てくてくミーハー道場

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2012年03月10日(土) 『キャバレー』(東京国際フォーラム ホールC)

再演なので、完全ネタバレでいきます。











まず、コヤが作品世界に対してでかすぎないか? という危惧(昨日も同じようなこと書いたな)

それは若干当たってたと思う。

三階席から観る作品じゃない。

いかに大劇場慣れしている小池(修一郎)先生でも、これは無謀だったように思う。

まぁ、どこで上演するか決めたのはプロデューサーなんだろうから、演出家はそれに従うしかないんだろう。

なので、ドラマ部分がなかなか上の方の席まで届いてこなかった悲しさはあったが(ぼくはこの作品、ショー部分よりもドラマ部分の方が好きなので)、音楽が入る部分(キットカットクラブ内に限らず)の見せ方は確かに面白かった。

たとえば、初演の時に小池演出が賞賛された、「地球儀がミラーボールに変わる」プロローグ。

一幕の幕切れの見事さ(若干『モーツァルト!』のラストシーンに似てたが)

二幕、天井からブランコで降りてきながら(あれ? これも何かの作品に似て/略)「I Don't Care Much」を歌うMC。

などなど。


ただ、それにしても、(一部の)出演者たちのスキルの低さには正直閉口。

まともにミュージカル作品になってたのは、カリンチョ(杜けあき)が出てるシーンのみって言っていいほど。

うーん、まあそれは彼女自身の演技が“ミュージカル臭い”ってことなので、それが必ずしもいいこととは言えないかもしれないが、ある出演者が歌ってる間中、

「声ひっくりかえらないよね? 大丈夫だよね?」

みたいに心配するのはイヤだった(って、誰のことか判っちゃったじゃないか!)


いやいや、思ったより上手でしたよ彼女(こらっ! だからバラすなっつうの!)

でもなんか、とーってもたどたどしいの、すべてが。

板に乗り切れてないっていうか。

この数年で結構経験は積んできてるはず(プロフィールなんかを見ると)なんだけどね。

先入観かしら。



大貫(勇輔)くんは、ダンサーとしてしか知らなかったので、セリフが自然に言える人であったことに、なんか安心。

歌は普通だった。

だが、小池演出名物(笑)“主人公のナイトメア”シーンでの動きの美しさが、やはり第一の眼福。


増沢(望)さん、木場(勝己)さんは手堅く。ただ、木場さんは包容力はあったが、シュルツって、あの歳(って、設定いくつだ?)でいかず後家のシュナイダーと結婚しようとするぐらいなんだから、もっと初老男の色気が出てた方が良かったんではないかと・・・すみません生意気に。


ゆきちゃん(高嶺ふぶき)のフロイライン・コスト。

なーんか、ぼくの偏見かしら、ゆきちゃんて“カタい”んだよなあ・・・。全然“ビッチ”に見えない。何人もの男と金のために寝ているっていう意味のビッチじゃなく、機を見るに敏、て具合にすすすっとナチスに寄っていくビッチぶりを感じなかった。



最後に残しといた(笑)モロ(諸星和己)as MC。

ぼくが『キャバレー』を最初に見たのはサム・メンデス版(来日公演)で、MCがゲイでユダヤ人だったっていうオチにすごーく衝撃を受けたのですが、今回は“ゲイ”(というか、バイですね)部分は残してあって、ユダヤ人オチはなかった。

これまた小池演出でおなじみの、あの作品の狂言回し的存在。

モロが童顔マッチョなので、あらゆる役どころに小悪魔的な色気がある。

これは良かった。

歌も許せる範囲で上手い(ただ、なんか、歌謡曲的だった。節回しが)

さらに観客サービスとして(笑)「If You Could See Her」で衰えぬローラースケート捌きを披露。

面白く見ることができました。

ただ、退廃的な色気はなかったな。やっぱどこか(未だに)ジャニジャニしてるっつうか。

因果(?)ですね。




それにしても、この作品のヒロイン、サリー・ボウルズは、映画『ローズ』のヒロイン、メアリー・ローズ・フォスターと並んで、ぼくが全く理解できねえ二大ヒロインでございます(最後に毒!)

こういう生き方、憧れる?

いや、憧れるっつうか、「分かるわぁ」って思える?

まぁ、思ってもいいんだけど。

あ、もう一人いた。『ベティ・ブルー』のベティ。

なんか、質実剛健に生きてるぼくには(←よくそういうことを平気で言えるな)理解できない女性像でございますですよ。

サリーの何が悪いってわけではないんだけど(まぁ、たとえば万が一ぼくがバク転をマスターしたとしても、サリーのような生き方は絶対にできないと言い切れるってことなんだ)

初めて『キャバレー』を観たとき、ぼくはクリフに自分を投影していた。

小説家志望だったというわけではなく、物語の中で、クリフは“傍観者”だったからだ。

外からやってきて、キャバレーの喧騒に飛び込んではみたものの、結局懲りて退屈な田舎に逃げ戻る。

クリフをそんな風に捉えていた。

ところが、小池先生の演出では、クリフは決して「逃げ去る」ことができない。

ベルリンから去っても、結局アメリカ兵として戦争に行って死んでしまう。

この世界の象徴であるミラーボールの光から逃れることはできない。

誰も“傍観者”になどなれない、という小池先生の提示が身に刺さった。



結局、今回一番感情移入できたのは、フロイライン・シュナイダーだった。

年齢的に・・・って、ほっとけ!(自分で言って自分でキレる器用さ)

そうじゃなくて、単純にカリンチョが一番役を自分のものにしていたからかもしれないし。

シュナイダーが結婚をあきらめるのは、結局は自分を守るためだったのかもしれないが(いかず後家にしたら、今さら山ほどのリスクを負って結婚するより、慣れた孤独を選ぶ方がましだったのかもしれない。超イヤな感じだが)、それだって、なかなかすごい重荷の引き受け方ではないですかね。

やっぱ、ばばぁの言い訳かねぇ・・・?




あ、最後に残念なことを書かなくてはならない。

この『キャバレー』って、オーケストラ(全員女性、もしくは女性の下着をつけることがやぶさかでない方/笑)もセクシーな下着姿でもって舞台上で演奏するという、ミュージシャンの方々にとってはかなりハードルの高い作品なんですが、今回もそれは踏襲されていました。

皆さん、照れてはいけません!(ビシッ!)

恥ずかしがりながらやってると、観てるこっちも恥ずかしいでしょぉっ!(×_×;)

それと、指揮が“歌劇団音楽部のオスカル”御��恵先生。

これ自体は嬉しかったのだが、なぜか御��先生だけは燕尾服(^^ゞ

なぜ御��先生も下着で(すみれコード略!)





すみません、エロオヤジなオチで。

皆さんの名誉のために書いとくと、演奏のウデは確かでした。間違いなく。はい。


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