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2007年06月02日(土)

現状とか。鬼束ちひろのこととか。

先週のぐだぐだは抜けて、おおかた元気。
ただ、やっぱりデフォルト眠い。

そして眠ると夢を見る。
今週はアクセサリーと靴の夢が多い。

今週は妙に事件、それもEND系が多かった。
何とか還元水の人の自殺とか、ZARDとか、唐突な奥菜恵の引退とか。

満月の前だし、何だろーと思いつつも、ホロスコープを見てしまう。
海王星の逆行開始かしら?
土星と海王星180だし。
現実と夢との相克。そして逆行ということで、退行に夢に逃げ込むということで。
ないしは、水星と冥王星の180で、コミュニケーション回路の切断?

どーなんでしょう。

先日、鬼束ちひろがTVに出ているのを見た。
賛否あるようだけれども。曲についても、現在の彼女の状況についても。
(目がとんでる。とか歌が安定しないとか。プロデューサーが気に入らないとか・・・)

私は、今現在の完成度というより、
彼女が「私はこれ(歌)で生きていくんだろうな。」って言ったことがとても嬉しかった。

自分はどーやら、何か好きなものとか、得意なものを何も持ち合わせておらず、
とりあえず、せいぜい感じの良い人で終えることが目標かな?という
生き方に落ち着きそうなので。

良くも悪くも一芸に秀でというか、それしか生きようがない、不器用というか
潔い生き方の人に、憧れはしないけれど(大変そうだから)、とても愛おしく感じる。

だから、何はどーあれ。
鬼束ちひろが歌を歌うんだと思って、歌っていること。
それだけで良いや。



2007年05月27日(日)

本を読まない自分に違和感がある

本屋に行っても、本が呼びかけてこない。
短期的にはないことはなかったけれど、こんなに長期間は初めてだ。

ここ最近買った本といえば、三枝誠の整体の本だったり、綿本彰の瞑想とかヨガの本だったり。
磐音さまシリーズは結局今のところ5巻まで読んでいるけれど。
それはまぁ動機が動機なので。

一日全く本を開かないということはなく、家にある本をぽつぽつと再読したりはしている。
でも、ノンフィクションとかエッセイとかが多い。
物語、特に長大な物語に心を寄せることが、全然出来なくなってしまっている。

推理小説なんてもってのほか。
頭の回路にトリックをつっこんでこねくり回すことが全然出来ない。
そもそも、読んでいてロジックが空論というか空虚に思えてしかたがない。
謎って"言葉が迷う"と書く漢字通りで、実体はない。
存在ではなく、空論の構築美や迷う過程を楽しむものなのに、それが出来ない。楽しくない。

バランスというか、反動なのかもしれない。

今まで身体をないがしろにして、頭でっかちに生きてきたから。
それがいきなりヨガだの太極拳だの、アロマセラピーだの、ハーモニーベルだの、
よーするに身体があってこそ行えたり、五感で持って受け取ることに回路を開いたため、
そちらにエネルギーをとられてしまい。
頭の中で何かを組み立てたり、巡らして楽しんだりが止まってしまっている。

この状態が何時まで続くのか?
わからない。

何度か本屋に行って見た。
だって何か不安なんだもん。
本を読まない日々に慣れていないから、言葉が頭から抜けていく気がするし、
気持ちというか共感力とか想像力みたいなもの枯れてしまう気もするし。

でもだめ。買う気が起きない。
買いたい本がないなんて、そんな日が自分に来るなんて想像も出来なかった。

強いてという訳ではないけれど、多少は本も読まなくちゃみたいな気持ちで、小説本を買って読んだりもしたけれど。
(うっ・・・!こんな事を自分に言う日がくるとは)
映画にもなった『しゃべれども しゃべれども』とか『となり町の戦争』とか。
でも気持ちがのれない。受信する回路が閉じてしまっていて、うわっ滑りに終わってしまう。

本屋で「欲しいなぁ・・・」って思うのは、整体本とか、おおたうにのファッション本(これも身体あってのもの。)とか。
まじで、そういう本にしか食指が動かない。

この先どーなるのか。
強いるのはやめました。
もう、こーなったら自分の心の赴くまま、見守ってみようと思う。


2007年05月26日(土)

眠くて眠くて

先週より。
とにかく眠い。だるい。
日常生活をしていて今にも落ちそうなくらい眠い。

眠りが足りないのかと寝てみると。
夢を見る。ほぼ連日。しかも悉く寝覚めの悪い夢。
死の香りがする夢が多い。

この間は夢に霊が出てきた。
幼い兄弟。声は聞こえるけれど姿は見えない。でも白い壁に影だけは映る。
そして、僕たちの死体を探して欲しいと言う。

無理だから他をあたってくれないか。江原さんとか。
と夢の中で丁重に断りを入れる私。


今日は殺人事件のアリバイを何故か突き崩していた。
カラムーチョを買ったはずだ!と近所のコンビニを手配写真を持って聞きまわるという、
そんな話。
なぜにカラムーチョ?


後、身体的には。
非常に排泄モード。具体的には書きませんが。

都合よく捕らえれば、"浄化"。
チャクラリーディングの際、オプションで精油リーディングもお願いし、
選んでもらった精油を漂わせたり、えっとつまりアロマセラピー的なことも、
根が真面目なもので毎日やっているのだ。

それの好転反応と捕らえられないこともない。

まぁ一般的には体調不良なのでしょう。
どっちでも良いけど、早いとこすっきりしたい。
身体を裏返しして洗いたい。



2007年05月21日(月)

文脈として『ぼくはきみのためにこそ、人を殺しに行く』では?

土スタに磐音さまの映像が出たですとー!
全くのノーマークだった。
やられたわ。(何にだ?)


今の季節って日差しは明るいのに、風が冷たくてサイクリングに気持ちが良い。
週末は飛行場に飛行機(セスナ)を見に行ってしまった。

空を滑空するのって気持ち良いのだけど、
かつ、見ていても爽快なんだけれども。

飛行機の性能向上の履歴はまんま戦争と重なる。
例えば大空に夢を託して模型とかポスターとかを部屋に飾るという行為に
どことなく素直に載れないのは、飛行機の持つ死神の陰りの所為。

もっと楽しいだけのものなら良いのに。
でも、きっと乗り込んで目標物、それが動くものならなお、それを撃ちぬくことに
喜んで夢中になるであろう自分も、たやすく想像できるところが。
何ていうか、いやになるね。


飛行機で思い出したけど。
土曜日のスマステに映画の宣伝のためと思うが、石原慎太郎が出ていた。
コンプレックスの逆ギレのような彼の父性信仰というか固執が好きでなく、
番組も見るつもりなかったのだが、うっかり組!好きと知ってしまったが故に、見てしまった。

見もしないで頭から否定するタイプかと思っていた(という決め付けはいかんね)だけに、
組!を毎週見ていてくれたんだーというだけで、もう心の距離一気に短縮。

案外良いところもあるんじゃん?みたいな。
あー単純だ。



という話はともかく。
やっぱり、彼の映画の題名は納得いかない。
本編(は見ていない)の内容とか映画としての出来とかについては、
さておき、題名が、毎度のことだけれども違和感がぬぐえない。

この映画だけに言えることではなく、戦争の事を語るのに
「君のためにこそ死にに行く」
「お国のために立派に死んでくる」

って、どーして、"死ぬ"ことを前面に出すロマンチシズムにうんざりしてしまうのだ。
そして思う。
この国は戦争に強い民族じゃねーなって。


だって、目的のベクトルが変だもの。
生き死にについて語るならば、正しくは「君のためにこそ、敵を殺しに行く。」でしょう?

戦争の最終目的は敵対勢力を一人でも多く殺すこと。
自分が死ぬのはリスクではあるけれども、目的じゃない。
可能性は低いことに越したことはない、副次的な結果に過ぎない。

100歩譲って、敵を殺すことが自分の命と引き換えにであったとしても、
目的は"殺人"であり、手段が"自殺"という関係にしかならない。

どう展開しても、自分の死は行為の目的にはなりえない。
自分が死ぬことで戦争に勝てるのならば、わざわざ戦場に行かなくても、そこらで首つってれば良い訳で。

戦争は何か利益を求めて行うもの。
その達成手段が交渉でも、バーターでもなく、
敵の勢力に利益を放棄しても良いと判断するだけのダメージを与えるという方法が多少他の手段とは異質なだけで、最大利益の追求という行為は別に一般の経済行為と変わりはない。

だから、ダメージを与えるにもコスト意識は要るだろうと。
特攻やるなら、一人の命で一人殺して、マイナス1ずつ行って、それでびくともしない人口があるとかね。

中国が今一人一殺で日本を殲滅するというのは、それなりに理にかなっている。
1億死んだら日本は絶滅の危機だが、中国は人工統計の誤差の範囲内だ。

ま、それはともかく。
やっぱりさー。日本は戦争しないほうが良いよ。
政治行為・経済行為を利害じゃなく、ヒロイズムとロマンチシズム、つまりは文学的に
(あ、石原慎太郎って作家だった)と把握しちゃう民族じゃぁ、勝てないよ。


戦争が善か悪かについて言いたいわけじゃなく。
戦争するなら勝たなきゃ。
勝てないんなら、止めといたほうがいい。
っつーか、負けた時の対応策まで準備してやるのが戦争だろうーって率直に思うが。

運動会だって、万が一雨だったらのプラン考えるのに。
どーして戦争だとしないんだろう?



2007年05月16日(水)

思えば、毎日贅沢な朝だったなぁ・・・

家のDVDではBSは録画出来ないため、
がん見して目に焼き付けるしかなかった『毎日モーツァルト』。

DVDも市販されているのだが30万近いのは、さすがに買えない・・・。
が、後半の3ヶ月分くらいは、知人が撮ってくれていたので、手元にあるのだ!

本日久しぶりに再生しちゃった。

やっぱり、いいなぁ・・・
曲といい絵の美しさといい。もちろん山本さんのナレーションも。
時代背景などの説明語りも良いのだけど、台詞なんて、特にコンスタンツェへの
呼びかけなんて、愛が飛び散っていて、気恥ずかしくなるような優しさ。

こんなんを毎日見れていたんだ。去年は。
あぁ、思えばなんて贅沢な朝だったんだろう。

幸せってそれを失ってから気づくってこういうことか、
と今更ながら実感。



alain

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