2011年06月11日(土) |
大雨警報 ふたつのエッセイ |
土曜日は灰色の馬 著者 恩田 陸著 晶文社 妄想気分 著者 小川洋子 集英社 大雨警報が出ている不穏な土曜日。 自然の困難は次々とやって来るのにこの国の人々は真面目で健気に暮らしを営み続ける。 底で支えている人々が堅固すぎることにあぐらをかいて、退陣要求だって…ああ腹が立って気が遠くなる。
いつか何かで吉行淳之介氏がブラッドベリの小説を評して、「二度読む価値はない」と言ったとか…そんな文章を読んだ記憶がある。 わたしは文学としての価値がどうとかそんな大層なことはわからないけれど、ブラッドベリを文学ではなく少女まんがとして読んでいたと思う。 カポーティもヘッセも少女漫画として読んだ。 文章を読んでいても頭の中では萩尾望都のキャラクターが動き話していたのだ。 それはきっとわたしの読書経験がまず少女漫画から始まっていたことに起因しているんだと思う。 同じように恩田陸という人の小説をわたしは少女まんがとして読んでいる。 彼女の書く登場人物は、わたしの脳裏にイメージされるときそれは内田善美の描くキャラクターで現れる。 「土曜日は灰色の馬」は彼女の好きな小説、少女漫画、映画にまつわるエッセイ集で、 この中で彼女が内田善美に影響を受けたことが書かれている。 なるほどその作家が愛した小説や音楽や芸術はその人に吸収されてその作品の中に醸し出されるのだ。 旅先のホテルの部屋、夜中にベッドの足元に何かの気配を感じながら、彼女はおののきながらも頭の中ではいったい何がいたら恐いだろう…とこの作家は考えるという。不穏なムードをいかに醸し出すか…それを恩田陸は大事にしていると書いていた。そうだ、その不穏なムードを楽しむために恩田陸を読んでいるのだわたしは。最後に裏切られてもね。
小川洋子は「妄想気分」の中でこんなことを書いている。 幼い頃親に連れられて出かけた水族館で巨大なワニの水槽に出会う。そのワニの巨大さに幼い彼女は肝を潰す。そしてその水槽が確実にその巨大なワニには狭すぎるのだということも瞬間的に悟る。その体を曲げて水槽になんとか収まっているワニの暗いまなざしが彼女の胸に突き刺さる。この水槽は一時しのぎで、本当の水槽は大きく水量ももっと多くて本来ワニはのびのびと暮らしているのだと彼女は自分を納得させようと試みるのだけれどワニの眼差しの暗さにそんな楽観はあっさりと消えてしまう。 ワニの暗い眼差しは彼女の胸に残って幼い心を傷める。 せめて彼女はそのワニの心を癒すようにとワニのためにお話を作って毎夜語り聞かせようとしたのだという。 ホテルの話もワニの話も、それぞれの作家の作品を長く読んでいる読者は素直にうなずけることだろう。 雨の土曜日自分と同じ世代のふたりの作家の興味深いエッセイを堪能したのだった。
2011年06月10日(金) |
梅雨の晴れ間 旅の途中 |
木々の間から聞き慣れない鳥の声が聞こえてきた。 梅雨の晴れ間 金曜の朝の出勤時。 なかなかよいシチュエーション--つまり、わたしの心持ちが比較的軽やかであるという意味において その鳥の声はそのシチュエーションによく似合っていた。 トゥルルルルル きれいな音を長く引きずってその鳴き声は深緑の梢の間に響いていた。 聞き慣れないその鳴き声について鳥に詳しい友人に後で尋ねてみると、きっと渡りの途中で羽を休めていたのではないかとのことだった。 トゥルルルル… どこへわたる途中だったのか。 どうかよい旅であるように。 来年の夏が彼らにあるように。
職場の電気・施設の管理をしているセクションに鈴木さんという方がいらっしゃる。 業務は委託されているので業者から派遣でいらしてる方だ。 わたしの所属しているセクションのさまざまなものの転倒防止の装置を付けていただくようにお願いした。 以前は転倒防止の金具がしっかりボルトで固定されていたのだが、レイアウトを変えたり改築工事があったりでいつの間にか転倒防止の装置はぜーんぶ取り払われてしまっていた。 肝心な震災の時には文字通りの無防備な状態で、ああ…こんなものだよねえ…とため息をついたものだ。 で、その鈴木さんとおっしゃる方がセクションにやって来た。 設備にいらっしゃる方たちはリタイアされていてパートで働かれている人がほとんど。 鈴木さんも60代だと思われる。 けれど、その充分おじさんであって当然の鈴木さんは全くおじさんではないし、おじいさんでもない。 すらりと背が高く細身でらして、だからと言って生年とか少年というのでもない… では、鈴木さんはいったいどういうのかと言えばーーー 乙女。 乙女のオーラなのだ。 ゆっくりと密やかにお話になる。とてもとても優しい。 だからといって「おねえ」言葉ではない。 普通に話されているのだがとても静か。 几帳面に叮嚀に仕事をされる。 なんだか清らかな乙女に触れたような気持になった。 きっと鈴木さんの辞書には「やっつけ仕事」などと言う言葉はないことだろう。 おかげさまで安心して職場で働けます。 ありがとうございます、鈴木さん。
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