キーボードの上に手を置いて、さりとて書き綴ることもなく、画面を眺めているだけでは文字が埋まっていくはずもなく。じゃぁ、今日はパスすればいいじゃん・・・と思うのに、なんとなく無理矢理こうやってタイピングしてるんだ。
村上春樹さんがノーベル賞をもらえるかも!・・・と、期待してたのだけど、20時のニューステロップはさみしい結果で、「海辺のカフカ」しか読んでなくて、ファンだとかそういうのでは全然ないのだけど、山中先生に続いてもしや!・・・と、いろんな番組で盛り上がっていたので、なんでも流行っているモノには一応「乗っとけ!」と思う私は、一緒になって楽しみにしていたのだった。
うん、そうだ。私がまだ村上春樹をちゃんと読んでいないから、受賞するまでにちゃんと読みなさい…という配慮なんだとそう思うことにしよう。
風の歌を聴いてみるか。
今日満員電車に乗った。実家から帰る時も電車が混んでいて、『サラリーマンは大変だなぁ〜』と思いつつ、ちょっとアルコールクサイのに閉口しつつ、狭いなぁ〜と思いながらも本を読んだりしていたのだけど、今日の満員ぶりは違った。
身動きが取れない。人と接しているところが暖かい。『人って暖かいね』・・・などと言ってる場合じゃない。接している部分が圧迫してるっちゅうか、となりのにーちゃん、腕がむっちり。そのむっちり感がむっちり伝わってくる密着度。
止まった駅で、ちょっとはスキマができるかしら?…と思っていたら、一層乗り込んできて、「3人降りたけど、10人乗ってきた」ぐらいの増加率。
あの時間の電車は避けようとつくづく思った。
タマネギがこんがり色になるまでくるくるとフライパンをかき回す木べら。主婦になった時に近所の人にもらったものだから、もうかなり年期が入っていて、先っぽはほどよく焼けているし、フライパンの縁で色々こそげ落としたりするものだから端っこは削れている。
タマネギはもちろん、チキンライスもホワイトルーも、チャーハンだってかき混ぜてきた木べら。どんだけ味がしみこんでいるのかしら?…と、明日のカレーを仕込みながら思ったんだ。
よく火の通った、よく味のしみた木べらは・・・食べても大丈夫なんじゃない?
食糧難の時まで大切にとっておこうと、しみじみ思ったんだよ。
日本の医学はとても進んでいるんだなぁ〜と思うことがたびたびある。もちろん難病の治療法が見つからなくて苦労している人もたくさんいて、その人達から見たら医学の進歩は遅々としたものなんだと思うのだけど。
最近、95才で脳出血から復活したというお話や、80才に近いお年でかつ消化器系の大、大手術をされて一年たって体調をくずしてヤバイ!…ところから帰還されたというお話を聞いた。どちらのお話を聞いた時も、「あぁ、お別れやね〜」と思ってしまった。
次に聞く情報は訃報だと思っていたので、連絡を受けた時ドキドキしたのだけど、その声が何気に明るかったりして、「え・・・」と思ってしまった私のことをどうぞ「オニ!」と呼んで下さい。
元気になるのはイイ事だけど、なんとなく途方に暮れる。
一昨日の話。明け方、まるで枕元でデーデーポーポー鳴いているかのように山鳩の声が聞こえて、「あ〜静かにして〜、まだもう少し起きるまで時間があるはずなんだから〜」と、もう目覚め始めている自分を、どうにかこうにか誤魔化して、届くはずのないお願いをしていた。
そしてデーデーポーポーは続き、半分起きてるような眠ってるような頭の中で、『これはひょっとして私に何か伝えたいのではないかしら?』と思いつき、『いやそんなはずはない』と考えながら、『考えている時点で既に私…おかしいわ』とこれぞまさしく夢うつつ。
昔から山鳩の声は大好きだから、きっと何かいいことを伝えに来てくれたに違いない!と、眠りを邪魔されたことは忘れていい方に考える事にした私。
土曜の朝は寝坊できるしあわせ♪
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