今日は、午前に結婚式、午後から事務所の清祓と続きました。
黄砂がすごいです。向かいの仙酔島もかすんでます。 中国からの贈り物です。黄砂は自然現象なんで仕方ないとは思いますが、砂漠の状況はどうなんでしょうかねぇ?広がらなければいいんですが・・・ 他には何も飛ばしてないでしょうな。それこそ気流にまかせて何を飛ばしてくるかわかりませんぞ!
日本の指導者の靖国参拝、内政問題といえず 外交部の劉建超報道官は6日の定例会見で、靖国参拝問題について記者の質問に答えた。 ―― 「内政」とは何か。中国は米国による人権報告を、中国への内政干渉として批判する一方で、日本の指導者による日本の靖国神社への参拝を、強烈に批判している。これは日本への内政干渉ではないのか。−− 国連憲章には何が内政に当たるかについて、比較的明確な記述がある。人権問題に言及されたが、われわれは、これは本質的に国の内部の問題だと考えているが、人権問題について各国間で平等・相互尊重・双方向性を基礎とした対話を進めることには、決して反対も排斥もしていない。その目的は互いに参考とし合い、互いに学び合い、国際人権事業の発展を推進することにある。われわれが反対するのは、人権を口実にした他国への内政干渉である。 われわれが日本の指導者による靖国参拝に反対するのは、靖国神社にはかつて中国人を含むアジアの人民に多大な災難をもたらしたA級戦犯の位牌が祭られているからだ。日本の指導者によるこうした参拝を、日本の内政問題と言うことはできない。これは他国の国民感情に関わり、日本と中国など関係国との関係の重要な基礎に関わる。この問題が解決されないなら、日本と中国、関係アジア諸国との関係改善も助けを得られないだろう。(編集NA)
――日本の一部の政府要人は連日、中国が中日首脳会談開催に前提条件を設けたと非難し、指導者の靖国神社参拝と中日首脳会談とを一括りにする中国の立場は、受け入れられないとしている。中国はこれをどう論評するか。− 中日関係は、日本の一部の指導者がA級戦犯を祭る靖国神社への参拝に固執し、中国の国民の感情を深く傷つけ、中日関係の政治的基礎を損なったことにより、困難に直面している。これは周知の事実だ。上述の人為的障害を早く取り除き、両国の関係の改善と発展を推進することは、両国民の共通の願望と根本的利益に合致するものであり、国際社会も広く期待している。(編集SN) 「人民網日本語版」2006年4月7日
「われわれが日本の指導者による靖国参拝に反対するのは、A級戦犯の位牌が祭られているからだ」 やっぱりアホですわ。何もわかっとらん。 まあこうはっきりといい続けてくれれば、「位牌」がなければ問題ないでしょ、ってことになりますな。 �編∋嫁劼貌駟覆弔韻討襪里麓鸛蠅�言うように特アだけですから、中国の言う「国際社会」も狭いもんです。
昨日・今日と民主党代表選で賑やかですが、わたしゃ興味ありません。 旧民社から旧社会党までごちゃごちゃの党ですから、先が全く見えません。
| 2006年04月07日(金) |
特アのお気に召すまま |
いったいこの社説の内容のどこが公正中立だというの?
《朝日社説引用開始》 教科書検定 高校はもうやめたら 「ペットを家族の一員と考える人もいる」。この文章のどこが間違っているか、答えられる人がどれだけいるだろう。 「動物は家族ではない」が文部科学省の正解である。検定の結果、「家族の一員のように親密に思っている人もいる」と直された。 文科省は高校1年生が来春から使う教科書の検定の結果を発表した。その中で、こうした重箱の隅をつつくような修正が少なくなかった。 世界史や日本史、現代社会の教科書では、政府の見解や考え方以外は許さないという姿勢が目立った。 たとえば、イラク戦争について米国の「先制攻撃」という表現が消えた。「先制攻撃や予防攻撃に当たらない」と小泉首相が国会で答弁しているというのが修正を求めた理由だ。小泉首相の靖国神社参拝に対する福岡地裁の違憲判断も削られた。下級審であるうえ、違憲判断は判決の本論ではない、というのだ。 一方で、今の学習指導要領は教える内容を3割減らしたため、重要な項目が教科書から消えている。 生物Iの「進化」や数学Iの「統計」は、指導要領の範囲を超えるとして、前回の検定で削られた。今回の検定では、別枠の囲み記事などで「発展的学習」として書くことはできたが、どの教科書も載せなかった。小さな囲み記事ではとても書ききれないからだろう。 細かなところまで口をはさむ。政府の見解をきっちり書かせる。指導要領の枠からはずれることを許さない。なんとも窮屈な検定である。 私たちは社説で、「色々な教科書があった方がいい」と述べ、検定はできるだけ控えめにすべきだ、と主張してきた。執筆者が創意工夫をこらし、多彩な教科書をつくった方が、子どもたちにふさわしいものができると思うからだ。 とりわけ、高校生は学ぶ内容も程度もさまざまだ。大学に進む生徒もいれば、すぐに社会に出る生徒もいる。一方で、かなりの判断力を持つ年齢でもある。教科書を批判的に読む力を備えている生徒も少なくない。 何を教え、何を教えないか。指導要領と検定で教科書の内容に一律に枠をはめるやり方は、高校教育ではいよいよ現実にそぐわなくなってきた。 高校では指導要領は生徒が学ぶ最低基準にして、ゆるやかな大綱とする。教科書の検定は廃止する。そろそろ、そんな方法に改める時期に来ている。高校の検定をやめた後、その様子を見ながら、小中学校で検定の廃止を考えてもいい。 とんでもない教科書が出てきたらどうするのか。そう心配する人がいるかもしれない。 高校の教科書は有料で、学校ごとに選ぶことが多い。それぞれの教科書について教師や保護者らが読み比べて目をこらし、生徒にふさわしい教科書を選べばいい。そうすれば、教科書の内容をもっと充実させることにもつながる。 《引用終了》
国定教科書の国の教科書で捏造された歴史には目もくれないで、日本の教科書に国の見解や考え方を入れたら問題だという。??? 「私たちは社説で、色々な教科書があった方がいい」といいながら扶桑社の教科書にはクレームをつけ、おまけに検定に通れば通ったで採択の邪魔をする。 結局、「生徒にふさわしい教科書を選べばいい」、という本当の意味は、朝日が推薦する教科書を使用するのが一番いい、ということ。 タイトルだってだましているようなもの。「教科書検定 高校はもうやめたら」といいながら「小中学校で検定の廃止を考えてもいい」と、何のことはない、検定をすべてやめさそうというものだ。そして特アのお気に入りの教科書を進めようとしているものだ。 やっぱり「朝日新聞綱領」はにせの大看板だ。中身をすっかり入れ替えたほうが分かりやすい。(昨日を参照して下さい) まだまだ朝日の購読者は多い。購読者の皆さんはこういった朝日の腹の中を見ながら読むと大変面白いかもしれません。でもそこまで読めないという人は朝日の購読をやめた方がいいと思いますよ。
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