あれほど、狂ったみたいにひたすらBTSの音楽ばかりを聴いていた一年半。最近はぐっと減ってしまった。アフロビート?これってアフリカで流行ってる音楽なのか?英語でもない、つまり何歌っているのが全然分からない歌が、なにか作っている時にはぴったりするようでスポティファイで聴いている。心地よいって感じ。
同じく内容の分からないBTSのラップとかだと、聴いていてよい楽曲であるとは思うのだけど、「理解出来ない(訳詞を見ろよという話なんだが)こと」がとても切なくなってきて、聴きながらどこか謝っている自分がいて苦しくなる。
早く韓国語がせめて英語レベル(歌詞や訳詞を見るとあぁなるほどと記憶に残る)に理解できたらいいのだけど、勉強は全く進まないのが現状である。
ジンくんが行ってからもうすぐ半年だ。25年はすぐそこな気がする。
運動は不思議だ。全然やってなかった頃は、身体を動かさなくても何の不便もなく、何も不調を感じることなんてなかったけど、ちょっと運動したり毎日歩いたりするようになると、全然運動が足りてないとなんだか変だ。身体を動かしたくなる。身体を動かしたいからといって掃除とかしたくなったりはしない。家事なんてまっぴらごめんだ。
お休みが続いてイメージトレーニングばかりの日が続いて、私の脳内私の運動する姿はパーフェクトだ。実際にやるのが楽しみでしょうがない。たぶん激しくうちのめされるとは思うけどな。YouTube見たりして知識だけは増えていき、頭でっかちの運動する人。
それでも、そんなでも、運動なんて絶対やんないと言っていた自分とは決別して(←大げさである)健康的な老後を送るべく、今から準備だと思っている。
いやいや、すでに老後だよと言う突っ込みは不要です。
居心地の悪さの理由がちょっと分かったような気がした。ナムさんが心境をお手紙みたいな感じでアップしてくれた。それを読んでいると、やっぱり出遅れた、出遅れまくったファンはつらい。出遅れたファンはみんなツライのだろうか。ぼっちファンは誰にたずねることもできないので余計ツライのかもしれない。
誰かと思いをシェアできたらちょっと気が楽になるのかもしれない。彼らの苦労をリアルタイムで知らないので、想像するしかなくて想像には限界がある。時間が解決してしまったこともあるんだろうと思う。
そしていつも同じところにたどり着いてしまう。彼らの歌に助けられたというファン達。若さの特権だし、私が悩んだことはすべて自分に起因することばかりだったから、そしてそれさえもう解決策を手にしてしまった。年を取るということで。
書けば書くほど絶望の色を濃くする気がする。
自分の事をARMYだと思いたい時と、いやいやそんなレベルではないただのファンだと思う時があって、客観的に見れば低レベルのぼっちファンでしかない。ツイッターを読んでいると自分がとてもちっぽけなものに思えてきて全くSNSって罪だなと思うことが多いのだけれど、ここんとこ冷静に、今までも冷静になったり熱くなったりしてきたのだが、ちょっと違うフェーズに入ってきた感がある。
大人であることを思い出したのかもしれない。お金をかける方向を正しくしようとしているのかもしれない。それでもアーミーボムが予約できると知ると、ライブに行けない可能性の方が大きいのに欲しいと思ってしまうところもある。迷える子羊かもしれない。
夢見るばーさんから夢を見ることをあきらめたばーさんになるだけしか未来はない。自分の年を思い出して愕然として絶望を感じる。
要は年を感じて年を取ることがひたすら恐いだけかもしれない。
ここ3週間ほど、スポーツもやり孫太郎とも遊び、やたらご飯を作り洗い物を片付けまくって、和裁の宿題もちゃんとやる・・・という、私にしてはよく動いた。我ながら凄い体力だなと思いつつ、お昼ご飯のあとは健康的にちょっとだけ昼寝もしていたのだが、10分ぐらいで目が覚めて私ってすごいと自画自賛していた。
久しぶりに今日は一日何もしなくてもいい日だった。お昼ご飯もちゃんと食べて、また10分だけお昼寝をと思ったのだけど、眠くなくてネットフリックスを見ていると寝てしまって、じゃぁ、寝ようと思うとすぐ目が覚めて、でもドラマ見てると寝てしまうというのを繰り返し、気合いを入れて?寝たら1時間も昼寝をしてしまった。
そうしたら、身体が疲れを思い出したようで目が覚めてもしばらく動けなくて、久しぶりにドリンク剤など飲んでみた。
だから今日は夜更かし出来そうでちょっとうれしい。
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