突然、水滴がひとしずく落ちて来たように脳天から不安が全身に染み渡っていくことがある。 それは、昨夜訪れた。 ラジオから「サハラ砂漠」という言葉が聞こえて来たとたんだった。 そうだ… わたしはサハラ砂漠の砂を持っていた… あれは、職場の華道部にいらしている先生からいただいたのだった。わたしは可動部ではないのだけれど顔見知りのわたしに先生は声をかけてくださったのだった。 「わたしサハラに行って来たのよ。砂漠の砂を持って帰って来たんだけど、あなた欲しい?」 そうおっしゃる先生は現在八十五歳ぐらいだから声をかけてくださった当時でも七十五歳は下らないお歳だったと思う。そんな高齢であっても先生は果敢に様々な秘境へ出かけられていたので、サハラなんて聞いてもわたしは全然驚かなかった。そして、ぜひいただきたいと応えたのだった。 小さなコルクの蓋がされたガラスの小瓶に入った少量のサハラの砂をわたしは手に入れた。 で、その十年以上も前にいただいたサハラの砂がどうわたしの不安感をかき立てたのかと云うと… ダニ… 聞いたことがあるのだ。 たしか、アフリカだか中東だか、とにかくあの辺の砂漠に生息しているダニ。 足から体内に侵入し人を死にまで至らせるというダニの話を思い出したのだった。 不思議にネイティブの人々は平気らしいが、旅行者はソックスを絶対に履かなければ危ないし、砂漠を歩いた時に着ていた下着などは必ずアイロンをかけてダニ退治をしてから着なければ危ない… そんな話がサハラ砂漠」という言葉を聞いたとたんに脳のシナプスを駆けめぐり瞬時にして不安の大津波を連れてきた。 果たしてあの砂をどこにしまっただろうか? もし、瓶が壊れてあの砂が外部へ漏れて、ダニが繁殖したら? あんな乾燥した過酷なところで充分生きていけるんだから、こんな穏やかな土地柄ではすくすくと子孫を繁栄していくんじゃないだろうか? そしたらわたしはその辺の川にメガネカイマンやピラニアを捨てるなんて非道なこと以上にいけないことをしたんじゃないんだろうか? いやいや感想の強いところの生物って結構湿気に弱いんじゃないんだろうか… 思いは堂々巡りを繰り返しすっかり疲れてしまった。 このマイナスな思考回路 どうにかならないものだろうか… わたしの横で同僚のおみやげを食べている夫に、 「それどんなお菓子?」 と尋ねたら、 「瓦せんべいをふやかして、二枚重ねた間にあんこをはさんで、踏んづけたみたいなお菓子」 ? いったい、それって… すっかり寒さが戻ってきた。 帰りには雨が降り始めた。 明日も寒いらしい。みなさん風邪など召しませんように。
中途失明社の わたしが点字を読めるようになった頃、もうそれは二十年以上も前のことになるのだけれど、点字図書館には数少ない蔵書しかなかった。 翻訳本に関しては絶望的に少なかったし、国内のタイトルにしても、三島由紀夫、太宰治、川端康成などという、東大教授で盲聾者の福島智さんに言わせると「死んでしまいたくなるような」本ばかりが並んでいた。 読書が好きだったわたしが本から遠離ったのはそれだけが理由でもなく、どんどん落ちてくる視力と、慣れない職場生活と結婚の両立なんていうものたちと格闘していた時期だったからかもしれない。いずれにしても、わたしの読書生活には空白の十年間が存在する。 やがてCDの録音図書が登場し、コンピュータ点訳が行われるようになると読書環境は劇的に変わった。そしてわたしの読書生活も復活したのだった。 その空白の十年間に素敵なエッセイストの著書が編まれていたことをつい最近になって知った。そして、その著書の素晴らしいことにわくわくと読書の幸せを感じる。 わたしは、この一年ほどで、須賀敦子さんの随筆を次々に読んでいった。 「ミラノ 霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「ユルスナールの靴」… それぞれの乾燥は少しずつ日記に書いて行きたいと思う。残念なことは、わたしが須賀敦子さんを知った時には、既に須賀さんが亡くなってらしたことだ。そう思うと、残された数少ない作品たちのひとつひとつが貴重に思える。 そしてまた、その読書生活が始まった頃から十数年、わたしはテレビから遠離った。 それまでは、たとえわたしたちが画面が見えなくともテレビの音声は我が家のリビングに流れていた。 見える頃から馴染んでいた俳優たちの声を聞き分けてはドラマの画面をイメージしていたものだ。でもテレビドラマが少しずつつまらなくなり、満足な読書環境が整うと、もはやテレビのスイッチを押すことはなくなった。 最近、時々何の拍子にかテレビをつけてみると、偶然、いくつかのよいプログラムにぶつかった。 それをきっかけにテレビをつける回数が増えてきた。 知らないタレントや俳優が圧倒的に多くなり、見知った俳優たちは驚くほど歳をとっておじいさんおばあさん役を堂々と演じている。 まるでわたしはテレビ浦島のようだ。
土曜の日記を書いたつもりだったのに アップしたのは日曜の早朝となっていたことに昼頃気付いた。 なので日曜の日記を編集し直し。 何とも言えないすごい暴風雨 爆弾が落ちたような雷鳴 大荒れに荒れた土曜の夜の空だった。 人でさえ眠れないこんな夜に いったい鳥たちはどうしているのだろう? そう言えば 昼頃に小鳥が戸惑ったような鳴き声でベランダの無効の電柱から電柱へと渡って飛んでいた。 あれは金曜の朝、公園の木々の間を楽しげに歌いながら飛び回っていたあの鳥だ。 あまり聴いたことのない囀りで わたしは愛鳥家である友人のMに何という鳥なのか鳴き声を録音して尋ねてみたいものだと思っていた。 土曜の昼におろおろと飛んでいたあの鳥は、 あの朝のスタカートの効いたリズミカルな囀りとはかけ離れた 途方に暮れた鳴き声だった。 うちのベランダにおいで 室外機の影においでなさい そっと丸まって夜をやり過ごして わたしはそう小鳥に心の中から話しかけていた。 さて小鳥はどうしたものか。 それはわからないけれど、春の嵐は日曜も続いた。 今日の読書は須賀敦子。 「コルシア書店の仲間たち」 文藝春秋 夜食にラカタンバナナ アップルバナナの別名があるという酸味の効いたバナナです。 詩を三編書きました。 さて日曜のうちに日記をアップしましょう…
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