私のおとうちゃんが別宅(老人ホーム)に入居して、初めて今日面会に行ってきた。この前あったのは10日ほど前だけど、なんだかずいぶん年を取ったみたいで(…いや、もう十分年を取っているのだが)しなびていた。
なんというか、ゆでてアクが抜けたみたいな…というか、牙を抜かれた老ライオンみたいな…というか、別に10日前はギラギラ吠えていた…というようなことは決してないのだけど。人が年をとって色々出来なくなっていく中で、「あきらめのステージ」を一つ一つ究めていくなら、『あぁ、また一つステージ上がったな』…と感じたわけで。
会話を交わしても、コーヒーを勧めても、うすいうすいカーテンが間にあるような、そんな気がした。少しずつ少しずつこのカーテンが厚くなっていくのかなぁ〜と、私も「あきらめのステージ」を一つ進んだような気になったのだ。
来週旅行に行く。飛行機に16時間も乗ってトルコに行く。16時間…長い。地に足の付いた生き方をしたい私は16時間も宙に浮いてなくてはいけないなんて、ヤだ。それも狭い飛行機の中で。そう余裕がある旅行でもないからもちろん普通の席だし。
海外旅行経験が私に比べてたくさんあるドラ(娘)にとっては16時間くらい「どってことない」らしいが、ずっと座ってる、ずっとじっとしている、ずっとDVDとか見てる…なんて、考えられない。
毎日ガサゴソ動き回っていて、たまにはぼ〜っとしたいと思っている私にはチャンスの16時間である!…と、思えばよいのだけど。なんだか突然「わーーー!」とか叫び出しそうで不安。
つまみ出されたらどうしよう。
昨日はさくらも足踏みする京都のちょっと北で、本当なら満開のはずのさくらのつぼみを見ながらお茶を頂いてきました。朝早くから起きて髪をあげて、着物を着て、寒くて寒くてどうにかなりそうな午前中をやり過ごし、午後はちょっとあったかくなって、生き返りました。
そして今日は昨日脱ぎ散らかした着物をまとって、和裁のお稽古へ行きました。暑くて暑くてどうにかなりそうでした。先月がんばって縫った着物を着ていくと、みんなも寄ってくる、先生も喜ぶ…で、楽しかった。
そしてなにより、昨日の今日の着付けで、大昔習った着付けの感触が戻ってきたような気がしてこっそりうれしかった。時々着物を着たらもう少し早くきれいに着付けることが出来そう♪…と。
着物を着て出歩くことに慣れたい。
さくらぁ〜さくらぁ〜♪…と、ついつい森山直太朗気分で歌ってしまうほどのさくらさくら。でも寒い。春だから〜♪…と薄着で出かけようと思っても、春なのにぃ〜…と、柏原よしえな感じで歌ってしまうほど、寒い。おそるおそるモコモコダウンで出かけて、他にも冬服姿の人を見かけてほっとする、小心者。
この時期、年によって寒い時もあれば暑い時もあって、暑いとさくらも大急ぎで咲いて、大急ぎで散っていく感じだけど、寒いと「もういいかい?ま〜だだよ」とか言いながら少しずつ咲いていく感じ。とっても寒い今年だけど、それでも今日は昨日に比べて「もういいよぉ〜」のかけ声がかかったみたい。
「まだか、まだか」と待ちかねたさくらを、「もう行くのか?」…と、名残惜しく見送る時までは、いっぱい楽しませてもらおうっと。
銀行においてある封筒、あの銀行名が書いてある封筒…は不思議だ。空っぽだとわかっていても、なんだか中身(お金)が入っているような気がする。入っているような気がするので、そのままくちゃくちゃっと捨てられない。必ず中身を確認する。それだけでは足りなくて、捨てる時は必ず破って捨てる。
破りながら「もし中身が入っていたら、お札は丈夫だからなかなか破れないはず…」と考えている私がいる。さっき空なのを確認したのに。なんてせこい…というか用心深い…というよりやっぱりせこい。
ごくたまにその辺を整理すると、デパートやお菓子屋さんの袋に紛れて、あんな銀行やこんな銀行の袋が幾つも出てくる時がある。なんでもため込む性分は袋だって例外なし。
そのたびに中を確認しつつ破りつつひょっとして現金が出てきやしないかとと期待する。
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