私は離婚経験者��


テツとは、最終的によく話し合い
離婚した

テツはマザコンだったため
私が子供を可愛がることに許してくれず
子供に虐待をした

今の時代のように惨い虐待ではないけれど、私はどうしても許せなかった

「別れよう」とずっと思っていても、子供のために続けてみようと
何度も思い直した日々

新築のマンションを20年ローンで購入して
夫婦として頑張ってみようと思い直した時に、虐待が発覚した

三男坊のはずのテツは将来的に
両親と同居することを決めていたくらいのマザコン振りでした

私はテツの両親の同居はナシで
マンションを購入することを条件にテツとの
夫婦生活の改善を期待していた矢先のことでした

離婚届に判を押すとき、我が子に何度も手をあげたテツが
憎くて憎くて仕方なかったと言うのに、涙が出た

【情】とは、きっとそんな思いのことを言うのでしょう・・・

最後に二人で泣きながら夜のドライブをして
テツは自分の布団を持って実家へとさよならして行った

そこからテツのストーカーが始まることも知らずに・・・
私は大きなマンションで子供が寝静まった後、泣きながら眠った

5年も一緒に居れば、夫婦とは実感が持てなくても
どこか兄弟のような、そんな気持ちだった

そして私は離婚経験者になった・・・
2005年01月20日(木)

〜夜の蝶 編・� �


妊娠と同時の結婚だったので、テツとは
ほとんど触れ合うこともなく、5年くらいだろうか?
一緒に暮らした日々は長かったけれど、夫婦らしい生活をした記憶がない

文句だけは言われたくなかったので、家事は問題なくこなした

出勤が早い朝の食事から、お弁当まで
妊娠中の苦しい時も、子供が生まれて寝不足の時も
愛情がなくても、やろうと思えばできるものだ

離婚資金が欲しかった私は、夜の仕事を選んでお店へ出た

女子高出身の私は、男の人との会話に苦労した
潔癖症が災いしてか、男の人に触られることが苦手だった私は
店のママさんに、よく注意を受けた

酒飲みの男は【ダンス】と名して、ホステスの身体に触れたがる
バーボン臭い息が吹きかかる度に、吐気を我慢した
男の顔に私の顔を近付けないようにと、男の肩に顔を寄せる振りをして
汚い唇が私の顔に触れないように、自分を守る術を身につけた

まだ20歳の若さからか
男性と話したことが数少ない初心(ウブ)さ加減からか
ずっとずっと年上の【オジさん】方々に、それは人気がありました

まだバブルが弾け切っていない世代
チップにと万金を頂いた時期もありました

それから私の〜夜の蝶〜時代は13年余り

潔癖症の私がよく勤まったものだと、今でも思う
2005年01月18日(火)

私は離婚経験者��


一人目の旦那さん【テツ】

一度は縁があって結果、別れた人だから
あまり悪いことは残したくない

テツは10歳上の人
友達の彼だった人
友達に新しい彼ができて、テツが私に相談にきた
私もその頃、忘れられない人との別れ、年下くんとの別れで心が病んでいた

二人で同情し合うように、毎夜会うようになっていた

飲めないお酒を飲んだ翌朝、私はテツとベットの中にいた

テツと寝たのは、それ一度きり
そして数週間後、会社のお手洗いで嘔吐してしまう
自分が妊娠したことを知る

私の人生で絶対に経験したくないことの一つは子供を堕胎すること・・・
幼い頃から子供が好きで、施設でも幼児をすごく可愛がった

10代の若さもあったかもしれない
私は例え一人でも子供を産む覚悟を決めていた

妊娠を知った姉夫婦は
「子供を堕ろすか、ちゃんと結婚をして子供を産むように」と告げた

テツと結婚などしたくなかった私は
何度も姉夫婦に一人立ちをして一人で子供を産みたいと言っていた
しかし姉夫婦は許さなかった

今の私なら、家を飛び出しても一人で産んで育てただろう・・・

そしてテツ家族の強い要望もあり
私はテツと結婚をした

19歳初夏でした
2005年01月13日(木)

私は離婚経験者��


私が好きでもない人と結婚したのは・・・

母が現在の継父と結婚するために、私たち兄弟を捨て、
そして生まれ育った北海道を捨てたことより始まる

児童相談所、施設での生活を経て
私は一番上の姉夫婦に、中学入学と同時に引き取られた

14歳上の姉は、私たち兄弟を一人づつ引き取ってくれた

10代の頃は、全てがウザったくて一人暮らしに憧れた

街を歩いている時
スナックのママさんにスカウトされたことがきっかけで
【簡単に大金が稼げる】ことを知る

いつだったか、姉に一人暮らしを始めたいことを打ち明けた
高校を卒業して1年も経たない頃だった

もちろん姉は大反対
フライパンを持って追いかけられ、何度もぶたれた
姉の愛情だとは思っていても、私は縛られる生活から逃げたかった

そんな時、私は一人目の旦那さんと知り合う
2005年01月12日(水)

☆現在私の好きな人☆


現在私の好きな人は年下の人

会社の同僚です
新人で入った時に、私たち新人に色々とノウハウを教えてくれた人

年下なんだけど、とてもしっかりして居て、頼れる先輩でもある

年下の【ゆうさん】

仲良しの同僚たちは、私とゆうさんのことを
【恋人ではないけど、お互いを想い合っている二人】と言う

私の中では【片想い】なんですけれどね・・・^^;

ゆうさんは過去に傷を持つ人
事故の大怪我から恋愛を諦め、好きな仕事も諦め、夢を失った人
だから人とは違う人生の見方をするし、少しクールな思考もある人

彼はいつも同僚たちに愛想よく接しているけれど
(八方美人的発想・・・なんですけれど)
何度か二人で過ごすうちに、私には疲れた顔、参ってる時の顔
困っている顔を見せる

同僚たちには弱い自分を見せたくないのだとか・・・^^;

時々の会話で、彼が年下なんだと思い知らされる

ゆうさんのお話は今後も書き綴ります
2005年01月11日(火)

■一つ目の恋愛�あ�


何年か振りに会った彼は、すっかり変わっていた

独り暮らしの部屋の中にはアルコールの空き缶や空びんが山に・・・

北海道くんだりから、やっとの思いで会いに行ったのに
会社の寮の同僚たちと飲みに出かけてしまう

寮の隣はネギ畑
そんな田舎町
車の音さえしない、街燈さえない土地で
真夜中、独りぼっちにされた

私を気にしたその人は、明け方近くに帰宅して
私を抱いた

酔った勢いだったのかもしれない
同僚たちに気づかれないようにと、早朝に帰されてしまった

二人が離れてしまった数年間
その人は【人の妻】になってしまった私を
もう愛しい目では見てくれなかった

北海道へ帰った私は、その人と数年ぶりに会った胸の痛さと
すっかり変わってしまったその人の想いの痛さで
しばらくは立ち直れないでいた
2005年01月10日(月)

■一つ目の恋愛��■


私はその人を忘れるために、近い存在の年下くんと付き合い出した

しかも年下くんには彼女がいて、結果的に私が奪ってしまった

それから2年間、年下くんと続いた
お父さんとお母さん、そして可愛い妹に見初められ
年下くんの卒業と同時に結婚・・・と話が進んでいた

私はどうしても前の彼が忘れられなくて
遠い名古屋で就職を決めた年下くんについて行くことはできないと
年下くんの家族を含め、結婚話を断ってしまった

年下くんが名古屋へ引っ越してしまい、また寂しさに押し潰された

そして私はまた好きでもない人の元へ嫁いでしまう

結婚してからも、忘れられないその人と何ヶ月に一度
電話で話したりしていた

比較的その人の土地に近い位置に、母が暮らしていたため
私はその人に会いに行ったこともある
2005年01月09日(日)

■一つ目の恋愛�□�


みんなの計らいもあって、私と彼は付き合うことになった

はじめて女の子と付き合うことになった彼は、とても恥ずかしそうに
そして優しい日々を私にくれた

毎日の電話
家が遠かったために、なかなか会えなかったけれど
会った時、二人は片時も離れなかった

私の【初めての人】

そんな彼も1年早く私より大人になって
遠い街へ就職のため旅だってしまう

今みたいに安い電話や携帯電話、メールなんてツールがなかったから
私は週に何度も手紙を送った

筆不精の彼から来た手紙は数枚・・・
電話代が高いから、電話も月に1度くらい

私は好きでもないバイト先の一つ年下の男の子に寂しさを埋めてしまった
2005年01月08日(土)

■1つ目の恋愛�、�

私がこれまでにした本気の恋愛は数少ない

30を過ぎて、この数か・・・と自分でも思う

初めて本気で好きになった彼は、今はもうこの世にいない
当時、女子高に通っていた私は【お見合い】と称して
男子高の生徒と友達に勧められて会った

すごく痩せていて、背がバカ高い
肌は黒くて濃い顔立ち、髪は天然パーマ・・・
私が一番苦手なタイプ

私は背が低いので、40cmくらい違っただろうか?
一目見て「この人とは付き合えませんっっ」って思ったものだ

その【お見合い】に来ていた男子生徒の中に
目立たず、ひっそりと存在していた一人の生徒に私は何故か惹かれた

女の子と話したことなどない様子で、友達を含めた女子生徒と
目を合わせようともしない

声を掛けようものなら、顔を赤くして下を向いてしまう人
2階建てだったお見合い相手の家の2階がみんなで集まった部屋

その人は何かあるとすぐに下の階へ姿を消してしまうような人だった

何度目かの集まりで、私はその人を好きになっていることを確信した
2005年01月07日(金)

感謝


シフト休を入れて、5連続の休みを終えた。
本日より、仕事復帰。

仕事の朝、体調が悪い。
この気持ちの重さは何だろう?

会社に好きな人がいても、今は会社へ行く気持ちが晴れやかではない。
とても仲良しの同僚がいても、仕事中は自分だけの戦場みたいで。
自然と笑顔が出ない。

小休憩の時間も社交辞令的な笑顔だったら余計にしたくない。

自分の殻にこもっているのが、自分でも分かる。
気分転換になる「人」との会話さえも避けてしまう。

それでも今の職場へ通う理由は・・・
生活のため。
新しい環境にすぐ順応するはずの私でも
やっぱり新しい世界に足を踏み入れるのは勇気がいる。
だから新しい仕事へ躊躇している。

仲良しの同僚の存在に支えられて、まだ続けていられる。

明るい話題はないものか・・・と探してみるけれど特にない。


7年来のメール友達から返信がきた。
「昔の貴女も今の貴女も変わらない、綺麗な心の貴女だ」と。

そんな言葉にも胸が痛くなるほど、今の私は弱くなってるかもしれない。

職場に精神的な病気だと申告し、守られている女性がいる。
私も精神的に辛いのだと叫べたとしたら、どんなに楽だろう・・・

本日、最後の入電で「ありがとうございます。お仕事頑張ってくださいね」と
そんな言葉をかけて頂いた。
久し振りにまともなお客サンと話した気持ちで胸が詰まった。

この仕事をして良かったと思える瞬間です。

こちらこそ・・・
優しい言葉をありがとうぞざいました。
・・・・って、素直にお礼が言えた。

感謝です。
2005年01月05日(水)

歌でも唄って / こころ

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