| 2010年04月03日(土) |
vs 缶コーヒー(ゼリー) |
自販機とかで時々『振って〜』系のゼリー状の飲料缶を見かけることがあるのですが 何気にそのタイプも好きな私は、例えばむっちゃ喉が渇いているわけでもなく、かといって何か飲みたいなぁと思ったときなんかに『振って〜』系を買うことがあります。 職場に設置されている自販機にも、そのタイプが売られていて(ちなみにコーヒー) 先日、そのコーヒーを買ったのですね。コーヒーよりもコーヒーゼリーが飲みたい、デザートしてぇ!(←?)みたいな気分になりまして。
ところが… ところがですよ! 不覚にも "振り" が足りなくて、いざプルタブ開けて飲もうとしたらゼリーが全然砕かれていない! これほど悲惨なことはない。 塊がデカ過ぎて飲み口を塞いでしまうわ、その塞がれによって、細かいゼリーやコーヒーも出てこないわ、恥を捨てて超バキュームを試みるも一枚岩のようにビクともしないわで、もう完全に地雷かましました。私の負けです。完敗です。缶ごときに!キーーーーッ!!
開けてしまった缶なので、今更振るわけにもいかない。それこそ大惨事になってしまう。 かといってこのまま「おあずけ」状態が続くのもなんとしてでも避けたい。 仕方ないので、手持ちの割り箸でサクサクサクサクと地道にゼリーを砕いては口に運ぶ…というなんとも切ない選択を迫られた私でした。 挙句、職場の人に『何やってんの?』と冷ややかな目で見られてしまう始末。 …不覚、不覚過ぎる。
以来、『振って〜』系の缶飲料を買う際は、同じ過ちを二度と繰り返さないよう、超入念に振って振って振りまくるkandamaになりました。 『うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!』と 80年代スラッシュメタルブームで一斉風靡したヘッドバッキングのようなすさまじいシェークっぷりです。 もうあんな目にはあいたくはありませぬ。あんな思いはしたくありませぬ。その思いの一心で全力でシェークします。
…
いい歳した大人が職場で缶コーヒーを髪振り乱すほど全力で振る姿ってどうよ?
《結論》 そう考えるとドロリッチってすげーなぁ。
今年1月末に舞台が終わってからというもの、気が抜けたのかそれとも本番終了以降も予想以上に忙しい日が続いているからなのか、体調が芳しくない日が続いて、喉を痛めたり、鼻がおかしくなったり、治ったと思ったら中耳炎になったり、中耳炎が治ったと思ったらまた風邪をひいてしまったり、その風邪が治ったと思ったらその風邪が原因でまた中耳炎が再発したり…と、あれから2ヶ月以上経った今なお変なループが続いている。
多分、完治まで待たずに病み上がりで状態でスグに現場復帰しちゃうから、免疫力が低下したままで、またスグに新しい病原菌拾っちゃうのだろうなぁ。。。 とにかく、ある日は熱っぽかったり、ある日は鼻が死んでたり、ある日は疲れでぐったりで…なかなかこのループから抜け出せない日々が続いています。
おかしいなぁ、バカは風邪ひかないはずなのに。
栄養不足、睡眠不足、不規則な生活、スケジュール過多… 思い当たる節がいっぱいすぎる。
…長期休暇したい。静養したい。温泉に行きたい。
| 2010年04月01日(木) |
遅咲きのピアニスト(292) |
【翼くん岬くん】 『強者は弱者をかばい、弱者は強者に守られながらもやがて肩を並べる存在になるべく。』 これはあるべき姿の一例なのですが、何故にここでこんなことを?という問いに答えるなら 利き手が右手な私の場合
強者…右手、弱者…左手
だということです。 経験が浅いうちはどうしても左手の動きは弱く また左手で弾くことが多い低音部の鍵盤は高音部に比べて重いというのもあり 左手が原因で音拾いや弾き込みが進まないというのは、これまでも何度もありました。
左手『すまないねぇ…』 右手『チッ、しゃーねーなぁ』
なんて会話がよく脳内再生されるのですが なんやかんやで私の左手クンは、少しでも右手クンの負担が減らせるよう、そしていつか右手クンと肩を並べられるよう影で努力している頑張りやサンです。 そして右手クンも『しゃーねーなぁ』なんて言いつつも、実は常に左手クンのことを気にかけていてお節介をやいたり、足並みをそろえてあげたりとなんやかんやで左手クンが大好きなのであります。
目指すのは、右手クン、左手クンがそれぞれの役目を理解してお互いをサポートして 対等な立場で『合奏』出来ることです。
余談ですが、翼くん岬くんと言うよりかは… キン肉マンとキン肉マングレート…いや、テリーマン?…のほうがイイのかな? どっちにしろ例えが古い、古すぎて恥ずかしい…orz
| 2010年03月31日(水) |
遅咲きのピアニスト(291) |
【お稽古��85】 ・大人のためのPianoStudy STEP3 (愛の悲しみ) ・ペガサス ・精霊の冠 *--------------------------------------------------* レッスン前にヤ×ダデンキのテーマを耳コピしたので弾いてみる←バカ
《ハ長調・ヘ長調・ト長調・イ短調の第一展開形と属7》 ドミソ→シファソ ファラド→ ソシレ→ファ♯ドレ
【大人のためのPianoStudy STEP3】 【愛の悲しみ】の後半部分を意識した練習曲。
【愛の悲しみ】 どうやら私はこの曲との相性が悪いというコトが判明。 3拍子というのと、右手左手の音の受け渡しパターンが原因のようです。 すごく簡単なメロディなんだけど、ビックリするくらい全然弾けない。
【ペガサス】 ゆっくり、所々間違えつつも、なんとか完奏。ふぅ〜… 苦戦していたBメロ部も以前に比べれば弾けるようになってきた。 ゆっくりでもいいから躓かずに弾けるようにしていこう。
【精霊の冠】 半分まで音を拾った。 これで【ペガサス】と合わせて全体の3/4音を拾ったことになる。 なんとかGWまでには最低でも音拾いは終えたいところ。 …因みに拾っただけなので、演奏としてはまだ目も当てられない状態です。
カラオケに行く度にいつも感心するのだけど ほんっっとカラオケの伴奏って『無機質』だよね。 正確無比で、楽譜に忠実で、抑揚もなく、心が全く込められていない。 なんか貶しているようだけど、歌う人が主役で、専属ヴォーカルではない不特定多数の人がその伴奏で歌い、歌う人の助けにはなっても決して邪魔をしてはいけない『カラオケの伴奏』という役割を考えると、これらは全て褒めコトバだったりします。
まぁ…いくらカラオケという性質上そういう音になってしまうとはいえ、そんな伴奏が好きか嫌いかといえば私は嫌いです。ええ、スゴイと感心はすれど好きか嫌いかはまた別の話。
だから私はカラオケが嫌い(ニガテ)なのかなぁ。。。 人の歌を聞かずに、伴奏ばかり聴いてしまう私もどうかと思うけどね(失礼なやつですなぁ)
こんな日記を書きつつ実はもう1年以上カラオケなんて行っていない。 なのに何故このタイミングでこの日記を書いたか自分ながら甚だ疑問に思う今日この頃であります。
コトバというのは、あくまで『表現の手段の一つ』であってそれが全てではない。 当たり前に思えて、なかなかどうして忘れてしまいがちなコトです。
ところで最近、ヤ*ーの検索ロボットと思われるアクセスがウザい…。
『実はもう答えでてるんじゃないの?』なんてコトバを返されて、 心の奥底にチクッと針が刺さったような感覚… ほとんどの人のほとんどの悩みというのは、実は既に答えが出ている悩みではないのだろうか。
じゃあなんで答えが出ているのに悩む必要があるのかといえば ・その答えに自信がなく、周りの同意が欲しい、確かなものにしたい ・自分が欲する感情(答え)を上手くコトバ等で表現、整理が出来ない だいたいはこのどちらか、あるいは両方。
つまり多くの人は『答えが見つからずに悩んでいる』のではなく、いわば『既に出ている答えを選択することへのリスクやプロセス』に悩んでいるのだと思います。 悩みというよりか、躊躇。 わかってはいるのだけど上手く表現できないもどかしさ、自信のなさを指摘されてチクリとするのはこのジレンマを見透かされたコトに対してなのかもね。
躊躇の期間が極端に長い人もいれば、短い人だっている。 時にそれをネガティブ・ポジティブと言い表したり、優柔不断・即断即決というコトバに繋がっていくこともある。 いずれにしてもコトバに表現し難い感情変化を『悩み』という簡単な一言で済ませてしまうことが多い。そう考えると、なるほど確かに『悩み』っていうのは便利なコトバだと思う。間違ってはいないが、だがそれでは余りに広範囲な感情を指していているようで曖昧な気がしてならない。
『悩み』というその一言に捉われすぎて、自分が今何を『悩んで』いるのか、その本質を見失うことだけは…避けたい。
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