Getreidegasse


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2009年03月06日(金) たぶん本音


ぬはっ
人肌が恋しいです。



2009年03月05日(木) ここは引けぃ。引くのじゃ〜。


ぬぉーーーーっ
調子いくない。

気分が沈んでおるわ。
無理してはならぬぞ。



2009年03月04日(水) 地図にはロマンがある


大量の資料を印刷せにゃならんくて、この日はコピー機貸切状態であった。
印刷垂れ流し状態で、その間に他の業務やってもよかったのだけど
たまたまコピー機の後ろ側の壁に 1/500,000観光道路地図が貼ってあって
印刷中はひたすら地図を眺めてた。

昔から『地図』というモノが大好きで
放っておけば、いつまでもいつまでも地図を追っかけてる。
道路地図、世界地図、路線図etc…
昔からとにかく地図と名の付くモノには少なからず反応していた気がします…

コンビニ立寄った時、他のツレは雑誌読んでるのに
私だけよく道路地図眺めてたモンだ(笑)
ネットで『グーグルアース』の存在を知った日にゃ
そりゃもう大興奮して、一晩中旅してたさ(笑)

地図ってね、普段仕事とかで見ている数字とかの無機質データじゃなくて
なんか『有機データの宝庫』だと思うんです。
有機データなんて勝手に言葉作っちゃったけど、とにかくなんかすごく「生きているデータ」って気がするんです。
そうゆうところに惹かれてるのだと思います。
『データ』じゃなくて『記号』って表現したほうがいいのかもしれないけどね。

飛行機で長距離便に乗ると、座席にモニターが付いてる場合が多いんだけど
これまでの旅日記でも何度か書いてるように
私の場合、フライト中は映画とかそういう番組じゃなくって、ひたすらフライト状況図(今何処の上空を飛んでるとか、飛行機の速度、高度、外気温とか交互に出るヤツ)を見てるんですよ(笑)
で、窓側席に座っていようモノなら、その地図と窓の外の景色を行ったり来たり…
『うぉ〜〜、あれがウラル山脈かぁ』といちいち興奮してるのは、私くらいかもしれない。。。


地図に記された、山の標高を見て『うぉっ、この山高ぇっ!』とか
道路のクネクネ具合を見て『ぬぉっ、この道ヤベぇ』とか
川を河口から目で遡って、支流を見つけ出す『鮭の産卵ごっこ』とか(笑)
地図ってね…私の心をくすぐる要素が満載なんです。

…と、
今回も地図に見入って
あっという間に印刷も終了したのでした♪



2009年03月03日(火) 遅咲きのピアニスト(171)


【お稽古��36】

前回のピアノ日記で、あれほど【愛の旋律】を持ち上げたにもかかわらず…
今回のレッスンで早くも新たな壁を感じ始めました(´д`)
気分も腕も最悪なレッスンでございやした。ま、そんな日もあるかいの。

《長調・短調》
ハ長調とイ短調は白鍵盤のみ〜

【ハノン スケール】
先生、私ハノンの本持ってません♪

【バーナム2−12】
ダメ

【バーナム3−1】
もっとダメ

【愛の旋律】
全然ダメ

【グノシエンヌ1番】
苦痛

【勇者の故郷】
撃沈

…泣きたくなったよ(笑)



2009年03月02日(月) 遅咲きのピアニスト(170)


【第二の壁】

前回のレッスンを経て、私と先生の共通の認識として
【愛の旋律】の完成度が【勇者の故郷】の完成度を超えた。
というひとつの結論が出ました。
確かに前回のレッスンでなんか『見えない壁』を越えた感はあった…かも、いや、あった。
演奏歴1年半以上にもなる【勇者の故郷】に対し、9ヶ月の【愛の旋律】が追いつき超えたというのは、曲との相性もあるかもしれないけど、やっぱり発表会で演奏することになったコトが決め手かもしれない。
最近のこの曲の練習時の気合はそりゃもう当社比3倍はありましたから。

ちなみにここ最近の【愛の旋律】の練習は
・ニガテな小節を重点的にとことん練習する。(確実性の向上)
・原曲のオケ演奏をバックに演奏する。(演奏のバリエーションの幅を広げる)
・プリ蔵で録音して聴き直す。(表現力の確認及び全体の演奏レベルの底上げ)
この3つを繰り返しています。
特に最近始めたオケをバックに弾く練習は、自分の演奏が部分的に速かったり遅かったりというのが一目(一聴)で判断できるし、強弱やリズム、バランスなどをリアルタイムで調整出来るのですごく勉強になります。
またオケ独特の『揺らし』演奏を感じることで、たっぷり溜める部分や楽譜では読み取れない僅かな間などを感じることで演奏表現の選択肢を増やすことも出来るしね。
そして何より、オケをバックに演奏するとめちゃめちゃ気分がいい。軽く陶酔できる。
…まぁ時々、原曲の演奏の速さについけないこともありますが(笑)


当初、難易度は【愛の旋律】のほうが上と先生も私も思っていました。(今でもそうだと思う)
【勇者の故郷】は、あるレベルにまで到達した時点で行き詰った感があり、それからかなり長い間壁を越えることが出来ずにいる。1年半以上弾いてはいるが、ここ数ヶ月の間は大した進歩もない。

だから【愛の旋律】も、あるレベルまでに到達したらそれ以上は行き詰ってしまうのではないか?と実はすごく不安でした。
でもそう思ってた時点で既に【勇者の故郷】に追いついたことにもなるし、今回のようにいろいろと試行錯誤、練習を重ねたことでまたひとつの壁を越えたと感じた時、それが【勇者の故郷】を超えたと感じた所以なのかもしれないとも思った。
とにもかくにも、ようやく光が見えてきた。あと一息。

壁は越えたが『完成』ではない。
まだまだ壁は存在するかもしれないが、とりあえずは発表会というひとつの『区切り』を見据えて進んで行こうではないか〜。



2009年03月01日(日) す…\(; ̄□ ̄)/ 好きだー!(違


めっさ声を大にして叫びたいことがあるっ!

…でも、ここでは言えない。

何故かって?
だって…恥ずかしいからっ( ´∞`)ノシ
ここ読んでる人が全員リアルの私を知らない人なら構わないんだけど。
いや、そうだったら、もうとっくに叫んでるのだけどさ。

もうね…
叫びたくて叫びたくてしょうがない(笑)

…でも、ここでは言わない。言えない。

ぁあーーー、チクショウ。モジモジするぜ!



2009年02月28日(土) 読書の冬


趣味『読書』
…とは、口が裂けても言えない・書けないほど、読書に疎い私ですが。
と言うより、読む本の9割が『史書』『歴史物語』とどうしようもないくらい偏読性の私ですが。

そんな私が唯一読む現代作家の文庫本がある。
何年か前にある人から貰った本で(自分から買うことはないわなぁ〜)
待ち合わせかなんかでクルマの中で時間を潰すことになった時にと、普段はクルマのBOXの中に置いてある。
短編小説で、1話15〜30分で読めてしまうあたりもお手頃で、普段医者と同じくらい現代文庫本に対してイヤイヤしてしまう私も何故かこの本だけはトゥルンと抵抗なく読めてしまう。そんな本。

もうかれこれ2年くらい、クルマの中で眠っているのだが
先日、やはり何かの待ち合わせの時に久しぶりにその本を開いたのです。
前読んでからどれくらい経ったかまでは覚えていないけど…
なんかもう、この時は自分でもビックリするくらい共感してしまいまして。
いくら間が空いたとはいえ何度も読んでいるはずなのに、思いっきり登場人物に感情移入してしまった…。

待ち合わせの相手から電話がかかってきて、そこでふと我に返ったのだけどさ。
なんか心中穏やかじゃなかったなぁ…
で、初めて読んだわけじゃないのになんで今になって?と後から考えてみて…
そこでひとつの結論に至ったわけさ。

『自分が今置かれている環境によって、同じ物語でも感じることは全然違う。』

ということ。
私事だが、この2年の間にいろいろありすぎた私にとって
同じ物語に対する目線の向け方が大きく変ったのだと思う。
『昔は〜と思っていたのに、今はそうは思えなくなった。』なんてことも日常生活では(特にこの歳になってくると)よくあるコトだが、時間だけじゃなくて、環境の変化も加わることで物事に対する印象も大きく変るのだな…と、改めて実感した。
特に史書とかじゃなく、現代人の目線に合わせた文庫本だからこそ余計にそう感じたのかもしれない。

今の自分のバロメーターを知るためにも
昔読んだ本や、昔聴いたアルバムなどを今一度読んだり聴いたりするのもアリかもしれない。
気付かなかった新しい発見が出来るのだと思う。
今の自分は、こういう捉え方をするんだ。というのを再認識する意味でも。

まぁ…、根本的なことを言うなら
そこまで比較できるほど昔の私は本を読んでいない、と言うことだ(笑)

あ、それとも
台本や楽譜を読むのは『読書』に入りまして?
人が造ったプログラムを読むのも『読書』に入りまして?

…
この場合は読書と言うよりかは『解析』だよなぁ。


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