不用品 買取 家庭教師 celeste blue

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思い出した、言葉

2008年10月06日(月)

大きな呼吸が止まり、ナースコールを押してと言っても、母は押しませんでした。

「息が吹き返すかもしれないし……」

その言葉を聴き、私は半分「無我夢中」で、でも半分はこれからやってくるショックに耐えられるように準備しながら、ナースコールを何度も押しました。
そう、何度も。

でも、だれひとりやってきません。
ナースコールが壊れているのかとも思いましたら、そんなことはありえません。

時間にしたら数十秒のことだったけれど、その時間がとても長く長く感じました。

そしていきなり無造作にドアが開き、がさつに入ってきたナースが父とその心電図を見て叫びました。

「アレストーーーっ!」

私は、今日までこの言葉をずっと思い出せませんでした。
あのとき、あのナースは、いったいなんて叫んだのか。
そのときは覚えていようと思ったけれど、その後の病院の対応や役所への腹立たしさに、その瞬間のことがなかなか思い出せませんでした。

でも、きょう、ふと、その言葉に出会うことができました。

「アレスト=心停止」

その言葉を機に、バタバタと入ってくるナースと、まるで儀式的に徐細動をかけ心臓マッサージをするドクター。

私は、そんな医療者には、なりたくない。

おやすみ。


ふらり

2008年10月05日(日)

ちょっとだけ遠くに行きたくなった今日。

ふらりふらりと。

どこからともなく風にのってきた、きんもくせいの香りの魔法にかかったかな。

おやすみ。


一首

2008年10月04日(土)

久しぶりに「百人一首」をしたくなりました。
百人一首大会でも、企画しようかな。

なーんてことはしませんが、私がしたいのは、百人一首大会ではなく、百人が読んだ和歌を、じっくり味わってみること。

ひとつひとつの和歌の前後に、物語があります。
秀歌は何もないところから生まれません。

その物語をひとつひとつ追っていきたい。

もちろん、子どものころから百人一首が好きだった私は、今まで何度も同じことを繰り返してきました。
和歌を通して平安時代の貴族たちの人の生活に触れることにわくわくしながら、当時のことを想像して。

また、そんなわくわくに出会いたい。

そして、そういうことを考えるときはだいたいちょっと疲れているときなことも、ずっとずっと繰り返してきました。

のんびり、したいね。

そこで一首

「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む」

さ、寝よ寝よ。

おやすみ。


心にずしん

2008年10月03日(金)

壁一面に、高く、高くそびえ立つ本棚には、約6万冊の書籍が納められているそうです。
生涯で6万冊の本を読んだって、とっても幸せでうらやましいくらいです。

今日は、ずっとずっと行きたかった司馬遼太郎記念館に行きました。
言葉を失うほどの蔵書にただただ圧倒されました。

論説文『二十一世紀に生きる君たちへ』という、司馬遼太郎氏が教科書のためにだけ書き降ろした文章を読むことができました。

「もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。」

これから続く長い長い文章を読み終えたとき。
今までに読んだ司馬遼太郎氏の小説が、ますます生き生きとしてきました。

そして、その小説を裏付けているこの6万冊の蔵書たち。

けっして、大きな発見はないけれど、心にずしんときた博物館でした。

でも、もう行かないかな?

おやすみ。


文化祭

2008年10月02日(木)

今までで、いちばん心に残る文化祭といえば、やっぱり高校のときでしょうか。

1年生のときは、クラス全体がバラバラで、ひとつのことを決めるのにもずいぶん時間がかかりました。
文化祭もあまりいい意見がまとまらず。
でも、芝居だけはみんなで作り上げました。
私も役者として出演。
平安時代のお姫様の役でした。
ちょっと恥ずかしかったな。

2年生のとき。
クラスがまとまってきました。
まだお互いに遠慮はあるけれど、でも、楽しく文化祭の準備に取りかかることができました。
もちろん、この年も創作の芝居。
そして、またまた私も役者として出演。
セーラー服の不良の役でした。

3年生のとき。
クラスがまとまりすぎて、怖いくらいでした。
クラスのどこにいても誰としゃべっても居心地がよくて、みんなが私を知っていて、私もみんなを知っていて、そのときその場にいながら「この時間は、きっと私にとってかけがえのないものになる」と確信していたくらいでした。
この年も創作芝居に役者として出演。
前年の不良役が評判よく(?)、今年も不良役。
ひとつ違うのは、学ランを着ての登場でした。


今日、高校時代の3年間に匹敵するくらい、感動的な「文化祭」を経験しました。
限りなく不惑に近い歳に、純粋に感動できる気持ちを呼び起こしてくれた仲間たちに、ありがとう。

おやすみ。


確認

2008年10月01日(水)

衣替えの日。

タンスの中味の整理、しましたか?

おやすみ。


秘伝の味

2008年09月30日(火)

父の得意料理に「くるみ餅」がありました。
くるみ餅といっても、正式名称かどうかはわかりません。
お餅の中にくるみが入っているわけでもありません。

すり鉢ですりつぶしたくるみに砂糖やしょうゆやなんだかんだをまぜて、とろとろの液体状にしたあつあつのタレの中に、焼きたてのお餅をつけて食べます。
これがとても甘くておいしくて、わが家の正月の定番料理でした。

ふだん、家にほとんどいなかった父が、年に一度、兄と私のためにくるみ餅を作ってくれます。

「ちょっと待ってろよ」

そう言いながら、うれしそうに殻を剥いたくるみをすりつぶし、なんだかんだで味付けをしていきます。
ときどき、くるみを私たちにつまみぐいさせてくれます。

「ほうら。できたぞ」

お餅の熱さに、はふはふしながら甘くておいしいタレをつけて食べるくるみ餅もおいしかったけれど、滅多に家にいない父が、私たちのために作ってくれる料理が、私は大好きでした。

以前、母がくるみ餅の作り方を父に聞いたことがあるそうです。

「くるみ餅を食べたいときは、ワシが作ってやる」

そう言って教えてくれなかったそうです。

父の秘伝のくるみ餅。
もう一生食べられないのでしょうか。
それとも、父の育った村に行けば、もう一度、父の味にめぐり合えるのでしょうか。

いつか。
きっと。

おやすみ。


あさりの数

2008年09月29日(月)

よく、食卓にあさりのバター焼きが並びました。
フライパンで、あさりを炒めるだけのシンプル料理。
母の得意料理のひとつです。
そして、兄も私も、その料理がとてもとても大好きでした。

バター焼きという名前ではあるけれど、バターが入っていたことは、あまりありません。
あさりから出る塩だけで味付けされているそれは「あさりの塩焼き」というほうが正しいのかもしれません。
それが、兄と私の大好物でした。

でも、困ったことに、あさりは数を数えられます。

兄と私。
一つひとつ、交互にあさりと食べていきます。
そして、奇数だった場合、兄妹喧嘩の元になってしまいます。
いえ、実際に大喧嘩したことも数多く……。

だいたいは、弱者である妹の私が、兄の暴言暴力に耐えかねて、泣きじゃくりながら、兄にひとつ多くあさりを与えてしまうことになるのでした。
そのときに思います。

なぜ、母は最初からあさりの数を偶数にしておいてくれなかったんだろう。

今晩。
久々に、あさりのバター焼きが食卓に登場しました。
相変わらず、バター焼きと称しながら、バターなんて入っていません。
そして、子どものころからの癖は、一向に抜けません。

ひとつ、ふたつ、みっつ……。

兄とふたり、数を数えながら食べたあさり。
今日もついつい数えてしまいました。

そして。

「14個、15個、16個……!」

今日は、偶数のあさり。
喧嘩、しなくて、いい日だね。
おにいちゃん。

おやすみ。


ありがとう

2008年09月28日(日)

「いい旅でした。
 たくさんの人に感謝の気持ちでいっぱいです」

この夏。
初めて北海道へ渡った友から、メールが届きました。
旅先で「やさしさ」に出会った様子。

「フェリーで帰ります。
 フェリー、いぃですね」

最後にこう締めくくられていました。

そして私は、その友に伝えたい。

あなたが、この夏、経験したことは、あなたの人生でおおいに自慢していいことで……。
もし、あなたが、この先の長い人生で何かにへこたれそうになったとき、この夏のことを、支えにするといい。

あぁ、旅人、万歳。
感動を、ありがとう。

おやすみ。


2つのこと

2008年09月27日(土)

■part1
旅人たちと久々に語らいました。
思いがけず。
早く寝るつもりだったけど。

「常宿(じょうやど)」の話になりました。
みんなが、自分の自慢の宿について語ります。
私もいくつか頭の中に浮かんだけど、ふと考えます。

「そこって、『常』といえる宿かなあぁ」

ずっとずっと、同じ宿しか泊まっていなかった私。
そのほかの宿に、たった3〜4泊ほど泊まっただけで「常」と言うには申し訳ないような気がします。

そんなこんなで、その場は適当にごまかして、でも、それはそれで本音な話。
1泊1000円の宿が、今の私の常宿です。

■part2
夜更けまで、友と語らいました。
思えば、この友とふたりきりは初めてかも。

いろんな話をしました。
そして、思いました。

私の人生は、一度きりでいい。


 偶然に1度会う「初対面」より、2度会うことのほうがすばらしい。

友は言います。
もちろん、私も、そう思います。

常宿もそうなんだろうな。
居心地がいいから、もう一度、行きたい、って思うんだな。

もう一度、会いたい。

そんなふうに、思ってもらえる自分に、なれたら、いいね。

おやすみ。

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celeste [MAIL] [アルバム「紺と碧」]

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