銀河鉄道を待ちながら
鬱と付き合いながらの日々を徒然に

2006年08月31日(木) 優しさまでの距離

それは就寝前のことだった。

僕は携帯端末でインターネットをしていた。欧州サッカーの情報を集めていたのだった。

病室のスライド式のドアの前に人の気配を感じた僕は、視線を携帯端末からドアに向けた。

すると、すす、とゆっくりドアが開いた。ドアの向こうには小柄な女性が立っていた。

僕はその女性が入院患者の一人であることは知っていたが、それまで一度も言葉を交わしたことはなかった。

一体なんだろうと怪訝な気持ちで僕はその女性を観察した。

女性は勝手に僕の部屋に入ってくると、落ち着かない様子で目を泳がせていた。

僕は観察を続けた。
女性は僕に構わず部屋の中をうろつき始めた。

正直に言って、僕は処置に困った。
その女性が精神病者なのは分かる。だからといって、僕の部屋を徘徊されるのも困る。

僕は仕方なく、女性に話し掛けた。
「どうかなさいましたか?」
女性が答えた。
「どうにも落ち着かなくって……」

落ち着かないからといって、人の部屋に侵入するのはどうかと思ったが、相手は病人なので、とりあえずそのことには触れず、「ああそうですか大変ですね」と言いながら、僕はその女性を何気なく部屋から追い出し、「ご自分のお部屋でゆっくりなさってください」と言ってドアを閉めた。

その後、その女性がどうしたのかは知らない。

そのときはそれで何とも思わなかったのだが、翌日になって振り返ると、ちょっと冷たい態度だったかな、と後悔の念が生じ始めた。

もう少し相手の話を聞いてあげるべきだったかな、とかあるいは、せめて一緒にナースステーションに行ってあげればよかったかな、という思いが離れなくなった。

客観的に見て、もう少し優しい接し方があったことは間違いないだろう。

僕は冷たい人間なのだろうか。
それとも自己中心的な人間なのだろうか。
あるいはその両方か。

自分というものをあらためて考えさせられる出来事だった。



2006年08月27日(日) どうしたものか

いつの間にか夏が過ぎようとしている。
今年の夏は結局、病院の中で過ごすことになってしまった。

入院期間は3カ月が過ぎた。
病状も安定してきたので、そろそろ退院も近いだろうと思う。

退院後、どういう生活をするのかについては、実はまだ明確に決めていない。

一つの方法として、しばらくは実家で生活するという方法が考えられるだろう。周囲に常に人がいるという環境の方が、治療、というか、心の安定にはよい気がする。

しかし、いつまでも実家にいるわけにもいかない。いつかは自分のアパートに帰らなくてはならない。そう考えると、退院後すぐに自分のアパートに帰るというのもまた一つの方法だろう。寂しさはあるが、それは耐えていかなくてはならない種類のものだ。

どちらにせよ、うつの再発がないよう祈るばかりだ。



 < 過去  INDEX  未来 >


士郎 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加