2011年03月13日(日) |
プリーズ日常カムバック |
千葉も余震がおさまりませんな。しょちゅう揺れてます。
被災地の惨状には及ぶべくもありませんが、かといって自分の住む地域が
まったく安全というわけでもなく、自分達もいつ被災者になるかわかりません。
原発の状態も気になるし。
と、思っているせいか、普段どおりの生活をしているにもかかわらず、なんかいつも緊張状態で、
気分的にムダに疲労している気がします。
連絡がとれなかった青森の夫の両親も、岩手にいる夫の兄一家も、無事が確認できてひと安心。
青森は地震後ずっと停電だったそうで、電気がなくても使える昔ながらのストーブとろうそくで
老夫婦はがんばっていたらしい。まだまだ寒いよ青森は。
今日くらいからようやく電気が回復し、TVで被災地の惨状などを見たそうです。
そうなのよね。現地の情報が入ってくるのは被災地から遠く離れた場所ばかりで、
一番情報が必要な現地が、一番情報から遅れるのはどうにかならないものかしらん。
兄一家の住む岩手の北上市は、建物の倒壊などはなかったものの、とにかくずっと断水だそうだ。
某国立大学の准教授の友人は、自分の大学が13日の入試試験を時間を繰り下げてやると決定した
ことをいたく憤慨していました。国立大学なんて全国から受験生が来るのに、来れない受験生がいっぱい
いるに決まっているのに、と。「来れない受験生は電話で連絡するように」なんて言ってるけど、
その電話がそもそも繋がらないのに! と。
こういう非常事態の中では、普段どおりに稼動しているものに大変心癒されます。
近所の大型スーパーに行った時、みょーに落ち着いたものね。いつも通りの従業員の人たちが
いつも通りにレジ打ったりしてるの見るだけでも。
ま、パン、惣菜、納豆、バナナ、うどん、水、あたりの棚が見事にカラッポになっていて、
普段どおりな中にも若干の非日常感を漂わせていましたけれども。
さすがに、のんびりとDVDを鑑賞している気分にはなれず、せっかくのBPMも地震前に1回鑑賞したきり。
素晴らしかったけどね! やはりこの人のソロステージのクオリティの高さはハンパない。
昨夜は、福山の生放送ラジオを楽しみにしていたのだけど、結局災害放送になってしまったし。
声が聴きたかったなー。
でも昨夜のTOKYO MXでの「水曜どうでしょう」再放送はそのまんま録画されていたので、
さきほど鑑賞。久々に災害放送から離れてちょっと気分転換になりましたわ。
いつもどおりの日常って素晴らしい。
とりあえず節電を心がけつつ、気をつけて暮らします。
千葉市内ですが、今まで経験したことないほど揺れました。怖い怖い。
家の中はいろいろとっちらかりましたが、とりあえず無事でございます。
電気もガスも大丈夫だしPCもこうやって繋がる。
周辺のお家も大丈夫。
が、海沿いでは液状化や工場火災などで大変みたいだし、帰宅難民もいっぱいいるだろう。
息子の友人は新幹線に乗っていて小田原で足止めされているし、
岩手県北上市在住の、夫の兄一家ともまだ電話がつながらない。
余震もまだ続いているから、今夜はいつでも外に出られる格好のまま寝ようと思います。
どちらさまもどうぞご無事で。
今日は息子の高校の卒業式でした。
子どもの「式」に出るのもこれが最後かー。次はあるとしたら結婚式くらいかー、などと思いながら。
最近の卒業式っていったいどんなんでしょ、と思っていましたが、
ふつーに祝辞や送辞や答辞があり、「仰げば尊し」と「蛍の光」を歌い、
極めてトラディショナル&オーソドックスなお式でした。
在校生代表も卒業生代表もとてもしっかりしたご挨拶でしたが、
最初から最後まで涙声で一番感極まって挨拶していたのが保護者代表だったという。
おばさんたちは涙もろいんだよ。許してやれよ。(代表になり代わり一般保護者が僭越にも弁明)
始まる前に先生が「去年は卒業生の退場の際、色々なものが投げられて飛び交ったので、
今年はそういうことがないように。もし何かモノが飛び交ったらやり直しします」とおっしゃっていたので、
去年はいったい何が飛び交ったのかしらん? と、ちょっと興味はありましたが。
結局何も飛び交わず、ブラスバンド部の奏でるステキな「3月9日」(レミオロメン)(おお!まさに今日だ!)と、
盛大な拍手に送られて、意気揚々と退場していった卒業生たちでした。
どの挨拶より、この退出風景が一番感動的でした。
涙顔あり、照れた笑顔あり、友人同士でハイタッチしてちょー満面の笑顔ありの卒業生たちが、
元気にずんずん歩いてゆく様子がすごくステキで、「行け行け! これからもどんどん行け! ひるまず行け!」と
力いっぱいエールを送らずにはいられませんでした。
あっれー? 自分にもああいう時代があったはずなのだがなー?
あんなに明るくも力強くもなかった気がするけどな?
それとも、その当時の自分が気づいてなかっただけで、
大人の目にはすごく希望に満ち溢れた若人たちに見えていたのだろうか?
自分のことはわからないものだわ。

生徒がすべて退出した後の体育館
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