言いました。
それから、「しばらくお待ちください」
と言われ、ずいぶん待ちました。1時間半くらいです。お昼時をすぎて、すっかりおなかがすき、二人とも帰りたくなっていました。ぼくたちよりも先に来ていた人が、まだ何人も待っていました。


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