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2007年03月02日(金)

TVnaviの山本耕史さんと木村拓哉くんの対談。

TVnaviの山本耕史さんと木村拓哉くんの対談の感想。

山本さんと木村くん。
って、年齢的にバランスの悪い呼び方なのだけど。
人の呼び方には歴史があるから、いきなり治せるもない。
ま、呼び名のことはいいや。

かなり期待できる内容だと聞きつけ、発売日にそれも日付が変わった深夜に。
コンビニに走りました。(←ばか)

読んでの感想は、もう『びっくり!』。
それは木村くんのクランクアップに山本さんが花束渡しに駆けつけたとか、そういうことではなく。
(『全くおぬしは・・・』と私も思うが。びっくりはしない。)

木村くんに! びっくりした!!
今回は山本さんそっちのけで、完全に木村くんに意識がFOCUSしてしまった。
山本さんWatcherより、SMAP Watcherの方が嵌り度はともかく年季は入っている。
それなりに公開情報は押さえてきたつもり。
この対談はかなり新鮮だった。


まず、写真。
UPの写真。

この可愛い笑顔は何なんだ!
"木村拓哉"としての笑顔には見慣れているけど、こんな無防備な笑顔は見たことがない!

TVnaviのカメラマンの中川文雄さんの力量でもあるのだろうけれど。
(彼は一瞬の零れ落ちそうな表情を撮るのが凄く上手いと思う。)
それにしたって、この表情は奇跡だ。


SMAPはまず素は見せないもの。
山本さんと慎吾ちゃんの対談の時にも感じたけど、今回の木村くんとの対談でも思ったのは。
SMAPでいることの大変さ。

彼らの意識は"見られる"ということから離れることが最早出来なくなっている様だ。
常に無意識に周囲の目に対して反応しようとする。
それは最早一種の病気、追跡恐怖/視線恐怖に近いものじゃないかと思う。

山本さんと木村くんの対談で。
山本さんは木村くんにだけ話しかけているけど、木村くんには対スタッフコメントが数箇所ある。

それは山本さんと慎吾ちゃんとの対談でも感じた。
慎吾ちゃんの場合はコメントより写真でより明確。
「はい、目線こっち下さい。」というポーズ決めの写真でないところで、
過剰なまでに、"陽気で楽しい"慎吾ちゃんを作っているところが、痛々しかった。

SMAPでいるって、そりゃいいこともあるだろうけれど。
本当に大変なんだろうな。

常に注目のまと、で一挙手一投足を何人もの人が注視する中で24時間。
仕事の時だけでなく、プライベートでどこに行っても視線がつきまとい、
一つの瑣末なコメントが本来の意図でないところで増幅してしまう怖さの中で
発言して、笑って、歌って、演じて、暮らして、そうして、もう、20年近く過ごしてきた。
その日々の積み重ねを、感じた。

今回の木村くんの笑顔は、分厚く塗り固めてきた"木村拓哉"の重い岩戸が一瞬開いて、
中がちらっと見えた瞬間のような気がして。

こんな顔して笑える相手が出来て良かった・・・ってそう思った。


それからコメントについても。
とにかくびっくり。

弱みを見せるくらいなら舌噛んで死んじゃうみたいな負けず嫌いの木村くんから、
こんなに何回も"大変"と聞く日がくるとは!

◇すごい原作のドラマ化でプレッシャーをかんじていた
◇現場の雰囲気になれて自分がうまく鉄平としてまわり始めるまでが大変だった。
◇「すごい」現場にいるためのチューニングは本当、大変だった。
なかなかチューニングが合わなくて・・・・

さらには、
『スケジュールの紙を見て、俺の出番の時に銀ぺいのところにもマルがついていると
「ああ、よしよしよし」って。』

"よし"が3回ですか。(笑)
嬉しさが出てます。出すぎてます。
中学校の始業式で新しいクラスメイトに友達探すみたいなこと、木村くんやりましたか!

・・・きっと、それだけ心細くもあったんだろうな。



TVで流れる現場中継では、現場は常にわーっと盛り上がっている。
撮影レポでは関係者みな和気藹々で、もちろん和の中心には木村くんがいる。
そりゃ、常にそんなにお仕事の場は楽しいばかりじゃないことはわかってはいたけれど。
彼なら自然になんとかしちゃうんだろうなって、思っていた部分もあった。

木村くんでも大変なんだ。
そして楽でいられる相手がいるとほっとしたりするんだ。
なんて可愛い。。。


そして最後のびっくり

『何か確実に自分が二番でその二番が自分の中でオッケー、そういさせてくれる存在』
これを読んだ時には、めまいがするほどのには驚愕を覚えた。

あの木村くんが!
勝たなきゃ意味がない!とばかりに一撃必殺、何事にも腰だめで突っ込んでいくようなあの木村くんが、
"二番"と言っている!!

しかも、"いさせてくれる"って言葉。
"いさせてくれる"。これは許可を意味する表現。
意味が深そうだ。

深追いしようと思えば、邪推は色々出来るが、やめておこう。
正解なんてきっと彼本人にもないだろうから。

ただただ、単純に。
良かったね。って思う。

まず、木村くんに。それから山本さんに。
良かったねって。


2007年03月01日(木)

『ヘドウィグ アンド アングリーインチ』 感想その2

『HEDWIG AND THE ANGRY INCH』。
全曲英語で歌われていることについての感想の続き。
この前書いた時は、舞台の感想を外れて、演出家コメントに対する感想に流れて終わってしまったから。

英語歌詞で歌うことについては、私は演出としてそういう選択肢も"あり"だと思う。

言葉が無理なくリズムにのっているが故に、ハーモニーとして綺麗だったし、
山本耕史さん、中村中さんの歌の上手さも遺憾なく発揮できた。
ただ、話の中身が伝わり難くなってしまったのは事実。

字幕をつけろという話もあるみたいだけど。
LED背景にだーだー字幕が流れるのもどうかと思うし。(というか私はいやだ)

せめて歌中のモノローグだけでも日本語にしてくれればなとは思う。
あと、時折日本語混ぜてみるとか。(DefTechか、MONKEY MAJIK程度に)

そして、英語で歌うことについて、賛否とか改善案とかは良く聞くけど、
"これ"については聞いたり読んだりとかが見事に一回もなく、かなり意外だったことが一つ・・・・。


端的な感想として、"全曲英語で歌うって凄くない?!"


プロの役者さんだから。
山本さんだから。
なんか当然のように流されているけど、そう?
尊敬しちゃうけどな。


だって歌詞全部覚えるんだよ。
それも、サビだけとか、一部早口部分は鼻歌でごまかしつつ、フンフン歌うのとはわけが違う。
丸覚えしなきゃならない。

私は今、4月のFINALに向けて、歌詞COMPLETEを目指していて。
(← この情熱はどこから)
で改めてその大変さが身にしみてる。

まず、歌詞覚えるのが予想以上に大変。
『TTB』や『RENT』に比べて比喩や思想表現が多いので、単語も聞きなれないものが多いし、文章も繋がりにくい。
次にそれをリズムに乗せて発音することの困難たるや。
ずっとガンガン歌っているわけでもなく(もちろんだ。一日中歌っているわけにはいかん)
主に脳内イメージトレーニングなんだけど、それでも言葉がリズムが早くなると口が回らない。
ただ今、口のまわりが微妙に筋肉痛。

最後に、一番大変なのは。
音が英語の音にすること。これはもー。ありえない。めちゃくちゃ大変。
音程がとかじゃなく、RとLとかTHとかの話でもなくて。
何ていうのかな。
音の周波数(?)が、日本語になっちゃう。

Origin Of Loveの"お"の音が、頭でイメージしているのは英語の"お"の音。
でも、自分の口からは日本語の"お"が出てしまう。
違うのよー!そうじゃないのよー!!
脳内イメージと体から出る音が違いすぎて、哀しくなってしまう。

多少は改善もしてきてるけど。
難しいよー。(私だけなのかなぁ・・・・)


そんなあれこれを全部クリアして、かつ、舞台の上で、演じながら、その人として歌う。
それをやってのけちゃう。
しかも、ステージを見ている人にその大変さが全く伝わらないくらいに、やってのけちゃう。

フィギュアスケートでの上手い人のジャンプ、例えば、浅田真央のダブルアクセルって見てて凄く簡単そうに見える。
見てると自分でも出来そうな気さえする。
それと同じ感じようなもんじゃないかしら。

要するに。
『凄い』と。『尊敬に値する』と。『好きだ』と。

ヘドウィグの感想は、これからも気の向くままにぽつぽつ書くつもり。


2007年02月26日(月)

ヘドウィグ アンド アングリー インチの感想

『HEDWIG AND THE ANGRY INCH』の観劇の感想。

まとめるのは後日として。
取り合えず、思いつくまま書いていく。

まず、英語歌詞で歌うことについて。
『別に構わない』という意見。

ミュージカルの日本語歌詞って、音数にはまってなかったり、
今時の日本語としてどーかと思うセンスだったり、率直に"いけてない"としか言いようのない時が多々ある。
いっそ英語で見せるというのは、それはそれでありだと思う。

英語で歌うことで出来る、舞台と観客との感覚的隔たりを"壁"と見立てる演出家の意図も、
気持ちは分からなくもない。


ただ、歌中のモノローグまで英語だとは思わなかった。
ここは日本語でも良かったんじゃないかなぁ。

あと、やっぱり歌に気持ちを乗せて演じて歌える山本耕史さんだからこそ、
日本語で聞いてみたかった気持ちはある。
前もって予習はしたので、意味は分かってはいたけれど、英語だとどこか腹に落ちきらない。

今CDで売られている曲って、サビ英語だったり、センテンスとか単語とかが英語だったりって
別に珍しいことではないのに、ミュージカルだとなぜ完全に日本語、じゃなければ、一切合財英語の2択に
なってしまうのかしら?

日本語入り英語、ないしは、その逆というごちゃまぜの訳詩っつーわけには行かないのだろうか?
J-POPの大半がそうなのだから耳馴染みも悪くないし、のりも崩さず、気持ちものせられるし。
何か障壁があるのかな。


"英語で歌う"ということを前もってチケット販売時に知らせて欲しかった。という感想も某所で目にした。
これは微妙。
自分は事前に情報集めるタイプなので知っていたが、何も知らずに見に行ったら、
いきなり一曲目が英語で、え?え?と思っていたら、2曲目も3曲目も・・・だと、
かなり舞台に入り込むまでに時間はかかりそうだ。

気持ちは分かるが、私は別に事前に公開の必要はなかったと思う。
演出の一部であり、他の情報はお知らせしないのに、言語にことさらに知らせる理由がないもの。

言語について知らせるのならば。
表現という範囲で同じグループに入る衣装についてだって、事前にお知らせするべき事柄になってしまう。
「ヘドウィグは網タイツはいて歌います!って前もって教えておいてくれるべき!だったらチケット買わなかった!」
という苦情はありorなしと言ったら、やっぱりなしだろうと思う。


英語は英語で良いんだけどさ。
こっちも凝り性で変なところ負けず嫌いなので、4月の厚生年金会館までには
英語歌詞覚える覚悟で取り組んでるからさ。(← この情熱が他になぜ行かない?)



ただ、どー考えても成立しないと思われるのが、「英語でもいいじゃん。」ということを、
演出家の鈴木勝秀さんが説明した本人ブログでのコメント。
(どこに行ったか分からなくなってしまって、うろ覚えなのだけれども)

「歌詞が分からなくても、外国の歌手が歌う歌に感動することはある。
完全にわかることが全てじゃない。」
と言う趣旨と、少なくとも以前読んだ時には、理解した。(間違っていたらごめん)

それはそうだ。
が、それと舞台を同一視するのには、論理の破綻があるように思う。

だって、好きな歌・感動した歌にあったら、普通どーする?
CDの形か、WEBで買うかはともかく、手元においてリピしない?
同じステージということで、外国人歌手のコンサートについて。
英語の歌詞の曲にも心を揺さぶられることはあるだろうけれど、コンサートの場合、
事前に曲が繰り返し繰り返し聞いて、すっかり自分の血肉としていて、
それに思い出なんかも重ねて既に持っていて、そしてステージを見に来るというのが多数派だと思う。

その場で、イチから雰囲気を作り、話を進め、見終わったら、基本そこでおしまい。
という一期一会の演劇と、リピ前提の歌を同一フィールドで語る、その根拠がわからない。

「えっ!少なくとも舞台って3回は見るものでしょ?」というのが前提ならば理屈は通るけど。
でも、それを観客に求めるのも無理があるよな。


わけのわからない理屈つけないで、
・日本語より英語の方がリズムに馴染むから良いかなと思って、とか
・英語という壁を構築し、観客との距離感がある中で舞台をスタートし、ラストで崩す構成こそがロックである。
・かつヘドウィグのストーリーともリンクする。

とでも、言ってくれれば素直に「そういう考えもありかも。」と言えるのだが。
歌詞が良く分からなくても好きな曲はある。とか言い出すから、話がわけわからなくなる。


・・・舞台の感想書く前に、長くなりすぎた。
今日はここでおしまい。

明日以降、随時続ける。
続けたい。。。


2007年02月25日(日)

『それでもボクはやってない』を見た

今週末より地元映画館で、『それでもボクはやってない』の上映が縮小された。
そろそろ公開が終わりそうな雰囲気があったため、多少迷ったが本日映画館に駆け込んだ。

仕事持ってかえってきてるのにー!!
映画見てる時間ないのにー!

でも、見逃したくなく。
映画としても評判良いし、大画面で山本さん見たいし・・・・。
(山本さん関連のこの行動力は我ながら飽きれる。他に回せないのかと、いつも思う。)

見に行っちゃいました。

なので、他のやりたかったことはとりあえず後ろ押し、
HEDWIGの感想書きたい・・・週末やろうと思ったのに。
TVnaviの木村拓哉×山本耕史の感想とか・・・。

あ"ー!!!!
でもでも。

明日は勝負なんで、今日はやめとく。

『それでもボクはやってない』の全体感想だけ。
脚本と演出とアングルと、全て最高。思わず"上手いっ"と声がけをしたくなる出来。
(昨今のTVドラマの劣化を見るに付け。その格差に唖然とする。)

およそ2時間半の長さなのだけど、全く長さを感じない。
どきどきして、いらいらして、うずうずして、あっという間に終わってしまう。

わけの分からない単語の羅列で、明らかに説明台詞だな、解説用のキャラだなというのは、
それと分かりはするのだけど、それが全然退屈でもないし、物語も壊してない。

目出度くも楽しくもないので、見て元気になるとか、すっきりするとかはしない。
私が映画に求めるのは爽快感なので、好みで言うと好みではない。
もう一度見たいかというと、「いや、それは・・・」という気持ちである。
辛いんだもん。

が、チケ代以上の時間は過ごさせてもらった。
秀作であることは間違いない。


2007年02月24日(土)

鬼束ちひろ活動再開!

昨日の日記を読み返した。
世界がrollingしている中で書いたのに、別に普段と変わらないように見受けられる。
酔ってなくても常日頃から文章散漫で論旨なしということかー。

ただ4時まで飲んで勢いつけてがーっと深く寝入ったためか、8時に起きてしまい、
そこから寝られず。

夜になってめちゃくちゃ眠い。
なので、今日は寝る。

あ、一つだけ、先週嬉しかったニュース。
鬼束ちひろの復活!

いや、と書くのはまだ早いか。
Albumを聴いてから、だね。
または復帰2作目の後かな。

活動休止前の迷走を覚えているだけに。

とりあえずAlbum作ると言っても、ちゃんと完成するのだろうか?
出来たものが彼女の意に沿うものになっているのだろうか?
欝に拍車を掛ける要因になったりしないだろうか?
一つ出来たとして、その後への意欲は繋げるのだろうか?

などなど。

素直にわーっと喜ぶ気持ちはもちろんあるのだけど、考えれば考えるほど、
喜ぶことが怖くもある。

でも良くも悪くも。
踏み出さないよりは良いよね?

そう信じたい。


alain

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