てくてくミーハー道場

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2013年01月29日(火) 『祈りと怪物〜ウィルヴィルの三姉妹〜』蜷川ver.(Bunkamura シアターコクーン)

めっきり更新してなかったのは、ご多分にもれず、風邪ひいてたからです。(−−;)

つってもたいしたことなく、4〜5日怠けてたら治りました。

でも、ブログを書くための夜更かしが可能なほど快復するまでにはもうちょっとかかりました。



前置きはともかく、感想。

首尾よくチケットを手にしたものの、4時間半近い大長編だってことを忘れてた(×_×;)

平日に観るにはちとキツい(でも、土日のチケットが手に入らなかった)

・・・すみません、第二幕の途中、なぜか(←)記憶がありません。

だが、記憶がなかったのはそこだけ(←威張ることではない!)



実はね、しょっぱなの(ケラバージョンでは)モブナレーションが、ラップになってて、そこで若干イヤな予感がしたの。

ぼく、苦手なんだよなあ、蜷川演出のラップ。

決して演者たちがヘ○とかではないんだが、どうもぼくの体内リズムと合わない(←それは、お前の体内リズムの方に問題があるのでは?)

てえか、韻を踏んでないので、厳密にはラップではないんだけどね。なんで、シラブルはリズムに乗ってはいるんだけど、単語が音楽的でないから、瞬間何言ってるかわかんない部分が多い。

そのせいか、(このあたりも蜷川演出なんだが)舞台両脇の電光掲示板に歌詞(?)を出してるんだが、それもまた、視力の関係で読めないぼくにはイライラのもとにしかならんかった(それどころか、今回、場が変わるたびにわざと長くト書きを出していた。非常にイライラした)

・・・ままま、そこらへんはともかく、やっぱりどうしてもケラバージョンと比べてしまった(俳優対決も含めて)のだが、思った以上に受ける印象が違ってて面白かった。

特に、冒頭(ラップのせいで)「・・・まずいな」と思いながら観始めたせいか(おい)、しり上がりに面白くなってった。

ケラバージョンでは「意味わからん・・・」と悩んだ第三幕が、蜷川バージョンでは、

「こ、これはまさに“祈り”と“怪物”だっ!」

と腑に落ちた快感。



演出のおかげでもあるのだろうが、役者たちの手柄でもあった気もする。

今回、主要な登場人物たちのうち、3人が初めて観る俳優さんたちだったのだが、それぞれすばらしい存在感でした。

特に注目だったのが、三姉妹の次女・テン(中嶋朋子)と恋に落ちる謎の男・ヤンを演じた染谷将太。

誰だろ?! カッコいいんだけど!! と思ってたら、『ヒミズ』で主役やってた子なのね!(2階後方からいつものようにオペラグラスなしで観てました)

イメージが全然違った。

すごいな、この子は。すばらしい。

あと、ごぉ(森田剛)演じるトビーアスの親友・パブロを演った満島真之介。

イケメン。

むぅ・・・、軽いな、「イケメン」てぇ単語は。

でも、実際若干軽い印象ではあった。それは、ケラバージョンで同じ役をやった丸山智己と比べてってことなんだけど。


★訂正★

ケラバージョンでパブロを演ったのは近藤公園でした。丸山智己はヤン役でした。記憶違いしててすみません。

訂正ついでに。

ケラバージョンのトビーアスとパブロの関係性は、いかにも気の優しそうな美少年(ん? 言外にごぉのこと/略)である小出恵介とトッポい近藤公園との組み合わせで、完全にアニキと弟分、命令する方、リードする方と被支配者、という脚本通りのイメージだったんだけど、蜷川バージョンだと、満島くんがごぉより明らかに見た目若造ということもあって、その点微妙に見えた。

何も含みのない体当たり演技の満島くんに対して(だから、パブロとレティーシャの駆け落ちは、完全に若い美男美女の悲恋だった。それが良かったかどうかは別の話だが)、ごぉのトビーアスは、パブロやおばあちゃんに対するオドオドぶり、ドン・ガラスやマチケに対するオドオドぶりまでも、何か含みがあるように感じられた。

・・・やっぱりぼくの偏見かしら?

ちなみに丸山智己も、翳りと鋭さのあるイケメン・ヤンでしたが、とにかく染谷くんが発散する“何か”には、ぼくはヤラれてしまった。的確な言葉が見つからなくて歯がゆいのだけど。


満島パブロ、ちょっと“いい子”に見えたな。

トビーアスとパブロの役割が、ケラバージョンと蜷川バージョンとでは、脚本上も演出上もほとんど違いがなかったにもかかわらず、演者の違いによりまったく印象が変わっていた。(上記追記参照)

ごぉは、トビーアスのような内気な暗げな青年がうまいことはそもそも分かってたんだけど、最初はどうも『金閣寺』の溝口をひきずってるかな・・・? と思ってしまった。

だけど、トビーアスがドン・ガラスの手下になって、根本的な人間性は変わってないんだけど、他人に対する態度が少しずつ変わっていく過程とか、見事だったな。

カウコンのときに「・・・おい(−−;)」と思ってしまった“つぶやきシローヘア”(←おい)も、この役のためだったのかと思ったら、思わずステキに思えてきた(^^ゞ←役者魂コンプレックス



同様の「印象の逆転」は、三姉妹の長女・バララ(原田美枝子)とグンナル司祭(古谷一行)の恋に関してもあって、こちらの蜷川バージョンだと、お互い長いことプラトニック・ラブを貫いてきた中年男女の悲劇、という感じだったのだが、ケラバージョンだと、どうしても、何か二人(ノンちゃん=久世星佳と西岡��馬)とも“腹にイチモツ”ありげな極道カップル(オイッ!/汗)に見えてしまっていたのでした。

役者の個性(つうか、ぼくの偏見か?)って、すごいな。

一言一句かわらぬ脚本でありながら、このように印象が変わるわけだからね。



さて、最後に評するのは、退団したての(野々)すみ花嬢。

レティーシャは、まぁ、確かにタカラヅカの世界では、いかにかわいそうなヒロインでも、ここまでサディスティックな描かれ方はしないんだけど、芝居巧者のすみ花としては、そんなに苦労しなかったんじゃないかな? と思いました・・・とはいえ、ヅカ芝居をそのまま持ってったら灰皿が飛ぶこと請け合いの蜷川演出ですから、そんなに簡単なものじゃなかったとは思うんだけど、ヅカ時代の“娘役演技”がきれいに払拭されてた(と、ぼくには感じられたよ)点に感心。

いやそれより、終わってパンフレットを読んで初めて気づいたんだけど、預言者カッサンドラもすみ花だったのか!

これにはたまげた。

やっぱり良い女優になると思いますよこの子は。

元娘役って、力があってもどうしてもマネージメントの面で元男役と差をつけられてしまうけれども(退めても男役偏重は変わらない・・・/怒)、なんとか実力でもって実績を積んでいってほしいと思うものであります。



以上でございます。


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