いやぁうっかり寝過ごすとこだったよ。 jun君からの携帯メールで目が覚めた。 なんか爆笑ネタがあるそうなので明日の日記が楽しみだ。
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鼻の頭にぽっつりビーチクみたいに吹き出物出来ちゃった。 鼻毛が出ているより格好悪いです。
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| 2005年04月02日(土) |
見逃したぁぁーー!!! |
昨日最終回だった『スウとのんのん』見逃したっ!! おいらのバカバカアーー・゚・(ノД`)・゚・ウエーン
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やっぱ郵パックで送った方が良かったな。 ちょこっと安いからって普通郵便で送るこたなかったよ。 おいらへんなとこでケチんぼ。 普通郵便の小包ってさ、不在通知ちゃんと書いてくれるのかしら? 留守だったらどうなっちゃうんだろ…
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小さい姉さんが昨日から帰っています。 姉さんは車椅子。 だから一階の居間に簡易ベッドをどーーんと置いてあります。 はっきり言ってじゃまっけ。 だってタバコぷかぷか吸うんだもん。 臭いんだもん。
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オカメインコのピーちゃんはまだ妻のアパートで飼われています。 旅行から帰った日に返してもらいに行ったら、 息子が泣きそうになっちゃったんだよ。 たった5日間で情が移ったみたいだ。 仕方ないので四日の春休みいっぱいまで預けることにした。
* のんのんは幸せになったのですか?
| 2005年04月01日(金) |
カンボジア体験記--その�� |
 シェムリアップ市街のニューマーケット。 露店がひしめき合っています。 大体が加工していない食品類。 果物が豊富に揃っている。 貝なんかも並べられていた。 トラック以外はみなスクーターか自転車。 スクーターには飽きれるくらいの荷物を積んでいる。 ベトナムのように「WAVE」という日本製の125ccスクーターがほとんどで、それ以外は日本の郵便局からの払い下げの赤いやつ。 この国にはナンバーという物が無い。 バックミラーも外してしまうので交通事故がとても多い。 轢かれたらまず逃げられるそうだ。 くわばらくわばら・・・
 25人乗りのツアー客用バス。 一応ベンツ製。 これが狭い狭い。 何でかって言うと、アンコールワットの城門の幅が狭いので普通サイズの観光バスが通れないのだ。 みんなマーケットの喧騒に驚いている。
 これも三段式のお寺。 名前はもうなにがなんだかわからない。
 市街から1時間ほど走った所にあるトンデサップ湖。 今は乾季のせいでだいぶ小さくなっているそうだ。 写真の中央のお店みたいなのは水上村のマーケット。 ワニの養殖場にもなっている。 今は天然のワニはほとんどいないそうだ。 船からこの浮きマーケットに乗り移ってしばし休憩時間。 サービスで小エビが出た。 親父はカンボジアビール。おいらはスプライト。 どっちもたったの1ドルだった。 簡単な土産物屋もあったりクモザルやでかいヘビが飼われていた。 ヘビを首に巻いて写真を撮らせてくれるサービスもあった。 おいらおっかねえからパス。 ひたすら小エビを食っていた。

美少女萌えっ!!!!

見て見てこの女の子。 きゃわいーーーーのなんのって。 船が来るのを見計らってタライに乗ってスイスイ近づいてくるの。まぁ一種の物乞いなんだけど。波に揉まれながら必死に櫂で漕いでくるの。 そらあ沈みそうになりながら。ニコニコしながら手を合わせているので親父が1ドル札を渡したら、またちょっと離れて写真を撮らせてくれたんだ。おいらさぁ、もうちょっとでこの子の両親に掛け合って、円のチカラで買いとって養女にする所だったよ。たぶん12才くらいかなぁ。むこうの子は栄養状態が悪いから8才くらいにしか見えんかったけどね。
 さて45分の水上村巡りを終えて上陸です。 桟橋が無くって、簡単な渡り木があるだけ。 しかも薄っぺらい板だもんで半分沈んでんのよ。 おっかねかったよ。
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この後オールドマーケットという日本で言うアメ横みたいな繁華街によってショッピング。制限時間30分の間に皆必死の形相で土産物を漁る。 それからラッキーレストランという目出度い名前のレストランで夕食タイム。 その下の階でまたショッピング。おいらはだいたいそこで買い物をした。 オールドマーケットでは定価という物が無くっていちいち値段交渉しなければならないのだが、こっこではちゃんと値札がはってあって、値段もそこそこ良心的だった。店員さんもひつこく勧めるようなことは無くて親切だった。
ホテルに戻って深夜12時まで自由時間。 あまりにも暇だし疲れていたのでシャワーを浴びてからひと寝入りした。 部屋のテレビは一応衛生テレビが映る。 一通り見て見た。 まずヒストリーチャンネル。 スキーばっかりのチャンネル。 カンボジアの時代劇風歌劇だけのチャンネル。 そしてNHK。これは吹き替えしてあって意味分からんでした。
備え付けの小さい冷蔵庫からカンボジアビールを拝借。 チェックアウトの時精算したら一本2ドルだったよ。 安い。
さて、 11時50分、ロビー集合! 皆ねみたそうな顔だ。 シャムリアップ空港までバスでたったの15分。 道路には街灯が無いので真っ暗。 空港には待合ロビーなんて立派な物は無いので外で現地ガイドさんとさようなら。 入るといきなし荷物検査所。 おいら携帯をスーツケースに入れっぱなしにしていたのでブーとか鳴ってた。 ちょっと恥ずかしかった。 1時間ほど待って飛行機到着。 なんとタラップまで歩かされた。200メートルくらい。 空港つったって管制塔も無いのだ。 柵なんかもえんやこらしょと乗り越えられそうな高さだし。
さて、 行きと同じボーイング757型機。 狭いっ!! が、ここでミラクル発生。 非常口のところだけ座席に余裕がある作りになっていて、ちょっとしたファーストクラス並に足を伸ばせるのだが、たまたまそこの席に当ったおじさんおばさん夫婦がおいらと席を交換してくれたのだ。 おばさんがおいらの本来の席、5列後ろの窓側の席になってくれた。 おばさんは親父と趣味の社交ダンスの話ができてそれはそれで良かったみたい。 おいらはでろーんと両足を伸ばせて、おまけに隣り合ったおじさんと趣味の考古学の話で盛りあがった。ずーーーーっと火炎土器やら前方後円墳やらナスカの地上絵の話をしていた。楽しかったよ。 だがただより高いものは無いって言う教訓を忘れていた。 この擬似ファーストクラス席、おトイレの前なのだ。 ひっきりなしに出入りする客達。 バタンバタン五月蝿い。眠れやしねえ。おまけにオイニイが微かに… でもまあ行きと違ってジェット気流の関係でうんと早く成田へ帰れた。 成田空港で3日間御一緒して仲良くなったみなさんと名残惜しみつつバイバイ。
ちなみに考古学のおじさんには住所を聞いておいた。 昨日、スペースボーイの中で一番土器っぽいペンダントを選んで郵送した。 おばさんが趣味に会わなくてもおじさんの趣味には合うだろうと思って。
日本に帰ってきてまず駅前のコンビニに入って感じたよ。 日本はなんてえ豊かなんだろうと。 まさに飽食。なんでも有り過ぎる。 でも2〜3日もしたらこれが当たり前になっちゃうんだなぁ。
追記:地雷の事で心配してくれたキミ、ありがとう。大丈夫だったよ。
| 2005年03月31日(木) |
カンボジア体験記-‐その�� |
 到着3日目。 この遺跡はえ〜〜〜と忘れた。 三段のピラミッド状になっていて険しい階段で登れるようになっている。 おいらおっかねえから登らないで下で見ていた。 ツアーの皆の平均年齢は60才くらい。 それでも皆がんばって登っていた。 デヴの白人さんもスタスタ登っていた。 おいらちょっと劣等感。
 正面ではいポーズ。 って棒立ちじゃん。 しかもちょっと斜めになってるし。 おいら写真って苦手なんだな。
 宮崎さんの映画に出てきそうですね。 タコの木です。 こいつは成長が異様に早くて中が空っぽなんだそうです。 フランス人がここを発見した時にはもう伐採仕様がないくらいに成長していたんだって。木を切ると根っこが腐って余計に遺跡が崩壊してしまうのでほったらかしにする事に決めたんだってさ・・・ フランス人はこの木を溶けたチーズと呼ぶそうな。
 ここは記念写真スポットとしてモテモテでした。 白人さんや韓国人さんがパチパチ撮っていた。
 アンコールワットより200年早く建造された寺。 小さな煉瓦積み。 かなり状態は良い。 このころすでに寺に飽きているおいら。
 門の敷居に腰掛ける地元の女の子。 たぶん掃除婦さんの子供だと思う。 寺にはたいてい子供がいてニコニコ手を振ってくれる。 服を着ていない子供は物乞い。 手を合わせてクメール語で何やら呟いている。 胸が痛んだ。
 アンコールワットのような回廊を作る技術がまだないので作りも質素。 でも尖塔の形はアンコールワットの原型が出来ている。 例によって壁面はレリーフだらけ。 所々盗難にあって削られている。
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寺のあちこちで物乞いを見かけた。 中には両足を地雷で失っているおじさんもいた。 そうなんだよね。。。 この国はちょっと前まで内戦状態にあったんだ。 その前はベトナムに侵攻されてその前はフランスに統治されていた。 期間は短いけどポル・ポト政権の時代には大量虐殺もあった。 その傷跡が生々しく残っている。 最後の日、おいら余ったリル札をみんな物乞いの人達にあげちゃった。 日本円に換算したら数十円なんだけど現地のレートではまあまあの金額だ。 偽善かもしんないけど少しばかり施しを出来たと思う。
それから思ったんだけど、日本は先進国の中では福祉が遅れていると言われているが、それでもこんな発展途上国にくらべたら天国みたいだって。 身内に身体障害者がいるので良く知っているのだけれど、日本ではそういった四肢損失や脊髄損傷で不自由になった人のための国立職業訓練施設があって、それは全寮制で無償で若干のお小遣いまで支給してくれるのだ。至れり尽せりだ。2年目にはいると習いながらお給金まで出る。障害者年金とはまた別に。これといった工業の無いカンボジアのような貧しい国にとっては福祉はまだまだ後回しで、それより道路や水道を引くのが手始めらしい。でもああいった光景を目の当たりにすると色々考えてしまうよ。
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さっき郵便局でネット友達にお土産を送ってきた。 みうらじゅんくらいしか喜ばなさそうな「いやげ」になる可能性が大きいが。 おいら“あげ魔”だからすぐ人に物をプレゼントしたくなるのだ。 気に入らなくても勘弁してね。
* 明日は最終日、水上生活者について。
| 2005年03月30日(水) |
カンボジア体験記--その�� |
 25日ノコールプノンホテル前にて。
前日24日現地到着。 飛行機は旅行会社のチャーター機だった。 なんだか全体に薄おんボロくて冷や冷やした。 それになにより小さい小さい。 ボーイング747をシャアザクとしたら757は旧ザクだな。 でもスッチーは若くて綺麗だったど。 座席にはテレビもなくラジオは有るけどヘッドフォンが付いてない。 本を持っていかなかったおいらは退屈で死にそうだった。 寝てしまえばいいんだけれど窮屈で寝る気にもなれなかった。 おいらは通路側の席。 お隣さんは同じツアーの綺麗なオバさん。 その向こう側、窓際の席はオバさんのお母様。 話してみると、海外旅行のベテランだった。 このオバさんとは現地についてからは別のバスだったけれど、 ホテルの部屋がお隣だった。何かと縁が有るんだな・・・
 ホテルの中庭には様々な果物がなっていた。 これは熟していないマンゴーだって。 ホテルの朝食はバイキングスタイル。 毎朝フレンチトーストとフルーツを食べていた。 特に美味しかったのがモンキーバナナ。 ドラゴンフルーツはそんなに美味くなかったなぁ。
 観光一日目のアンコール・トム。 回廊には壁画がびっしり。 これはインドのラーマヤーナという神々の戦争を描いた叙事詩。 黒いのはカビだって。 建物の基部はラテライトという日干しレンガで、 周りを化粧石の砂岩で覆ってから彫刻を施したんだって。 でも1000年もたっているから雨や地盤沈下で劣化が激しい。
 門の上には繊細な彫刻が。 日本人の現地ガイドさんがそれぞれの意味を教えてくれた。 でもいっぱいありすぎて忘れちゃった。てへ
 正面から遠景。 両側のお堀は今は乾季なので空っぽ。 お土産の絵なんかには水が満々と満ちていて美しい。 手摺はナーガというヘビの神様。 頭が7つもある。
 中央の尖塔。 この後見た色々な遺跡の様式も似たり寄ったりだった。 中に入って見上げると空っぽ。 蝙蝠の巣になっている。 9個有る尖塔の中で一番高いのは40メートルもある。
 夕食は民族ショーを見ながらのカンボジア料理。 まだ10代と思しき綺麗なお姉さんが、 生演奏に合わせて踊ってくれる。 みんな写真撮りまくり。 一番左の子が気に入った。 踊り終わったあとでステージに上がらせてくれて、ツーショット写真を撮らせてくれるサービスがあったが、おいら恥ずかしくて出来なかった。げしょ
* 明日はアンコールワット遺跡について。
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