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2004年06月11日(金):読書日記【歳月】by司馬遼太郎 その3
征韓論争も終結し、征韓論を唱えた江藤は野に下りました。
司法制度の確立に熱中していた彼としては
怨霊になってもやめたくはなかったみたいですが、負けちゃったモノはどーしようもないですね。。
ちょっと可哀想でした…。
論争中の彼は可愛かったです。
バカで。事実、
江藤は元来、自分のまわりの政情のうごきに関する情報感覚についてはあほうのように鈍感であったと書かれています。
ちなみに太字部分はワタシの強調ではなくて、実際に強調されてました。
ヤツが
あほうなのは、半分程読んだらイヤでもよくわかるところなんですが、改めて言われちゃう江藤って…。
っていうかこの場合、政敵の大久保さぁがあまりに大物で江藤がコワッパでしかなかったというべきなんでしょう。
やっぱ、(司馬さんが書く)大久保さぁはカックイイです。
司馬さんの大久保、といえば
冷厳と
寡黙、それからよく使われる表現は
精密機械。
あたかも北洋の氷塊に逢うがごとし。と評した福地桜痴
(註釈:「ふくち・おうち」。旧幕臣で洋学者。大久保・木戸・岩倉等の欧州外遊時に通訳として同行)の引用から始まって、
大久保が内務省にいるかいないか、省内のしずかさでたれでもわかったという。大久保は毎朝馬車でかよう。内務省の玄関で降り、その靴音が廊下にひびきはじめると、いままで談笑していた吏僚たちはあわててそれをやめ、省内は深山幽谷のようにしずまりかえったといわれる。
とか
彼の謹厳さは、神秘的なたたずまいにさえなっている。大久保の内務卿時代の内務省の官室というのは「神殿のようであった」といわれる。どういう男が、大久保に異論をもち、それを砕くつもりで押しかけていってもこの室に入ると、議論をはじめるどころか結局は大久保の威厳にすくみあがるだけで退室したという。
とか。
読んでてゾクゾクする位威厳が伝わってくるのです。
今のところ【飛ぶが如く】でお気に入りだった「精密機械のような」枕詞は出てきていませんが、この表現が出てくるのも今後の楽しみの一つだったりします。
まぁ、これは江藤が主役だからあまり大久保さぁに期待してもしょーがないんだけどさ(笑)
なんかもう一回【飛ぶが〜】を読みたくなってきたなぁ。
なんて、大久保大久保言っていますが、バカ、というか
あほう江藤もとても魅力的な描かれ方をしています。
主人公だから当然だけど。
参議、という位人臣を極めながらいつまでも本人は青書生のままの気分でちっとも威張ったところがないんです。
だから、下っ端には絶大な人気を誇っていたりして。
下っ端と一緒になって今の政府の不平不満をぶちまけたりしちゃうんですよねー。
下っ端が言うのと参議様が言うのとじゃ、世論に与える影響がどれ程違うか、
バカあほう江藤にはわからないんですよ。
っていうか、議論してるときは自分も書生気分。「参議」って自覚ナシ。
江藤のこーゆうところはたまらなく魅力的です。
そして不正が絶対に許せない。
司法卿ってだけあって、早くから三権分立を唱え、例え大官が相手でも賄賂をもらってると知ると徹底的に叩いたりしちゃいます。
潔癖っちゅーか、なんちゅーか。。
当然すっげー恨まれます。
結局こーゆー政治的配慮に欠けた一面が裏目に出て征韓論では一歩も二歩も反征韓派に後れを取って負けてしまったわけだけど。
この先、彼はどーゆー心境から乱を企てるようになるのか。
続きが気になるぜぃ!
ッテイウカスデニハグルマハエトウノオモワクニカンケイナクウゴキダシテルヨウナキガスルケド。彼の最期は政敵(最終的には
仇敵とかいわれてた)大久保による裁判ナシの梟首です。
そこら辺の大久保さぁの冷酷さも楽しみだったりするのだ。
△ | ▽
2004年06月10日(木):復帰しました。
久々にご出勤。
朝から会う人度に聞かれました。
「どーやった?」
「もう大丈夫なん?」
3人目くらいから説明するのが面倒になってきました。
そりゃ聞く人はハジメテだし、心配して聞いてくれているのはわかるけど、3日分話すのって、大変なのよ。。
もう、パンパンと手を叩いて
「はーい。皆さん集まってくださいねぇ。一回しか言いませんよー」
つってみんな集めて発表してしまいたいくらいでした。。
ところで、今回の体調不良(原因不明)について、話すうちに何人かに「虫垂炎の前兆ではないか?」と指摘されてきました。。
曰く「同じような原因不明の嘔吐感&下痢&発熱に冒された半年後、盲腸になった。後でわかったけど盲腸の前兆やった」とか。
実はX線撮って再診察を受けたときに「虫垂炎にも見える」と言われたのです…!
い、いやぁ。。。
以来、なんとなく元気になれないワタシです。
友達の日記は今日も元気でした。。
△ | ▽
2004年06月09日(水):寝込みました。完結編。
今日も休みました。
昨日の夜、「明日こそは出社するわよー!」と意気込んでバカ食いしたのが行けませんでした。
リバース再び。
あ、アホウと言ってやって…。
今日の体調不良は自業自得。
誰にも省みられることなく、悶々としながらベッドで過ごしました。
とは言っても、お昼からはほぼ完全復活。
映画でも観に行きたいわね♪今日レディスディだし。ってくらい回復。
さすがに行きませんでしたが。
代わりに●○ヒカルの碁●○を読みました。
19巻まで読了!
残り5冊、元気になったら買いに行きます←面白かったらしい。
夕方、久々にネットサーフィン。
お友達の日記がはち切れんばかりに元気いっぱいでした。
お陰様で少し元気を分けてもらえたような気がします。
ありがとう!Mさん(笑)
△ | ▽
2004年06月08日(火):寝込みました。更にその後。
発熱した体に鞭打って出社しリタイヤして、その帰宅に途中、電車の中でモドしたことのある呂々さん。
普通電車に乗って一駅進んではトイレに駆け込み嘔吐、を繰り返したんですが、ちょっと長い区間で我慢し切れず吐いてしまったのですよ…。
いやな過去だわ。
以来、よほどの緊急事態でない限り37度以上の熱があるときは電車に乗らないと固く誓っています。
そーゆー理由から今日は休みました。
割と元気になったので買ったまま放置してた●○ヒカルの碁●○を読みました。
全19巻じゃなかったのね。
あの古本屋19巻までしか置いてなかったんですもの。。
19巻までは1巻につき4〜5冊あったのに。
でも19巻からは続編みたいね。
確かにやってた、って記憶はあるけど話がぜんぜん思い出せない。
ここまできれいに忘れ去ってるのは、当時「ツマンナイ」と思いながら読んでた可能性が高いなぁ。
続き、どーしよ。
あの古本屋。
いっそ18巻まででストップしてくれてたらよかったのに。
感想はまた後ほど。濃ゆいのを一発書くと思うですよ。
△ | ▽
2004年06月07日(月):寝込みました。その後。
朝。
昨日の点滴が効いて嘔吐感からは開放される。
下痢は相変わらず。
昨日と違うのは体中がイタイこと。
関節がイタイ。腰がイタイ。
ベッドがつらかったので、布団を敷いてもらう。
頭が痛い。気分悪い。
何よりも寒い。
熱を測ってみると39.2度。ワオ☆
でもちょっと安心。
関節がイタイのも頭がイタイのも納得できたから。
ポカリを一口飲みながら、「今日は休まねばなりますまい」と決意(するまでもないか)
病院まで運転できようはずもなく、娘に甘い父親が急遽有休。
病院へ。
娘に甘い父親によって、先に順番を取ってもらっていたため比較的早く診察してもらう。
悪寒にガクガク震えながら一生懸命体調について説明するワタシ。
触診。
先生の指が体に触れた瞬間。
呂々「うひゃひゃひゃひゃ〜〜っ」
…笑い出すワタシ。
ひきまくる先生。
さぞかし気味が悪かったろう…。
呂々「…すんません。くすぐったがりなんです、ワタシ( 超 赤 面 )」
人はどんなにツラい立場に置かされても笑うことができるらしい。
触診の後。
採血と下腹部のレントゲン写真を撮って再度診察を申し渡される。
採血の結果が出るまで1時間かかるといわれ、ぶっ倒れそうになる。
採血。
私を担当してくれた看護婦(かなりのご年配に見えました)がいちいち隣の看護婦(若いコ)に確認してて怖かった。
レントゲン。
先生がやさしかった。下パンツ一丁は軽く羞恥プレイだった。
なんでこんな真っ赤なパンツを穿いていったんだ、ワタシ。
かといって、どんなパンツが病院向きなのかは思いつかない。
採血の結果待ちまでの間ベッドで昏睡。
起こされ再び診察室へ。
3人待ち。
無情だ。無情だよ、先生&看護婦さん。
この3人待ちがいっちゃんつらかった。
トイレの個室みたいなとこで名前呼ばれるまで待たされるの。
当然横になれない。ますますひどくなる悪寒。
悠長に雑談かましてたおばちゃんに軽く殺意を覚えたとしてもそれは仕方がない。
地獄の放置プレイ終了後、ようやく再診察を受ける。
もうガクガクに震えているワタシ。
下腹部のレントゲンを見ながらガスが溜まっている他は正常と言われる。
血液検査も正常。
ようするに原因不明。
先生「入院して様子みてみる?」
呂々「え”?」
先生「それか、今日はいったん帰って、また調子が悪くなったら来ることにする?」
呂々「か、帰られるんなら帰りたいです…」
先生「じゃ、熱さましの点滴と座薬だけ打っておきましょう」
ざ、座薬?
下痢だって、言ってんのに?
昨日みたく分刻みってことはなくなってたので大丈夫だったみたい。
呂々「点滴はどれくらいかかりますか?」←娘に甘い父親が待ってるから。
先生「30分くらいかな」
30分ならまーいいか。と、報告せずに点滴を打ってもらう。
が、なぜか2時間程かかった。コハイカニ?
おとーさん、ゴメンナサイ!
にしても。
2日で3回も注射針をさすなんて(涙)←呂々さんは何よりも注射がキライです。こわいです。
2時間後。
座薬と点滴のおかげで見違えるようにすっきりとした私は意気揚揚と帰宅、する前に。
二日分の医療費&薬代が8,000円を超えて今度こそ倒れそうなる。
帰宅途中、時計を見て蒼白
1時半。
今日はお昼休みネイルサロンに予約入れてたのよぅ。。。。
サロンが11時オープンだったから帰宅後に電話するつもりだったのに。
慌ててお詫びのTEL。ほんまスンマセンデシタ。
2時帰宅。
COCOが喜びのあまり泣き叫ぶ。
甲高い泣き声が頭に響いてノックダウン。
アイスノンをひっさげ自室でバタリ。
夜。
食欲はある。
が、食べた後どーなるかわからないため湯豆腐とうどんだけで我慢。
明日も休もう。
△ | ▽
2004年06月06日(日):寝込みました
アサイチで免許の更新に行きました。
お昼前には帰宅しました。
お昼にはミニサイズの即席そば(あーかいきつね)とよーかん一切れ、蒜山土産のジャージー牛乳をコップ一杯飲みました。
2時間後。
胃もたれに苦しみました。
食べ過ぎ?
いや、でも食べたのって↑と朝ご飯(6時半にトースト2枚)だけよ?
とりあえず胃腸薬を飲みました。
さらに1時間後。
下痢と嘔吐に見舞われ、のた打ち回り始めました。
おかしい。
食中り…?
実は私、食中りの経験がないためこれが食中りか否かの判断がつきません。
が、なんかチガウキガスル。。。
おかしい。
午後6時。
絶対変。熱は36.8度。ごく普通。
嘔吐感は更にひどくなるが、何も出てこない。
日曜も診察してくれそうな病院を探してもらうが、どこも6時まで。
たった一つ9時からの夜間病院を発見。
30分後。
ダメ。無理。9時までモタナイ。
きゅ、救急車か?
でも救急病院は「アソコダケハイキタクナイ」ところ(理由の詳細は省略)
というわけで。
近くの病院に電話で「どーにもこーにもツライので診て下さい」と頼み込み、急患となりました。
当直の先生だったため、翌日内科で診察してもらうようにとの指示を受け吐き気止めの点滴を打ってもらい(約2時間。ベッドが狭くて硬くてつらかったです。仰向けに寝て片腕がはみ出すなんて狭すぎっす)、おうちへ。
帰宅時間は9時。
ポカリを少し飲んで、寝る。
そんな日曜日。
△ | ▽
2004年06月05日(土):爪ネタ〜トップコートのお話
まずはこちらの画像をごらんあれ。
ヴェルニ(シャネル)157 ミス・ピンク手を握った状態で、親指を甲側から撮影したものです。
もったりとしているのはカラーではなくてトップコートなんです。
まるで、カラーの2度塗りの時に手を抜いたように見えてしまっています。。
画像は爪のサイドですが、実は甘皮ラインもこんな状態。
ガタガタしていてタイヘン汚いです。
最近の呂々さんの目下の(ネイルにおける)悩みが、これ。
思うに。
トップコートのテクスチャが関係しているんじゃないでしょーか。
と、いうのも新しいトップコートだとあまりこーゆー現象が起きないんです。
きっと、液がまだサラサラしてて爪に塗ると周りに流れてってくれるんじゃないかなぁ。
だけど、使い込んでいくうちに固まってきて液がねっとりしてくると、伸びは悪い→途中でかすれる→いっぱいつける→なおネットリもったり。のラビリンスに迷い込んでしまいます。
で、↑画像のような仕上がりになってしまうんです。
せっかく気合を入れてネイルカラーを塗ってもこれじゃ意味なし・・・(涙)
ネイルカラーやコート剤が使い込んでいくうちに固まってしまうのは、どうしようもアリマセン。
カラーは薄め液を入れればいいけれど、色々と機能を持っているコート剤には薄め液を入れるとうまく機能してくれない(ような気がする)し。
特にトップコートは速乾力が致命的に影響してくるから、あまり薄めたくなんですよねぇ。
今のとこ、私はトップコートは半分位まで使うとラインストーン用の糊に降格させています。
それか小指や足の指(親指は除きます)等小さい爪専門に使っています。
んで、今日の爪☆
●ベースカラー●
ヴェルニ(シャネル)157 ミス・ピンク
●フレンチカラー●
ヴェルニ(シャネル)153 シュルプリーズ
・・・。
微妙だ。かわいくないのかもしれない。
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