HOSHI・HARU
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2001年07月14日(土) 海外報告1

 今回は、台北と台中に行った。まず、台中に滞在した。ガイドブックには台中が一番台湾らしい。生活もし易いと書いてあった。人口が90数万人ということだ。日本で言ったら仙台ぐらいの規模かな。
 初日、ある喫茶店で仕事の打合わせをした。私はトマトジュースを頼んだ。しかし、店員が「トマトジュースより、フルーツ入りトマトジュースの方がいいよ。」と強く勧めてきた。何で店員がこんなに強く口出ししてくるんだ!と思いながら、まあ飲んでみるかと思ってそれにした。実際飲んでみると、まず甘さを感じ次にトマトの酸っぱさが来てなかなか美味しかった。
 夕食後、露天でCDを買った。浜崎あゆみの2枚組ベストだ。なんと日本円で250円。日本に帰って聴くのが楽しみだったのに・・。帰って聴いたら、1枚は何も音が入ってなかった。でも、1枚聴けるからいいか。
 この日(初日)はなぜか、とても疲れた。中国語の漢字が私の目の中に連続攻撃のように襲い掛かってきて、一瞬めまいを感じる程だ。体調を崩さないようにとビタミンC(ファンケルの)を飲んで早く寝た。(大橋巨泉もこうしてると本で書いてましたよね)。私は、良いと思ったことは素直に取り入れる。
 まあ、明日辺りから体も慣れてくるだろう。


2001年07月11日(水) 海外出張正当化

2回書いて気づきました。出張と言いながら旅行ではないのか。と言われていると。
いやいや、しっかり仕事はしています。
仕事の合間に見ると、旅行で見るより集中力、緊張感が高まり、深く印象に残る。深く感じる。と思います。

例えば、土日の朝というのは、案外早く目が覚めて起きてしまう。ウイークデイの朝は、週末の休みは朝タップリ寝てやるぞ。と思っているが、いざ土日の朝になると不思議と寝れない。
明日、重要な会議、出張があるから今晩は早く寝なくては、という日に限って、深夜のテレビが面白くてなかなか寝れない。
人間は、少しだけ与えられる時、ものに対しては高い集中力を発揮するが、たっぷり与えられると安心して、だらだらやってしまう。

これをうまくコントロールしたいなと思いますよね。皆様。


2001年07月10日(火) 海外出張回想

 今回の出張のことを書く前に、もう少し前回の台湾出張で感じたことを書いておきたい。最も印象に残っているのは、蒋介石を祭ってある中正紀念堂の衛兵交代式だ。衛兵がロボットのように規則正しく行進しながら交代するのだが、特に感心したのが、手の指先に現れる気合いというか、練った気というか、手の指先に感動的な程の緊張感を感じた。蒋介石を守っているとのことだが、私には、中国大陸から台湾を守っているという気を感じた。衛兵はすごいエリートであると聞いた。
台湾の人を付き動かしている大きな動機の一つは大陸に対する緊張感なのだなと思った。→�‐錣剖枋ゴ兇鮖�っている。
 
 世界3大博物館の一つ故宮博物院も見た。刃物1本で12層構造の彫り物を見た。そんなものを彫ってしまう民族の手先の器用さに、世界一器用なのは日本人かスイス人と思っていた私の思い込みはきれいに砕かれた。
→�∪こΠ豐鑞僂覆里任蓮�

 どこにでもあるような料理屋で、あっという間に調理されて、無造作にテーブルの上にドンと置かれた炒め物。しかし、口に入れた瞬間その美味しさ、味の深さに感動した。さりげなくこんな深い味を出せるなんて。まさしくプロだと思った。
→��この腕が工業製品の製造でもいかされたらどうなるのか。

 街の交通状況を見ると、車とスクーターが速いもの勝ちという意識をむき出しにして先を争っている。人間の欲望に素直とも言えるのか。
→�い海龍チ莪媼韻�いい方向に向けられたら。

これらの点から、そのうち日本は経済力、技術力で負けるのではと真剣に感じた私であった。


2001年07月09日(月) 海外出張プロローグ

久しぶりに台湾へ出張した。台湾へは数年前に出張していたので、雰囲気はだいたい覚えているつもりだった。

初めて台湾へ出張した時は、すごいカルチャーショックを受けた。想像していたより街は発展しており、エリート達に会ったが、英語がペラペラで、考え方もしっかりしており、圧倒されてしまった。中国語と英語を自由に操り、中国大陸に太い人脈を持つ彼らと勝負できるのか?と弱気になる程だった。

街には看板等に中国語があふれていて、中国系の場所なんだなと思いつつも、日本車が沢山走っており、カラオケがいたるところにあり日本の影響をけっこう受けているなと思った。また、クルマは右側通行で、高速道路(フリーウェイ)はバンバン伸びていてアメリカの影響も強いと感じた。

私は、中国+日本+アメリカのようなところと頭の中をまとめた。

その後、中国大陸にも出張し、数年間分大人になった自分の視点からもう一度 台湾を見直したのが今回の出張だった。


ほし・はる |MAIL

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