てくてくミーハー道場

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2014年03月26日(水) 解禁酒

東京でも桜がほころび、酒飲みのみなさんはワクワクソワソワの会計期末をお過ごしのことでしょう。



例によって、会計期とも酒盛りとも縁の薄いぼくは、スギ花粉への憎しみ(スギの木自体に罪はない)と桜の花びらへの寵愛にぐらぐら揺れながら今年の春を過ごしていますムズムズ。





そんな中、今年の春はいつもの春と違って(冷静に考えれば、毎年そうだけどね)、32年も続いたお化け番組のカウントダウンにちょっとだけしんみりとかもしています。



別に『いいとも』大好きー!なテレビっ子ってわけでもないんですが、そこはほれ半(←)スマオタ。



完全にものごころついてから始まった『笑っていいとも!』

初代青年隊の中に野々村誠(←昔はこの字だった)という“バカ+美少年”というぼくの好みびったし(昔から変わった趣味で・・・すんまへん)な子がいたおかげで、開始当初はけっこう熱心に視ていました。



でも、そのうち社会人になってなかなか視られなくなり、「もう、どうでもいいかな? いいともー」(←自問自答)と、興味は薄れていきました。

テレフォンショッキングにいつ自分の気になる人が出るかわかんないので、とりあえず毎日録画して(アホですね)、出てなかったらすぐ消す、という非生産的なことをしてたんですが、今となったら意外にそれが財産(←そう思ってるのは自分だけ)



そうしてるうちに、中居君と慎吾ちゃんがレギュラーになり、ツヨぽんがレギュラーになりで、ここ20年分ぐらいは、ほとんど録画が残ってる。そしてほとんど視てない←おいっ!



老後(もう半分足突っ込んでるよ!)の楽しみにとっておきます。





と、だらだら本題に入らない悪いクセがまた始まりましたが、今日ぼくが言いたかったことは、その『いいとも』終了に際してあちこちでしんみりしたり騒いだりしている人たち(主にタレントの人たち)を、正直冷めた目で見ていたこのぼくが、どうしてもコメントしたいことが、この月曜日に起こったからなんです。



今書いたように、周りのタレントたちは大騒ぎしているのに、当のタモリが泰然としているのをぼくは好ましく思っていました。

1945年生まれのおじいちゃん(ご、ごめ・・・)だから、酸いも甘いもかみ分け、大抵のことじゃ揺るがないこの人も、『笑っていいとも!』が始まった当初は、本人が言うように、エガちゃん並みの“危険なタレント”であった。

それをぼくぐらいの世代以上はちゃんと覚えてる。

だから、生まれたときから『いいとも』があった世代の人たちが、タモリのことを「一番尊敬できる大人」みたいに捉えてることが多いって事象に、正直ずっともやっとしたものを感じていた。

いや確かに、若いころは何をしでかすかわからない御仁であったとしても、今の彼に対して「この人は本当はもーほんとアブない人だったんだから」といつまでも言うことは偏見かもしれない。

だけど、最近(といっても、ここ数年)の『いいとも』を視てると、明らかにタモリが茶々を入れてるせいでコーナーが全然進行しないっていう事態が多くあって(太田光とからむと、それがさらに増幅して、めっちゃイライラが募った)、それを視てぼくは、「それ以上かき回しても面白くないよー。御大なのに、タイミングも読めなくなったのー?」「ここまで番組崩壊させるってことは、もう『いいとも』辞めたいのかなー?」と思ってた。

終わるのが判ってから言うのは後出しジャンケン並みにずるいけどね。

そんぐらい、タモリって意外と大人げないというか、逆に歳とってわがままになったのか、どっちにしても、一般人なのに彼を“タモさん”と呼ぶ人たちが信じてるほど人格者でもないと、ぼくは思ってる。





それを確信させたのが、月曜日に放映された『SMAP×SMAP』だった(ぼくの前置きもタモリと太田のしつこいボケに劣らず長いですねすんません)



54分間、完全“タモリスペシャル”で(『OVO(オーヴォ)』の宣伝もあったけど)、タモリもSMAPもフジテレビへの貢献は半端ないわけだから(そゆこと言うな!)、そこは全然気にならなかった。

ただ、ぼくが一点だけ考え込んでしまったのが、翌日のWeb芸能ニュースで歓喜色いっぱいに報道されてた

「草��剛5年間の禁酒がタモリの“一言”で解禁」(←文法が変だけど、あまたのサイトがこんな具合に書いてたので、そのまま転載)

という出来事だった。

ぼくがこのオンエアを視て思ったことと、このニュースにコメントを寄せている過半数の人たちが書いてることとが、逆まではいかなくても、一致してなかったからだ。



それには、ぼくがタモリともツヨぽんとも違って、元来酒飲みでない、という要素が大きく影響してるとは思う。

でも、酒好きが禁酒するってのは、ぼくがチョコレート断ちをするぐらいツラいことだってことは解る(←ホントか?)

だからこそ、「絶対禁酒」の方が、「お酒は飲んでもいいけど、もうああいうことはしないように気をつけなよ」って言われるより、よっぽどラクなんじゃないかと思ってしまうのだ。

ダメ、ゼッタイ<<<<<<(ツラさ)<<<<<<自分の力で制御しなよ

なのではないだろうか?



ツヨぽんにとって、“厄除け”の神様ぐらい(^^ゞ信じられる相手であるタモリが許したんだから、他の誰も文句をつける資格なんかないってこともわかる。

タモリは、世間がそう考えるところまで見越して「ツヨぽん解禁酒宣言」をする役を買って出たのかもしれない。

でも逆に、ぼくが上の方で書いたみたいに、むしろレジスタントな気分から、かねてより「あれしきの事件で、何年も禁酒して反省し続けるなんて、ナンセンスじゃん」とずっと思ってたんじゃないかと想像するに難くない。

(さっきから文章が小難しいですね、ておどるさん)



どっちにしても、一つの事象に対して捉え方は人さまざま。

「感動したー!さすがタモリだ」と素直に喜ぶ世間もいれば、

「草��って、本当にまじめだよな。好きになったわ」と優しい世間もいれば、

「禁酒なんかテレビに映ってる時だけのポーズだったんだろ」とななめ見る世間もいる。

中には、「例の“事件”って何?」という、頭をナデナデしてあげたい世間もいるし(他意はないっすよ)

そこには、「5年」というのはあの“事件”の社会的制裁の時効としては長いのか、短いのか、という議論もまたあるだろう。



ぼくは、事件自体ほとんど無罪じゃねえかと思ってるクチだし、ツヨぽんに対する印象はあれ以前と以降とで全然変わってないのだが(一応2009年4月24日のエントリ「ほんじゃ、語りますか」を読んでみてください)、それと同じように、あの時も今も、ツヨぽんの「アルコール耐性」には、若干の危惧を抱いてる。



繰り返しになるが、ツヨぽんが5年間、アルコールなしで過ごしてきた生活がどんくらいツラいものだったのか、正直おもんぱかることはできない。

5年間我慢してこれたのなら、いっそこれからもずっと我慢しちゃえば、ラクだよ?ツヨぽん。そんなことまで思ってしまう。

でも、タモリはそうは思ってなかったし、世間の大半も、そうだったみたいだ。



酒飲みが酒をガマンすることのつらさを分かってやれよ、とおっしゃるのだろうね。

だが、それだからこそ、これからのツヨぽんには「一生、酒で失敗できない」という重大な任務(?)が負わされることになったんじゃないか、タモリ、残酷なことしたもんだなあ、と思ってしまうのだった。





そんな、お花見シーズンなのであった。(←今日も終わり方が下手でごめん)









※翌週『笑っていいとも!』が最終回を迎えて後、ディスクに落とすために再度視てからの蛇足※

これ、仕掛け人は完全に中居君じゃん!←おっ(汗)

すぐ判るじゃん。このくだりの時に中居君が、

「タモリさん、ぼくらと乾杯してもらえませんか」

って言うと、すぐタモリが、

「よし!乾杯しよう!俺と“SMAP”で」

と応じてる。明らかに、「草��の禁酒を、今日このときで、(視聴者の環視の中)終わりにしたい」っていう合図を中居君が出して、タモリがすべて飲み込んだような返事をしてる。

おそらく、既にタモリと中居君との間に、“密約”があったんだろうなあ。

提案したのは、中居君。

そして快諾したのが、タモリ。

中居君は、身内である自分がツヨぽんの禁酒を破らせたら世間が許さないのをちゃんと知っていた。

そして、世間が文句を言わない人物といったら、タモリしかいないことも。

。゚(゚´Д`゚)゚。。←

いやあのね、上に書いたこと(ずっと禁酒してる方が、ツヨぽんにとってはラク)は撤回する気はないんだけど、なにぶん“ナニワ節”には弱い昭和生まれ。

なんか、かなわねえなあ。ううう。


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