日々の泡

2010年06月13日(日) 天才

<<物憂さと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、立派な名をつけようか、わたしは迷う。
その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、わたしはそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。わたしは今まで悲しみというものを知らなかった、けれども、物憂さ、悔恨、そして希には良心の呵責も知っていた。今は、絹のように苛立たしく、柔らかい何かがわたしに被さって、他の人たちから離れさせる。>>
「悲しみよ今日は」フランソワーズ・サガン 朝吹登美子訳
再読してみたサガンはやはり天才だった。
少女の頃はただストーリーを追っていたに過ぎなかったのだと思う。
スキャンダラスなストーリーの印象しか残らなかった。深く読む能力がなかったのだと思う。
その文章には硬質でありながら、薄いクリスタルが微細に振動するようなフラジャイルな危うさが終始漂っていた。
先日、名前を忘れてしまったのだけれど、北海道出身の少女のアルトサックスプレイヤーがラジオイベントで演奏していた。…天才!夫も驚いていた。天才というふれ込みは聞いていたけれどこれほど…?
まだ高校生だという。どうしてその若さで…?
で、その天才の名前を忘れてしまうわたしって…
我が家に居ながらにして天才を読み、天才を聴く…
この時代って幸福だ。



2010年06月08日(火) 雑録

GIve you anything but love アン・バートン*あべさん
企画課のあべさんは多分四十五歳くらいでいつも普通の世界から少しずれたところに生息している。
呼びかけると、宇宙ステーションとの交信だって今時はこんなにタイムラグはないべと思うほどの間があってから「…はい」と返事をする。
ああ…この感じはなんだろう?
そう…まるであべさんの顔の前に、マシュマロであるとか、綿飴であるとか、メレンゲであるとか…
そんな口の中に入れれば間もなく正体がなくなってしまうようなふわふわしたものが浮いていて、
誰かに呼ばれると、まず、それを「あむ…」と飲み込んでからでなければ返事をしてはいけないという個人的なルールがあるみたいだ。
あべさん!
と呼びかけると、おもむろにデスクから顔を上げたあべさんの目前に例のふわふわした物体が浮いていて
あべさんはまず「あむ…」とそれを当然のように飲み込んで
先祖代々の家訓を護ったのだというような満足感をたたえて「…はい」と応える。
時々短気なわたしは「いらっ」とするわけだけれど、
ところでそのふわふわした物体は、実のところどんな味がするんだろう?などと尋ねてみたい気もするわけだ。
*ハイトースト
毎週一回コープの個別宅配「おうちコープ」を利用している。
最近ハイトースト1.5斤をオーダーしている。
米麹発酵の食パンで結構おいしいと思う。
配達日当日の朝に焼かれた物が届く。
厚めに切ってトーストして、無塩のカルピス発酵バターをたっぷり塗って食べる。
挽きたての豆で淹れたコーヒーと。
ああ…極楽極楽…
*最初の一滴
ここ数週間のうち、曇り時々雨という予報が数日あった。
空は薄曇りであったけれど、仕事をしている間は全く降る気配を見せず
これはよかったね、降られずに帰れそう…
なんて同僚たちと話していると
さて帰宅時間…
職場の建物から出て、前庭の歩道をに三歩歩き始めると…
お…
降ってくるのだ、最初の一滴。
ふん…大当たりだね。
*アン・バートン
ちょっとウェットな宵にはアン・バートン
マイミクの人から教わったオランダのシンガー。




2010年06月06日(日) コーヒーの香りの中で読書

姿を消していたネックレスが見つかった。
やはり何度も何度も確認したはずの引き出しから…
いやっっは…めっかっちまった…
とネックレスが思ったかどうかは知らないけれど、思わず見つかって驚いているわたしの掌で、確かにネックレスは「テヘッ」と笑ったような…
いや、きっと思い過ごしに違いない。
 
 現実逃避をしたいときには、何故だかミステリーを読む習慣がある。
すべて忘れられて物語に集中できるからかもしれない。
集中させてくれるだけの内容と筆力を兼ね備えた作品を探し出すのも楽しみ。
国内のミステリーも面白いものが沢山あるのだろうけれど
より現実逃避出来るのはアメリカのミステリー。
最新のテクノロジーを駆使して追う側と追われる側が緊迫した駆け引きを行っていく展開は時間を忘れさせてくれる。
以前は手をつけなかったロマンチックミステリーというジャンルをこの一年くらい楽しんで読んでいる。
読む前はハーレクインの甘い恋愛小説に少しミステリーを加味したようなものかと思っていたのだけれども、
いやいや、結構本格的に描かれたミステリーなのでした。
この悪夢が消えるまで(ヴィレッジブックス. イヴ&ローク 1)
著者 J.D.ロブ著 青木 悦子訳 
このイヴ&ロークシリーズは近未来sfロマンチックミステリー
ロークはアイルランド人で宇宙的な大金持ちの謎の美貌の実業家。という現実にはあり得ないようなかっこおよさ。
対して、恋人のイブは身なりには全然かまわないニューヨーク市警の敏腕女性刑事。
このふたりがある高級コールガールが殺された事件をきっかけに出会い、その後関係を深めながら様々な事件を解決していくというシリーズ。
自分でハサミで紙を切るというイブの身なりの構わない感じは、スー・グラフトンのキンジー・ミルフォーンシリーズの主人公の女性探偵キンジーによく似ているなと思って読んでいると、イブが訪れたロークの屋敷の書棚にスー・グラフトンの本が並んでいたりして、イブのモデルがだれであるのか暗示している。
少女マンガのヒーローのように完璧なロークと大人の恋に落ちていくイブ、でもリアルに描かれた市警内部の人間関係、近未来のテクノロジーが渾然となって魅力的なシリーズとなってます。

名探偵のコーヒーのいれ方(コクと深みの名推理 1)
著者 クレオ・コイル著 小川 敏子訳 
ニューヨークにある老舗のコーヒーショップビレッジブレンドを舞台に、その店の女主人で名バリスタのクレアが事件を解決してゆくコージーミステリー。
事件としてはさほど大げさなものは起こらないけれど、なにしろ出てくるエスプレッソ カプチーノ、イタリアンのスイーツ料理の数々がたまらなくおいしそう。ニューヨークのアーティストたちが集まるコーヒーショップ、美術、建築、ファッションのディテールを丁寧に描き込んであるのも楽しみ。


読み始めると止まらなく
読み終えるとなかなか現実に戻って来れないという一種の悪癖と言えるのかもしれない。
さて、今日は何を読みましょうか。


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茉莉夏 [MAIL]