年末に銀行で新札に両替をした。5千円は窓口で・・・とあったので1万円出したら、うんと待たされたのだ。銀行はそんなに混み合ってもいなくて、すぐ終わると思ったのに、全然呼ばれない。手の中のプラスチック板をもてあそび、本日の金利を見る事なく見、ポスターを眺めても時間があまった。
ひょっとして!?・・・私が出したあの1万円札は偽札だったのか?・・・と、思い付いて、警察に連絡がいってるかもしれない・・・とか、今向こうの部屋では大騒ぎになっているかもしれない・・・とか、「このお札はどこで受け取りましたか?」という質問をされるかもしれないから、どこで受け取ったか必死で思い出そうとしていた。
でも、おつりに1万円はないから、銀行で出したお金だよね、つまんないわ。そんなこんなで何も聞かれることはなく、ピンピンの新札が出てきた。「お待たせしました」といわれて、思わず「ホントね」って言っちまった。
思ったことが口から出てしまうなんて、まだまだ修行がたりないわ。
年末年始には自分の事はすべて放り投げて、ひたすら年越しと自分以外の事のために費やして、何を食べたか判らないぐらいの忙しい数日を過ごして、今日3日は私のお正月だった。いつも年末が近づくとこの「私のお正月」には、ちょっぴりお酒も飲んで、こたつに入ってお笑い番組を見て、うつらうつら居眠りもして、着物着て初詣に行こう・・・と、思うのだけど。
一日は24時間で、頑張っても人間が一回に食べる量は限られ、やっぱりちょっと疲れもしていて、お酒飲んでお腹いっぱい食べて、こたつに入って居眠りしていたら、冬の一日はあっという間に過ぎていくのだ。そんなこんなで今年の「私のお正月」は終わった。
明日はお正月の後片付けをして、すっかりいつもの暮らしにもどるのだ。時間が出来たら針仕事をして、孫太郎の仕草にいちいち感動して、季節の行事をこなし、気の向かない事にも大人の対応をし、節約しながら楽しみも見つけ、気がつくとまた年末年始がやってくる。
それがいいんだ・・・って、わかる程度には年をとったね。
偶然ここに来ちゃった方に「メリークリスマス♪」。サンタさんなんていないよね。でも優しい家族に恵まれて、ささやかにプレゼントを交換し、ケーキを食べ、フライドチキンも食べて、クリスマスのアイテムをそれなりにゲットした今年でした。
「えんとつ町のプペル」話題になっているようで、サンタさんは私にこの本をくれましたよ。絵が細かくてなかなか私の好みです。夜の工場地帯ラブな私のハートをくすぐるような感じですね。で、1回目はすらすらと読みまして、年を重ねるとひねくれてしまうのか、ちょっと採点するような、そんな感じもなきにしもあらず。
(うちのサンタさんは22日に来たので)そうして次の日誰も居ない昼下がり、また読んでいた私は、あ〜ら不思議ぽろぽろ涙がでましたよ。まさしくクリスマスマジック。私のハートのどこにそんなガーリーな部分が残っていたのでしょ。
ありがちな話なのでありがちの涙かも知れないけど、気に入ってます。
始めたことはいつか終わらなくてはいけないから、その日が来ることは決まっていたのだけど。その終わりの始まりのきっかけを作ったのが私だったことに、私は少し傷ついているみたいだ。その事に気付いてはいけないような気がするけれど、心の隅っこに、例えばおせんべいのかけらが落っこちているような、そんな感じ。
なんとなく不快感、不安感。落ち着かない感じ。実を言えば私が目指していたことなので、誰を責めることもできないし、「いっそ悪者になっちまえ」と、思っていないこともなかったので、結果オーライなんだけど、どこか空気が抜けていく、そのせいでうすら寒い。
年末年始は忙しいし、時はたいていの事をぼんやりさせてしまうことは、良く分かっているので、どんなに心許なくても明日は何パーセントか楽になっているだろう。
そうやって過去の事になっていくんだね。
ちょいと年末の京都に行ってきた。外国語が飛び交い、外国の旅行者がたくさんいて迫力負けしている私がいるのだった。私も外国に行くとその国の衣裳を身につけてみたいと思う方だ。残念ながらまだそういう機会はなくて、それに若い人の衣裳だったりするのはいやだな・・・と思うし、だからといって年配向けのがとても地味だったら悲しいかもしれないな・・・とも思う。
で、たくさんの人がキモノを楽しんでいた。けれどお客さんが選ぶのかお店の人が勧めるのか、そこは良く分からないけど、ほとんどが派手だった。派手というより浴衣?・・・と思うような柄だったりして品がないものが多いように思った。
それに12月だというのに単衣だったり、よく見たら襦袢を着てなかったり、「こ、こんなんでいいのか?旅行者さん?」と思ったのだ。中にはもちろん日本人旅行者も居て、着物の将来をちょっと心配したのだった。
舞妓さんに化けている人もいた。
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